石野真子現在。 石野真子の今現在と若い頃!結婚して子供はいる?実家も紹介!

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石野真子現在

この にはなが不足しています。 の提供に協力をお願いします。 存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的にあるいは有害となるものは すぐに除去する必要があります。 ( 2012年8月) いしの まこ 石野 真子 本名 同じ 別名義 石野 眞子 生年月日 1961-01-31 (59歳) 出生地 ・ 身長 156 血液型 職業 、 ジャンル 、、 活動期間 アイドル歌手時代: - 、 復帰後:1983年 - 活動内容 : 『』決戦大会合格 1978年: 「」で歌手デビュー 同年: 「九月の空」で映画デビュー : 『』でドラマデビュー 同年: 「ジュリーがライバル」でNHK紅白歌合戦初出場 : 『』 ドラマ 同年: 「ハートで勝負」でNHK紅白歌合戦2回目出場 1981年:芸能界を一時引退、と結婚 :長渕との離婚により芸能界へ復帰 : 『』 : と再婚、芸能活動は続行 : 広岡と2度目の離婚 配偶者 (1981年-1983年) (1990年-1996年) 著名な家族 妹 (、) 事務所 公式サイト 主な作品 テレビドラマ 『』 『』 『』 『』シリーズ 『』 映画 『』 『』 目次• 経歴とエピソード [ ] 芸能界デビューまで - 1977年 [ ] 誕生、幼少期 [ ] 1月31日、石野家の長女として生まれる。 みずがめ座のA型 (アイドル時期のファンクラブ会報にはO型との表記がある。 編集段階でのミスか、幼少時の検査結果によるものかは不明)。 両親と妹2人の5人家族。 父親はビーズ製のハンドバッグ製造会社の経営をしていた。 石野が幼い頃の実家では大型犬の (名前は「バズ」) を飼っていて可愛がっていた」。 1973年 [ ] 4月、の系女子校の私立に進学。 石野の父親は非常に躾が厳しく、中学・高校時代の門限は16時30分で、1分でも遅刻すると「どこへ行ってたんや」と父親が玄関で待ち構えていた。 帰宅後は、実家で製品確認等の家業手伝いをしていた。 中学1年の頃、日曜日の午前11時に放映されていた系列の番組『』をよく見ていた。 同番組から歌手デビューした白いのの活躍を見て「私もあんな風にテレビに出たい」と密かに決意する。 中学時代に自宅でよく歌っていたのがの「」。 初めて買ったがの「」だった。 1975年 [ ] 中学3年後期、躾に厳しかった父親も習い事には理解を示し、歌が好きだった石野は「歌のレッスンを受けたい」と相談すると、「きちんとした所に通うんやったら、ええやろう」と許可された。 歌謡学院大阪校 (現在の大阪校)のオーディションを受けて合格、同校のレッスン生となり通うことになった。 入学審査オーディションで石野が歌ったのは、の『冬の帰り道』。 1976年 [ ] この頃にデビュー前のとをしていた。 この時期二人は、共に平尾昌晃歌謡学院大阪校へ通う生徒だった。 4月、に進学(同高校には2年生の2学期までの在籍。 歌手デビューのため上京した2年生3学期からは都内のへ転校)。 この年の秋、平尾昌晃歌謡学院の講師から「本気で歌手になる気があるならオーディションを受けてみないか、君の実力ならきっと受かると思う」と勧められる。 これがきっかけで系の番組『』に応募ハガキを出す。 父親に「オーディションを受けてもいいかな? 」と訊ねると、「どうせ落ちるやろから、まあええよ」と反対されなかった。 1977年 [ ] 1月26日、『スター誕生! 』の予備審査と予選会を勝ち進み、本選の大阪大会(豊中市民会館、テレビ放送日1977年2月13日)に出場。 の『天使のらくがき』を歌った。 審査発表では会場の一般審査員からの得点だけで合格点を超えてしまい、ら専門審査員を驚かせる。 合格ラインは250点 (5人出場時の大会では300点)で、この日の石野の最終得点は530点になり1,000点の過半数を独占した結果になった。 しかし、最終目標は後日合格者が集まって開催される「決戦大会」に出場して芸能事務所からのスカウトを受けることであり、ここでスカウトされなければ「歌が上手な一般人」で終わる。 なお、この大阪大会に出場した際、バーニングプロダクションのスカウト担当者から「もし決戦大会でダメでもうちに来ませんか、責任を持って歌手に育てますから」と声をかけられていた。 3月23日、『スター誕生! 』第20回決戦大会に出場(会場:東京・後楽園ホール、放送日: 1977年4月3日)。 父親から「これに落ちたら、もうオーディション番組を受けたいなんて気持ちを起こすんじゃないぞ」と念を押されて挑戦した。 再びダニエル・ビダルの『天使のらくがき』を歌う。 「11番、石野真子、一所懸命頑張りました、どうぞよろしくお願いします! 」と挨拶した石野に対し、スカウト意向の芸能事務所プラカードが16社挙がる。 スカウト希望した事務所には、、、、、、、、、(名称は放送当時)などがあった。 尚、同決戦大会の合格者には石野の他、翌1978年の同期歌手デビューのがいた。 石野本人の『スター誕生! 』審査時の書類が残されている。 そこには「テレビに出演するにあたってのあなたの抱負は? 」との質問があり、「新人賞をとりたい、誰からも愛されたい」との回答が記されている。 『スター誕生! 』決戦大会の勝因について尋ねられた石野は、「選曲が自分に合っていた事と、自分で勝手に考えたが歌に合っていた事が良かった(のではないか)」と後にコメントしている。 デビュー前からファンが付いていたと言われているが、実際に『スター誕生! 』第20回決戦大会(4月3日)のスカウト発表場面のDVD映像によると、素人の石野に対して早くも会場の男性ファンから「真子ちゃーん」との声援が飛んでいる事が確認できる。 『スター誕生! 』の合格を経て、石野の所属事務所はバーニングプロダクションに決まる。 事務所選定時のエピソードについて後の取材で石野は、「何かホントに素人判断なのですが、バーニングには先輩に郷ひろみさんがいらっしゃるから大丈夫じゃないか、と思ったんです。 もちろん両親や周りのスタッフの方とも相談して決めましたが、当時の事務所の専務さんから「当社はあなたを将来こういう風にしたい」という温かいお手紙をいただき、ここだったら安心、みたいな気がしました。 」(2009年4月、YOMIURI ONLINE) その後、約1年間をかけてデビューへの準備を行う。 父親の希望もあってデビュー曲が出来上がるまでは芦屋の実家で歌のレッスンに励み、高校2年の夏休み1ヶ月間は東京へ出向いて日本テレビ音楽学院に通った。 デビュー曲の作曲を担当すると東京六本木のバーで初対面する。 この時の「石野真子」の印象を、吉田は後の著書の中で「本当にこの人デビューするんですか? と思うほど太っていたが、不思議な芸能界は3ヶ月後(レコーディングの時)には見違えるほど変身させて連れて来た」 、と記している。 アイドル期 〜100万ドルの微笑〜 1978年 - 1981年 [ ] 1978年 [ ] 所属事務所からデビュー曲が決定したとの知らせが届き、準備に入るため、1月7日、上京することになった。 電話の受話器越しに作曲者の吉田拓郎が歌う『』のデモテープを初めて聴き感激したという。 レコーディングに関しては「」の「レコーディング」の項を参照。 として芸能界にした。 当時のアイドルには必ずと言っていいほどキャッチフレーズが付けられており、石野に付けられたものは「 100万ドルの微笑」。 ファースト・アルバム『微笑 ほほえみ 』の帯にもその記述が見られる。 また、八重歯と垂れ目であることをチャームポイントにしていた。 「狼なんか怖くない」を観客の前で初披露したのは、テレビの『』。 後日感想を訊かれて「私の歌をあんなに喜んでくださるなんてもう最高! 、すごく嬉しかった! 」とコメント。 3月27日、デビュー2日目に系列の音楽番組『』に出演。 「狼なんか怖くない」を歌い終えた石野に対し、司会者のは「いやー真子ちゃん、デビューして2日目! ご苦労様でした! 」と声をかけている。 デビューからしばらくの間、石野が仕事の移動で使っていた車はマネージャーの井上が運転する「の真っ赤なビートル」。 これは所属事務所の1年先輩のが使用していた車を譲り受けたもの。 また、当時は極度の男性恐怖症があり、男性マネージャーと2人で車に乗っている時はいつでも車から飛び降りられるように助手席のドアノブを握っていた。 6月25日、シングル2作目『』(わたしのドン)発売(作詞担当の阿久悠は、当時広島で起きていた暴力団抗争からヒントを得て、「首領」を「ドン」と読ませた)。 8月、デビューシングルと2作目を作曲したがパーソナリティーを務めるラジオ番組『』にゲスト出演。 」と尋ねられ、「子供の頃からいつも歌っています」と告白。 また、自分を動物に例えると何? とのリスナーの質問に、石野が「タヌキ…じゃないですか? 」と答えると、吉田は「僕は自分をカモシカだと思ってますけどね」と応じて石野を笑わせた。 また吉田は番組内で石野について「あなたは頭が良い」「あなたはラジオよりテレビのほうが面白い! 」と称賛した。 当時披露した物まね芸に、アメリカ人美女プロゴルファー「」(1978年8月、『吉田拓郎の』で披露。 当時流行した日清製油 現・ のテレビCMに出演した)の歌真似と、「」(1979年7月20日、『』で披露) などがあった。 8月27日、いわゆる「西武園1万人コンサート」開催。 この年8月最後の日曜日に、自身初となるを で行う。 ファンの集いを兼ねたこのコンサートは「石野真子のドンとやってみよう、宿題なんか怖くない、1万人大集会」というタイトルで中高生をターゲットに開催したもので、石野の歌を楽しむ一方、大学教授を招き夏休みの宿題対策を冗談を交えて行う企画だった。 集まったファンへのプレゼントとして夏休み期間のお天気情報 天候、気温、湿度 が配られた。 10月2日、アイドル賞受賞。 10月5日、シングル3作目『』発売。 10月12日、金賞受賞。 10月22日、石野が初めて出演する映画『』が松竹大船撮影所にて撮影開始。 の受賞作品『九月の空』を映画化したもので、監督作品。 主人公の高校生・小林勇()に淡い憧れを抱く初々しい女子高生の松山小夜子役。 また、石野の所属事務所先輩のが、ライバル高校の剣道部員役で友情出演している。 この映画には主演の坂東正之助とのキスシーンがあったが、元来恋愛に奥手でプライベートですらキスの経験がなかった石野は撮影当日、相当緊張した。 キスシーンの撮影自体は1度でOKを出せたものの、本番後の石野は大粒の涙を流した。 10月25日、新人賞受賞。 11月15日、放送音楽新人賞受賞。 11月18日、マスコミ関係者を招きにて「早く来い来い、クリスマス・ホームパーティ」を開催。 12月2日、映画『九月の空』が系映画館で公開。 同時上映は『』。 12月31日、『』が新人賞を受賞。 「『失恋記念日』は賞を頂けたという事で、いつも唄う時には1曲につき2着の衣装があったんですけど、3着・4着と増えたっていうのがすごく嬉しかった」 1979年 [ ] 1月11日、・に出演(新宿音楽祭金賞受賞者が派遣されていた)。 1月25日、シングル4作目『』発売。 バーニングプロダクションの当時のプロデューサー小口が企画段階から「次のシングルは徹底的に明るい歌にする」としていた作品。 1月31日、の連続テレビドラマ、水曜劇場『』に出演が決まり、撮影初日。 石野がスタジオに姿を現すと、照明が消えてハッピー・バースデーの曲が流れ、バースデー・ケーキにロウソクが灯り共演者や撮影スタッフから拍手が沸き起こる。 18回目の誕生日をサプライズ企画で祝ってもらい感激したという。 2月14日、TBS水曜劇場『』放映開始。 石本家の末娘、高校生のみどり役で出演。 さんやさん、さんとか、素晴らしい俳優さんたちに囲まれて、私は能天気に本当に自由に伸び伸びとやらせていただいたので、NG出したらどうしようかとか先輩が怖いとか、そういうのは全くありませんでした」(2009年4月、YOMIURI ONLINE) 4月5日、シングル5作目『』発売。 6月25日、水着姿で出演した系『』の中で、「(自分は)スタイルが悪いので水着を選ぶのに苦労する」とコメント。 7月5日、シングル6作目『』発売。 7月16日、野球チーム「PRETTIES」結成。 このチームのユニフォーム姿で系『』に出演して『ワンダー・ブギ』を歌ったことがある。 8月23日、「第5回」開催。 デビュー2年目の歌手の中で最も活躍した歌手に与えられる「金の鳩賞」を受賞する。 石野は前年の新人賞に続いての受賞。 『ワンダー・ブギ』を披露。 9月25日、シングル7作目『』発売。 この曲のレコーディングで「石野は感情の入れ方が上手くなった」と周囲のスタッフが感じ始める。 10月27日、『真子のワンダーランド』出演(毎週土曜17時30分〜、〜1981年4月4日) 12月、仕事で札幌に行った時に偶然ペットショップで黒いプードルの子犬を見かける。 「黒いフサフサの毛が、可愛くって可愛くって堪らなかった」ので、石野はマネージャーに相談し購入を決定(年明け1980年1月にその子犬をマネージャーの婚約者が東京まで運び、石野の元に届けられる)。 子犬は「ツン」と名付けられた(名前の由来は二説あり、(1)初め呼んでもツンとしていたから 、(2)歩くと足の爪が「ツンツン」と音を立てるから)。 12月31日、「」に『』で初出場。 石野は紅組のトップバッターとなり、この年の紅白歌合戦1曲目を歌った。 尚同曲の歌唱中、白組出演で「」ことの苦々しい表情が映る場面があった。 1980年 [ ] 1月1日、シングル8作目『』発売。 この曲は自己最大のヒットとなる。 1月13日、『真子と水島裕のスマッシュ・ルンルン』出演(毎週日曜17時〜、〜1980年10月5日)。 音楽番組『』(系)では、『春ラ! 』(2月7日放送時、最高10位・1週)と次作品『』(5月8日放送時、最高9位・1週)の2曲がランクイン。 石野は同番組への出演は合計2回のみだったが、石野の登場時は司会のとらに対し、手製のやを焼いて持参するという気配りを見せる一面があった。 また同番組では初登場の際、アルバムに直筆のサインを書くのが伝統となっているが、石野はその1枚のアルバムに何人も書くと勘違い(石野がサインを書くそのアルバムの左頁側は、初登場時ののメンバー・合計約10名の直筆サインがそれぞれ小さく書かれていた)して、片隅の方にほんの小さくサインをした。 それでも久米・黒柳からは「これは又これで良いですね」「とってもあなたは若々しい謙遜さが。 その気持ちをいつまでも忘れないで」と誉められている。 その後同番組2度目の出演時に、石野は改めてそのアルバムに自身の似顔絵入りで大きくサインをしていた。 3月3日、を卒業。 石野はデビュー直後から多忙になってしまい、単位不足で1年留年した後の卒業であった。 留年後の同期卒業生には、、、レコードデビュー直前の(NHKのサンデーズで活躍中)がいた。 3月10日、芦屋市の実家が失火で全焼する。 出火当時、石野は静岡県内で開催された千昌夫ショーにゲスト出演していて、終了後にスタッフから「家が全焼した」と連絡を受け、涙ぐんだという。 3月21日、系列の連続ドラマ『 一日三食人情つき』放送開始(金曜21時〜、〜9月26日(全26回))。 東京神楽坂にある旅館「丸川」を舞台に三代の女系家族が織り成す人情ドラマ。 主演は、共演者には、らが揃っており、前年出演のドラマ『』に続いて共演者に恵まれた。 4月5日、シングル9作目『ハートで勝負』発売。 オリコン週間ランキングは自己最高の15位に上昇した。 4月13日、NHK『』(毎週日曜18時〜)の新司会(榊原郁恵の後任)をと共に務めた(〜1981年3月7日)。 5月25日、東芝日曜劇場「およめちゃん」に初出演。 「熱愛一家・LOVE」のディレクター・鴨下信一が、石井ふく子プロデューサーに紹介し、出演が実現した。 「およめちゃん」は好評のため、その3まで製作された(共演:山村聰・おりも政夫・織本順吉、脚本:折戸伸弘、演出:鴨下信一、プロデューサー:石井ふく子)。 7月5日、シングル10作目『』発売。 8月28日、系列『日本テレビ音楽祭』のトップ・アイドル賞を受賞。 昨年まで女性部門はが連続受賞していた。 8月30日 - 31日、日本テレビ系の第3回でメインパーソナリティーを務める。 9月21日、シングル11作目『』発売。 11月21日、自身初となる両A面のシングル12作目『』発売。 尚「恋のハッピー・デート」は、当時の流行グループ歌手だったので、元のタイトルは「Gotta Pull Myself Together」。 歌番組での石野は『恋のハッピーデート』を披露する事が多かった。 12月31日、「」に2年連続2度目の出場を果たし、青いレオタード衣装で『ハートで勝負』を披露。 また同じNHKの『レッツゴーヤング』でを務める「」の面々も駆け付けた。 なお現時点で石野のは、同回が最後の出演となっている。 1981年 [ ] 2月5日、1981年で最初となる13作目のシングル『』をリリース。 4月12日、系『』の新司会をと共に務める。 4月21日、14作目のシングル『』をリリース。 6月、・(当時)歌手のと・を前提に交際宣言を発表。 その際石野は同年8月末をもって、歌手活動を含めた芸能界からの引退を表明する。 6月21日、2ヶ月連続リリースの第1弾としてシングル・15作目の『』を発売。 それから1か月後の7月21日、2ヶ月連続リリースの第2弾シングル・16作目『』発売。 これが石野のアイドル時代で最後に発売したシングルとなった。 7月26日、金沢観光会館を皮切りに「Bye-Bye MAKO グッドラック・コンサート」が全国18ヵ所で公演。 8月30日、「Bye-Bye MAKO グッドラック・コンサート」最終日(渋谷公会堂)。 「日曜スペシャル・いよいよ引退! 石野真子ラストコンサート」でその様子がテレビ生中継された。 当時、女性アイドル歌手(デュオ・グループを除く)の「引退コンサート」としてテレビで生中継されたのは、と石野真子の2人だけだった。 8月31日、系列の音楽番組『』の生放送。 番組内では石野の婚約・結婚を祝い「さよなら引退」セレモニーがあった。 が『』を歌い、駆けつけたや当日の番組出演者一同が合唱して、感極まって涙を流し続ける石野の引退を見送っていた。 9月6日、日本テレビの『』最後の司会を務める回の放送日(録画)。 この回の収録では番組サイドが石野の引退に配慮して、「石野真子ヒット・メドレー」のコーナーを番組内に組んでいる。 『』『』、『』の3作をメドレーで歌い、最後に『バーニング・ラブ』を披露した。 芸能界一時引退 1981年 - 1983年 [ ] 芸能活動引退直後の1981年9月、長渕剛との婚約記者会見を行う。 石野は幼い頃から、幸せな結婚をして家庭に入ることが夢のひとつであった。 また、長渕から「家庭に入って欲しい」と望まれたこともあり、結婚出来るのであれば喜んで芸能界を未練無く去る気持ちだったという。 長渕剛との出会いは、シングル「」が大ヒット中だった1980年、『』でパーソナリティを務めていた長渕の希望を受けて、番組の構成作家だったが石野のゲスト出演をセッティングしたことがきっかけ。 番組内で二人が意気投合したことから後に交際に発展した。 また、長渕は石野との関係を自身のシングル8作目『(ふたりあるき)』という歌に残している。 石野と長渕の結婚式は当初にあるガラスの教会として有名な「ウェイフェラーズチャペル」」で1982年1月15日に行われる予定だった。 しかし長渕の母の体調が悪くなったため延期となった。 石野には「二十歳の花嫁」に強く憧れがあったため、21歳の誕生日(1月31日)よりも前に挙式したいと希望した。 その希望を叶えるべく、1982年1月22日の挙式となった。 結婚式の仲人を務めたのは長渕の師匠であると夫妻(当時、のち)。 吉田は石野のデビュー当時の楽曲提供者であり、石野にとっての恩師でもあった。 挙式直後、当時のワイドショーテレビ番組「」の記者のインタビューでは、長渕は「やっと自分のものになった。 うちはもう亭主関白でいきます! 」とコメントした。 仲人の吉田拓郎は「どんな結婚式に映りましたか? 」との質問に対し、「やっぱり僕の知っている長渕剛からいくと見たことの無い長渕剛でした。 非常に傲慢さの無いですね、非常に硬くなっている印象で、初めて見ました」と発言。 しかし結婚後の二人は、様々な見解の相違を表面化させていく。 長渕剛からの度重なるや長渕の母との確執などが原因で、週刊誌でも大きく取り沙汰されるようになり、結局二人の結婚生活は僅か2年持たずにピリオドが打たれた。 芸能界復帰以降 1983年 - [ ] 1983年 [ ] 1983年5月、離婚と同時に芸能界へ復帰の記者会見を開き、本格的な芸能活動の再開を発表する。 主に女優として活動し、所属事務所はデビュー時のバーニングプロダクションと同じグループ会社のへ移籍。 会見には「およめちゃん」のプロデューサーでもある石井ふく子が同席し、時折涙を見せた石野にハンカチを差し出した。 復帰作品は、石井ふく子プロデュースの東芝日曜劇場「ねえちゃんの夏」。 9月25日、『』の最終回に他の卒業生らと出演。 11月14日、フジテレビ系列『』ののコーナーにからの紹介で初出演。 司会のからは、「太った? 」「目が腫れてる? 」「相変わらず歯があっちこっちだね」「手が大きいね」「爪も大きい、アサリ貝みたいだね」などといじられた。 自分の手は指が短く形が悪いので洗剤の宣伝など手が映る仕事は絶対に出来ない手だと思う、などと話した。 仕事の宣伝としては、初めての舞台芝居となる「おしん」のポスターを持参した。 翌火曜日へのお友達紹介では、1980年にテレビドラマで共演したの自宅へ石野自身が直接ダイヤルしてバトンタッチした。 1985年 [ ] 歌手活動を本格的に再開する。 10月30日、系列の音楽番組『DELUXE』放送。 この日、石野は黒いドレス姿で登場したが、歌の最中にこのドレスの肩の部分がズリ落ちてしまうハプニングに見舞われて必死に耐えながら歌った。 1986年 [ ] 1月5日、NHKの『』放送開始(1月5日 - 12月14日、日曜20時〜)。 高原佐智(サチ)役を石野が演じて好評を得る。 「イシノマコ」は同国で知名度の高い日本人の一人になった。 「みんなが一所懸命に頑張っていこうとする姿に(我々)キューバ人は皆が泣いたのだ」との事。 キューバでのテレビ放送から10年経って石野が同国を訪れた際に、国賓級で招待され、国営テレビ局が取材に訪れ、ニュースとして扱った。 4月7日、日本テレビ『』の初代司会者を、と共に約1年間担当(翌1987年3月30日迄)。 尚9月1日、元夫の長渕剛が「注目曲コーナー」で同番組に生出演。 長渕が直接「元気? 」と尋ねると石野は「元気」と頷きながら答え、長渕が「」を歌唱する直前、石野は「頑張って! 」と励ましの声を掛けていた。 1987年 [ ] 7月21日に2年ぶりとなる『』、3か月後の10月21日『』と各シングルをリリース。 それ以降歌手活動は暫く休養し、女優業に専念する。 1990年 - 1999年 [ ] 1990年、舞台共演がきっかけで親しくなったと2度目の結婚をしたものの1996年に離婚(石野にとって2度目の結婚と離婚)。 1990年代の女優時代には、刑事ドラマに出演する際に犯人役で登場することが多かった (「石野真子がまた犯人役で出ていて、結末のわかる配役に疑問」といった投書が新聞に掲載されたことがある)。 2000年 - 2003年 [ ] 元全日本チャンピオンでその後は不動産会社や警備会社を経営し、市議、第18総支部会長、新進党大阪府連常任幹事を務めていたと石野は愛人関係になった。 2003年後半以降、16年ぶりに歌手活動を本格的に再始動。 同年末の、「」に出演。 同期(1978年度)デビューのと共に登場し、「春ラ! 」を歌唱披露した。 2004年 - 2008年 [ ] 2003年の歌手活動本格再開以降、2010年までにアルバム6枚、シングル4枚(2004年のクリスマスライブ限定シングルを含む)をリリース。 コンサート活動は「」でのクリスマスコンサートが毎年恒例となる。 サウンドトラック収録曲「MOTHER UNIVERSE」を、歌:白鳥スワン名義で歌っている。 にて変身時の年齢が女性最年長の戦士である(変身時43歳。 男性最年長は「」準レギュラーのの変身時67歳)。 また、劇中では得意の算盤を披露していた。 3月25日、デビュー30周年記念コンサート「昨日・今日・明日」を開催(原宿クエストホール)。 当日は『』発売満30年目の記念日であった。 コンサート会場には遠方各地から大勢のファンが足を運んだ。 また、実際に石野の親衛隊をしていた俳優のも観客席に姿を現していた。 日本テレビの取材に対して石野は、「応援していただいて嬉しい。 (30年間は)本当にあっという間のような気もしますが…、あの日に今日の日が来るなんて想像もしていなかった」とコメントを寄せた。 製作・発売元は)。 このCD BOXのジャケット写真は、1980年発売のシングル8作目『春ラ! 』のジャケット撮影時の別ショットを使用している。 2008年12月23日、「開業50周年記念のイベント」に出演、「東京タワー開業50周年 公式応援ソング」を披露する。 2008年12月24日、「東京タワー開業50周年 公式応援ソング」が発売される。 2009年 [ ] 『』(ニューズウィーク日本版、2009年7月8日)の特集「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれた。 8月7日、歌と舞台の融合ライブ『Singact 2009 Pan Dora〜真子の反抗期〜』を東京青山の草月ホールで上演、のちにDVDとしてリリース。 2010年 [ ] 1月、国内の女性ボーカリストによるカーペンターズのカバー曲集「カーペンターズ フォーエバー」に参加、同名イベントコンサートにも出演。 4月、『Singact 2009 Pan Dora〜真子の反抗期〜』DVD発売記念として渋谷でライブを開催。 当初予定日のライブチケットが完売となったため、翌日の追加公演が決定した。 このライブで、夏に29年振りのライブツアー開催を告知。 7月、札幌を皮切りに全国9カ所のライブツアーを実施。 シングルは、オリコンのインディーズチャートにおいてチャートインも果たした。 また、ライブツアー終了後もアルバム発売イベントという形で10月まで各地でキャンペーンを実施。 9月には、このライブツアーを追ったドキュメント番組がBSフジにて放送された。 12月、毎年恒例となっている品川グローリアチャペルでのクリスマスコンサートが、会場をサントリーホール「ブルーローズ」に変更して開催された。 2011年 [ ] 2月、ミュージカル『ヒロイン〜女たちよ タフであれ! 〜』に榊原郁恵、早見優、松本伊代とともに出演(元アイドルグループ「ミューズ」が25年振りに再結成するというストーリーのミュージカル)。 アイドルグループ解散後、番組レポーターなどを経て、メイド喫茶のオーナーとなった「ピーチ」役 8月、日本で人気の特撮番組スーパー戦隊シリーズを米国でリメイクしたテレビ番組シリーズである「」シリーズ、『』のナレーターを担当。 9月、大阪心斎橋で、『FATHER MUSIC!! Presents!! 12月、『石野真子 Christmas Concert 2011』が浜離宮朝日ホールで開催された。 2012年 [ ] 2012年2月、岐阜県の長良川温泉「ホテルパーク」にてディナーショーを開催(2回公演)同月、ミュージカル『ヒロイン〜女たちよ タフであれ! 〜』が『Newヒロイン』として上演。 再演ではなく新ストーリーでの公演。 東京、熊本、山口、大阪、名古屋の5会場で公演。 5月、佐藤健、石原さとみ主演の舞台「ロミオ&ジュリエット」にキャピュレット夫人役で出演。 8月2日、浜離宮朝日ホールで毎年開催される『Premium meets Premium 2012』でライブ開催。 12月27日、浜離宮朝日ホールにて、『石野真子Concert2012』を開催する。 著名人のファン [ ] 最初の夫であるがデビュー後間もない1978年当時、のライブハウスに飛び入りで現れた際、MCで「俺は将来石野真子を嫁さんにする」と発言している。 、 の後輩であるは、デビュー当時のプロフィールにおいて石野が憧れだと公表していた。 日本テレビ『スター誕生! 』に挑戦した小泉は決戦大会で石野の『彼が初恋』を歌った。 元アイドルの(2003. 31 TV朝日『鶴瓶とロンブーの年越しイベント』)や(2007. 14 TV東京『夏の北海道期間限定列車で行く旅』)も、「石野真子さんに大変憧れて芸能界へ入った」と語っている。 の(2007年6月21日、NTV『』)は、石野の熱狂的なファンであると公言し、頻繁にメールのやり取りをする間柄であることを浜田の番組『』に石野が電話出演した際に明かしている。 元歌手で俳優のは、アイドル時代の石野のをしていたと語っている(2006年5月18日、NHK『』)。 また、新米の親衛隊員だった頃にで行われたショーの場所取りでにかかり救急車で搬送されたことがある、と石野のデビュー30周年記念CD BOX『』のブックレットに寄稿した中に記している。 のは、「石野真子の所属事務所にファンレターを送り、返信の葉書を本人から頂いた」と証言(2002年4月、フジ 『コレって罪じゃないの!? フジテレビ系列の音楽番組『』の司会者だったは石野が憧れた先輩の一人で親交も深い。 石野は芸能界デビュー後たった2日目の1978年3月27日に『夜のヒットスタジオ』に出演をしている。 同番組の最終回に出演した際には「他の番組ではアイドル歌手としてしか扱ってくれなかった中で、真理さんだけは一人の大人、一人の女性として接してくれたことがとても嬉しかった」と芳村へ敬意を込めたコメントを残した。 は、「スター誕生」でデビューした沢山のアイドルの中で、石野真子さんが一番大好きでした。 所属事務所のは、石野をそのまま八重歯のアイドルとして売り出した。 また、そのイラストを基にしたステッカーやワッペン等の石野グッズも販売されていた。 1979年7月に結成した石野真子の野球チーム「PRETTIES」のユニフォームのワッペンにもこのイラストが使用された。 20世紀の八重歯タレントとしては、、、、、、、古くは、なども挙げられる。 当時、八重歯が相当な牙(キバ)だったことを示す本人のコメント。 「薄ーいコップって有りますよねぇ。 それでお水を飲もうと思って半分まで飲んだんです。 底にちょっとしか残ってなかったんで、一気にクイっと飲もうと思ったんですよ。 それが八重歯の間にちょうどコップの飲み口がカチッと挟まったまま、手だけ上にクッと上げたから、テコの要領でガラスが口の中で割れちゃったんです。 バリッという感じで、お水がバッ! と弾けましてね、ビックリしました」。 デビュー2年目に出演したTBSの連続ドラマ『熱愛一家・LOVE』のワンシーンには、結婚式を控えた石本みどり(石野の役)が夢の中で鏡に向ってマジマジと自分の顔を見つめる場面の台詞に、「タレ目がこう上がって、ダンゴ鼻がとんがって、この牙を抜いて、これだけ整形したら美人になれるかなー? …この牙! どうにかならないかなぁ」と呟くシーンがある。 八重歯タレントの多くは歯列矯正して八重歯を卒業してしまうケースが多く、石野も例外ではない。 トレードマークだった2本の八重歯は1985年に矯正、美しい歯並びに直した。 1985年10月30日、の『DELUXE』に出演して新曲『』を披露した際に、司会の・から「八重歯はどうしたの? 」と訊かれると、「そう、削っちゃったの」と軽く口元を見せ、歯列矯正した事を認めている。 同年暮れ、の新人賞受賞曲は石野の『失恋記念日』のほか、渋谷哲平の『』、の『』、の『』がノミネートされたが、最優秀新人賞に輝いたのは、・の『』だった。 また石野自身、デビュー後のレコードセールスではにベスト10入りしたことは一度も無かった(オリコン週間最高位は「ハートで勝負」の15位)。 それでも、当時日本の女性アイドルとしての人気はトップクラスで、テレビ出演は音楽番組の他、ドラマやバラエティ番組やCMも含めて出演頻度が多かった。 NHK『』の司会、系列の第3回のメインパーソナリティも担った。 また、ラジオ番組のパーソナリティも務めていた。 人気アイドル投票等では1位を獲得し、やをはじめとする、各種雑誌のピンナップや付録ポスターにも頻繁に登場した。 1980年8月放映の『』では「トップ・アイドル賞」を受賞している。 20歳になった1981年に長渕剛との結婚が決まった。 「家庭に入って欲しい」という長渕の希望と、「家庭に納まって平穏な日々を送ること」の自身の夢が合致したこともあり、迷うことなく芸能界を引退を決意。 デビュー以来3年半という短いアイドル歌手時代に幕を引いた。 結婚引退直前には、セミヌードグラビアが雑誌「GORO」に掲載された。 「週刊プレイボーイ」では乳首が透けた水着姿のグラビア写真も公開された。 「GORO」セミヌードグラビアは、アイドル引退前年の秋(19歳時)に、山中湖で篠山紀信によって撮影された。 従来の正統派アイドルのイメージを覆すアダルトな世界を模索し、背中を大きく露出したり、全裸のシルエットを見せるなどの大胆なショットになった。 1981年8月に公開されたヌードグラビアについては、グラビア掲載後に出演したラジオ番組の中で「まさか(バストトップが)写っていたとは思わなかった」と釈明すると共に、本人に承諾なく掲載されたことに憤りを感じていると語り、ファンに対して涙声で謝罪した。 サンシャイン 伊藤アキラ 11 1980年 9月21日 A面 有馬三恵子 筒美京平 22位 SV-7047 B面 私のしあわせ 石野真子 船山基紀 12 1980年 11月21日 A面 馬飼野康二 27位 SV-7066 B面 B. Findon M. Myers B. Puzey 矢野立美 13 2月5日 A面 有馬三恵子 筒美京平 42位 SV-7085 B面 雨の日のジュテーム 筒美京平 14 1981年 4月21日 A面 有馬三恵子 川口真 船山基紀 35位 SV-7106 B面 初夏が一番! You TAMAKICHI - MEG-0106 02 逢いたい… 23 12月17日 01 Eve CTR-04011 24 3月15日 01 こっちを向いて CTR-07022 02 猫はみていた 25 12月17日 01 東京タワー VICL-36483 02 Eve 山梨鐐平 H. Conischi 03 太陽は夜も燃える 山梨鐐平 26 6月2日 01 My Friend! 〜旅に出よう〜 CTR-10040 27 6月26日 01 生まれる前から恋してた DDCZ-1884 02 碧の奇跡 28 8月19日 01 へっちゃら平気の平八郎 山梨鐐平 高島智明 CTR-15081 02 笑顔の花 03 金木犀の香る頃 オリジナル・アルバム [ ]• SIDE A• いま、わたしは… 作詞:石野真子/作曲・編曲:• インスピレーション 作詞:/作曲:/編曲:佐藤準• 香水はいらない 作詞:阿久悠/作曲:森田公一/編曲:福井峻• 何度サヨナラ 作詞:/作曲・編曲:馬飼野康二• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:穂口雄右• 白いファンタジー 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:馬飼野康二• SIDE B• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:穂口雄右• 恋絵本 作詞:阿久悠/作曲:/編曲:萩田光雄• 七色くれよん 作詞:竜真知子/作曲:穂口雄右/編曲:福井峻• 完全試合 作詞:阿久悠/作曲:森田公一/萩田光雄• ぽろぽろと 作詞:阿久悠/作曲:吉田拓郎/編曲:鈴木茂• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:阿久悠/作曲・編曲:• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:筒美京平• 作詞:阿久悠/作曲:筒美京平/編曲:船山基紀• 作詞:阿久悠/作曲:筒美京平/編曲:船山基紀• 四月になれば 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:馬飼野康二• SIDE A• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:馬飼野康二• 約束 作詞:/作曲・編曲:和泉常寛• 恋のサマー・セイリング 作詞:/作曲・編曲:馬飼野康二• この夏いただき 作詞:山上路夫/作曲・編曲:萩田光雄• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:馬飼野康二• フルーツ・ベイビー 作詞・作曲:/編曲:佐藤準• SIDE B• スイート・チア・ガール 作詞:阿久悠/作曲・編曲:馬飼野康二• ジグザグ・チェイス 作詞:/作曲:穂口雄右/編曲:船山基紀• 青春メモリー 作詞:/作曲・編曲:• 草原サンセット 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:馬飼野康二• シルバー・ムーン 作詞・作曲:丸山圭子/編曲:佐藤準• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:/作曲:/編曲:萩田光雄• 作詞:松本礼児/作曲:幸耕平/編曲:福井峻• 恋するまで 作詞:/作曲:/編曲:萩田光雄• SIDE A• 作詞:伊藤アキラ/作曲:森田公一/編曲:• 夢でもいいの 作詞:/作曲:/編曲:• 経験者 作詞:伊藤アキラ/作曲:森田公一/編曲:竜崎孝路• ダンシング・ドール 作詞:/作曲:/編曲:• 恋のシャララ 作詞・作曲:松本礼児/編曲:大村雅朗• SIDE B• 作詞:松本礼児/作曲:幸耕平/編曲:船山基紀• ナイト・セーリング 作詞・作曲:/萩田光雄• 二人のバースデー 作詞:/作曲:/萩田光雄• 目を閉じて愛して 作詞:門谷憲二/作曲:川口真/編曲:水谷公生• 私のD. 作詞:/作曲・編曲:萩田光雄• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:松本礼児/作曲・編曲:馬飼野康二• SIDE A• 作曲:/編曲:船山基紀• 涙もろいから 作曲:穂口雄右/編曲:萩田光雄• 人さし指の涙 作曲:三木たかし/編曲:萩田光雄• 妹に捧げる唄 作曲:和泉常寛/編曲:大村雅朗• ヒロイン 作曲:馬飼野康二/編曲:船山基紀• SIDE B• 足跡は一人分 作曲:三木たかし/編曲:萩田光雄• 心の片隅に 作曲:馬飼野康二/編曲:船山基紀• ツン 作曲:穂口雄右/編曲:• 愛をひとり占め 作曲:和泉常寛/編曲:大村雅朗• 19才の私 作曲:穂口雄右/編曲:萩田光雄• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:/作曲:川口真/編曲:船山基紀• 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:• SIDE A• 作詞:/編曲:筒美京平• きらめく季節 作詞:有馬三恵子/編曲:筒美京平• ロンサム・ロードの赤電話 作詞:橋本淳/編曲:萩田光雄• 白夜 作詞:/編曲:萩田光雄• 夕月橋 作詞:荒木とよひさ/編曲:筒美京平• SIDE B• ブルー・スプリング 作詞:荒木とよひさ/編曲:筒美京平• 恋人たち 作詞:林春生/編曲:船山基紀• ポールの歌 作詞:橋本淳/編曲:船山基紀• 振り向けば二人 作詞:林春生/編曲:大村雅朗• 作詞:有馬三恵子/編曲:大村雅朗• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:三浦徳子/作曲・編曲:馬飼野康二• 訳詞:/作曲:B. Findon、M. Myers、B. SIDE A• 作詞:/作曲:/編曲:• ドロシーの日常 作詞:/作曲:上田知華/編曲:• 光の中で振り向くわたし 作詞:/作曲:/編曲:井上鑑• コートダジュールで 作詞:松本隆/作曲:加藤和彦/編曲:佐藤博• 砂浜のサティー 作詞:川村真澄/作曲:/編曲:佐藤博• SIDE B• 朝もやのエクス・アン・プロバンス 作詞・作曲・編曲:井上鑑• 作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:井上鑑• 幸せの振りして 作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:井上鑑• 帽子 作詞:川村真澄/作曲・編曲:佐藤博• 柔らかい夜 作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:井上鑑• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:/作曲:林哲司/編曲:新川博• 作詞:川村真澄/作曲・編曲:• 作詞:川村真澄/作曲・編曲:渡辺博也• 「Mirai」(1月31日/CTR-06016)• 「」(8月20日/CTR-08028)• 「」(8月1日/CTR-10041)• 「しあわせのレシピ」(6月26日/CTR-13055) ライヴ・アルバム [ ]• MAKO LIVE I(1979年6月5日、ビクター、SJX-20133)• BYE BYE MAKO LIVE〜8月の太陽より燃えて〜(1981年10月5日、ビクター、SJX-30097)• 1981年8月30日、東京にて収録• 石野真子さよなら公演完全収録LIVE(1983年3月5日、ビクター、SJV-5081〜83) ベスト・アルバム [ ]• 石野真子ベストヒットアルバム(1979年3月5日、ビクター、GX-45)• MY COLLECTION(1979年12月1日、ビクター、GX-47)• MY COLLECTION II(1980年11月5日、ビクター、SJX-30027)• MAKO PACK(1981年8月21日、ビクター、SJX-8094〜96)• スペシャル・セレクション(1985年11月5日、ビクター、VDR-1100• 石野真子 全曲集(1987年11月1日、ビクター、VDR-1451• Best Collection(1978-1987年)(1989年11月1日、ビクター、VDRY-25012)(1990年11月7日、VICL-5036)(1991年11月7日、VICL-5107)(1993年12月1日、VICL-5237)(1995年10月27日、VICL-5286)(1999年8月4日、VICL-41060)(2004年9月22日、VICL-41108)(2005年6月30日、VAL-23)(2005年9月22日、VICL-41239• Best of Best(1994年6月25日、ビクター、VICT-15005)• (2007年9月21日、ビクター、VICL-62554)• スーパー・ベスト(2013年8月23日、ビクター、NCS-10022• MAKO PACK [40th Anniversary Special] ~オールタイム・ベストアルバム (2018年6月27日、ビクター、VICL-65018、VIZL-1391) CD-BOX [ ]• [30th Anniversary Special Edition](2008年3月26日、ビクター、VIZL-273)• (2008年8月20日、ビクター、VIZL-291) タイアップ曲 [ ] 年 楽曲 タイアップ 1987年 系テレビドラマ「」主題歌 2007年 こっちを向いて の音楽番組「」挿入歌 2008年 東京タワー 開業50周年・公式応援ソング 2015年 へっちゃら平気の平八郎 NHKの音楽番組「みんなのうた」挿入歌 映像作品 [ ]• 風のファンタジー(1980年代にビデオで発売されたものを2008年DVD化)• SINGACT 2009 PAN・DORA 〜真子の反抗期〜(2010年5月発売)• 石野真子 Band Tour 2010 Life Is Beautiful〜29年ぶり素顔の全国ツアー(2010年12月発売) 出演 [ ] 映画 [ ]• 九月の空(1978年、監督:) - 松山小夜子 役• (1983年、監督:) - 相場多佳 役• 石野真子自由放送(1984年、監督:) - 主演• あっこちゃんの日記(1985年、監督:)• (1987年、監督:) - 上野千鶴子 役• (1988年、監督:) - モデル 役• 千羽づる(1989年、監督:神山征二郎)• (1990年、監督:) - 女客A 役• (1991年、監督:) - 霜村雅味 役• (1992年、監督:神山征二郎) - 二瓶シズ 役• (1993年、監督:神山征二郎) - 石田りえ 役• (2002年、監督:) - 選手Aの母 役• (2002年、監督:) - 家政婦 役• 伝説のやくざ 最後の博徒 修羅の章(2003年、監督:)• 伝説のやくざ 最後の博徒 残侠の章(2003年、監督:辻裕之)• (2004年、監督:磯村一路) - 高野玲子 役• (2004年、監督:) - チーニョ星人・白鳥スワン 役• (2006年、監督:) - 横森秀子 役• (2006年、監督:) - 佐伯なおみ 役• (2007年、監督:) - たみ子 役• (2008年、監督:) - 牧野千恵子 役• (2016年) - 江田操 役• グッバイエレジー(2017年、監督:) - 井川和代 役 テレビドラマ [ ]• 全26話(1979年2月14日 - 8月8日、) - 石本家の末娘・みどり 役• 一日三食人情つき 全28話(1980年3月21日 - 9月26日、) - みどり 役• (1980年、)• (TBS)• 「およめちゃん」シリーズ(1980年 - 1981年)• 「ねえちゃんの夏」(1983年)• 「二人だけの結婚式」(1983年)• 「恋人・やめません?」(1983年)• 「したたか夫婦学」シリーズ(1984年 - 1986年)• 「おそすぎますか?」(1984年)• 「空、晴れました」(1985年)• 「結婚式に出席しません」(1989年)• 第2シリーズ(1983年 - 1984年、NTV)• (1983年10月13日 - 1984年1月12日、TBS) - 次女・恵 役• (1984年、) - お甲 役• 第6話 - 第8話(1984年、日本テレビ)• 年上の女(1984年、TBS)• (1985年1月10日 - 3月24日、フジテレビ) - 道代 役• (1985年4月13日 - 7月28日、日本テレビ) - 秋葉清美 役• (1985年7月12日 - 9月27日、日本テレビ) - 塚田真紀 役• (1986年1月2日、TBS) - カメオ出演。 () - 高原(中川)佐智 役• 第48話(1989年) - 志乃 役• 第34話 - 第49話(2014年8月24日 - 11月30日) - マグダレナ 役• (1986年、)• (1987年1月15日 - 3月26日、フジテレビ) - 星野教授の助手(自称愛人)役• (・NNN)• 不安なり(1987年3月19日)• 母娘 愛あればこそ(1989年3月23日) - 富永友美 役• 最後の張り込み(1991年9月19日)• 「近所いじめの恐怖!! 」(1987年3月23日、テレビ東京)• 娘たちよ(1987年、・JNN)• (1988年1月1日、フジテレビ) - 真澄 役• (1988年1月4日 - 3月21日、フジテレビ) - 須崎綾子 役• (1988年6月27日 - 8月12日、TBS) - 主演 役• (1988年、フジテレビ)• (1989年1月16日 - 3月20日、フジテレビ) - 森田アキコ 役• 「殺意の風景 -砂色の迷宮-」(1989年6月19日、テレビ東京) - 主演• 「」(1989年9月26日、テレビ朝日) - 小坂ヒロ子 役• (1989年10月19日 - 1990年3月24日、フジテレビ) - 榊千恵 役• 月曜ドラマスペシャル(TBS)• (1989年12月)• (1995年2月27日) - ヒロイン・竹村陽子 役• (1990年1月8日 - 3月26日、フジテレビ) - 佐伯恵 役• 「禁じられた遊び」(1990年) - 谷沢良子 役• 「夢を買う男」(1991年) - 渡辺篤子 役• 第3話「子供を救った美人看護婦の犯罪」(1990年10月24日、テレビ朝日)• 第35話(1991年7月7日、テレビ朝日)• 「秘密箱からくり箱・殺した女」(8月、KTV・東映)• (1993年5月24日 - 7月16日、TBS) - 主演・さわ子 役• 第14話「両親が離婚したらパパをとるか? ママをとるか? 」(1993年8月19日、フジテレビ)• (1994年3月19日、NHK) - ヒロイン・知代 役• 第20作「狙われた婚約者」(1995年1月26日、テレビ朝日) - 秋村美佐 役• 第1シリーズ 第5話「首吊り学園殺人事件」(1995年8月19日、日本テレビ) - 小野弓子 役• 第7作「俯く女」(1996年4月2日、日本テレビ、) - 助川志摩子 役• 第2シリーズ 第14話「涙の婚約破棄! 殺人犯に狙われつづけた女」(1997年1月21日、テレビ朝日)• 第9作「愛と死の殺人海流」(1997年1月27日、テレビ朝日) - 松崎道代 役• (1998年8月31日 - 10月23日、TBS) - 長谷川美也子 役• 第5話「熱くてたまらない! 将軍に惚れた若後家」(1998年12月5日、テレビ朝日) - お春 役• 山村美紗サスペンス「5」京都慕い雛殺人事件(2000年3月6日、TBS) - 柴田夏紀 役• (テレビ朝日)• 第12シリーズ 第7話「結婚3日前の殺意!? 愛を破棄された女! 」(1999年5月12日) - 水原佐和子 役• 第13シリーズ 第21話「真夜中の連続殺人! 頭にくる女!? 」(2000年8月23日) - 森本千佳 役• 第15シリーズ 第13話「死を呼ぶ鬼ごっこ! 川辺課長が殺人!? 」(2002年6月26日) - 菊池久子 役• (2001年4月10日 - 6月26日、関西テレビ制作・フジテレビ) - 川村美佐江 役• (2001年、TBS)• (2001年2月19日、TBS) - 浜島(主人公)の母 役• (2001年10月、テレビ東京) - 五十嵐しず江 役• (2002年) - 三沢玲子• 第10話・最終話(2002年3月15日・22日、テレビ朝日) - 小松純子 役• 「29」(2001年) - 深田美子• 「1」(2002年) - 尾形美津代 役• 「1」(2003年) - 平泉友美 役• 女と愛とミステリー (2002年、テレビ東京) - 三沢玲子 役• 第3話「対決! 三匹VS女三匹 旅芝居!! 美人姉妹の裏稼業」(2002年、ANB) - おりん 役• 伊豆・金沢犀賀焼殺人事件(2003年7月、テレビ東京) - 相良涼子 役• 第19話「覆水」(2004年2月、)• (NHK)• (2004年)• 「」16週、18週、22週(2009年9月28日 - 2010年3月27日) - 山田弘子 役• (2005年1月13日 - 3月24日、TBS) - 国見信子 役• (2005年7月8日 - 9月16日、TBS) - 矢島節子 役• (2005年10月21日 - 12月16日、TBS) - 牧野千恵子 役• (2007年1月5日 - 3月16日、TBS) - 牧野千恵子 役• セカンドシリーズ 第20話 -第22話「君が僕を知ってる」(2005年8月14日 - 28日、BS-i) - 横森秀子 役• 第3シリーズ 第7話「姉妹のような母娘…危険な三角関係の罠」(2006年6月4日、テレビ朝日) - 富田純子 役• 第2話「30年間逃げた女…下町食堂の笑う死体」(2006年7月12日、テレビ朝日) - 水沢エリ子 役• 2ndシリーズ 第3話「瞬間移動した死体 〜元人気女優誘拐事件〜」(2006年7月15日、BS-i) - 若尾早子 役• (2006年10月30日 - 12月15日、TBS系) - 主演・中村詩織 役• (2007年2月25日、製作、TBS系) - 下村幸江 役• 第7話(2008年2月29日、テレビ朝日) - 米原里美 役• (2008年7月25日 - 9月5日、テレビ朝日) - 小峰咲子 役• (2008年10月4日 - 11月29日、フジテレビ) - 藤城和江 役• (2009年1月13日 - 3月17日、フジテレビ) - 仲本秋子 役• 第1話「狙われた京都セレブ夫人を救え! 」(2009年6月26日、テレビ朝日系) - 定子 役• 第8話(2009年11月25日、MBS) - 宍戸美枝子 役• (2009年12月19日、EX) - 根岸真帆 役• (2010年3月7日、WOWOW) - 伊東牧子 役• 第20作(2010年3月22日、TBS) - 島袋博子 役• (2010年4月4日 - 7月8日、読売テレビ制作・日本テレビ) - 野宮加奈子 役• 2(2010年9月18日、朝日放送) - 阿久津玲子 役• 第10話「聖戦」(2011年1月1日) - 江上恵理子 役• 第15話「鮎川教授最後の授業」、第16話「鮎川教授最後の授業・解決篇」 (2015年2月11、18日) - 御堂黎子 役• (2011年4月9日、NTV) - 金森杏子 役• (2011年7月21日 - 9月15日、テレビ朝日) - 田中里美 役• (2011年7月27日 - 9月22日、TBS) - 佐々岡千代子 役• (2011年9月16日、NHK大阪放送) - 主演・木原友子 役(とダブル主演)• 第6話「日曜画家」(2012年2月23日、MBS) - 竹村登志 役• (2012年11月23日・24日、フジテレビ) - 椎名祥子 役• 地域ドラマ 石坂線物語 第2作 豆腐の味(2012年12月7日、; 2014年2月16日、NHK総合で全国放送) - 柏崎和歌奈の母 役• (2013年1月1日、テレビ東京) - 秦珠子 役• (2013年6月22日、フジテレビ) - 当摩刑事の母 役• ・下町育ち頑固一徹な元刑事と新米警官の孫娘? (2013年9月2日、TBS) - 野々村千恵 役• (2013年10月2日 - 12月11日、日本テレビ) - 南三条恭子 役• (2014年3月16日、) - 杉尾美智子(杉尾の妻) 役• 第1話(2014年7月4日、テレビ朝日) - 村木美里 役• 第10話(2014年9月4日、読売テレビ) - 水沢塔子 役• (2014年10月4日 - 11月11日、NHK) - 川端育恵 役• (2014年11月7日、日本テレビ) - 長嶋笑 役• (2015年1月6日 - 2月24日、NHK BSプレミアム) - 長井 役• 土曜ワイド劇場 (2015年6月13日、テレビ朝日) - 浅野美和子• (2015年8月5日、テレビ東京) - 成宮信子 役• 第4弾第3夜(2016年2月4日、)、第6弾第9話(2018年3月13日、メ~テレ)、第8弾第2話(2020年1月29日、メ~テレ) - 池谷小夜子 役• 月曜ゴールデン 35・風のなかの櫻香(2016年3月28日、TBS) - 七原聖子 役• 第5話 - 最終回(2016年4月3日 - 4月10日、NHK BSプレミアム) - 栗山純子 役• (2016年4月23日 - 6月18日、日本テレビ) - 堤由美子 役• 第4話(2016年8月11日、テレビ朝日) - 牧村登志子 役• (2017年1月23日 - 3月20日、フジテレビ) - 高梨典子 役• 第9話(2017年3月11日、日本テレビ) - フジコ建設社長夫人 役• (2017年4月15日 - 6月17日、日本テレビ) - 湖月善江 役• ハラスメントゲーム 秋津VSカトクの女(2020年1月10日)• (2019年) - 芳賀明美• 第1話(2020年1月9日、フジテレビ) - 村井恵子 役• 第9話(2020年3月10日、TBS) - 佐倉初江 役 オリジナルビデオ [ ]• (2005年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役• (2006年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役• (2015年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役• (2017年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役 吹き替え [ ]• (2005年、) - オープニングナレーション(日本放映は2011年) 舞台 [ ]• 輪舞(1987年)• ミュージカル「」(2011年) - ピーチ 役• ミュージカル「」(2012年) - ピーチ 役• (2012年) - キャピュレット夫人 役• ナイスガイ in ニューヨーク(2016年) - ミセス・ベーカー 役 情報・バラエティ・歌番組 [ ]• (日本テレビ) - 1979年チャリティーパーナリティ• (NHK) - 1980年度司会• (1981年4月12日 - 9月6日放送分、日本テレビ) - 坂本九と司会• (日本テレビ) - とコンビで初代の司会• - 石野がプロデュースしているブランド「makorela(マコリラ)コレクション」 が取り扱われる際には不定期ながら出演。 自ら解説やモデルを努める• (2013年 - 2015年、TBSテレビ) - ナレーター ラジオ [ ]• (1979年10月13日 - 1981年4月4日、)• 石野真子 大人のHappy Day(2013年5月5日 - 2013年12月27日、) CM [ ]• 「ban16」• アイスキャンデー「BOB」(1980年)• 虫除け「ムシペール」(1980年)• 「富士ヨット学生服」(1980年) - テレビCMのキャッチコピー「伸ーび伸びの丸洗い」! 「モア(台所用洗剤)」「リンスのいらないメリット」• 「ユンケルEC」 - いしのようこと姉妹共演• 「スマートフォン」(2011年) - ひとりと、ひとつ。 walk with you「上京」篇 受賞歴 [ ] 1978年度 [ ]• 優秀新人賞• 新人賞• 放送音楽新人賞• 新人賞• 新人賞 1979年度 [ ]• 1980年度 [ ]• 脚注 [ ] []• 旧名・石野敦子。 現在、石野敦子 (宝乃純) の名前だがタレント名鑑に登録はされていない。 どらく. 2017年5月22日閲覧。 2012年1月11日. 2017年5月22日閲覧。 『』は、業界からのプロ審査員による歯に衣を着せぬ論評、獲得得点による公平な合否判断、芸能事務所による本気のスカウトなど、オーディションの全ての様子をテレビ公開するよう意識して番組が制作されており、時にこのことが「素人に対して厳しすぎるのでは」などと批判を受けたりもした。 スカウトの実態と番組からスターが誕生する様子を在りのまま視聴者に観せて芸能界をガラス張りにしたい、とのの企画・監修の下で番組制作されていた (出典: 2008年8月1日放送、日本テレビ単発スペシャルドラマ『ヒットメーカー 阿久悠物語』)。 吉田拓郎著、「ふたたび自分の事は棚に上げて」p121• 週刊 2012年6月28日特大号 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第1弾・70年代編• 石野の所属事務所は同番組と強いパイプを持っていた芸能事務所のひとつで、新人歌手の番組初出演に優遇措置を受けていた。 [ ]• 当日着用していた衣装は、この約2ヵ月後に発売されるシングル『』で使用するステージ衣装=「水色の帽子とミニスカート」であった• にはのが選ばれた。 2008年12月27日放送、テレビ朝日『超お宝映像大公開ガリベン昭和歌謡SP』での本人の回想コメント• 主演は、共演者に、、、、、、、、、 新人俳優の長谷川は、熱愛の末に高校生のみどりと結婚をする長距離トラック運転手役 など。 石野は身長156cm、デビュー時のスリーサイズは、B81・W58・H87。 ヒップの大きさを気にしており、このことでずっとコンプレックスを抱いていた(出典: 1978年10月臨時増刊『近代映画』)。 1980年10月25日『近代映画ハロー秋の号 石野真子パート6』• 日刊ゲンダイ• 自分のラジオ番組に好みの女性をゲスト出演させ、親交を深める手法はがすでに確立していた常套手段で、全く同じ事を長渕が実践した(俺らの旅はハイウェイ、1990年2月、長渕剛、八曜社)。 石川順恵著、アイドルという人生p43• NEWSポストセブン 2012年1月24日. 2017年5月22日閲覧。 exciteニュース 2008年7月28日. 2017年5月22日閲覧。 exciteニュース 2008年7月28日. 2017年5月22日閲覧。 『一撃の拳-』、(平成17年)、131-140頁• 2008年3月25日. 2017年5月22日閲覧。 の「」のカバー。 の「Gotta Pull Myself Together」の日本語カバー。 過去のシングル曲をメドレー形式に編集した楽曲。 の同名曲のカバー。 に行われた石野のクリスマスライブで限定発売されたシングル。 8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62890)。 2008年8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62891)。 2008年8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62893)。 2008年8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62894)。 2008年9月24日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62895)。 2008年9月24日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62896)。 2008年9月24日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62899)。 コミックナタリー 2016年3月8日. 2016年3月10日閲覧。 ナターシャ. 2016年12月27日. 2018年4月28日閲覧。 ORICON NEWS. 2017年3月8日. 2017年3月19日閲覧。 2018年9月5日. 2018年9月29日閲覧。 ハラスメントゲーム. 2019年11月24日. 2020年1月12日閲覧。 2019年11月24日. 2020年1月12日閲覧。 2019年1月22日. 2019年1月28日閲覧。 2019年12月28日. 2020年1月9日閲覧。 ステージナタリー. 2016年6月29日. 2016年6月30日閲覧。 関連項目 [ ]• - 同じ年にデビューした歌手• 外部リンク [ ]•

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石野真子の今現在と若い頃!結婚して子供はいる?実家も紹介!

石野真子現在

石野真子の妹とは…? その石野真子さんにはどうやら妹がいるようで… その妹さんのお名前は、 「石野敦子(いしのあつこ)」という方だそうです。 ネット上でも結構名前があがっているので有名なんでしょう。 調べてみると、女優やタレントとして活動していて、芸名が 「宝乃純」だと分かりました。 失礼ながらちょっと存じてなかったので…調べてみました。 Sponsored Link 『宝乃純』のプロフィール 生年月日:1974年6月25日(42歳) 出身:兵庫県 血液型:AB型 姉の石野真子さんとは13歳も離れているそうですね。 肩書きが女優でタレントということなので、どういう人なのか調べてみましたが、 コレといった有力な情報は出てきませんでした。 (出演作品も謎のまま) 宝乃純の現在の写真・画像は? 残念ながら現在の画像は見当たりませんでしたが、 以前の写真なら見つけることができました。 気のせいでしょうか、姉の石野真子さんよりかなり大人っぽい印象です。 そして、雰囲気が全然違う…。 また、現在の活動を調査してみましたが、全くそれらしい情報はありませんでした。 一応タレントさんなので、SNSやブログをチェックをしようと試みましたが、それすらもありませんでした。 もしかしたら、すでに芸能界からは足を洗ってるのかもしれませんね。 ここまで情報がないようでしたら。

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石野真子現在

この にはなが不足しています。 の提供に協力をお願いします。 存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的にあるいは有害となるものは すぐに除去する必要があります。 ( 2012年8月) いしの まこ 石野 真子 本名 同じ 別名義 石野 眞子 生年月日 1961-01-31 (59歳) 出生地 ・ 身長 156 血液型 職業 、 ジャンル 、、 活動期間 アイドル歌手時代: - 、 復帰後:1983年 - 活動内容 : 『』決戦大会合格 1978年: 「」で歌手デビュー 同年: 「九月の空」で映画デビュー : 『』でドラマデビュー 同年: 「ジュリーがライバル」でNHK紅白歌合戦初出場 : 『』 ドラマ 同年: 「ハートで勝負」でNHK紅白歌合戦2回目出場 1981年:芸能界を一時引退、と結婚 :長渕との離婚により芸能界へ復帰 : 『』 : と再婚、芸能活動は続行 : 広岡と2度目の離婚 配偶者 (1981年-1983年) (1990年-1996年) 著名な家族 妹 (、) 事務所 公式サイト 主な作品 テレビドラマ 『』 『』 『』 『』シリーズ 『』 映画 『』 『』 目次• 経歴とエピソード [ ] 芸能界デビューまで - 1977年 [ ] 誕生、幼少期 [ ] 1月31日、石野家の長女として生まれる。 みずがめ座のA型 (アイドル時期のファンクラブ会報にはO型との表記がある。 編集段階でのミスか、幼少時の検査結果によるものかは不明)。 両親と妹2人の5人家族。 父親はビーズ製のハンドバッグ製造会社の経営をしていた。 石野が幼い頃の実家では大型犬の (名前は「バズ」) を飼っていて可愛がっていた」。 1973年 [ ] 4月、の系女子校の私立に進学。 石野の父親は非常に躾が厳しく、中学・高校時代の門限は16時30分で、1分でも遅刻すると「どこへ行ってたんや」と父親が玄関で待ち構えていた。 帰宅後は、実家で製品確認等の家業手伝いをしていた。 中学1年の頃、日曜日の午前11時に放映されていた系列の番組『』をよく見ていた。 同番組から歌手デビューした白いのの活躍を見て「私もあんな風にテレビに出たい」と密かに決意する。 中学時代に自宅でよく歌っていたのがの「」。 初めて買ったがの「」だった。 1975年 [ ] 中学3年後期、躾に厳しかった父親も習い事には理解を示し、歌が好きだった石野は「歌のレッスンを受けたい」と相談すると、「きちんとした所に通うんやったら、ええやろう」と許可された。 歌謡学院大阪校 (現在の大阪校)のオーディションを受けて合格、同校のレッスン生となり通うことになった。 入学審査オーディションで石野が歌ったのは、の『冬の帰り道』。 1976年 [ ] この頃にデビュー前のとをしていた。 この時期二人は、共に平尾昌晃歌謡学院大阪校へ通う生徒だった。 4月、に進学(同高校には2年生の2学期までの在籍。 歌手デビューのため上京した2年生3学期からは都内のへ転校)。 この年の秋、平尾昌晃歌謡学院の講師から「本気で歌手になる気があるならオーディションを受けてみないか、君の実力ならきっと受かると思う」と勧められる。 これがきっかけで系の番組『』に応募ハガキを出す。 父親に「オーディションを受けてもいいかな? 」と訊ねると、「どうせ落ちるやろから、まあええよ」と反対されなかった。 1977年 [ ] 1月26日、『スター誕生! 』の予備審査と予選会を勝ち進み、本選の大阪大会(豊中市民会館、テレビ放送日1977年2月13日)に出場。 の『天使のらくがき』を歌った。 審査発表では会場の一般審査員からの得点だけで合格点を超えてしまい、ら専門審査員を驚かせる。 合格ラインは250点 (5人出場時の大会では300点)で、この日の石野の最終得点は530点になり1,000点の過半数を独占した結果になった。 しかし、最終目標は後日合格者が集まって開催される「決戦大会」に出場して芸能事務所からのスカウトを受けることであり、ここでスカウトされなければ「歌が上手な一般人」で終わる。 なお、この大阪大会に出場した際、バーニングプロダクションのスカウト担当者から「もし決戦大会でダメでもうちに来ませんか、責任を持って歌手に育てますから」と声をかけられていた。 3月23日、『スター誕生! 』第20回決戦大会に出場(会場:東京・後楽園ホール、放送日: 1977年4月3日)。 父親から「これに落ちたら、もうオーディション番組を受けたいなんて気持ちを起こすんじゃないぞ」と念を押されて挑戦した。 再びダニエル・ビダルの『天使のらくがき』を歌う。 「11番、石野真子、一所懸命頑張りました、どうぞよろしくお願いします! 」と挨拶した石野に対し、スカウト意向の芸能事務所プラカードが16社挙がる。 スカウト希望した事務所には、、、、、、、、、(名称は放送当時)などがあった。 尚、同決戦大会の合格者には石野の他、翌1978年の同期歌手デビューのがいた。 石野本人の『スター誕生! 』審査時の書類が残されている。 そこには「テレビに出演するにあたってのあなたの抱負は? 」との質問があり、「新人賞をとりたい、誰からも愛されたい」との回答が記されている。 『スター誕生! 』決戦大会の勝因について尋ねられた石野は、「選曲が自分に合っていた事と、自分で勝手に考えたが歌に合っていた事が良かった(のではないか)」と後にコメントしている。 デビュー前からファンが付いていたと言われているが、実際に『スター誕生! 』第20回決戦大会(4月3日)のスカウト発表場面のDVD映像によると、素人の石野に対して早くも会場の男性ファンから「真子ちゃーん」との声援が飛んでいる事が確認できる。 『スター誕生! 』の合格を経て、石野の所属事務所はバーニングプロダクションに決まる。 事務所選定時のエピソードについて後の取材で石野は、「何かホントに素人判断なのですが、バーニングには先輩に郷ひろみさんがいらっしゃるから大丈夫じゃないか、と思ったんです。 もちろん両親や周りのスタッフの方とも相談して決めましたが、当時の事務所の専務さんから「当社はあなたを将来こういう風にしたい」という温かいお手紙をいただき、ここだったら安心、みたいな気がしました。 」(2009年4月、YOMIURI ONLINE) その後、約1年間をかけてデビューへの準備を行う。 父親の希望もあってデビュー曲が出来上がるまでは芦屋の実家で歌のレッスンに励み、高校2年の夏休み1ヶ月間は東京へ出向いて日本テレビ音楽学院に通った。 デビュー曲の作曲を担当すると東京六本木のバーで初対面する。 この時の「石野真子」の印象を、吉田は後の著書の中で「本当にこの人デビューするんですか? と思うほど太っていたが、不思議な芸能界は3ヶ月後(レコーディングの時)には見違えるほど変身させて連れて来た」 、と記している。 アイドル期 〜100万ドルの微笑〜 1978年 - 1981年 [ ] 1978年 [ ] 所属事務所からデビュー曲が決定したとの知らせが届き、準備に入るため、1月7日、上京することになった。 電話の受話器越しに作曲者の吉田拓郎が歌う『』のデモテープを初めて聴き感激したという。 レコーディングに関しては「」の「レコーディング」の項を参照。 として芸能界にした。 当時のアイドルには必ずと言っていいほどキャッチフレーズが付けられており、石野に付けられたものは「 100万ドルの微笑」。 ファースト・アルバム『微笑 ほほえみ 』の帯にもその記述が見られる。 また、八重歯と垂れ目であることをチャームポイントにしていた。 「狼なんか怖くない」を観客の前で初披露したのは、テレビの『』。 後日感想を訊かれて「私の歌をあんなに喜んでくださるなんてもう最高! 、すごく嬉しかった! 」とコメント。 3月27日、デビュー2日目に系列の音楽番組『』に出演。 「狼なんか怖くない」を歌い終えた石野に対し、司会者のは「いやー真子ちゃん、デビューして2日目! ご苦労様でした! 」と声をかけている。 デビューからしばらくの間、石野が仕事の移動で使っていた車はマネージャーの井上が運転する「の真っ赤なビートル」。 これは所属事務所の1年先輩のが使用していた車を譲り受けたもの。 また、当時は極度の男性恐怖症があり、男性マネージャーと2人で車に乗っている時はいつでも車から飛び降りられるように助手席のドアノブを握っていた。 6月25日、シングル2作目『』(わたしのドン)発売(作詞担当の阿久悠は、当時広島で起きていた暴力団抗争からヒントを得て、「首領」を「ドン」と読ませた)。 8月、デビューシングルと2作目を作曲したがパーソナリティーを務めるラジオ番組『』にゲスト出演。 」と尋ねられ、「子供の頃からいつも歌っています」と告白。 また、自分を動物に例えると何? とのリスナーの質問に、石野が「タヌキ…じゃないですか? 」と答えると、吉田は「僕は自分をカモシカだと思ってますけどね」と応じて石野を笑わせた。 また吉田は番組内で石野について「あなたは頭が良い」「あなたはラジオよりテレビのほうが面白い! 」と称賛した。 当時披露した物まね芸に、アメリカ人美女プロゴルファー「」(1978年8月、『吉田拓郎の』で披露。 当時流行した日清製油 現・ のテレビCMに出演した)の歌真似と、「」(1979年7月20日、『』で披露) などがあった。 8月27日、いわゆる「西武園1万人コンサート」開催。 この年8月最後の日曜日に、自身初となるを で行う。 ファンの集いを兼ねたこのコンサートは「石野真子のドンとやってみよう、宿題なんか怖くない、1万人大集会」というタイトルで中高生をターゲットに開催したもので、石野の歌を楽しむ一方、大学教授を招き夏休みの宿題対策を冗談を交えて行う企画だった。 集まったファンへのプレゼントとして夏休み期間のお天気情報 天候、気温、湿度 が配られた。 10月2日、アイドル賞受賞。 10月5日、シングル3作目『』発売。 10月12日、金賞受賞。 10月22日、石野が初めて出演する映画『』が松竹大船撮影所にて撮影開始。 の受賞作品『九月の空』を映画化したもので、監督作品。 主人公の高校生・小林勇()に淡い憧れを抱く初々しい女子高生の松山小夜子役。 また、石野の所属事務所先輩のが、ライバル高校の剣道部員役で友情出演している。 この映画には主演の坂東正之助とのキスシーンがあったが、元来恋愛に奥手でプライベートですらキスの経験がなかった石野は撮影当日、相当緊張した。 キスシーンの撮影自体は1度でOKを出せたものの、本番後の石野は大粒の涙を流した。 10月25日、新人賞受賞。 11月15日、放送音楽新人賞受賞。 11月18日、マスコミ関係者を招きにて「早く来い来い、クリスマス・ホームパーティ」を開催。 12月2日、映画『九月の空』が系映画館で公開。 同時上映は『』。 12月31日、『』が新人賞を受賞。 「『失恋記念日』は賞を頂けたという事で、いつも唄う時には1曲につき2着の衣装があったんですけど、3着・4着と増えたっていうのがすごく嬉しかった」 1979年 [ ] 1月11日、・に出演(新宿音楽祭金賞受賞者が派遣されていた)。 1月25日、シングル4作目『』発売。 バーニングプロダクションの当時のプロデューサー小口が企画段階から「次のシングルは徹底的に明るい歌にする」としていた作品。 1月31日、の連続テレビドラマ、水曜劇場『』に出演が決まり、撮影初日。 石野がスタジオに姿を現すと、照明が消えてハッピー・バースデーの曲が流れ、バースデー・ケーキにロウソクが灯り共演者や撮影スタッフから拍手が沸き起こる。 18回目の誕生日をサプライズ企画で祝ってもらい感激したという。 2月14日、TBS水曜劇場『』放映開始。 石本家の末娘、高校生のみどり役で出演。 さんやさん、さんとか、素晴らしい俳優さんたちに囲まれて、私は能天気に本当に自由に伸び伸びとやらせていただいたので、NG出したらどうしようかとか先輩が怖いとか、そういうのは全くありませんでした」(2009年4月、YOMIURI ONLINE) 4月5日、シングル5作目『』発売。 6月25日、水着姿で出演した系『』の中で、「(自分は)スタイルが悪いので水着を選ぶのに苦労する」とコメント。 7月5日、シングル6作目『』発売。 7月16日、野球チーム「PRETTIES」結成。 このチームのユニフォーム姿で系『』に出演して『ワンダー・ブギ』を歌ったことがある。 8月23日、「第5回」開催。 デビュー2年目の歌手の中で最も活躍した歌手に与えられる「金の鳩賞」を受賞する。 石野は前年の新人賞に続いての受賞。 『ワンダー・ブギ』を披露。 9月25日、シングル7作目『』発売。 この曲のレコーディングで「石野は感情の入れ方が上手くなった」と周囲のスタッフが感じ始める。 10月27日、『真子のワンダーランド』出演(毎週土曜17時30分〜、〜1981年4月4日) 12月、仕事で札幌に行った時に偶然ペットショップで黒いプードルの子犬を見かける。 「黒いフサフサの毛が、可愛くって可愛くって堪らなかった」ので、石野はマネージャーに相談し購入を決定(年明け1980年1月にその子犬をマネージャーの婚約者が東京まで運び、石野の元に届けられる)。 子犬は「ツン」と名付けられた(名前の由来は二説あり、(1)初め呼んでもツンとしていたから 、(2)歩くと足の爪が「ツンツン」と音を立てるから)。 12月31日、「」に『』で初出場。 石野は紅組のトップバッターとなり、この年の紅白歌合戦1曲目を歌った。 尚同曲の歌唱中、白組出演で「」ことの苦々しい表情が映る場面があった。 1980年 [ ] 1月1日、シングル8作目『』発売。 この曲は自己最大のヒットとなる。 1月13日、『真子と水島裕のスマッシュ・ルンルン』出演(毎週日曜17時〜、〜1980年10月5日)。 音楽番組『』(系)では、『春ラ! 』(2月7日放送時、最高10位・1週)と次作品『』(5月8日放送時、最高9位・1週)の2曲がランクイン。 石野は同番組への出演は合計2回のみだったが、石野の登場時は司会のとらに対し、手製のやを焼いて持参するという気配りを見せる一面があった。 また同番組では初登場の際、アルバムに直筆のサインを書くのが伝統となっているが、石野はその1枚のアルバムに何人も書くと勘違い(石野がサインを書くそのアルバムの左頁側は、初登場時ののメンバー・合計約10名の直筆サインがそれぞれ小さく書かれていた)して、片隅の方にほんの小さくサインをした。 それでも久米・黒柳からは「これは又これで良いですね」「とってもあなたは若々しい謙遜さが。 その気持ちをいつまでも忘れないで」と誉められている。 その後同番組2度目の出演時に、石野は改めてそのアルバムに自身の似顔絵入りで大きくサインをしていた。 3月3日、を卒業。 石野はデビュー直後から多忙になってしまい、単位不足で1年留年した後の卒業であった。 留年後の同期卒業生には、、、レコードデビュー直前の(NHKのサンデーズで活躍中)がいた。 3月10日、芦屋市の実家が失火で全焼する。 出火当時、石野は静岡県内で開催された千昌夫ショーにゲスト出演していて、終了後にスタッフから「家が全焼した」と連絡を受け、涙ぐんだという。 3月21日、系列の連続ドラマ『 一日三食人情つき』放送開始(金曜21時〜、〜9月26日(全26回))。 東京神楽坂にある旅館「丸川」を舞台に三代の女系家族が織り成す人情ドラマ。 主演は、共演者には、らが揃っており、前年出演のドラマ『』に続いて共演者に恵まれた。 4月5日、シングル9作目『ハートで勝負』発売。 オリコン週間ランキングは自己最高の15位に上昇した。 4月13日、NHK『』(毎週日曜18時〜)の新司会(榊原郁恵の後任)をと共に務めた(〜1981年3月7日)。 5月25日、東芝日曜劇場「およめちゃん」に初出演。 「熱愛一家・LOVE」のディレクター・鴨下信一が、石井ふく子プロデューサーに紹介し、出演が実現した。 「およめちゃん」は好評のため、その3まで製作された(共演:山村聰・おりも政夫・織本順吉、脚本:折戸伸弘、演出:鴨下信一、プロデューサー:石井ふく子)。 7月5日、シングル10作目『』発売。 8月28日、系列『日本テレビ音楽祭』のトップ・アイドル賞を受賞。 昨年まで女性部門はが連続受賞していた。 8月30日 - 31日、日本テレビ系の第3回でメインパーソナリティーを務める。 9月21日、シングル11作目『』発売。 11月21日、自身初となる両A面のシングル12作目『』発売。 尚「恋のハッピー・デート」は、当時の流行グループ歌手だったので、元のタイトルは「Gotta Pull Myself Together」。 歌番組での石野は『恋のハッピーデート』を披露する事が多かった。 12月31日、「」に2年連続2度目の出場を果たし、青いレオタード衣装で『ハートで勝負』を披露。 また同じNHKの『レッツゴーヤング』でを務める「」の面々も駆け付けた。 なお現時点で石野のは、同回が最後の出演となっている。 1981年 [ ] 2月5日、1981年で最初となる13作目のシングル『』をリリース。 4月12日、系『』の新司会をと共に務める。 4月21日、14作目のシングル『』をリリース。 6月、・(当時)歌手のと・を前提に交際宣言を発表。 その際石野は同年8月末をもって、歌手活動を含めた芸能界からの引退を表明する。 6月21日、2ヶ月連続リリースの第1弾としてシングル・15作目の『』を発売。 それから1か月後の7月21日、2ヶ月連続リリースの第2弾シングル・16作目『』発売。 これが石野のアイドル時代で最後に発売したシングルとなった。 7月26日、金沢観光会館を皮切りに「Bye-Bye MAKO グッドラック・コンサート」が全国18ヵ所で公演。 8月30日、「Bye-Bye MAKO グッドラック・コンサート」最終日(渋谷公会堂)。 「日曜スペシャル・いよいよ引退! 石野真子ラストコンサート」でその様子がテレビ生中継された。 当時、女性アイドル歌手(デュオ・グループを除く)の「引退コンサート」としてテレビで生中継されたのは、と石野真子の2人だけだった。 8月31日、系列の音楽番組『』の生放送。 番組内では石野の婚約・結婚を祝い「さよなら引退」セレモニーがあった。 が『』を歌い、駆けつけたや当日の番組出演者一同が合唱して、感極まって涙を流し続ける石野の引退を見送っていた。 9月6日、日本テレビの『』最後の司会を務める回の放送日(録画)。 この回の収録では番組サイドが石野の引退に配慮して、「石野真子ヒット・メドレー」のコーナーを番組内に組んでいる。 『』『』、『』の3作をメドレーで歌い、最後に『バーニング・ラブ』を披露した。 芸能界一時引退 1981年 - 1983年 [ ] 芸能活動引退直後の1981年9月、長渕剛との婚約記者会見を行う。 石野は幼い頃から、幸せな結婚をして家庭に入ることが夢のひとつであった。 また、長渕から「家庭に入って欲しい」と望まれたこともあり、結婚出来るのであれば喜んで芸能界を未練無く去る気持ちだったという。 長渕剛との出会いは、シングル「」が大ヒット中だった1980年、『』でパーソナリティを務めていた長渕の希望を受けて、番組の構成作家だったが石野のゲスト出演をセッティングしたことがきっかけ。 番組内で二人が意気投合したことから後に交際に発展した。 また、長渕は石野との関係を自身のシングル8作目『(ふたりあるき)』という歌に残している。 石野と長渕の結婚式は当初にあるガラスの教会として有名な「ウェイフェラーズチャペル」」で1982年1月15日に行われる予定だった。 しかし長渕の母の体調が悪くなったため延期となった。 石野には「二十歳の花嫁」に強く憧れがあったため、21歳の誕生日(1月31日)よりも前に挙式したいと希望した。 その希望を叶えるべく、1982年1月22日の挙式となった。 結婚式の仲人を務めたのは長渕の師匠であると夫妻(当時、のち)。 吉田は石野のデビュー当時の楽曲提供者であり、石野にとっての恩師でもあった。 挙式直後、当時のワイドショーテレビ番組「」の記者のインタビューでは、長渕は「やっと自分のものになった。 うちはもう亭主関白でいきます! 」とコメントした。 仲人の吉田拓郎は「どんな結婚式に映りましたか? 」との質問に対し、「やっぱり僕の知っている長渕剛からいくと見たことの無い長渕剛でした。 非常に傲慢さの無いですね、非常に硬くなっている印象で、初めて見ました」と発言。 しかし結婚後の二人は、様々な見解の相違を表面化させていく。 長渕剛からの度重なるや長渕の母との確執などが原因で、週刊誌でも大きく取り沙汰されるようになり、結局二人の結婚生活は僅か2年持たずにピリオドが打たれた。 芸能界復帰以降 1983年 - [ ] 1983年 [ ] 1983年5月、離婚と同時に芸能界へ復帰の記者会見を開き、本格的な芸能活動の再開を発表する。 主に女優として活動し、所属事務所はデビュー時のバーニングプロダクションと同じグループ会社のへ移籍。 会見には「およめちゃん」のプロデューサーでもある石井ふく子が同席し、時折涙を見せた石野にハンカチを差し出した。 復帰作品は、石井ふく子プロデュースの東芝日曜劇場「ねえちゃんの夏」。 9月25日、『』の最終回に他の卒業生らと出演。 11月14日、フジテレビ系列『』ののコーナーにからの紹介で初出演。 司会のからは、「太った? 」「目が腫れてる? 」「相変わらず歯があっちこっちだね」「手が大きいね」「爪も大きい、アサリ貝みたいだね」などといじられた。 自分の手は指が短く形が悪いので洗剤の宣伝など手が映る仕事は絶対に出来ない手だと思う、などと話した。 仕事の宣伝としては、初めての舞台芝居となる「おしん」のポスターを持参した。 翌火曜日へのお友達紹介では、1980年にテレビドラマで共演したの自宅へ石野自身が直接ダイヤルしてバトンタッチした。 1985年 [ ] 歌手活動を本格的に再開する。 10月30日、系列の音楽番組『DELUXE』放送。 この日、石野は黒いドレス姿で登場したが、歌の最中にこのドレスの肩の部分がズリ落ちてしまうハプニングに見舞われて必死に耐えながら歌った。 1986年 [ ] 1月5日、NHKの『』放送開始(1月5日 - 12月14日、日曜20時〜)。 高原佐智(サチ)役を石野が演じて好評を得る。 「イシノマコ」は同国で知名度の高い日本人の一人になった。 「みんなが一所懸命に頑張っていこうとする姿に(我々)キューバ人は皆が泣いたのだ」との事。 キューバでのテレビ放送から10年経って石野が同国を訪れた際に、国賓級で招待され、国営テレビ局が取材に訪れ、ニュースとして扱った。 4月7日、日本テレビ『』の初代司会者を、と共に約1年間担当(翌1987年3月30日迄)。 尚9月1日、元夫の長渕剛が「注目曲コーナー」で同番組に生出演。 長渕が直接「元気? 」と尋ねると石野は「元気」と頷きながら答え、長渕が「」を歌唱する直前、石野は「頑張って! 」と励ましの声を掛けていた。 1987年 [ ] 7月21日に2年ぶりとなる『』、3か月後の10月21日『』と各シングルをリリース。 それ以降歌手活動は暫く休養し、女優業に専念する。 1990年 - 1999年 [ ] 1990年、舞台共演がきっかけで親しくなったと2度目の結婚をしたものの1996年に離婚(石野にとって2度目の結婚と離婚)。 1990年代の女優時代には、刑事ドラマに出演する際に犯人役で登場することが多かった (「石野真子がまた犯人役で出ていて、結末のわかる配役に疑問」といった投書が新聞に掲載されたことがある)。 2000年 - 2003年 [ ] 元全日本チャンピオンでその後は不動産会社や警備会社を経営し、市議、第18総支部会長、新進党大阪府連常任幹事を務めていたと石野は愛人関係になった。 2003年後半以降、16年ぶりに歌手活動を本格的に再始動。 同年末の、「」に出演。 同期(1978年度)デビューのと共に登場し、「春ラ! 」を歌唱披露した。 2004年 - 2008年 [ ] 2003年の歌手活動本格再開以降、2010年までにアルバム6枚、シングル4枚(2004年のクリスマスライブ限定シングルを含む)をリリース。 コンサート活動は「」でのクリスマスコンサートが毎年恒例となる。 サウンドトラック収録曲「MOTHER UNIVERSE」を、歌:白鳥スワン名義で歌っている。 にて変身時の年齢が女性最年長の戦士である(変身時43歳。 男性最年長は「」準レギュラーのの変身時67歳)。 また、劇中では得意の算盤を披露していた。 3月25日、デビュー30周年記念コンサート「昨日・今日・明日」を開催(原宿クエストホール)。 当日は『』発売満30年目の記念日であった。 コンサート会場には遠方各地から大勢のファンが足を運んだ。 また、実際に石野の親衛隊をしていた俳優のも観客席に姿を現していた。 日本テレビの取材に対して石野は、「応援していただいて嬉しい。 (30年間は)本当にあっという間のような気もしますが…、あの日に今日の日が来るなんて想像もしていなかった」とコメントを寄せた。 製作・発売元は)。 このCD BOXのジャケット写真は、1980年発売のシングル8作目『春ラ! 』のジャケット撮影時の別ショットを使用している。 2008年12月23日、「開業50周年記念のイベント」に出演、「東京タワー開業50周年 公式応援ソング」を披露する。 2008年12月24日、「東京タワー開業50周年 公式応援ソング」が発売される。 2009年 [ ] 『』(ニューズウィーク日本版、2009年7月8日)の特集「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれた。 8月7日、歌と舞台の融合ライブ『Singact 2009 Pan Dora〜真子の反抗期〜』を東京青山の草月ホールで上演、のちにDVDとしてリリース。 2010年 [ ] 1月、国内の女性ボーカリストによるカーペンターズのカバー曲集「カーペンターズ フォーエバー」に参加、同名イベントコンサートにも出演。 4月、『Singact 2009 Pan Dora〜真子の反抗期〜』DVD発売記念として渋谷でライブを開催。 当初予定日のライブチケットが完売となったため、翌日の追加公演が決定した。 このライブで、夏に29年振りのライブツアー開催を告知。 7月、札幌を皮切りに全国9カ所のライブツアーを実施。 シングルは、オリコンのインディーズチャートにおいてチャートインも果たした。 また、ライブツアー終了後もアルバム発売イベントという形で10月まで各地でキャンペーンを実施。 9月には、このライブツアーを追ったドキュメント番組がBSフジにて放送された。 12月、毎年恒例となっている品川グローリアチャペルでのクリスマスコンサートが、会場をサントリーホール「ブルーローズ」に変更して開催された。 2011年 [ ] 2月、ミュージカル『ヒロイン〜女たちよ タフであれ! 〜』に榊原郁恵、早見優、松本伊代とともに出演(元アイドルグループ「ミューズ」が25年振りに再結成するというストーリーのミュージカル)。 アイドルグループ解散後、番組レポーターなどを経て、メイド喫茶のオーナーとなった「ピーチ」役 8月、日本で人気の特撮番組スーパー戦隊シリーズを米国でリメイクしたテレビ番組シリーズである「」シリーズ、『』のナレーターを担当。 9月、大阪心斎橋で、『FATHER MUSIC!! Presents!! 12月、『石野真子 Christmas Concert 2011』が浜離宮朝日ホールで開催された。 2012年 [ ] 2012年2月、岐阜県の長良川温泉「ホテルパーク」にてディナーショーを開催(2回公演)同月、ミュージカル『ヒロイン〜女たちよ タフであれ! 〜』が『Newヒロイン』として上演。 再演ではなく新ストーリーでの公演。 東京、熊本、山口、大阪、名古屋の5会場で公演。 5月、佐藤健、石原さとみ主演の舞台「ロミオ&ジュリエット」にキャピュレット夫人役で出演。 8月2日、浜離宮朝日ホールで毎年開催される『Premium meets Premium 2012』でライブ開催。 12月27日、浜離宮朝日ホールにて、『石野真子Concert2012』を開催する。 著名人のファン [ ] 最初の夫であるがデビュー後間もない1978年当時、のライブハウスに飛び入りで現れた際、MCで「俺は将来石野真子を嫁さんにする」と発言している。 、 の後輩であるは、デビュー当時のプロフィールにおいて石野が憧れだと公表していた。 日本テレビ『スター誕生! 』に挑戦した小泉は決戦大会で石野の『彼が初恋』を歌った。 元アイドルの(2003. 31 TV朝日『鶴瓶とロンブーの年越しイベント』)や(2007. 14 TV東京『夏の北海道期間限定列車で行く旅』)も、「石野真子さんに大変憧れて芸能界へ入った」と語っている。 の(2007年6月21日、NTV『』)は、石野の熱狂的なファンであると公言し、頻繁にメールのやり取りをする間柄であることを浜田の番組『』に石野が電話出演した際に明かしている。 元歌手で俳優のは、アイドル時代の石野のをしていたと語っている(2006年5月18日、NHK『』)。 また、新米の親衛隊員だった頃にで行われたショーの場所取りでにかかり救急車で搬送されたことがある、と石野のデビュー30周年記念CD BOX『』のブックレットに寄稿した中に記している。 のは、「石野真子の所属事務所にファンレターを送り、返信の葉書を本人から頂いた」と証言(2002年4月、フジ 『コレって罪じゃないの!? フジテレビ系列の音楽番組『』の司会者だったは石野が憧れた先輩の一人で親交も深い。 石野は芸能界デビュー後たった2日目の1978年3月27日に『夜のヒットスタジオ』に出演をしている。 同番組の最終回に出演した際には「他の番組ではアイドル歌手としてしか扱ってくれなかった中で、真理さんだけは一人の大人、一人の女性として接してくれたことがとても嬉しかった」と芳村へ敬意を込めたコメントを残した。 は、「スター誕生」でデビューした沢山のアイドルの中で、石野真子さんが一番大好きでした。 所属事務所のは、石野をそのまま八重歯のアイドルとして売り出した。 また、そのイラストを基にしたステッカーやワッペン等の石野グッズも販売されていた。 1979年7月に結成した石野真子の野球チーム「PRETTIES」のユニフォームのワッペンにもこのイラストが使用された。 20世紀の八重歯タレントとしては、、、、、、、古くは、なども挙げられる。 当時、八重歯が相当な牙(キバ)だったことを示す本人のコメント。 「薄ーいコップって有りますよねぇ。 それでお水を飲もうと思って半分まで飲んだんです。 底にちょっとしか残ってなかったんで、一気にクイっと飲もうと思ったんですよ。 それが八重歯の間にちょうどコップの飲み口がカチッと挟まったまま、手だけ上にクッと上げたから、テコの要領でガラスが口の中で割れちゃったんです。 バリッという感じで、お水がバッ! と弾けましてね、ビックリしました」。 デビュー2年目に出演したTBSの連続ドラマ『熱愛一家・LOVE』のワンシーンには、結婚式を控えた石本みどり(石野の役)が夢の中で鏡に向ってマジマジと自分の顔を見つめる場面の台詞に、「タレ目がこう上がって、ダンゴ鼻がとんがって、この牙を抜いて、これだけ整形したら美人になれるかなー? …この牙! どうにかならないかなぁ」と呟くシーンがある。 八重歯タレントの多くは歯列矯正して八重歯を卒業してしまうケースが多く、石野も例外ではない。 トレードマークだった2本の八重歯は1985年に矯正、美しい歯並びに直した。 1985年10月30日、の『DELUXE』に出演して新曲『』を披露した際に、司会の・から「八重歯はどうしたの? 」と訊かれると、「そう、削っちゃったの」と軽く口元を見せ、歯列矯正した事を認めている。 同年暮れ、の新人賞受賞曲は石野の『失恋記念日』のほか、渋谷哲平の『』、の『』、の『』がノミネートされたが、最優秀新人賞に輝いたのは、・の『』だった。 また石野自身、デビュー後のレコードセールスではにベスト10入りしたことは一度も無かった(オリコン週間最高位は「ハートで勝負」の15位)。 それでも、当時日本の女性アイドルとしての人気はトップクラスで、テレビ出演は音楽番組の他、ドラマやバラエティ番組やCMも含めて出演頻度が多かった。 NHK『』の司会、系列の第3回のメインパーソナリティも担った。 また、ラジオ番組のパーソナリティも務めていた。 人気アイドル投票等では1位を獲得し、やをはじめとする、各種雑誌のピンナップや付録ポスターにも頻繁に登場した。 1980年8月放映の『』では「トップ・アイドル賞」を受賞している。 20歳になった1981年に長渕剛との結婚が決まった。 「家庭に入って欲しい」という長渕の希望と、「家庭に納まって平穏な日々を送ること」の自身の夢が合致したこともあり、迷うことなく芸能界を引退を決意。 デビュー以来3年半という短いアイドル歌手時代に幕を引いた。 結婚引退直前には、セミヌードグラビアが雑誌「GORO」に掲載された。 「週刊プレイボーイ」では乳首が透けた水着姿のグラビア写真も公開された。 「GORO」セミヌードグラビアは、アイドル引退前年の秋(19歳時)に、山中湖で篠山紀信によって撮影された。 従来の正統派アイドルのイメージを覆すアダルトな世界を模索し、背中を大きく露出したり、全裸のシルエットを見せるなどの大胆なショットになった。 1981年8月に公開されたヌードグラビアについては、グラビア掲載後に出演したラジオ番組の中で「まさか(バストトップが)写っていたとは思わなかった」と釈明すると共に、本人に承諾なく掲載されたことに憤りを感じていると語り、ファンに対して涙声で謝罪した。 サンシャイン 伊藤アキラ 11 1980年 9月21日 A面 有馬三恵子 筒美京平 22位 SV-7047 B面 私のしあわせ 石野真子 船山基紀 12 1980年 11月21日 A面 馬飼野康二 27位 SV-7066 B面 B. Findon M. Myers B. Puzey 矢野立美 13 2月5日 A面 有馬三恵子 筒美京平 42位 SV-7085 B面 雨の日のジュテーム 筒美京平 14 1981年 4月21日 A面 有馬三恵子 川口真 船山基紀 35位 SV-7106 B面 初夏が一番! You TAMAKICHI - MEG-0106 02 逢いたい… 23 12月17日 01 Eve CTR-04011 24 3月15日 01 こっちを向いて CTR-07022 02 猫はみていた 25 12月17日 01 東京タワー VICL-36483 02 Eve 山梨鐐平 H. Conischi 03 太陽は夜も燃える 山梨鐐平 26 6月2日 01 My Friend! 〜旅に出よう〜 CTR-10040 27 6月26日 01 生まれる前から恋してた DDCZ-1884 02 碧の奇跡 28 8月19日 01 へっちゃら平気の平八郎 山梨鐐平 高島智明 CTR-15081 02 笑顔の花 03 金木犀の香る頃 オリジナル・アルバム [ ]• SIDE A• いま、わたしは… 作詞:石野真子/作曲・編曲:• インスピレーション 作詞:/作曲:/編曲:佐藤準• 香水はいらない 作詞:阿久悠/作曲:森田公一/編曲:福井峻• 何度サヨナラ 作詞:/作曲・編曲:馬飼野康二• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:穂口雄右• 白いファンタジー 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:馬飼野康二• SIDE B• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:穂口雄右• 恋絵本 作詞:阿久悠/作曲:/編曲:萩田光雄• 七色くれよん 作詞:竜真知子/作曲:穂口雄右/編曲:福井峻• 完全試合 作詞:阿久悠/作曲:森田公一/萩田光雄• ぽろぽろと 作詞:阿久悠/作曲:吉田拓郎/編曲:鈴木茂• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:阿久悠/作曲・編曲:• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:筒美京平• 作詞:阿久悠/作曲:筒美京平/編曲:船山基紀• 作詞:阿久悠/作曲:筒美京平/編曲:船山基紀• 四月になれば 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:馬飼野康二• SIDE A• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:馬飼野康二• 約束 作詞:/作曲・編曲:和泉常寛• 恋のサマー・セイリング 作詞:/作曲・編曲:馬飼野康二• この夏いただき 作詞:山上路夫/作曲・編曲:萩田光雄• 作詞:阿久悠/作曲・編曲:馬飼野康二• フルーツ・ベイビー 作詞・作曲:/編曲:佐藤準• SIDE B• スイート・チア・ガール 作詞:阿久悠/作曲・編曲:馬飼野康二• ジグザグ・チェイス 作詞:/作曲:穂口雄右/編曲:船山基紀• 青春メモリー 作詞:/作曲・編曲:• 草原サンセット 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:馬飼野康二• シルバー・ムーン 作詞・作曲:丸山圭子/編曲:佐藤準• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:/作曲:/編曲:萩田光雄• 作詞:松本礼児/作曲:幸耕平/編曲:福井峻• 恋するまで 作詞:/作曲:/編曲:萩田光雄• SIDE A• 作詞:伊藤アキラ/作曲:森田公一/編曲:• 夢でもいいの 作詞:/作曲:/編曲:• 経験者 作詞:伊藤アキラ/作曲:森田公一/編曲:竜崎孝路• ダンシング・ドール 作詞:/作曲:/編曲:• 恋のシャララ 作詞・作曲:松本礼児/編曲:大村雅朗• SIDE B• 作詞:松本礼児/作曲:幸耕平/編曲:船山基紀• ナイト・セーリング 作詞・作曲:/萩田光雄• 二人のバースデー 作詞:/作曲:/萩田光雄• 目を閉じて愛して 作詞:門谷憲二/作曲:川口真/編曲:水谷公生• 私のD. 作詞:/作曲・編曲:萩田光雄• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:松本礼児/作曲・編曲:馬飼野康二• SIDE A• 作曲:/編曲:船山基紀• 涙もろいから 作曲:穂口雄右/編曲:萩田光雄• 人さし指の涙 作曲:三木たかし/編曲:萩田光雄• 妹に捧げる唄 作曲:和泉常寛/編曲:大村雅朗• ヒロイン 作曲:馬飼野康二/編曲:船山基紀• SIDE B• 足跡は一人分 作曲:三木たかし/編曲:萩田光雄• 心の片隅に 作曲:馬飼野康二/編曲:船山基紀• ツン 作曲:穂口雄右/編曲:• 愛をひとり占め 作曲:和泉常寛/編曲:大村雅朗• 19才の私 作曲:穂口雄右/編曲:萩田光雄• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:/作曲:川口真/編曲:船山基紀• 作詞:伊藤アキラ/作曲・編曲:• SIDE A• 作詞:/編曲:筒美京平• きらめく季節 作詞:有馬三恵子/編曲:筒美京平• ロンサム・ロードの赤電話 作詞:橋本淳/編曲:萩田光雄• 白夜 作詞:/編曲:萩田光雄• 夕月橋 作詞:荒木とよひさ/編曲:筒美京平• SIDE B• ブルー・スプリング 作詞:荒木とよひさ/編曲:筒美京平• 恋人たち 作詞:林春生/編曲:船山基紀• ポールの歌 作詞:橋本淳/編曲:船山基紀• 振り向けば二人 作詞:林春生/編曲:大村雅朗• 作詞:有馬三恵子/編曲:大村雅朗• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:三浦徳子/作曲・編曲:馬飼野康二• 訳詞:/作曲:B. Findon、M. Myers、B. SIDE A• 作詞:/作曲:/編曲:• ドロシーの日常 作詞:/作曲:上田知華/編曲:• 光の中で振り向くわたし 作詞:/作曲:/編曲:井上鑑• コートダジュールで 作詞:松本隆/作曲:加藤和彦/編曲:佐藤博• 砂浜のサティー 作詞:川村真澄/作曲:/編曲:佐藤博• SIDE B• 朝もやのエクス・アン・プロバンス 作詞・作曲・編曲:井上鑑• 作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:井上鑑• 幸せの振りして 作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:井上鑑• 帽子 作詞:川村真澄/作曲・編曲:佐藤博• 柔らかい夜 作詞:安井かずみ/作曲:加藤和彦/編曲:井上鑑• 以降はCD版にのみ収録されたボーナストラック。 作詞:/作曲:林哲司/編曲:新川博• 作詞:川村真澄/作曲・編曲:• 作詞:川村真澄/作曲・編曲:渡辺博也• 「Mirai」(1月31日/CTR-06016)• 「」(8月20日/CTR-08028)• 「」(8月1日/CTR-10041)• 「しあわせのレシピ」(6月26日/CTR-13055) ライヴ・アルバム [ ]• MAKO LIVE I(1979年6月5日、ビクター、SJX-20133)• BYE BYE MAKO LIVE〜8月の太陽より燃えて〜(1981年10月5日、ビクター、SJX-30097)• 1981年8月30日、東京にて収録• 石野真子さよなら公演完全収録LIVE(1983年3月5日、ビクター、SJV-5081〜83) ベスト・アルバム [ ]• 石野真子ベストヒットアルバム(1979年3月5日、ビクター、GX-45)• MY COLLECTION(1979年12月1日、ビクター、GX-47)• MY COLLECTION II(1980年11月5日、ビクター、SJX-30027)• MAKO PACK(1981年8月21日、ビクター、SJX-8094〜96)• スペシャル・セレクション(1985年11月5日、ビクター、VDR-1100• 石野真子 全曲集(1987年11月1日、ビクター、VDR-1451• Best Collection(1978-1987年)(1989年11月1日、ビクター、VDRY-25012)(1990年11月7日、VICL-5036)(1991年11月7日、VICL-5107)(1993年12月1日、VICL-5237)(1995年10月27日、VICL-5286)(1999年8月4日、VICL-41060)(2004年9月22日、VICL-41108)(2005年6月30日、VAL-23)(2005年9月22日、VICL-41239• Best of Best(1994年6月25日、ビクター、VICT-15005)• (2007年9月21日、ビクター、VICL-62554)• スーパー・ベスト(2013年8月23日、ビクター、NCS-10022• MAKO PACK [40th Anniversary Special] ~オールタイム・ベストアルバム (2018年6月27日、ビクター、VICL-65018、VIZL-1391) CD-BOX [ ]• [30th Anniversary Special Edition](2008年3月26日、ビクター、VIZL-273)• (2008年8月20日、ビクター、VIZL-291) タイアップ曲 [ ] 年 楽曲 タイアップ 1987年 系テレビドラマ「」主題歌 2007年 こっちを向いて の音楽番組「」挿入歌 2008年 東京タワー 開業50周年・公式応援ソング 2015年 へっちゃら平気の平八郎 NHKの音楽番組「みんなのうた」挿入歌 映像作品 [ ]• 風のファンタジー(1980年代にビデオで発売されたものを2008年DVD化)• SINGACT 2009 PAN・DORA 〜真子の反抗期〜(2010年5月発売)• 石野真子 Band Tour 2010 Life Is Beautiful〜29年ぶり素顔の全国ツアー(2010年12月発売) 出演 [ ] 映画 [ ]• 九月の空(1978年、監督:) - 松山小夜子 役• (1983年、監督:) - 相場多佳 役• 石野真子自由放送(1984年、監督:) - 主演• あっこちゃんの日記(1985年、監督:)• (1987年、監督:) - 上野千鶴子 役• (1988年、監督:) - モデル 役• 千羽づる(1989年、監督:神山征二郎)• (1990年、監督:) - 女客A 役• (1991年、監督:) - 霜村雅味 役• (1992年、監督:神山征二郎) - 二瓶シズ 役• (1993年、監督:神山征二郎) - 石田りえ 役• (2002年、監督:) - 選手Aの母 役• (2002年、監督:) - 家政婦 役• 伝説のやくざ 最後の博徒 修羅の章(2003年、監督:)• 伝説のやくざ 最後の博徒 残侠の章(2003年、監督:辻裕之)• (2004年、監督:磯村一路) - 高野玲子 役• (2004年、監督:) - チーニョ星人・白鳥スワン 役• (2006年、監督:) - 横森秀子 役• (2006年、監督:) - 佐伯なおみ 役• (2007年、監督:) - たみ子 役• (2008年、監督:) - 牧野千恵子 役• (2016年) - 江田操 役• グッバイエレジー(2017年、監督:) - 井川和代 役 テレビドラマ [ ]• 全26話(1979年2月14日 - 8月8日、) - 石本家の末娘・みどり 役• 一日三食人情つき 全28話(1980年3月21日 - 9月26日、) - みどり 役• (1980年、)• (TBS)• 「およめちゃん」シリーズ(1980年 - 1981年)• 「ねえちゃんの夏」(1983年)• 「二人だけの結婚式」(1983年)• 「恋人・やめません?」(1983年)• 「したたか夫婦学」シリーズ(1984年 - 1986年)• 「おそすぎますか?」(1984年)• 「空、晴れました」(1985年)• 「結婚式に出席しません」(1989年)• 第2シリーズ(1983年 - 1984年、NTV)• (1983年10月13日 - 1984年1月12日、TBS) - 次女・恵 役• (1984年、) - お甲 役• 第6話 - 第8話(1984年、日本テレビ)• 年上の女(1984年、TBS)• (1985年1月10日 - 3月24日、フジテレビ) - 道代 役• (1985年4月13日 - 7月28日、日本テレビ) - 秋葉清美 役• (1985年7月12日 - 9月27日、日本テレビ) - 塚田真紀 役• (1986年1月2日、TBS) - カメオ出演。 () - 高原(中川)佐智 役• 第48話(1989年) - 志乃 役• 第34話 - 第49話(2014年8月24日 - 11月30日) - マグダレナ 役• (1986年、)• (1987年1月15日 - 3月26日、フジテレビ) - 星野教授の助手(自称愛人)役• (・NNN)• 不安なり(1987年3月19日)• 母娘 愛あればこそ(1989年3月23日) - 富永友美 役• 最後の張り込み(1991年9月19日)• 「近所いじめの恐怖!! 」(1987年3月23日、テレビ東京)• 娘たちよ(1987年、・JNN)• (1988年1月1日、フジテレビ) - 真澄 役• (1988年1月4日 - 3月21日、フジテレビ) - 須崎綾子 役• (1988年6月27日 - 8月12日、TBS) - 主演 役• (1988年、フジテレビ)• (1989年1月16日 - 3月20日、フジテレビ) - 森田アキコ 役• 「殺意の風景 -砂色の迷宮-」(1989年6月19日、テレビ東京) - 主演• 「」(1989年9月26日、テレビ朝日) - 小坂ヒロ子 役• (1989年10月19日 - 1990年3月24日、フジテレビ) - 榊千恵 役• 月曜ドラマスペシャル(TBS)• (1989年12月)• (1995年2月27日) - ヒロイン・竹村陽子 役• (1990年1月8日 - 3月26日、フジテレビ) - 佐伯恵 役• 「禁じられた遊び」(1990年) - 谷沢良子 役• 「夢を買う男」(1991年) - 渡辺篤子 役• 第3話「子供を救った美人看護婦の犯罪」(1990年10月24日、テレビ朝日)• 第35話(1991年7月7日、テレビ朝日)• 「秘密箱からくり箱・殺した女」(8月、KTV・東映)• (1993年5月24日 - 7月16日、TBS) - 主演・さわ子 役• 第14話「両親が離婚したらパパをとるか? ママをとるか? 」(1993年8月19日、フジテレビ)• (1994年3月19日、NHK) - ヒロイン・知代 役• 第20作「狙われた婚約者」(1995年1月26日、テレビ朝日) - 秋村美佐 役• 第1シリーズ 第5話「首吊り学園殺人事件」(1995年8月19日、日本テレビ) - 小野弓子 役• 第7作「俯く女」(1996年4月2日、日本テレビ、) - 助川志摩子 役• 第2シリーズ 第14話「涙の婚約破棄! 殺人犯に狙われつづけた女」(1997年1月21日、テレビ朝日)• 第9作「愛と死の殺人海流」(1997年1月27日、テレビ朝日) - 松崎道代 役• (1998年8月31日 - 10月23日、TBS) - 長谷川美也子 役• 第5話「熱くてたまらない! 将軍に惚れた若後家」(1998年12月5日、テレビ朝日) - お春 役• 山村美紗サスペンス「5」京都慕い雛殺人事件(2000年3月6日、TBS) - 柴田夏紀 役• (テレビ朝日)• 第12シリーズ 第7話「結婚3日前の殺意!? 愛を破棄された女! 」(1999年5月12日) - 水原佐和子 役• 第13シリーズ 第21話「真夜中の連続殺人! 頭にくる女!? 」(2000年8月23日) - 森本千佳 役• 第15シリーズ 第13話「死を呼ぶ鬼ごっこ! 川辺課長が殺人!? 」(2002年6月26日) - 菊池久子 役• (2001年4月10日 - 6月26日、関西テレビ制作・フジテレビ) - 川村美佐江 役• (2001年、TBS)• (2001年2月19日、TBS) - 浜島(主人公)の母 役• (2001年10月、テレビ東京) - 五十嵐しず江 役• (2002年) - 三沢玲子• 第10話・最終話(2002年3月15日・22日、テレビ朝日) - 小松純子 役• 「29」(2001年) - 深田美子• 「1」(2002年) - 尾形美津代 役• 「1」(2003年) - 平泉友美 役• 女と愛とミステリー (2002年、テレビ東京) - 三沢玲子 役• 第3話「対決! 三匹VS女三匹 旅芝居!! 美人姉妹の裏稼業」(2002年、ANB) - おりん 役• 伊豆・金沢犀賀焼殺人事件(2003年7月、テレビ東京) - 相良涼子 役• 第19話「覆水」(2004年2月、)• (NHK)• (2004年)• 「」16週、18週、22週(2009年9月28日 - 2010年3月27日) - 山田弘子 役• (2005年1月13日 - 3月24日、TBS) - 国見信子 役• (2005年7月8日 - 9月16日、TBS) - 矢島節子 役• (2005年10月21日 - 12月16日、TBS) - 牧野千恵子 役• (2007年1月5日 - 3月16日、TBS) - 牧野千恵子 役• セカンドシリーズ 第20話 -第22話「君が僕を知ってる」(2005年8月14日 - 28日、BS-i) - 横森秀子 役• 第3シリーズ 第7話「姉妹のような母娘…危険な三角関係の罠」(2006年6月4日、テレビ朝日) - 富田純子 役• 第2話「30年間逃げた女…下町食堂の笑う死体」(2006年7月12日、テレビ朝日) - 水沢エリ子 役• 2ndシリーズ 第3話「瞬間移動した死体 〜元人気女優誘拐事件〜」(2006年7月15日、BS-i) - 若尾早子 役• (2006年10月30日 - 12月15日、TBS系) - 主演・中村詩織 役• (2007年2月25日、製作、TBS系) - 下村幸江 役• 第7話(2008年2月29日、テレビ朝日) - 米原里美 役• (2008年7月25日 - 9月5日、テレビ朝日) - 小峰咲子 役• (2008年10月4日 - 11月29日、フジテレビ) - 藤城和江 役• (2009年1月13日 - 3月17日、フジテレビ) - 仲本秋子 役• 第1話「狙われた京都セレブ夫人を救え! 」(2009年6月26日、テレビ朝日系) - 定子 役• 第8話(2009年11月25日、MBS) - 宍戸美枝子 役• (2009年12月19日、EX) - 根岸真帆 役• (2010年3月7日、WOWOW) - 伊東牧子 役• 第20作(2010年3月22日、TBS) - 島袋博子 役• (2010年4月4日 - 7月8日、読売テレビ制作・日本テレビ) - 野宮加奈子 役• 2(2010年9月18日、朝日放送) - 阿久津玲子 役• 第10話「聖戦」(2011年1月1日) - 江上恵理子 役• 第15話「鮎川教授最後の授業」、第16話「鮎川教授最後の授業・解決篇」 (2015年2月11、18日) - 御堂黎子 役• (2011年4月9日、NTV) - 金森杏子 役• (2011年7月21日 - 9月15日、テレビ朝日) - 田中里美 役• (2011年7月27日 - 9月22日、TBS) - 佐々岡千代子 役• (2011年9月16日、NHK大阪放送) - 主演・木原友子 役(とダブル主演)• 第6話「日曜画家」(2012年2月23日、MBS) - 竹村登志 役• (2012年11月23日・24日、フジテレビ) - 椎名祥子 役• 地域ドラマ 石坂線物語 第2作 豆腐の味(2012年12月7日、; 2014年2月16日、NHK総合で全国放送) - 柏崎和歌奈の母 役• (2013年1月1日、テレビ東京) - 秦珠子 役• (2013年6月22日、フジテレビ) - 当摩刑事の母 役• ・下町育ち頑固一徹な元刑事と新米警官の孫娘? (2013年9月2日、TBS) - 野々村千恵 役• (2013年10月2日 - 12月11日、日本テレビ) - 南三条恭子 役• (2014年3月16日、) - 杉尾美智子(杉尾の妻) 役• 第1話(2014年7月4日、テレビ朝日) - 村木美里 役• 第10話(2014年9月4日、読売テレビ) - 水沢塔子 役• (2014年10月4日 - 11月11日、NHK) - 川端育恵 役• (2014年11月7日、日本テレビ) - 長嶋笑 役• (2015年1月6日 - 2月24日、NHK BSプレミアム) - 長井 役• 土曜ワイド劇場 (2015年6月13日、テレビ朝日) - 浅野美和子• (2015年8月5日、テレビ東京) - 成宮信子 役• 第4弾第3夜(2016年2月4日、)、第6弾第9話(2018年3月13日、メ~テレ)、第8弾第2話(2020年1月29日、メ~テレ) - 池谷小夜子 役• 月曜ゴールデン 35・風のなかの櫻香(2016年3月28日、TBS) - 七原聖子 役• 第5話 - 最終回(2016年4月3日 - 4月10日、NHK BSプレミアム) - 栗山純子 役• (2016年4月23日 - 6月18日、日本テレビ) - 堤由美子 役• 第4話(2016年8月11日、テレビ朝日) - 牧村登志子 役• (2017年1月23日 - 3月20日、フジテレビ) - 高梨典子 役• 第9話(2017年3月11日、日本テレビ) - フジコ建設社長夫人 役• (2017年4月15日 - 6月17日、日本テレビ) - 湖月善江 役• ハラスメントゲーム 秋津VSカトクの女(2020年1月10日)• (2019年) - 芳賀明美• 第1話(2020年1月9日、フジテレビ) - 村井恵子 役• 第9話(2020年3月10日、TBS) - 佐倉初江 役 オリジナルビデオ [ ]• (2005年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役• (2006年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役• (2015年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役• (2017年、東映) - チーニョ星人・白鳥スワン役 吹き替え [ ]• (2005年、) - オープニングナレーション(日本放映は2011年) 舞台 [ ]• 輪舞(1987年)• ミュージカル「」(2011年) - ピーチ 役• ミュージカル「」(2012年) - ピーチ 役• (2012年) - キャピュレット夫人 役• ナイスガイ in ニューヨーク(2016年) - ミセス・ベーカー 役 情報・バラエティ・歌番組 [ ]• (日本テレビ) - 1979年チャリティーパーナリティ• (NHK) - 1980年度司会• (1981年4月12日 - 9月6日放送分、日本テレビ) - 坂本九と司会• (日本テレビ) - とコンビで初代の司会• - 石野がプロデュースしているブランド「makorela(マコリラ)コレクション」 が取り扱われる際には不定期ながら出演。 自ら解説やモデルを努める• (2013年 - 2015年、TBSテレビ) - ナレーター ラジオ [ ]• (1979年10月13日 - 1981年4月4日、)• 石野真子 大人のHappy Day(2013年5月5日 - 2013年12月27日、) CM [ ]• 「ban16」• アイスキャンデー「BOB」(1980年)• 虫除け「ムシペール」(1980年)• 「富士ヨット学生服」(1980年) - テレビCMのキャッチコピー「伸ーび伸びの丸洗い」! 「モア(台所用洗剤)」「リンスのいらないメリット」• 「ユンケルEC」 - いしのようこと姉妹共演• 「スマートフォン」(2011年) - ひとりと、ひとつ。 walk with you「上京」篇 受賞歴 [ ] 1978年度 [ ]• 優秀新人賞• 新人賞• 放送音楽新人賞• 新人賞• 新人賞 1979年度 [ ]• 1980年度 [ ]• 脚注 [ ] []• 旧名・石野敦子。 現在、石野敦子 (宝乃純) の名前だがタレント名鑑に登録はされていない。 どらく. 2017年5月22日閲覧。 2012年1月11日. 2017年5月22日閲覧。 『』は、業界からのプロ審査員による歯に衣を着せぬ論評、獲得得点による公平な合否判断、芸能事務所による本気のスカウトなど、オーディションの全ての様子をテレビ公開するよう意識して番組が制作されており、時にこのことが「素人に対して厳しすぎるのでは」などと批判を受けたりもした。 スカウトの実態と番組からスターが誕生する様子を在りのまま視聴者に観せて芸能界をガラス張りにしたい、とのの企画・監修の下で番組制作されていた (出典: 2008年8月1日放送、日本テレビ単発スペシャルドラマ『ヒットメーカー 阿久悠物語』)。 吉田拓郎著、「ふたたび自分の事は棚に上げて」p121• 週刊 2012年6月28日特大号 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第1弾・70年代編• 石野の所属事務所は同番組と強いパイプを持っていた芸能事務所のひとつで、新人歌手の番組初出演に優遇措置を受けていた。 [ ]• 当日着用していた衣装は、この約2ヵ月後に発売されるシングル『』で使用するステージ衣装=「水色の帽子とミニスカート」であった• にはのが選ばれた。 2008年12月27日放送、テレビ朝日『超お宝映像大公開ガリベン昭和歌謡SP』での本人の回想コメント• 主演は、共演者に、、、、、、、、、 新人俳優の長谷川は、熱愛の末に高校生のみどりと結婚をする長距離トラック運転手役 など。 石野は身長156cm、デビュー時のスリーサイズは、B81・W58・H87。 ヒップの大きさを気にしており、このことでずっとコンプレックスを抱いていた(出典: 1978年10月臨時増刊『近代映画』)。 1980年10月25日『近代映画ハロー秋の号 石野真子パート6』• 日刊ゲンダイ• 自分のラジオ番組に好みの女性をゲスト出演させ、親交を深める手法はがすでに確立していた常套手段で、全く同じ事を長渕が実践した(俺らの旅はハイウェイ、1990年2月、長渕剛、八曜社)。 石川順恵著、アイドルという人生p43• NEWSポストセブン 2012年1月24日. 2017年5月22日閲覧。 exciteニュース 2008年7月28日. 2017年5月22日閲覧。 exciteニュース 2008年7月28日. 2017年5月22日閲覧。 『一撃の拳-』、(平成17年)、131-140頁• 2008年3月25日. 2017年5月22日閲覧。 の「」のカバー。 の「Gotta Pull Myself Together」の日本語カバー。 過去のシングル曲をメドレー形式に編集した楽曲。 の同名曲のカバー。 に行われた石野のクリスマスライブで限定発売されたシングル。 8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62890)。 2008年8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62891)。 2008年8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62893)。 2008年8月20日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62894)。 2008年9月24日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62895)。 2008年9月24日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62896)。 2008年9月24日にCD版がリリースされた(規格品番:VICL-62899)。 コミックナタリー 2016年3月8日. 2016年3月10日閲覧。 ナターシャ. 2016年12月27日. 2018年4月28日閲覧。 ORICON NEWS. 2017年3月8日. 2017年3月19日閲覧。 2018年9月5日. 2018年9月29日閲覧。 ハラスメントゲーム. 2019年11月24日. 2020年1月12日閲覧。 2019年11月24日. 2020年1月12日閲覧。 2019年1月22日. 2019年1月28日閲覧。 2019年12月28日. 2020年1月9日閲覧。 ステージナタリー. 2016年6月29日. 2016年6月30日閲覧。 関連項目 [ ]• - 同じ年にデビューした歌手• 外部リンク [ ]•

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