岡崎 聡子 被告。 元体操五輪代表・岡崎聡子被告が薬物裁判の法廷で涙ながらに語ったこと(篠田博之)

6度目逮捕 岡崎聡子が語っていた「下ネタ」

岡崎 聡子 被告

1995年の初犯から数えて今回で6度目。 「今はやっていない」と容疑を否認しているという。 15日午前3時ごろ、岡崎容疑者が東京・新宿区百人町1丁目の路上を1人で歩いていたところを自動車警ら隊が職質。 新宿署は「免許証で人物特定し、覚醒剤での逮捕歴があったため任意同行を求めた。 嫌がっていたが尿検査を行って緊急鑑定した結果、薄くですが陽性反応が出たため逮捕に至った」と説明する。 09年、5度目の逮捕で刑に服した福島刑務支所で同房だった女性のブログには、岡崎容疑者とのこんなやり取りが書かれている。 「聡子ちゃんは下ネタが大好きだった。 体操の選手だっただけにいろいろな体位を要求されるという。 基本はヤクザの親分格としかしないそうだ。 全く薬をやめるという意識はないようなので今日もどこかでどっかの親分とシャブをうって遊んでいるのであろう」 シャブセックスにおぼれていることを同房者に打ち明けたというのだからあきれる。 容疑者が職質された百人町一帯は熟女・人妻風俗や24時間営業の飲食店が多く、夜も街から人が消えることはない。 「昔とあまり変わらない体形でワンピースにコート姿だった。 奇声を発したりよろめくこともなく普通に歩いていた」(同署)。 容疑者に任意同行を求めるということは、警察は岡崎容疑者をずっとマークしていたのだろう。 5回目の受刑時に「役立たぬ女子刑務所の薬物教育」(創出版)を上梓した岡崎容疑者もまた下げ止まらない転落人生から這い上がれずにいる。

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元オリンピック選手が14回目の逮捕!繰り返される薬物依存、東京オリンピックは大丈夫?

岡崎 聡子 被告

モントリオールオリンピックの体操競技で元日本代表の岡崎聡子が、2013年に覚せい剤で6度目の逮捕・実刑判決を受けていましたが、なんと2019年6月19日にまた覚せい剤で逮捕されたというニュースが報道されました。 岡崎聡子逮捕は何年振り何回目? 岡崎聡子は1976年のモントリオールオリンピックに当時15歳で出場しています。 将来をかなり有望視されていたんじゃないでしょうか。 まるで甲子園出場校のような感じになっていますが、岡崎聡子さんはこれまでに6度目の逮捕経験がありますので、今回で7度目。 前回は2013年だったので6年ぶりの逮捕となってしまいました。 1回目:1995年4月29日34歳:懲役1年6ヶ月、執行猶予3年• 2回目:1995年8月3日34歳(1回目の執行猶予中)懲役1年6ヶ月の実刑判決• 3回目:2000年39歳• 4回目:2005年44歳• 5回目:2009年 2月16日、48歳• 6回目:2013年2月15日、52歳:懲役3年6ヶ月の実刑判決 岡崎聡子には他にも証拠不十分で釈放された逮捕もあるので、通算で14回目となる逮捕となってしまいました。 汗 服役期間(刑期)を合計するとすでに10年以上にもなっていますね。 岡崎聡子さんのプロフィール 経歴 家族は?子供は?夫は? 生年月日: 1961年1月13日 年齢:58歳 出身地:東京都 出身高校:國學院高等学校(在学中にオリンピック出場) 出身大学:日本体育大学短期大学部 獄中手記によると初めて薬物を経験したのがアメリカのロサンゼルスで、エアロビクスの勉強に行っていた時だったそうです。 最初はアメリカにいる時だけ使っていたようですが、コカインにも手を伸ばし、結局、日本に帰ってからも六本木でホステスの仕事をしつつお酒を飲むような感覚で覚せい剤を使ってしまったようです。 岡崎聡子さんの夫や子供は? 岡崎聡子さんに子供がいることは間違いないようです。 先ほどの獄中手記の中で、女子刑務所に入って一番つらいのは、残された子どもが施設に入れられて淋しい思いをしていること、と語っています。 情報を調べていくと1980年代後半に子供を2人もうけているようなので、年齢は30代ではないかと思われます。 岡崎聡子のネットの反応【ツイッターの口コミ】.

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薬物で6度目の逮捕「岡崎聡子」の現在と生い立ち。入れ墨画像の真相

岡崎 聡子 被告

岡崎聡子さんは、オリンピックにも出場したことがあるスポーツ選手です。 体操でも有名な岡崎聡子さんが、薬物使用で逮捕されたことに当時驚いた方も多いのではないでしょうか? 岡崎聡子さんの受賞歴も華々しいもので、モントリオールのオリンピックでは団体8位に、個人の総合でも30位と大健闘だったと言います。 同世代の体操選手「ナディア・コマネチ」の名前にあやかり、「和製コマネチ」と呼ばれる時代もあったそうです。 その後大学に進学しましたが、すぐに中退をし、タレント業へと転身を決めました。 また、タレントになってからは、日本にエアロビクスを広めたとも言われています。 結婚後は、1984年に発行された雑誌「平凡パンチ」で、妊婦姿のヌードも発表し、ここでも一躍人気が出たと言います。 当時は、「トロピカルぽえむ」という水中ヌードのビデオも話題となりました。 岡崎聡子さんが薬物使用で逮捕されましたが、同じように芸能界で薬物で逮捕された男性に清水健太郎さんがいます。 清水健太郎さんもまた、芸能界では有名人でしたが、清水健太郎さんと岡崎聡子さんは、夫や妻もまた薬物を使用していたことが共通しています。 岡崎聡子さんは、のりぴーこと酒井法子さんと同じルートで薬物を手に入れたとされていますが、何が岡崎聡子さんをそこまで駆り立てたのでしょうか? 酒井法子さんが逮捕されたと同時期には、岡崎聡子さんは獄中におり、取材陣にこう話していたと言います。 「刑務所では、自分がまた薬をやるつもりでも、反省しましたと言えば仮出所が出来る。 」などです。 岡崎聡子さんは、薬物の使用を止められない何かがあったんでしょうね。 家族がいても、止めることは出来なかったのでしょうか? シャブセックスにはまり、一時期は暴力団との繋がりも指摘されたことがあり、シャブセックスに効果的な体位なども話していたそうです。 現在もまた、薬物を止められない岡崎聡子さんですが、すぐに芸能活動を再開した酒井法子さんとの違いも浮き彫りになりました。 とは言え、再犯率の高さを現在に至るまで証明していますので、岡崎聡子さんが薬物を止める気がないのなら、また逮捕される可能性もありますね。 岡崎聡子さんは、1961年に東京で生まれ、現在は50歳を超えています。 小さい頃から体操をやっていて、15歳の時にはモントリオールのオリンピックに出たことで、一躍脚光を浴びました。 また1976年には、NHKの選手権で優勝もしている凄腕の体操選手だったんですね。 タレントに転身してからも、持ち前の顔が美貌だったことから、人気者でもあったそうです。 1979年には、エアロビクスを日本に広めた第一人者として、こちらも話題になったようです。 ところが、兼ねてから体に入れ墨があるなどと言われていた岡崎聡子さんですが、アメリカに滞在していた時に薬物にはまってしまい、それが原因で何度も逮捕されてしまうことになります。 日本でも水商売のホストなどから、麻薬を手に入れ、常習的に使用したこともあったようで、現在の彼女には体操選手の面影はもうありません。 覚せい剤などの薬物にはまってしまった理由は明らかになっていませんが、入れ墨が体にあることから、暴力団との関係も疑われていたと言います。 もしかしたら、入れ墨もアメリカ滞在時に彫ったのかも知れませんが、それでも日本では当時入れ墨=暴力団との認識もあったようなので、入れ墨自体も彼女の体に何らかの兆候を残していたのかも知れません。 岡崎聡子さんが薬物を止められない理由として、かつてスポーツ選手であったということも関係しているかも知れません。 スポーツ選手は、知名度が出るほどに評価され、人に注目されるようになります。 見られることのストレスと、薬物が関係ないとは思えません。 結果を出せれば認められるスポーツの世界ですから、モントリオールのオリンピックに出た当時は、かなりの高揚感もあったと思います。 今でこそ、モントリオール時代の名残は見つからないものの、体操で培った体の柔らかさなどを武器に、エアロビクスの教室を開いたり、エアロビクスのビデオを出す程度には有名人でもありました。 一度手に入れた栄光をもう一度!となることに、誰が異を唱えることが出来るでしょう。 ただ、薬物使用は、どんな理由があるとしても許されることではありません。 例え、ホストの機嫌取りに薬物を買ったとしても、麻薬を売ったホストが逮捕されていなくてもです。 過去の輝かしい栄光の記憶を取り戻すために、薬物に手を入れたとしたら、とても悲しいことですね。 壮絶な生い立ちを持っている人物だからこそ、その生い立ちを無にするような出来事を起こしてしまったのは残念でなりません。 現在も薬物を使用していると噂される岡崎聡子さんですが、家族や知人に止めてあげられる人が出ることを祈ります。 岡崎聡子さんは服役中に、一番辛かったこととして、自分の子供を育ててあげられないこと、そして残された子供が施設に入れられて、どれだけ寂しい思いをしているか?それを考えるのが、一番辛かったと語っています。 子供には何の罪もないのに、親がいないということで、また親が犯罪者ということで、施設に入れられ、もしかしたら岡崎聡子さんのせいで苛めにあっているかも?と考えると、同じ子供を持つ母親なら、共感できる部分もあるのかもしれません。 最初に薬物に手を染めたのは、アメリカ滞在中で、日本でもホストなどから薬物を手に入れ、常習的に使っていたとされる岡崎聡子さん。 画像では、涙ながらに記者会見をしている岡崎聡子さん。 でも、これは一体何に対する涙なのでしょうか? 岡崎聡子さんは、アルコールと同じ感覚で現在も麻薬を使っているのかも知れません。 刑務所での「薬物離脱教育」を毎回受けていても、薬物依存から抜け出すことが出来なかった岡崎聡子さん。 ただ、獄中で感じたことを岡崎聡子さんは、こうも話しています。 「女子刑務所のほとんどの人が、仮釈放を受けたいだけで、教育を受けています。 」 「覚せい剤で身がぼろぼろになりますし、二度と手を出そうとは思いませんと言葉だけで係員を満足させている人もいます。 」 「アルコールでも体がぼろぼろになる人はいるのに、なぜ薬物だけが悪く言われるのか?」 岡崎聡子さんは、反省はしていると思いますが、薬物とアルコールの話はなるほどと思いました。 確かに現在、アルコールでの飲酒運転の事故も多いですし、薬物だけが対象になるのもおかしいと頷けます。 ただ、だからと言って、自分が薬物依存であることを肯定する理由にはなりません。 最初に手を染めてしまうと抜け出せない薬物依存のことを、誰よりも端的に語っているのは岡崎聡子さんその人自身かも知れませんね。

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