からぬ。 「悪しからぬ」ってどういう意味ですか?

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からぬ

だったら「なし」にしとこう。 あ、でも「なし」って言っちゃうと紛らわしいからマルって言うようにしよう。 で、よく使われるのをまとめると、あの複雑な覚え方になったわけです。 さて、「からぬ」はこの「古語の形容詞の未然形の活用語尾」=「から」に打ち消しの助動詞「ぬ」がついたものです。 ついでに言えば「かり」は「~く・あり」です。 「子供らしから・ぬ」は形容詞+助動詞だと考えられますが、「無理からぬ」のほうは辞書に載っていた説明のとおり「無理」にむりやり「からぬ」だけをくっつけたものでしょう。 その理由として ・「~からぬ」という言い方は古語では普通にたくさんあった(赤からぬ、白からぬ、暗か らぬ、高からぬ…) ・「無理」は名詞または形容動詞だが、形容詞と同じように状況・状態・様子を表す ということから、混同されてしまったのでしょう。 「子供らしからぬ」の肯定の形は「子供らしかり」をはじめ、否定形になっていないもの全部です。 活用形は違っても、否定せずに「子供らしいよ」と言っているので。 そこから無理矢理考えれば「からぬ」の肯定の形は「かり」とか「し」とかだということになります。 「かろう」も「~なんだろうな」と肯定的に推量しているから、肯定の形と言ってよいと思います。 ただ、日本語では否定形はとりたてて言いますが、肯定形ってあんまり言わないと思いますよ。 否定形以外は全部肯定的に言ってるわけですから。 投稿日時 - 2013-01-22 00:34:33 「子供らしからぬ」については、 「子供」という名詞に形容詞をつくる接尾語「らしい」とつけて「子供らしい」 形容詞「子供らしい」の未然形「子供らしから」+打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」で「子供らしからぬ」。 ただ、口語文法で形容詞の未然形活用語尾は「かろ」しかありませんので、これも文語です。 ちなみに、「良かろうこと」は、形容詞「良い」の未然形「良かろ」+推量の助動詞「う」の連体形です(口語文法)。 推量の助動詞「う」は、無変化形(終止形でも連体形でも「う」で用いるが、この2つの活用形でしか使わない)なので、「良かろうこと」は文法上は誤用ではありません(「良かろうと思って」としても間違いではない)。 肯定形については、「子供らしからぬ」は「子供らしき」ですが、「無理」はもともと形容詞ではありませんので、「無理だ(連体形なら「無理な」)」か「無理である(形容動詞「無理だ」の連用形+(補助)動詞「ある」)」かと思われます。 投稿日時 - 2013-01-22 00:00:15 辞書に直接説明がないのは、「からぬ」というのがひとつの単語として認知されていないからです。 今では、「良からぬ」や「無理からぬ」は、これ自体がひとつの単語と認識されていることが多いようです。 さて、説明は「良からぬ」のほうが簡単なのですが、文語の文法になります。 良からぬ = 良から(ク活用の形容詞「良し」の未然形)+ぬ(打ち消しの助動詞「ず」の連体形) です。 ですから、敢えて言えば、「ク活用をする形容詞の未然形の活用語尾・から」+「打ち消しの助動詞『ず』の連体形・ぬ」ですね。 「ぬ」と、連体形で終わっているので、「良からぬ」の後には、体言(名詞など)が来ます。 無理からぬは、「無理」という言葉が形容詞とは思えないので、「良からぬ」などにならった造語が発祥なのではないかなと思います。 あと、「~からぬ」は、打ち消しの助動詞で終わっているから打ち消しなので、「肯定形」というものを敢えて考えるのなら、ク活用の連体形である、「良き」になるべきでしょう。 (「良かろう」の後に、名詞は続きませんね?) 投稿日時 - 2013-01-21 20:30:18.

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「悪しからぬ」ってどういう意味ですか?

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「稀勢の里新横綱の場所が2017年3月の春場所です。 私の真打ち昇進がその年の4月1日。 私がファンと知る友人、知人からの祝福メールは圧倒的に横綱昇進の話。 『あと1勝がなぜ勝てない』とずーっと待った初優勝が同年1月。 我が事のように喜んだ。 その春に大胸筋を痛め、なおも土俵に上がる稀勢の里。 もうやめてと願う傍ら、必死に土俵を務める新横綱。 稀勢の里はよき題材ですか。 ここから先は読者会員のみ見られます。 でログイン・会員登録をお願いします あわせて読みたい•

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悠仁様が眞子様を呼ぶよからぬあだ名とはなに?SNSの声まとめ

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以下、そのことを探ってみよう。 結論から先に言えば、この二人の間には浅からぬ関係があった。 まず、二人とも、岡山県を郷里としていた。 … 和田利夫『昭和文芸院瑣末記』 より引用• それにしても、その主教は、なぜそうもフェザーン支配者層の内情に精通することが可能だったのか。 地球教は同盟の指導者たちとも浅からぬ関係があるようだが、フェザーンとの関係はさらに深かったのか。 それほどに地球教のはりめぐらした地下茎は広がっているのか。 … 田中芳樹『銀河英雄伝説 05 風雲篇』 より引用• これら諜報機関が反共・ユダヤ拡張報道機関の砦として読売グループに取り入り、反共プロパガンダのテレビ局として日本テレビを開局させ、国民球団として読売ジャイアンツを育てたのはCIAであるといった説もある。 なお、正力松太郎がCIAと浅からぬ関係にあった事は事実である。 怒羅権が結成されるのは、それから二年後の八八年である。 結論を先にいえば、佐藤氏が怒羅権のメンバーになったことは一度もないが、怒羅権と浅からぬ関係にあったことは事実だ。 来日後の自分の仕事に触れながら、怒羅権と繋がりができた経緯を明かした。 … 吾妻博勝『新宿歌舞伎町 新・マフィアの棲む街』 より引用• やはり、オイレングラスの、しかも贋作という言葉が、はなはだしく俺を動揺させたとしか思えない。 くりかえすようだが、俺はオイレングラスとは因縁浅からぬ関係にあったのだ。 もちろん、俺は小泉の言葉を全面的に信用したわけではなかった。 … 山田正紀『贋作ゲーム』 より引用• 高速バス、貸切バスにJRバス関東などの中古車も導入されている。 戦時統合の際、東武系の自動車会社も統合した関係で、今日まで東武鉄道とは浅からぬ関係が続いていた。 現在も根津家を通じて東武による資本関係がある。 加藤とも浅からぬ関係がある。 荒俣宏『帝都物語4』 より引用• 三回目は、いま江原へ電話を掛けた時のことで、江原の口からその名前の飛び出すのを聞いたのである。 山代は自分が七浦敏子という女性と、過去において何か浅からぬ関係があることは想像できたが、それがいかなるものであるかは、全く予想できなかった。 ただ、いまの江原の口から出た言葉で、自分が相手に詫びを言わなければならぬ程、何か大きな迷惑をかけていることだけは確かなようであった。 … 井上靖『崖(下)』 より引用• 彼らの主張によれば、現代社会に売春や麻薬や暴力がはびこるのも、進化論と唯物論のせいだというのだ。 悪いことに、そうした運動は巨大なキリスト教ファンダメンタリスト勢力をバックにしているばかりか、新右翼や反ユダヤ主義とも浅からぬ関係があった。 二〇一〇年一〇月、アラバマ州議会で、公立学校で創造論を教えることを認める法案が、圧倒的多数で可決された。 … 山本弘『神は沈黙せず』 より引用• 副官をそうたしなめて、結局、芝の水交社に席が設けられる事になり、山本は其処で、某日この三人の財界人たちと会った。 南条金雄は、梅龍の千代子と浅からぬ関係にあった人で、それが原因ではあるまいが、山本の話を聞いて、少し言葉を濁し、帰って相談してから返事をしたいと言った。 住友の小倉正恒も同じことを言った。 … 阿川弘之『山本五十六』 より引用• 田代周平にそうしたサディスティックな一面があるとは知らなかった。 田代と堂本の因縁浅からぬ関係について、飯田才蔵に問いただしてみたい気持ちもあったが、さすがに本人がいる前で口に出すのは気が引けた。 いずれ別の機会があるだろう。 … 法月綸太郎『生首に聞いてみろ』 より引用• 木島直子も、先生に聞かされてようやく知った。 そもそも大福帳は、井戸とは浅からぬ関係にあった。 恒常的に保管することが求められ、かつ後世に伝えるべきものであるだけに、被災を想定し、それを免れるための手法が編み出されていた。 … 服部真澄『清談 佛々堂先生 わらしべ長者、あるいは恋』 より引用• また「緑山乍」銘には、「金田記」「金田」の銘が併記される作品が見られ、この金田は明治から大正期の牙彫家・牙彫商の金田兼次郎だと考えられる。 緑山が金田に直接師事したという記録はないが、展覧会への出品は金田によってなされており、両者が浅からぬ関係だったことが窺える。 緑山作品の伝来をたどると、皇室関係者に行き当たる例が幾つかあり、緑山の牙彫は国内のごく限られた富裕層が愛玩したものと想像される。 延喜式神名帳には記載がないが、『日本三代実録』貞観8年条に「播磨国無位素盞嗚神に従五位下を授く」との記述があり、当社のことと見られる。 また、この牛頭天王という神は陰陽道にとって非常に重視される神であるが、創建者とされる吉備真備は陰陽師であったとされ、広峰神社が陰陽道と浅からぬ関係にあったものと推察される。 牛頭天王に対する信仰は、御霊信仰の影響により、厄いをもたらす神を祀ることで疫病や災厄を免れようとするもので、以下に記す祇園社の「祇園信仰」が有名であるが、当社においては主として稲作の豊饒を祈願した内容の信仰となった。 些細なことからエゥーゴのエースパイロットであるカミーユ・ビダンとは因縁浅からぬ関係となり、いくどとなく対峙した。 ときにはカミーユを窮地に追い込むこともあったが、いつも邪魔が入るなどして敗れ去る。 だが、忠兵衛と真田家との関係、その秘密の数々をわきまえている宗七だけに、忠兵衛が暗殺されたことについても、と、おもっているようだ。 橘屋は、紀州家の〔 御成先 おなりさき・ 御用宿 ごようやど〕という格式をもっているだけに、紀州家とも浅からぬ関係がある。 … 池波正太郎『剣客商売 18 番外編 黒白 下』 より引用• 春日部、大野に対する女子会員達からの風当たりが強く、他にも原口の勝手な居座りや荻上の移籍など、現視研とは因縁浅からぬ関係にある。 吉田兼倶撰といわれる『二十二社注式』には、天武天皇の白鳳乙亥年に垂迹し、大和神社の別宮になったと記されているので、吉野と浅からぬ関係にあった同天皇によって創祀されたものとされている。 古来大和神社の別社とされ、祈止雨の霊験著しい雨師神として、朝廷から重んじられ、宝亀4年には神戸4烟が充てられている。 なお竹井は読売新聞社の出身で、読売退社後も大阪讀賣新聞や中部讀賣新聞の創刊に参画するなど読売グループと浅からぬ関係にあった人物である。 このため、埼玉新聞を読売系新聞社とみなす場合がある。 聞き役が勝本清一郎だったことによって、これには、かなりの資料価値を持たせていいと思う。 徳田秋声と勝本清一郎とが対談し、それを第三者がまとめるというのでなく、直接の聞き役が原稿にしているからでもあるが、それ以上に、事柄の本質を洞察した上で、それを正しく伝えることにおいて、秋声と浅からぬ関係にあった勝本清一郎が適任であったという意味である。 … 和田利夫『昭和文芸院瑣末記』 より引用•

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