とう づか な みこ ブログ。 ℃

2019年3月進級テスト合格者の声(元住吉店)

とう づか な みこ ブログ

さくらは、いけえせんしゅみたいになりたいから、ばたふらいをがんばてひらおよぎもがんばてせおよぎもがんばてくろるもがんばりました。 いろんなことができていけえせんしゅになてがんばります。 五嶋 菜央 さん ごとう なお 1回でバタフライを合格できるとは思っていなかったので、とてもうれしいです! 合格者一覧 三谷 翔 くん みたに かける 龍神 圭之介 くん りゅうじん よしのすけ 中屋 太一 くん なかや たいち 牛尾 拓斗 くん うしお たくと 西村 迦秋 くん にしむら かしゅう 荒木 颯斗 くん あらき はやと 足立 真結佳 さん あだち まゆか 中島 柊芽 くん なかじま とうが 松下 照葉 さん まつした てるは 尾本 紗英 さん おもと さえ 富永 有香 さん とみなが ゆか 江口 璃子 さん えぐち りこ 山口 美優 さん やまぐち みゆ 袴田 百恵 さん はかまだ ももえ 小溝 いまり さん こみぞ いまり 齊藤 瑶平 くん さいとう ようへい 渡辺 珠莉 さん わたなべ しゅり 町田 莉久 くん まちだ りく 太田 ほのか さん おおた ほのか 本山 景都 さん もとやま けいと 丸山 珠央 さん まるやま みお 川上 凛久 くん かわかみ りく 横沢 実桜 さん よこざわ みお 臼田 慧士郎 くん うすだ けいしろう 大橋 涼介 くん おおはし りょうすけ 野口 紗衣 さん のぐち さえ 平野 瑛太 くん ひらの えいた 小松 鑑太郎 くん こまつ かんたろう 森本 晃生 くん もりもと こうき 塚本 莉子 さん つかもと りこ 欧陽 伊万莉 さん おうよう いまり 拝野 志奎 くん はいの しき 芳村 一慶 くん よしむら いっけい 橋本 茉希 さん はしもと まき 笠原 みなみ さん かさはら みなみ 齊藤 瑶平 くん さいとう ようへい 氏名 コメント 藤岡 美月 さん ふじおか みつき さいごのさいごで合格できてうれしかったです。 ひっこしてもスイミングをつづけたいです。 藤原 瑠南 さん ふじわら るな 平泳ぎ、難しかったけど楽しかったです。 次も頑張ります。 ひらおよぎもがんばります。 合格者一覧 髙橋 玖太郎 くん たかはし ひさたろう 西野 結萌 さん にしの ゆめ 小川 煌喜 くん おがわ こうき 萩原 果穂子 さん はぎはら かほこ 森川 遥可 さん もりかわ はるか 苅田 彩希 さん かりた さき 山本 翔也 くん やまもと しょうや 榎本 英華 さん えのもと あやか 牧野 大洋 くん まきの たいよう 黒岩 海成 くん くろいわ かいせい 稲田 恵士 くん いなだ けいと 横田 さくら さん よこた さくら 一木 愛実 さん いちき まなみ 佐々木 咲佳 さん ささき えみか 細野 晏司 くん ほその あんじ 小野 由衣 さん おの ゆい 杉本 咲 さん すぎもと さき 山下 愛莉 さん やました あいり 田中 凱士 くん たなか かいと 佐野 友基 くん さの ゆうき 加藤 智貴 くん かとう ともき 工内 咲佳 さん くない さきか 前田 理美 さん まえだ りみ 石井 良 くん いしい りょう 森 琉晟 くん もり りゅうせい 川喜田 遥香 さん かわきた はるか 三浦 知佳 さん みうら ちか こだま はるき くん 木之下 優心 くん きのした ゆうしん 清原 旬 くん きよはら しゅん 西村 咲希 さん にしむら さき ひろせ ちさ さん いわもと いづな さん たなか あやは さん やまがた かほ さん こだま はるき くん おがわ めい くん 竹下 陽斗 くん たけした はると 神田 夏希 さん かんだ なつき 金澤 純心 さん かなざわ あやみ 上林 航太 くん かみばやし こうた 曽根 薫流 くん そね かおる 氏名 コメント 三浦 知佳 さん みうら ちか 合格出来て嬉しかったです。 次も頑張ります。 合格者一覧 うちむら ゆうり さん 関 祥汰 くん せき しょうた 甲斐 隆一朗 くん かい りゅういちろう 岩持 恋音 さん いわもち ここね さくら かんじ くん はしもと れい くん 服部 圭 くん はっとり けい 伊賀 陽都 くん いが はると 吉野 結翔 くん よしの ゆいと 田村 琳 さん たむら りん 佐藤 ひな乃 さん さとう ひなの 川合 浩一 くん かわい こういち 小川 京香 さん おがわ きょうか たなか いとは さん 小野寺 紬 さん おのでら つむぎ 小澤 希実 さん おざわ のぞみ 鳥本 航佑 くん とりもと こうすけ 増田 陽斗 くん ますだ はると 谷貝 祐典 くん やがい ゆうすけ 庄司 香乃佳 さん しょうじ このか 伊達 結乃 さん だて ゆいの 木島 徠喜 くん きじま らいき 芳賀 海斗 くん はが かいと 寺嶋 琉偉 くん てらしま るい 細野 珠希 さん ほその たまき 小野 由宇 さん おの ゆう 永田 紗穂 さん ながた さほ 高橋 光一 くん たかはし こういち 大越 渚 さん おおごし なぎさ DRUA KHAELA さん どるあ かえら 土江 美空 さん つちえ みく 関 夏澄 さん せき かすみ あさの あらた くん 隆島 煌太 くん たかしま こうた 掛川 斗生 くん かけがわ とき 永野 惺大 くん ながの せいた 松元 秀蔵 くん まつもと しゅうぞう むらかみ ひろか さん いずみだ きょうこ さん ほりえ たいよう くん こまつだいら まみ さん 鬼束 優太 くん おにつか ゆうた 安原 弥胡 さん やすはら みこ 小椋 怜 くん おぐら れい 中西 洵斗 くん なかにし しゅんと 神島 広大 くん かみしま こうだい 鈴木 蓮 くん すずき れん きたがわ たける くん 木山 開晴 くん きやま かいせい 藤田 颯介 くん ふじた そうすけ 太田 心春 さん おおた ここは 川端 友花 さん かわばた ともか 加藤 悠眞 くん かとう ゆうま しんたて ゆきと くん 平野 佑樹 くん ひらの ゆうき 髙木 蓮海 さん たかぎ はすみ 谷 宥志 くん たに ひろし 北山 慶樹 くん きたやま けいじゅ 岡田 葵 さん おかだ あおい 安藤 由樹 くん あんどう よしき 境 里桜 さん さかい りお 田村 咲樹 さん たむら さき 相沢 未織 さん あいざわ みおり 神保 翔大 くん じんぼ しょうた 山田 紗季 さん やまだ さき 大滝 祥太郎 くん おおたき しょうたろう 氏名 コメント 合格者一覧 平山 柚衣 さん ひらやま ゆい 加峯 帆夏 さん かみね ほのか 山田 篤武 くん やまだ あつむ 小玉 愛 さん こだま めぐみ 磯地 陽斗 くん いそち はると 山本 守悟 くん やまもと しゅうご 倉田 隼杜 くん くらた はやと 藤本 芽衣 さん ふじもと めい 勝木 愛華 さん かつき まなか あきた そうま くん しらいし ひろと くん さとう そうし くん すずき みなと くん 長田 琉聖翔 くん おさだ りゅうと 岡本 悠芽 さん おかもと ゆめ 有馬 樹 くん ありま いつき 安永 将崇 くん やすなが まさたか 宮井 蒼太 くん みやい そうた 山本 守悟 くん やまもと しゅうご 小松 陽奈 さん こまつ ひな たかぎ みなと くん ささき はると くん おがた さら さん かたおか だいち くん 恩賀 優梨子 さん おんが ゆりこ 三澤 創史郎 くん みさわ そうしろう 髙松 杏 さん たかまつ あん 安 美柚 さん あん みゆ 石川 智也 くん いしかわ ともや ながぬま さくたろう くん うすき かなえ さん はやしだ さくたろう くん せきぐち なお さん ありもと めい さん 丑澤 璃子 さん うしざわ りこ 児玉 奏人 くん こだま かなと 江上 結菜 さん えがみ ゆうな 山田 朋香 さん やまだ ともか よしだ りお さん ひうら こうき くん たち ゆうと くん 矢野 生凜葵 さん やの いりあ 古賀 旬 くん こが じゅん 牛頭 辰斗 くん ごず たつと 小倉 夏萌 さん おぐら かほ 寺田 蕾唯士 くん てらだ らいと 細川 桜馬 くん ほそかわ おうま 望月 晴貴 くん もちづき はるき 柴田 賢太 くん しばた けんた 桑名 奏伍 くん くわな そうご 早川 倫太郎 くん はやかわ りんたろう 小池 碧 くん こいけ あおい 白都 泰成 くん はくと たいせい 廣瀬 由季 さん ひろせ ゆき 山原 積輝 くん やまはら つき 松本 莉乃 さん まつもと りの 有田 楓 さん ありた かえで 曽我部 杏花 さん そかべ ももか 鈴木 彩文 さん すずき あや 鎌本 春道 くん かまもと はるみち たかはし さゆき くん ふるかわ ひな さん 氏名 コメント 合格者一覧 こんの みせい くん いいの さおり ソフィア さん 古藤 歩 くん ことう あゆむ 遠藤 海色 くん えんどう かい 藤本 悠愛 さん ふじもと ゆうあ さとみ りいな さん しばた はやと くん ささき しゅうと くん きしもと さら さん たかはし れん くん おおさと ゆうき くん 川上 准平 くん かわかみ じゅんぺい 松岡 佑星 くん まつおか ゆうせい 小林 佳陽 くん こばやし よしはる 三浦 里桜 さん みうら りお 中山 桧莉 さん なかやま ひまり 本告 晴 くん もとおり はる 桔梗 朔 くん ききょう さく 山田 桃奈 さん やまだ ももな 岡田 峻 くん おかだ しゅん 長谷川 由羽 くん はせがわ ゆう よしだ そうた くん かんの ゆい さん かくいし りな さん 中尾 優太 くん なかお ゆうた 牧野 壮介 くん まきの そうすけ 小川 芽紗 さん おがわ めいさ 市川 晴丈 くん いちかわ はるたけ 殿岡 蒼生 くん とのおか あおい 村田 夏輝 くん むらた なつき 粟野 裕斗 くん あわの ゆうと 上平 咲菜 さん うえひら さな 渡辺 瑠生 さん わたなべ るい おかざわ きっぺい くん くぼた まひろ さん おかだ あおい さん なかじま たくみ くん やまざき ひまり さん おおかわら よしき くん ともまつ あみ さん 佐々 ひまり さん ささ ひまり いまい はる さん よう えりか さん まつばら くるみ さん 土田 夏汐 さん つちだ なゆ 塩澤 旬 くん しおざわ しゅん 齋藤 環 さん さいとう たまき 浦山 碧斗 くん うらやま あおと 高木 咲空 さん たかぎ さら 渡部 陽向 くん わたなべ ひなた 姉崎 颯 くん あねざき はやて 田中 康一朗 くん たなか こういちろう 芳村 楽人 くん よしむら がくと とみた こうき くん 氏名 コメント 杉山 喜一 くん すぎやま きいち 進級おめでとう。 自分のペースで頑張ってね!! 長谷川 知也 くん はせがわ ともや 前回落ちた時に先生から適切なアドバイスをもらって、それをよく聞いて実行できたのでよかったです。 さえき こうだい くん 毎週プールに通い、どんどん上達する姿に成長を感じます。 合格おめでとう! 合格者一覧 おがわ まさき くん しぶや ゆい さん おぐら あおと くん まきた あかね さん もてぎ そうき くん かついけ こうき くん 津田 航 くん つだ わたる 嘉藤 文香 さん かとう あやか 清水 優太 くん しみず ゆうた わたなべ ともあき くん いとう ふうが くん ちょう よんあ さん 市川 真衣 さん いちかわ まい 林 明日香 さん はやし あすか 関 真輝 くん せき まさてる 宮崎 壮敏 くん みやざき あきとし ふじむら あおい さん まえだ かんな さん 和田 陽真 くん わだ はるま 佐野 有咲 さん さの ありさ かどの ななみ さん きん より さん いしやま かんた くん ふるや もも さん おしえ なおた くん みやむら わたる くん あきた めい さん たむら ゆうき くん すどう あおし くん なんじょう すみれ さん ひらき ゆりな さん わだ ようへい くん 飯島 しゅり さん いいじま しゅり 内田 澪 くん うちだ れい すずき たすけ くん かついけ こうき くん ひろせ あらた くん 三浦 佑規 くん みうら ゆうき 吉田 和葉 さん よしだ かずは 柳川 勝眞 くん やながわ しょうま 氏名 コメント 長谷川 聡真 くん はせがわ そうま 初めてのテストでいきなり進級できてとっても嬉しい!これからも頑張ります 宮林 優衣 さん みやばやし ゆい これからもがんばって上手になろうね! 合格者一覧 かわむら そうたろう くん たなか えりか さん 村中 晶紀 くん むらなか まさき 柳澤 英虎 くん やなぎさわ えいと 迫田 慶 くん さこだ けい さくら とうじ くん たけうち あらた くん り ひろかつ くん なんじょう すみれ さん さかもと けいすけ くん いいだ さき さん まつい えいと くん しちだ かずと くん いしもと たいき くん まつばら ゆうと くん なかむら みれい さん 小林 優仁 くん こばやし ゆうじん 伊藤 鼓大 くん いとう こた 越野 陽稀 くん こしの はるき 土江 花 さん つちえ はな 龍田 紗帆 さん たつた さほ 大井 春佳 さん おおい はるか 大山 澪 さん おおやま みお 時松 萌衣 さん ときまつ めい 千住 遥大 くん せんじゅう はると たかはし ゆう くん いむら ゆうま くん ささき そうすけ くん とみやま こはる さん 井上 悠希 くん いのうえ ゆうき 林 美利 さん りむ みり うさみ みう さん すずき さくら さん おいかわ ここな さん ひろさわ ゆうしん くん あおき たくみ くん えがわ りお さん ほりこし みれい さん なかやま おうか さん いのうえ ゆうき くん すがい はんな さん くぼた かえで さん.

次の

東塚菜実子

とう づか な みこ ブログ

at 2020-06-22 00:27 at 2020-06-14 15:29 at 2020-06-08 09:40 at 2020-06-02 09:37 at 2020-05-27 00:34 at 2020-05-19 09:56 at 2020-05-12 18:38 at 2020-05-06 09:29 at 2020-04-30 09:48 at 2020-04-24 14:27 at 2020-04-23 09:34 at 2020-04-18 00:25 at 2020-04-12 14:14 at 2020-04-08 11:32 at 2020-04-02 21:43 at 2020-03-27 11:31 at 2020-03-19 11:44 at 2020-03-13 13:52 at 2020-03-07 00:07 at 2020-02-29 10:51 日本書紀によると、 12代景行天皇 40年夏、東国の蝦夷が背いて辺境が動揺した。 時代は西暦 330年頃と考えられる。 皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと、 302年頃- 332年頃)は西国の熊襲退治から帰って来て数年しか経っていなかったが、東国の蝦夷征討の将軍として再び出発した。 日本武尊は伊勢神宮に詣で、神宮斎主で叔母の倭媛命(やまとひめのみこと)に挨拶した。 倭媛は日本武尊に天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を授け、無事を祈った。 駿河の焼津(やいず)に着いた日本武尊は、賊の火攻めにあったが、天叢雲剣で逃れた。 それで天叢雲剣は草薙剣(くさなぎのつるぎ)と云われた。 日本武尊は相模から上総(かみつふさ、千葉県)に船で渡ろうとして、暴風に遭い漂流した。 その時、日本武尊に同行していた妃の弟橘媛(おとたちばなひめ)が海に飛び込み、人身御供として嵐を鎮めた。 弟橘媛は穂積氏の忍山宿禰(おしやまのすくね)の娘で、日本武尊の船団運用は穂積氏が担っていたと考えられる。 全体の指揮官は物部大咩布(もののべのおおめふ)であった。 2018年 12月 25日投稿の をご参照ください。 日本武尊は陸奥国(みちのくのくに)に入り、蝦夷の支配地に入ると賊は恐れて服従した。 陸奥国の前方後円墳を調べると、 3世紀から 4世紀の古墳時代前期に築造されたものが多いが、後期にも大型古墳が築造されている。 東北最大の雷神山古墳(宮城県名取市植松山 1)が墳丘全長 168m、 4世紀末の築造、 亀ケ森古墳(福島県河沼郡会津坂下町青津)が全長 127m、 4世紀後半築造、 会津大塚山古墳(福島県会津若松市一箕町)が全長 114m、 4世紀末築造、鉄製品に加え三角縁神獣鏡が出土している。 玉山古墳(福島県いわき市四倉町玉山)が全長 112m、 4世紀半ばの築造。 杵ガ森古墳(福島県河沼郡会津坂下町稲荷塚)は 3世紀末から 4世紀初頭の築造で、墳丘長 45. 6mと小さいが、東北地方最古級の前方後円墳。 岩手県奥州市胆沢区(いさわく)南都田(なつだ)の角塚古墳(つのづかこふん)も、墳丘長 45mと小さいが、列島最北端の前方後円墳で、 5世紀後半築造、国の史跡になっている。 山形県にも稲荷森古墳(南陽市長岡稲荷森)があり、墳丘長 96m、 4世紀末築造。 日本武尊の東国遠征の結果として、東北地方が大和政権と密接に繋がり、前方後円墳が築造されていったことが分かる。 日本武尊は蝦夷平定後、各地を巡り、尾張国造の娘の宮簀媛(みやずひめ)を娶り長く留まった。 日本武尊は草薙剣を宮簀媛の家に置いたまま、大和に帰る途中に伊勢の能褒野(のぼの)で病死した。 2016年 11月 1日投稿の をご参照ください。 草薙剣は三種の神器の一つとして祀られ、熱田神宮(名古屋市熱田区神宮)の御神体となっている。 10 代崇神天皇( 251年- 301年)の皇子である豊城入彦(とよきいりひこ)を祖とする皇別氏族があり、その中の毛野(けの、けぬ)氏は、毛野国(群馬県と栃木県)を本拠地とした古代豪族である。 豊城入彦は崇神天皇の命により東国を治め、子孫の毛野氏の支配地より北は蝦夷地(えぞち)であった。 豊城入彦の母は遠津年魚眼眼妙媛(とおつあゆめまくわしひめ)、紀伊国荒河戸畔(あらかわとべ)の娘で、崇神天皇の妃になった。 日本武尊が東国遠征に行った時には、毛野氏は豊城入彦の孫・彦狭島王(ひこさしまのみこ、初代上毛野国造)か、彦狭島王の子の御諸別王(みもろわけのみこ)だったと考えられるので、日本武尊にとっては大いに手助けになったのではないか。 作戦や道案内、援軍の加勢もあったであろう。 御諸別王の名が、出雲の大国主命と少彦名命に縁のあるような気がする。 群馬県前橋市三夜沢町の赤城神社(上毛野国二宮)の祭神が、豊城入彦命と大己貴命になっている。 栃木県宇都宮市の二荒山神社(下毛野国一宮)の祭神が、豊城入彦命・大物主命(大国主命)・事代主命となっている。 豊城入彦命が出雲の大己貴命を信仰していたようだ。 日本武尊の蝦夷征討後も毛野氏は、蝦夷地の支配・管理運営に勤め、善政をしいたと日本書紀に記されている。 毛野国は 16代仁徳天皇の時代に、上毛野国(かみつけぬのくに、群馬県)と下毛野国(しもつけぬのくに、栃木県)に分かれた。 後には上野国(こうずけのくに)と下野国(しもつけのくに)と呼ばれるようになる。 7 世紀半ばの飛鳥時代に越国の国司であった阿倍比羅夫が、蝦夷征討の将軍として活躍し、 658年には水軍 180隻を率いて蝦夷を討ち、 660年には粛慎(みしはせ、北海道か樺太の蝦夷)とも交戦して勝利した。 しかし、白村江の戦いでは 662年に第二次派遣の征新羅将軍として水軍を率いたが、 663年に大敗した。 唐は白村江の後、高句麗を攻撃した。 668年に高句麗は滅び、唐に吸収された。 阿倍比羅夫の孫に阿倍仲麻呂( 698年- 770年)がおり、遣唐留学生として 717年に長安に渡り高官として働いたが、帰国せず唐で亡くなった。 阿倍仲麻呂が 753年に唐の都・長安で、故郷の大和を想って詠んだ歌、 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも 阿倍比羅夫の生没年は分からないが、阿倍比羅夫と阿倍仲麻呂の活躍時期の違いを考えると、仲麻呂は比羅夫の孫ではなく、 4世孫か 5世孫くらいの開きがある。 日本列島では、 8世紀から 9世紀にかけても蝦夷との戦いは続き、坂上田村麻呂( 758年- 811年)が征夷大将軍として蝦夷征伐を行った。 印南神吉 メールはこちらへ.

次の

こころ旅ブログ:NHK

とう づか な みこ ブログ

この頃、堀川の 大殿 おとどと聞こえさせて、関白し給ふは、一条の 院 ゐん・ 当帝 たうだいなどの、一つ 后腹 きさいばらの五の 御子 みこぞかし。 母后 ははきさいも、うち続き帝の御 筋 すぢにて、 何方 いづかたに付けても、押し並べての 大臣 おとどと聞こえさするも忝けれど、何の罪にか、 徒人 ただうどになり給ひにければ、故院の御遺言のままに、帝、ただこの御心に世を任せ聞こえさせ給ひて、 公 おほやけ・ 私 わたくしの御有様めでたし。 二条堀川のわたりを四町 築 つき込めて、心々に隔てつつ、造り磨かせ給へる玉の 台 うてなに、北の方三人をぞ住ませ奉る。 堀川二 町 まちには、御所縁離れず、故 先帝 せんだいの御妹、 前 さきの斎宮おはします。 洞院 とうゐんには、ただ今の 太政大臣 おほきおとどの御娘、一条の 后 きさいの宮の御 妹 おとと、春宮の御叔母、 代々 よよの御覚え、内々の御有様も、華やかにいとめでたし。 坊門 ばうもんには、式部卿の宮と聞こえし御娘ぞ、中には、我が御もてなしより 外 ほかには心苦しかるべけれど、女君の、世に知らずめでたき、一人生み奉り給へりけるを、内に参らせて、ただ今の中宮と聞こえさせ給ふ。 今上 きんじやうの一の宮さへ 生 むまれさせ給ひて、 勢 いきほひ中々勝れてめでたく、行く 末 すへまで頼もしき御有様なり。 築地 ついぢ 一重 ひとへを隔てつつ、うち通ひてぞ、殿は見奉り給ふ。 その頃、堀川大臣と申されて、関白であられたのは、一条院・当帝(今上天皇)と、同じ后の第五皇子でした。 母后も、代々天皇の血筋でしたので、何にとりましても、並みの大臣と呼ばれるのも畏れ多いことでしたが、何の罪あってか、徒人になられて(臣籍降下)、故院(一条院)の遺言通り、今上天皇は、ただこの堀川大臣の思うままに世を任せられたので、堀川大臣は公私ともに栄えられました。 二条堀川(現京都市中京区)あたりに四町の大殿を構え、それぞれ別々の、厳しく造った玉の台([りっぱな御殿])に、北の方三人を住まわせていました。 堀川二町には、所縁ある、故先帝の妹と、前斎宮([伊勢神宮に奉仕した皇女また女王。 伊勢大神宮 斎王 いつきのみこ])が住んでおられました。 洞院([仙洞]=[院御所])には、今の太政大臣の娘、一条院の后宮の妹、春宮の叔母が住んでいました、誰かれも代々天皇に大切にされて、内々の暮らしぶりも、たいそう華やかでした。 坊門(門近く)には、式部卿の宮と呼ばれる人の娘が住んでいました、大殿では、三人の北の方ほど優遇されておらず心苦しいことでしたが、女君で、世にないほど美しい娘が、一人生まれて、内裏に参らせました、今の中宮でございます。 この中宮に今上天皇の第一皇子が生まれて、たいそう栄えられて、行く末までも頼もしい限りでした。 堀川大臣は築地([土塀])一重を隔てて住んでおりましたが、それぞれの許に通われて、世話をされていました。 () この 親王 みこ、 万 よろづに思ほし騒ぎて、 陰陽師 おんみやうじ、巫、 博打 ばくち、京 童部 わらはべ、 嫗 おうな、 翁 おきな召し集めてのたまふほに、「我、この世に生まれて後、 妻 めとすべき人を、六十余国、唐土、 新羅 しらぎ、 高麗 こま、天竺まで尋ね求むれど、さらになし。 この左大将源 正頼 まさよりの主の女子ども、十余人にかかりてあなり。 一人に当たるをば、帝に奉りつ。 その次々、ことごとくに調へたなり。 残れる九にあたるなむ、 四方 よもの国聞きしに、かくばかりの人聞こえず。 この女なむ、耳に付く、心に付く。 しかあるに、父大将に請ひ、 正身 さうじみに請ふに、女も大将も、今に 承 うけ引かず。 いかなる仏神に大願を立て、なでふ事の 謀 たばかりをしてか、女の 赴 おもむくべき」とのたまふ時に、 比叡 ひえの山に、 総持 そうぢ院の十 禅師 ぜんじなる 大徳 だいとくの言ふやう、「難きを得むずるやうは、比叡の 中堂 ちやうだうに 常燈 じゃうとうを奉り給へ。 また、奈良、 長谷 はせの大 悲者 ひさ、人の願ひ満て給ふ龍門、坂本、 壺坂 つぼさか、東大寺、かくの如く、すべて仏と申す物、土を 転 まろがして、これを仏と言はば、 御燈明 おほみあかし奉り、神と見むには、天竺なりとも、 御幣帛 おほみてぐら奉らせ給へ。 百万の神、七万三千の仏に、 御燈明 みあかし、 御幣帛 みてぐら奉り給はば、仏神おのおの与力し給はむ。 天女と申すとも、下りましなむ。 いはむや、娑婆の人は、国王と聞こゆとも、赴き給ひなむをや。 また、山々、寺々に、 食 じきなく、物なき行ひ人を供養し給へ」と聞こゆ。 親王の君、「いと尊きことなり。 御燈明は、いくらばかり奉らむ」。 大徳、「一寺に一合奉り給ふとも、比叡の四十九院に、一月に一石四斗七升なり。 大小も、同じごと、各々奉り給ふばかりなり。 非常 ひざうとして思すならめど、仏に奉る物は、 徒 いたづらにならず。 来世、未来の 功徳 くどくなり」と聞こゆれば、いといたう喜び、立ち居、七度拝み給ふ。 「我が 聖 ひじりの、ことなし給へらば」。 大徳 宗慶 そうけい、「何か思す。 このこと、御心に 染 しみためり。 いとよく叶へ奉りなむ。 もし、さらむ 宿世 すくせなくは、少し心許なくなむあらむ。 男 をとこ女の御仲は、昔、縁のままなりき」と聞こゆ。 この君、「しかありとも、我が大事の聖の君、このこと赴けしめ給へ」とて、この御燈明の 料 れう、御幣帛の料、皆取らせ給ひつ。 この親王(上野の宮)は、あれこれ思い悩みうろたえて、陰陽師(占い師ですね)、巫(降霊師?)、博打(やくざ?)、京童部(ちんぴら?)、おばあさん、おじいさん(「亀の甲より年の劫」ということでしょうか)を呼び集めて申すには、「わしは、この世に生まれてからというもの、妻とすべき女を、六十余国(令制国によると六十八国らしい)、唐土(中国)、新羅(朝鮮半島南東部)、高麗(高句麗、朝鮮半島の南部を除く大部分および満州南部を含む)、天竺(インド)まで探し求めたが、あれほどの者(貴宮)はいなかった。 左大将源正頼(藤原の君が源氏とは少しややこしいですね、でも、源氏は臣籍降下の賜姓ですから、藤原氏が源氏との血縁関係を深めたのは事実です)の娘たちは、十人に余りと申すではないか。 一人は、帝の妻ぞ(藤原の君の長女は女御)。 その下の娘たちも、みな婿取りしてしまった。 残っているのは九女(貴宮)だが、四方八方の国の噂を聞いても、これに優る女の話を聞かない。 わしは、この九女のことが、気になって仕方ない、気に入ってしもうたのだ。 ならばと、父である左大将に九女の婿にせよと求め、本人にも文を出したが、九女も左大将も、今だ承知してくれないでおる。 いったい何の仏神に大願を立て、何をすれば、九女は同意してくれるだろうか」と申しましたが、「比叡山(現滋賀県大津市、最澄を開祖とする天台宗の本山、延暦寺は世界遺産)に、総持院(延暦寺の中心となる建物の一つ、法華総持院のことでしょうか)の十禅師(知徳にすぐれた十人の高僧のことらしい)の一人である大徳([高僧])が申すには、「困難な願いを叶える方法は、比叡山の中堂( 根本中堂 こんぽんちゆうだうが延暦寺の総本堂らしい)に常燈(神仏の前に絶えず燈しておく灯り、御燈明)を奉納なさいませ。 また、奈良、長谷寺(現奈良県桜井市初瀬にあります)の大悲者([仏教用語、大慈悲者の意、諸仏や諸菩薩、特に観世音菩薩のこと、長谷寺は観音寺です])、満願([仏教用語、願望が満たされること])成就の龍門、坂本(延暦寺の門前町、現滋賀県大津市北部)、壺坂(現奈良県中北部、壺阪寺がある)、東大寺(奈良の大仏で有名な寺です、現奈良市にあり、華厳宗の大本山ということです)、は申すまでもございませぬが、すべての仏といわれる物、土をこねくりまわして、それを仏と申すのであれば、すべて御燈明を奉納し、神ならば、たとえ天竺にあろうとも、御幣帛([神に奉納する物、 布帛 ふはくなど])を奉納しなされ。 ありとあらゆる神( 八百万 やほよろづの神)、ありとあらゆる仏(どうして七万三千なのでしょうか、でも仏教には八万四千とかの数字が出てきますね)に、御燈明、御幣帛を奉納すれば、仏神それぞれがあなたに力を与えてくれましょう。 天女でさえも、あなたの願いに舞い降りてくるでしょう。 申すまでもなく、この世の人であれば、たとえ国王と呼ばれる人であっても、あなたに従うでしょう。 また、山々、寺々に、食べ物もなく、物も持たない 行人 ぎやうにん([仏道を修行する人、行者])には供物を与えなさい」と言いました。 上野の宮は申して、「とてもありがたい話と聞いた。 ところで御燈明を、どれほど奉納すればよいのだ」。 大徳が答えて、「一寺に一合(一合は0. 18リットル。 御灯明油の単位でしょうか)奉納するとして、比叡山の四十九院では、一月に一石四斗七升(約264. 6リットルです。 一合=一日分とすると一月 三十日 で、0. 6となり計算が合います)が必要です。 大小の差がありますが、同じだけ、どの寺にも奉納なさいませ。 非常識な量だと思われるかもしれませんが、仏に奉納する物は、無駄にはなりませぬ。 来世、未来の功徳([仏教用語、現世、来世に幸福をもたらすもとになる善行])となります」と答えたので、上野の宮は、たいそう喜んで、立ったり座ったりして、七度大徳を拝みました。 「わしが聖([高徳の僧])の申す通りなすことは、雑作もないことだ」。 大徳は、「ありがたいことでございます。 ただこのことを、心に強く留めて決して口外なさいませぬよう。 そうすれば、あなたの願いはきっと願い通り叶うことでございましょう。 もし、貴宮との宿世([前世からの因縁、運命])がないということならば、多少頼りなくもございますが。 男女の仲というものは、昔から、縁のものと申しますので」と答えました。 上野の宮は、「とにもかくにも、わしの大切な聖が申すことだ、好きに取りはからえ」と申して、御燈明の費用、御幣帛の費用を、すべて大徳に与えました。 () 若き人々いと 数多 あまた、はかなき肴などまで、見えぬ事を尽くして、思ひ思ひに営みける贈り物ども、持たせて待ちければ、げに音をだに泣くべき所なし。 夜すがら遊び明かせど、心にはいかなることかは思はむ。 「さば、かうて止みぬるにや」と思ふに、また何事も思ひ交ぜられず。 雲にも雨にも 紛 まがへし疑ひよりも、げに時の間も、こは思ひ寄るべかりける契りのほどかはと、今しも空恐ろしう、思ひ続くるに添へて、胸より余る心地のみすれど、野山に 憧 あくがれし心も引き替へつつ、ただ一方の見るを逢ふ方に急がれて、いと 疾 とう 参 まゐれど、ほのかなる御影ばかり、薄き 帷子 かたびらを守り上げて、思ひ砕くる心の内ぞ悲しき。 若い人々が大勢、酒肴にいたるまで、趣向を凝らして、思い思いに贈り物を、携えて帰りを待っていましたので、弁少将は泣くこともできませんでした。 夜通し遊び明かしましたが、心の内では何を思っていたのでしょう。 「この国とも、離れてしまうのか」と思えば、思いは尽きることはありませんでした。 雲とも雨とも思い煩った女の正体は明らかとなりましたが、ほんの一瞬も、后であったとは思いもしなかったことでしたが、それを知った今となればさらに恐ろしくさえ思われて、思い悩むほどに、心の内に収めることはできませんでした、牡丹の花を探して野山を駆け巡った思いに引き替えて、ただ残されたわずかの間も后の姿を目に焼き付けておきたいと、朝早くより参内しましたが、わずかに影ばかりが、薄い帷子([几帳・ 帳 とばりなどに用いて隔てとする薄い絹布の垂れ布])に映るばかり、弁少将の思いは砕かれて心の内は悲しいものでした。 () 昨日今日よりのことではありませんでしたが、それでも、何事にも優れた女の近くには、実の兄のような男と、親しい仲になる例がなかったわけではありませんでした。 古くは、仲澄の侍従(『宇津保物語』。 源仲澄は貴宮の兄ですが貴宮は気持ち悪がっていましたけれど)・宰相中将(『源氏物語』の光源氏。 紫の上は光源氏の養女でしたが赤の他人です)などの例もないわけではありませんでした(例といっても「物語」です。 「狭衣物語」もそうですが)。 まして狭衣の場合は当然ともいえるものでした。 幼い時より、人にもまして美しく、物心が付くようになってからは、「源氏の宮のような人を、わたしの妻としたい、源氏の宮に劣るような女とは逢わないぞ」とばかり、思っていましたので、人を知る度に、つくづく、源氏の宮と結ばれない縁を取り持った結びの神さえも、恨めしく思うのでした。 () いかにせん 言はぬ色なる 花なれば 心の中を 知る人もなし と、思ひ続けられ給へど、げにぞ知る人もなかりける。 「たつ 苧環 をだまきの」と、うち嘆かれて、 母屋 もやの柱に寄り 居 ゐ給へる御 容 かたちを、「この世には 例 ためしあらじかし」と、見え給へるに、由なし事にて、さばかりめでたき御身を、「 室 むろの八島の 煙 けぶりならでは」と、立ち居思し焦がるる様ぞ、いと心苦しきや。 さるは、その煙のたたずまひ、知らせ奉らん及びなく、「いかならん便りもがな」と、思し煩ふにはあらず。 ただ双葉より、露の隔てなくて、生ひ立ち給へるに、親たちを始め奉りて、 他所人 よそびとも、御門・ 春宮 とうぐうなども、一つ 妹背 いもせと思し 掟 をきて給へるに、「我は我」と、かかる心の付き初めて、思ひ侘び、ほのめかしても、 甲斐 かひなきもの 故 ゆゑ、 哀 あはれに思ひ交はし給へるに、「『思はずなる心ありける』と、思し疎まれこそせめ。 世の人聞き思はん事も、無下に思ひ遣りなくうたてあるべし。 大殿・母宮なども、並びなき御心ざしとは言ひながら、『この御事はいかがはせん。 さらばさてもあれかし』とは、よに思さじ。 何方 いづかたに付けても、いかばかり思し嘆かん。 方々にあるまじき事」と、深く思ひ知り給ひしにも、あやにくぞ心の 中 うちは砕け優りつつ、「 終 つゐに身をいかになし果てん」と、心細う思さるべし。 なんとかならないもだろうか。 くちなし(口なし)色の花ならば代わりに想いを伝えるはずもなし、ましてや見えないわたしの心の内を、知る人などいるはずもない。 と、悩みは尽きませんでした、まこと狭衣の悲しみを知る者はいませんでした。 「たつ苧環の」(「谷深く たつ苧環は我なれや」=「人知れず立っている枝も葉もない枯れ木のようなわたしなのだ」)と、悲しみながら、母屋([寝殿造りで、 庇 ひさしに対し、家屋の主体をなす部分])の柱に寄りかかる、その姿かたちは、「この世にないほど美しい」と、思えるほどでしたが、どうしようもない恋の悩みは、それまでに美しい姿ながら、「室の八島([現栃木県栃木市惣社町にあったとされる地名。 野中に清水が湧き出、立ち上る水蒸気が煙のように見えたという])のように恋の煙は立ち上るのに」と、じっとしてもいられないほどに想い焦がれて、とても心苦しくなるのでした。 狭衣の苦しみは、立ち上る恋の煙を、伝えられないで、「なんとしても想いを伝えたい」と、悩んでいるからではありませんでした。 幼い頃より、片時も離れることなく、ともに育ち、親をはじめ、他人、帝([天皇])・春宮([皇太子])でさえも、一つ腹の兄弟のように思っておりましたが、「わたしは源氏の宮の兄ではない」と、源氏の宮に想いを寄せるようになってからというもの、思い悲しみ、それとなくほのめかしたところで、仕方のないことでしたので、ただ仲がよい間柄でいました、「もしも『どうしてそのようなことを』と、源氏の宮にこの想いが知れたなら今までのようには仲良くできないだろう。 世の人に知られでもしたら、なんと浅ましいものだと白い目で見られるに違いない。 大殿([父])・母宮の愛情は並々ではないけれど、『どうしたものか。 ならば結婚させよう』とは、よもや思われないだろう。 いずれにせよ、悲しみに暮れるほかないのだ。 どうすることもできない恋ならば」と、慰めても、心の内はさらに砕かれて、「この身も絶えるのでは」と、心配するほどでした。 () 少年の春は、 惜 をしめども留まらぬものなりければ、 弥生 やよひの二十日余りにもなりぬ。 御前 おまえの木立、何となく 青 おをみ渡れる中に、中島の藤は、「松にとのみも」思はず咲きかかりて、山ほととぎす待ち 顔 がほなるに、池の 汀 みぎはの八重山吹は、「井出の渡り」にやと見えたり。 「光源氏の、『身も投げつべき』とのたまひけんも、かくや」と、独り見給ふも飽かねば、 侍童 さぶらひわらはの、おかしげなる、小さきして、一枝づつ 折 をらせ給ひて、源氏の宮の御方に持て参り給ひければ、御前には、中納言・中将など言ふ人々、 絵 ゑ描き、色取りなどせさせ給ひて、宮は御手習ひなどせさせ給ひて、添ひ臥してぞおはしける。 「この花どもの夕映へは、常よりもおかしく 候 さぶらふものかな。 春宮 とうぐうの、『盛りには、必ず見せよ』とのたまはせしものを。 いかで、一枝御覧ぜさせてしがな」とて、うち置き給へるを、宮、少し起き上がり給ひて、見 遣 をこせ給へる御 目見 まみ・ 面 つら付きなどの美しさは、花の色々にも、こよなふ優り給へるを、例の胸騒ぎて、花には目も留まらず、つくづくと 守 まぼらせ給ふ。 「花こそ春の」と、取り分きて山吹を取り給へる御手付きなども、世に知らず 愛 うつくしきを、人目も知らず、我が御身に引き添へましう思さるる様ぞ、いみじきや。 「くちなしにしも、咲き初めにけん契りぞ、 口惜 くちをしき。 心の 中 うち、いかに苦しからん」とのたまへば、中納言の君、「さるは、言の葉も繁う侍るものを」と言ふ。 青春期は、過ぎ行く時間さえ惜しく思われるものですが時は止まらず、弥生([陰暦三月])も二十日過ぎとなりました。 御前の木立は、訳もなく青々と茂り、中島([寝殿造りの庭園の池にこしらえた島])の藤は、「松にとのみも」(『 夏にこそ 咲きかかりけれ 藤の花 松にとのみも 思ひけるかな』=『夏になって藤の花が満開である。 藤は松の木に寄りかかるものと思っていたが』。 『拾遺和歌集』)とばかり咲き誇り、山ほととぎすの待ち遠しく思っていたかのような鳴き声が聞こえて、池の汀の八重山吹([バラ目バラ科ヤマブキ属])は、「井出の渡り」(『色も香も なつかしきかな かわずなく 井出の渡りの 山吹の花』。 『小町集』。 井出の渡り=現京都府 綴喜 つづき郡井出町を流れる木津川水系玉川の渡り)と思えるほどでした。 狭衣は「光源氏(『源氏物語』)が、『身も投げつべき』(『沈みしも 忘れぬものを こりずまに 身も投げつべき 宿の藤波』=『須磨での嘆きも忘れぬうちに、まだ懲りずに、藤の花咲くこの宿の瀬に身を投げてしまいたい』。 『若菜上』)と詠んだのも、このような景色だったのだろう」と、独り見飽きることなく眺めていました、侍童([貴人のそばに付き添う少年])の、かわいらしく、幼い者に、藤の花を一枝折らせて源氏の宮の方へ持て参れば、御前では、中納言・中将たち(源氏の宮の女房)が、絵を描き、彩り([彩色])などして、源氏の宮は手習い([習字])をされながら、ともにくつろいでおいででした。 狭衣は「この花の夕映え([夕方の薄明かりに物の姿がくっきり浮かんで見える、その姿かたち])には、とりわけ趣きがありませんか。 春宮が、『花の盛りには、必ずわたしに見せよ』と申されておられますので。 どうか、この一枝をご覧じさせていただけますよう」と申して、藤の一枝を置くと、源氏の宮は、少し面を上げられて、狭衣に目を遣るその目元・顔付きの美しさは、花の彩りよりも、さらに優っておられました、狭衣はいつものように胸騒ぎ、花には目も遣らず、 源氏の宮を見つめるばかりでした。 「花こそ春の」(本歌不明)と申されて、山吹を手に取られるその手付きも、世にないほどに美しく、狭衣は人目を気にすることなく、その手を我が手に取ってみたいものだと、一途に思うのでした。 「くちなし色([赤みを帯びた濃い黄色])の山吹ではないが、口にも出せないこの想いが、残念でならない。 わたしの心の内の、どれほど苦しいことか」と申せば、中納言の君(源氏の宮の女房)は、「口なしとは申しましても、山吹の歌は多くございましてよ」と答えました。 () 「みなれては 恋すもあらじ おもかげの わすられぬべき わが身ならねば 思ひ出でむ時は、これを形見に」とのまひて、 小 ちひさき箱に入りたる鏡を賜はす。 「おのづから すがたばかりは うつりなむ ことの葉までは かよひこずとも 見知りたらむ人の見付けたらむこそ、恥づかしけれ。 されど、 傍 かたはらを知る悟りまではあらじ。 見きとなかけそ」とて、袖を押し当てたるほどに、やをらすべり入らせ給ふに、いかなる心地かはせむ。 声 こゑも立てつべし。 少し引き退きては、人々 候 さぶらへば、一言だにうち出で給はず。 中々、「かうながらも絶え果てねかし」と、命さへ辛けれど、何の残りて思ふにか、人目慎ましければ、立ち出るづる心地、何にかは似たらむ。 「そなたとは長く親しんでおりますれば、今さらに恋しく思うような間柄でもないでしょう。 そなたがわたしの面影を忘れることはよもやありませんから。 わたしのことを思い出す時には、これを形見にしてください」と申されて、小さな箱に入った鏡を贈られました。 「この鏡を見ればわたしの姿が見えます。 言葉を交わすことはできませんが。 わたしのことを知る人に見られたならば、恥ずかしく。 とはいえ、そなたとの関係を詳しく知ってはいないでしょうが。 話してはなりませんよ」と申されて、顔を袖に押し当てて、奥に入られましたが、弁少将の悲しみはどれほど深いものでしたか。 声を立てて泣きたいほどでした。 少し控えて、人々が伺候していましたので、呼び止めることもできませんでした。 どうすることもできずに、「このまま別れ行くのか」と、命さえ失うほどにつらいものでしたが、今さらになすべくもあらず、人目を憚って、御前を下がる弁少将の悲しみは、例えようもありませんでした。

次の