二度と俺らが行く場所に現れるな。 中国BL「不可抗力」を本気で見た4|二鹿|note

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二度と俺らが行く場所に現れるな

前回、体調不良で倒れてしまったニエン。 ベッドに寝かされて、目を覚ますとそこにはイエン坊ちゃんがじっと見ていた。 知らない間に医者に見せたというイエン坊ちゃん。 さすがに病人には優しく、あの間違えた契約書の件もどうにかするという。 「お前は俺のものだ、後始末は俺に任せろ。 俺が守ってやる」とさっきの激怒とは大違い。 情緒の緩急がすごいです。 そして、今の時刻が10時と聞いて飛び起きる。 ルオの誕生日のことを思い出し「少し出てくる。 僕を待ってるから」と言うニエン。 イエン坊ちゃんは「行くな。 早くベッドに戻れ」と言いますが、ニエンは「這ってでも行く」と頑なになる。 さすがに怒ったイエン坊ちゃんは「今後二度とあいつには会うな。 すぐに縁を切れ・あいつは男に熱を上げる変態だ。 お前に気があるんだ」と強く言います。 だってイエン坊ちゃんもニエンのことが好きだから……。 カッとなったニエンは「坊ちゃん、忠告には感謝するよ。 でも僕も男に熱を上げる変態だ」と言い返すのです。 イエン坊ちゃんは大ショックで、「まさかヤツに惚れた?」「関係ないだろ。 僕はこういう人間なんだ。 気に入らなければ追い出してくれて構わない。 言ってくる」と出て行ってしまう。 こ、ここのすれ違いヤバくないですか???ニエンは、こうしてイエン坊ちゃんに束縛されたり優しくされたりして舞い上がる自分が嫌で、また遠ざけようとしている。 せ、切な……。 ルオの家にやってきたニエン。 暗い部屋の中で用意されたケーキに火をつけて膝を抱えているルオ。 ニエンはそっと隣に行き、ルオに声をかけるとルオはニエンに抱きつく。 「すまない、僕が悪かった。 許してくれ」「来ないかと思った」「君の誕生日をすっぽかすわけない。 ケーキを食べてから外で夜食を食べようか」「シュー・ニエン、今日は帰らないでそばにいて」すごい……。 同級生と騒げばいいのにというニエンに、ルオは「俺は好きな人と一緒にいたい」「分かった、今日は君の言うとおりにする」と言うやいなや、抱き着いて首に痕を残す……おいおいルオ……あんた可愛い顔してとんでもない罰を与えてくるじゃん……。 「鏡を見るたびに俺を思い出すだろ」というルオに幼稚だなというニエン……いやいや、そんなあっさり流していいんですか??幼稚の範囲ですか??かなりすごいことされてませんか??!! と、私の頭が大混乱の中で二人でささやかに誕生日を祝っている頃、イエン坊ちゃんは虚無顔で一人座っている……。 そして朝になってニエンが帰ってくると、まだそのまま座って待っていたイエン坊ちゃん。 「何しに戻ってきた?寂しがるんじゃないのか?もう別の金づるを見つけたのになんで戻ってきたんだ?厚かましいにもほどがある。 恥を知れ」と激怒。 ニエンはルオとは何もないと言うものの、がっつりキスマークを見つけられてしまうので説得力が皆無。 ニエンの首を掴み「あいつと寝たのか?答えろ」「いや」「男に飢えてるのか?あんなガキとヤるなんて……男なら誰でもいいってことか。 なら俺は?結構いけるだろ」と言って押し倒す。 おいおいおいおい……歪んだ愛が止まらないぞ……これだと余計に拗れが加速するだけだから……!!!!!と、躍起になっているイエン坊ちゃんは泣いたニエンを見て我に返る。 いや分かる……坊ちゃんはこんなことがしたかったわけではないんだよね……そして「行けよ、お前の好きな所へ……消えろ!」と叫ぶ。 ニエンは家を飛び出します。 まぁまぁ、これはお約束と言えばお約束な展開なんですけども、私はベタ展開が好きなので思わず拍手した。 本当にありがとうございました。 病み上がりでふらふらのニエンの元にルオが駆け寄っていくと、ニエンはまた倒れてしまう。 ニエンを失い、クラブ通いを再開したイエン坊ちゃん。 そりゃあもう、今の彼には自己嫌悪くらいしかすることがないので……。 帰りに見つけたニエンとルオに遭遇し、車で尾行してついていくがさすがにそこまで付いていく勇気はなく、車に戻って携帯に電話を掛ける。 そして何も言わずに切る。 マジでイエン坊ちゃん肝心なところでビビっちゃうところありますよね。 一方、ルオの部屋では荷造りをしているニエン。 ルオは「もう支度はいい。 北京に行かずにここに残るよ。 一緒に来てくれない限り、俺はいかない」と言い出します。 進学のために北京に行くことになっているルオが駄々をこねるわけ。 「ずっと二人で一緒にいたいんだ。 シュー・ニエン、言う気はなかったけど明日が出発の日だから今言うしかない。 この二か月、毎日一緒に過ごして俺の気持ちにもう気付いたはずだ」と、ルオは自分が抱く気持ちを打ち明けようとします。 今まで自分でもろくに気持ちに向き合ってこなかったニエンは「やめよう。 もう遅い時間だ。 早く寝よう」と言って遮ります。 抱き着いてくるルオに対して「クー・ルオ、僕は君のことを弟のように思ってるんだ」「弟なんかじゃ嫌だ」「北京に行けばもう干渉されることはない。 君が好きな事ができる。 でもハメを外すなよ。 色んな活動して友達を作って」と言う。 ここも拗れたな……。 「理由はシエ・イエンか?」「彼は関係ない。 どこにいても君は僕の弟だ。 永遠に変わらない。 クー・ルオ、君はまだ若いし輝く未来が待ってるんだ。 大学を出て株主としてクー氏グループに入れば、もう誰も君をいじめたり見下したりしないよ。 僕たちは施設で育って、家族も友達もいなくて自分しか頼れなかった。 これからは僕を反面教師にして立派な人生を送るんだ。 かなわない夢のために悩むなよ」……マジでこれまでの不可抗力の登場人物の中で、唯一素直に自分の気持ちと向き合って、そして相手に伝えようとしたルオという存在がいかにまぶしいことか……。 ニエンは横たわり、あの坊ちゃんと眠った時の写メを見返す。 薄いカーテンの向こうにいるルオは思いつめたような顔になって体を起こし、ニエンの隣にやってきて横たわる。 「俺は明日行く。 もうこんな風に抱けない。 しっかり生きるよ。 思い出と一緒に……シュー・ニエン、ありがとう」と言って泣いてしまう。 ルオの言葉を聞いたニエンも泣いている。 悲しい。 翌朝、ニエンが目を覚ますと部屋にルオはいませんでした。 黙って出て行ってごめんという置手紙(達筆)を残し、これまでのお礼と言ってクー氏グループ会社の株譲渡契約書を置いていく。 受取人はもちろんニエンになっている。 ルオに電話を掛けるがつながらない。 大陸の攻めはやることがすごい。 イエン坊ちゃんは、ニエンがクー家の株を譲り受けた噂を聞く。 しかも憎まれ、今日はきつく懲らしめるという噂まで。 株を預かっただけで譲り受けたわけではないと説明するニエンに「色仕掛けで株を手に入れたくせに、恥知らず」とつっかかってくるクー夫人。 株を返せと怒った男にグラスで殴られ、頭を押さえるニエンに駆け寄るイエン坊ちゃん。 近寄るな!と吠えます。 そして再び家に戻ってきたニエン。 また坊ちゃんに助けてもらってしまった……って落ち込むニエンは、戻って来いと言うイエン坊ちゃんに「やめてくれ。 引っ越してきても数日後にはまた出ていく。 その繰り返しで疲れたよ。 子供の遊びはもうやめよう」と告げる。 「シュー・ニエン、俺は本気だ」「君は8歳の頃から、物を投げては僕に拾わせたよね。 君は力があっていつも遠くまで投げるから僕は全力疾走した。 君が立て続けに投げても諦めなかった。 僕の足でいくら頑張っても満足するはずないのに、君の命令を聞いては懸命に走って……今は疲れ果てて走れない」 子供の頃の話だ、今は違うというイエン坊ちゃん。 しかしニエンは「僕は不器用な人間だから、ここにいればまた君の気に障って追い出される。 ……今夜はやっぱり帰るよ」と立ち上がる。 ニエンの腕を取り「行かせない。 一緒にいたいんだ」と言ってキスをする。 固まるニエンに、「許してくれ、つらい思いをさせた」と言うイエン坊ちゃん。 なんども期待しては裏切られの繰り返しだったニエンは「からかわないで」と言ったところでまたイエン坊ちゃんがキスをする。 画面の構図と色合いが超美しい。 イエン坊ちゃんは「今は信じられなくても、いずれ分かるはずだ。 俺はお前に本気だ。 お前と一緒にいたい。 これからは誰も俺たちを引き離せないって。 信じてくれ」ともう一回優しくキスをする……。 ニエンは押し返したりすることなくイエン坊ちゃんのキスを受け入れて、涙を流すのでした。 はあ……今度こそ通じたね……ニエンに今度こそ通じたよね……?!!と、そんなところで二話が終わり。 そしてまた私のパッションが止まらないので続けて3話行きます。 家の植木に水をやるニエン。 後ろからやってきたイエン坊ちゃんにくすぐられてキャッキャしている。 ニエンは再びイエン坊ちゃんの元に戻り、あまりにも現実味がないので夢を見てるんじゃないかと思っている。 どこでも構わず盛ってくるイエン坊ちゃんに困惑しながらも、これまでとは違って楽しくやっています。 二人でキッチンに立つようになったり、イエン坊ちゃんに味見をさせてあげたりする。 相変わらず職権乱用がすごいイエン坊ちゃんは、社長室で二人きりになればニエンを襲うのは日常。 誰もいない結婚式場で、こっそり二人だけでキスをすることもあった。 ニエンはそう長くは続かないであろう今の幸せをそっとかみしめながら生きていました。 イエン坊ちゃんに携帯を贈られるんですけど、中はイエン坊ちゃんだけが登録されたアドレス帳、大量のイエン坊ちゃんの自撮り写真が入ったフォルダ。 そして自撮りツーショ取りまくる。 坊ちゃんの自己主張がすごい。 完全に浮かれています。 いやまあでも良かったよね……幸せなら……。 そしてベッドシーンは光の入り方とフィルターが幻想的な感じでちょっとした宗教画。 カメラワークが不安定でちょっと酔いそう。 そして事後にはニエンの胸の上で寝ているイエン坊ちゃん。 幸せそうでなによりです。 さて、幸せなところでしたが家には両親が帰宅。 就寝中と言うのを聞いて部屋に向かう父親。 すでにいやな予感しかしない。 眠るイエン坊ちゃんとシャワーを浴び終えたニエンが父親と出くわし、呼び出される。 完全に察した父親は「息子とはいつからだ」「坊ちゃんが小さいころから一緒に寝ています」「話をすり替えるな。 君はシエ家で育た。 家族も同然だから息子を託した。 でも、こんなこと世話の仕方があるか?世間に知られたらシエ家の名前に傷がつくだろう」 いや~~~まあそうなるか………。 「坊ちゃんはそこまで考えていないのかも」「君は考えろ。 もう28歳だ。 身を固める年齢で、身勝手な事は許さない」と言われてしまう。 二人とも本気ではないだろうな、と父親に聞かれて口ごもるニエン。 そして、坊ちゃんのためなら何でもするというニエンに父親は表情をやわらげ、見合いの話がきているが息子が応じないと話をして協力を求めるわけです。 さて、ニエンと約束をしてレストランにやってきたイエン坊ちゃんでしたが、そこに現れたのはあの見合い相手の女性というとんでもないドッキリ展開。 冷静な父親はニエンに対して感情的にならず「これは君だけの過ちではない。 息子は昔から一緒に寝たがったし、共有する時間が長すぎてつい魔が差したんだろう」という。 お互いの思いを「過ち」「つい魔が差した」という言葉で片付けるのはあまりにも残酷な話です。 そこへイエン坊ちゃんがやってくる。 見合いをすっ飛ばして家に帰ってきたわけです。 ニエンに部屋に戻らせ、父親と対峙するイエン坊ちゃん。 もう二度と見合いを強要しないでくれというイエン坊ちゃんに、「親不孝め!手塩にかけて育てた子がまさか男にうつつを抜かすとは……恩知らずな施設育ちのために自分の未来も会社も捨てる気なのか!」と怒る。 それから父親は「一緒になりたいなら家を出ていけ!でなければ私が死ぬのを待つんだな!」と事実上の勘当宣言です。 部屋に戻るとニエンが、「今日は別々に寝よう。 もう子供じゃないんだ」とあのつらい時期のセリフを言うので、イエン坊ちゃんは抱きしめる。 絶対に離さないイエン坊ちゃん「俺が信じられないのか」と言うとニエンは「信じて何になる?どうせ一緒にはなれないのに」と現実しか見ていないニエンに、イエン坊ちゃんは「家を出よう。 全てから離れて静かに暮らすんだ。 深刻に考えなくていい。 俺がお前への思いが本物だと証明したいだけだ」と言って、明日の夕方ベンチで待ち合わせることに。 「お前が来るまでずっと待ってる」と言われたニエンは迷います。 引継ぎのための会議を済ませて、ニエンと待ち合わせた場所へ向かおうとイエン坊ちゃん。 すると、社長室にはある女性が座っています。 あの、イエン坊ちゃんが彼女と別れた時に出会った車の超クールな女性。 「あなたの見合いの相手よ」「ここは会社だ、無断で入るな」「見てみたかったのよ。 未来の夫がいかに有望なのか。 悪くないわね。 さすが財閥の後継者」「出て行ってくれ。 俺は君に興味がない」「そっけないわね。 お見合いなんだから食事くらいしない?」と言って動こうとしない。 食事が嫌なら家に送ってくれという彼女に負け、雨の中来るまで送り届けることに。 そして彼女に「俺は女は好きじゃない」とカミングアウト。 彼女は表情を変えて「好都合だわ。 私この人にする!婚約の手続きを進めて」と電話を掛けます。 「大丈夫。 私と結婚しても損はないわ。 好きにさせてあげるから。 形だけでも結婚しておけば周りからとやかく言われないし。 人前で夫婦を演じるだけでいいのよ」と言う。 まったく取り合わないイエン坊ちゃんに「私は偽装結婚がしたいの」と言い出した彼女、なんと突然のスタンガンでイエン坊ちゃんの気を失わせる。 スピード感……。 さて翌朝になって、ホテルで目を覚ますイエン坊ちゃん。 バスローブ姿の彼女にぎょっとする。 スタンガンを多めに当てたという彼女にどうかしてる!と言いますが、淡々と身なりを整えて結婚式の準備をよろしくと言う。 「私の両親は保守的だから、責任取る覚悟してね」「結婚は断ったはずだ!」「あなたを見合い地獄から救って浮気を応援する妻なんて私以外にいると思う?」と告げる。 約束したはず時間に場所に現れなかったイエン坊ちゃん。 待ち合わせの場所に行きますが当然ニエンはいない。 家に戻ると、部屋で再び荷造りをしているニエンがいて、足元は汚れている。 あの大雨のなか待ち合わせ場所には行ったということ。 謝るイエン坊ちゃんに「僕は10分待っただけで帰ってきた」というニエン。 イエン坊ちゃんが手を掴むとニエンの冷え切っていて、ずっと長い時間待っていたんだと分かったイエン坊ちゃんは今すぐここを出ようと言います。 しかしまた裏切られたと思ったニエンは「もうこんな冗談はやめて」と言って突き放す。 あのクソ女と会わなければ……ひたすら憤るイエン坊ちゃんに、ニエンは「彼女と結婚するのか?旦那様から聞いたよ。 生涯の伴侶と出会えてうれしくて仕方ないだろ」と、投げやりに言う。 伝わらないイエン坊ちゃんはもどかしそうに「あの女とは何の関係もない。 彼女だけじゃない。 どの女とも結婚しない」と言います。 ニエンは「女性と結婚すれば気ままに暮らせなくなる。 違うか?僕はシエ家の使用人だ。 君のかばん持ち。 怒る資格も、何かを要求することもできない。 引っ越してきては追い出されて、会社でも家でも君の命令で動く。 何も欲しがらずに君から与えられるだけだ。 僕と一緒にいるのは気楽だ。 責任も約束も気にしなくていい。 アリスの身代わり、犬にしか過ぎないんだから……」とまた胸を抉るようなことを言うのです。 イエン坊ちゃんはたまらずニエンの頬を殴る。 今度こそイエン坊ちゃんのことを信じられると思ったニエンだったけど、派手に約束を破られ、挙句の果てにはその日に婚約者となる女と一晩過ごしたと分かれば、そりゃあ信じられないもの無理はない。 そしてイエン坊ちゃんの両親は見合いがうまくいったことを喜んでいたし、自分さえいなければ、イエン坊ちゃんは余計に苦労することなく生きられる。 だからニエンはあえて強く突き放すようなことを加えて言ったような気がします。 婚約者と一晩過ごしたのだから責任を取れとイエン坊ちゃんに怒る父親は、ニエンを呼び、今すぐ贈り物とレストランの予約をしておけと言う。 動くニエンの手を掴んで引き留め「婚約は人生で一大事だ。 俺が手配する。 人任せにできない」と言って出ていきます。 全ての用意を済ませてお互いに顔合わせをする。 しかし、肝心の彼女は顔合わせには現れずに家に来て、ニエンを見る。 「シュー・ニエンね。 私たち縁があるのよ。 ここのバカが、私の車を引き留めてシュー・ニエンって呼んだの。 ……今考えると、彼は私のことを褒めてたのね」「一体どういう意味?」「私は彼の婚約者よ。 彼がいないから来たの。 案内してよ」と強引に家に入っていく。 お腹がすいたとい彼女は「さっきまで喫茶店で男とコーヒー飲んでたのよ」「エビならあるけど」「エビは好物よ」と言って奥へ入っていく。 顔合わせ中のイエン坊ちゃんは両家がいる前で決意表明をすると言って「娘さんとは、結婚しません。 あの日彼女を車で送っていく途中に結婚を迫られました。 結婚しても損はないから大丈夫だと言って、僕が断ると気絶させられて気付けば朝でした。 つまり彼女とは何もなかったんです。 若い女性に嵌められて男として立つ瀬がない。 しかし話が急転し、真実を話したのです。 それから、強要するのはやめてほしい。 強要しても不幸になるだけです」と話す。 ここはかなりメッセージ性が強かったなと思います。 作者の意見って感じ。 家ではエビを食べている彼女。 ニエンは彼女に「君はもうすぐシエ家の夫人になる。 おめでとう」「心にもないことを……ところで、シエ・イエンって性格は悪いけど人を見る目はあるわね」「どういう意味?」 彼女は「実は彼、昨日の夜……すごかったの。 まさに絶倫って感じで……うそ、冗談よ」すると、急に彼女の様子が急変します。 腹痛に苦しむ彼女は病院に運ばれ、しかもニエンのせいで食あたりになったということに。 まさかのエビで食中毒。 それを聞いたイエン坊ちゃんは、何の声もかけずにニエンの前を通り過ぎていく。 そして問題を起こしたニエンは、父親に二度と息子のまえに現れるなと言われてしまう。 イエン坊ちゃんは、ニエンに「彼女にエビのほかに何を出した?」と聞く。 まさか疑われると思っていなかったニエンは「何が聞きたい?」「俺は永遠にお前の見方だ。 何があろうとお前のことを守る。 だから真実を話せ」 すると「……毒を盛った。 彼女が死ねば君は結婚できなくなる」というニエン……いや……ちょっと待って、そんなこという……?そんなこと言うの……???絶対やってないのに……??? 「シエ・イエン、ありがとう。 22年前施設で僕を選んでくれた。 おかげで家族が出来て仕事が持てたし、君も出会えた。 なのに僕は君に迷惑をかけるばかりだ。 君の結婚をつぶしかけたんだ」と感謝と謝罪をするニエン。 イエン坊ちゃんは、そんな痛々しいニエンを抱きしめて再び「ここを出よう。 今度は遅刻しない」と言う。 「坊ちゃん、そういう冗談は二度と言わないで。 夜も遅い。 早く寝よう」と言って背を向けてしまう。 本音ではイエン坊ちゃんのことを信じたいのに、裏切られるのが怖くて信じられない苦しさと、坊ちゃんの幸せを考えて手を取ることが出来なくなってしまったニエン。 そして、ニエンを引き留めきれないイエン坊ちゃんがあまりにも切ない。 「あの日、シュー・ニエンは夜明け前に家を出ました。 手ぶらだったのでジョギングかと思いましたが、あれきり二度と戻らなかったのです……」イエン坊ちゃんはニエンを毎日亡霊のように探して、3か月以上もの間探し回り、広いベッドで泣いていた。 そんなある日、母親があの彼女の食中毒の件について記事を見つける。 それは喫茶店で変な男に毒を盛られた、という内容でした。 きっとシュー・ニエンがこれを見たら戻ってくるという母親に、力なく戻らないよと首を振る。 「母さん、どうすればいい?」と言って泣いてしまうイエン坊ちゃん……。 半年過ぎても消息を掴むことができず、イエン坊ちゃんからは笑顔が消えてしまった。 家に一本の電話が来て、ついにニエンの消息がつかめたという。 電話に出たイエン坊ちゃんは、しばらく立ち尽くす。 ニエンはすでに交通事故で亡くなっていたのです。 病院に運ばれたときは助かる見込みはあったが、金がなくて治療できなかった。 ニエンはイエン坊ちゃんに見つからないように名前を伏せて、バイトを転々としていた。 ニエンのことをイエン坊ちゃんが探さなければ、死ななかったかもしれない。 そして死を持って希望を奪うこともなかった。 それからイエン坊ちゃんはずっと結婚せず、独り身のまま……。 イエン坊ちゃんはあの日待ち合わせたベンチに座って、これまで自分と関わってきた人々が、自分以外の相手と笑い合うのを見ている。 そして最後の彼女は、男性に興味がなくて女性が好きだった。 だから偽装結婚を持ち掛けたってことかなと思いました。 一人、取り残されて時間が止まったように呆然とするイエン坊ちゃん。 雨が降ってもその場を離れず、家を出ようと約束した日、大雨の中で震えて待っていたニエンのことを思いって空を見上げ、物語は終わります。 世の中には様々な愛の形がある。 我々は願ってやまない。 全ての愛が尊重されることを。 はい、というわけで不可抗力。 最後は勢いに任せて突っ切ってしまいました。 ここまですれ違い、裏切り、裏切られ、執着するというストーリーを作るのってすごいですよね。 あと気になったのは、かなり作者からの強いメッセージを感じるセリフが多かったように思います。 画面の中だけで完結せずに、画面の外に向かって投げかけられた愛についてのメッセージ。 この世にあるBL作品は、「同性愛者であることで周りから迫害をうける」みたいな展開が割とあります。 それはストーリーをより盛り上げるための一つの「障害」としてちりばめられていて、登場人物たちが乗り越えることによってストーリーが面白くなっていく。 ドラマの中で「障害」は必要不可欠です。 事件も何も起きないドラマはドラマじゃない。 主人公たちをいかに困難に遭わせ、乗り越えさせるかがストーリーを作るうえで大切なことでもあるからです。 同性愛についての認識は本当に一概には言えないことなんですけど、BLで同性愛を語るのはなかなか厳しいところもあると感じます。 セクシャルマイノリティについても日本でやっとLGBTという名称が浸透したり、今ではどんどん拡張していってLGBTTQQIAAPと呼ばれています。 情報は常にアップデートされ、私たちの認識もどんどん柔軟に変化していくべきである。 だからこういう、同性愛者に対して当たりの強い作品を見ると「同性愛者をこんな風に扱うべきではない」と厳しく思う人も当然いるんじゃないかなと思います。 いやー、マジ難しいですよね。 だからBL作品と現実を混同するなという意見もあるのも、なんとなく分かる。 あくまで物語はフィクション。 でもBL作品があるからこそ現実が変わっていくことも、多少なりともあるんじゃないかなと思います。 素晴らしい作品と出会い、感情移入して勇気づけられたりすることがあるように、それはBLも例外ではないはず。 BLとは男同士の恋愛であることで、より普遍的な「愛」の話が展開できるものだと思っているので。 とにかく、こうして強く感情が揺さぶられたり、色んな事を考えさせられ、新しい世界について学ぶことができる素敵な作品と多く出会っていけたらいいな~~と思いました! 今回は不可抗力の二通りあるうちの一つの終わり方について本気で見て書きましたが、もう一つの終わり方についても、近々ちゃんと書けたらいいなと思います。 本気で見たい作品多すぎてちょっと訳わかんないけど……。 長々とお付き合いいただきありがとうございました!そしてオススメしてくださってありがとうございます!エモかった!.

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人は二度死ぬ〜偽りの幸せ〜(4)

二度と俺らが行く場所に現れるな

閉めきったカーテンの隙間から差し込む一筋の光が、俺の顔を照らし出した。 眩しさに瞼が震え、思わず寝返りを打つも、一度現実に引き戻された頭はゆるゆると覚醒に向かっていた。 うっすらと瞳を開き、緩慢に瞬きを繰り返しながら微睡みから覚める。 途端に感じる酒臭さと煙臭さ、ガンガンと殴られたように痛む頭に一瞬記憶がぼんやりとする。 「気持ちわる…飲み過ぎた…。 」 ぽつりと呟くと段々意識がはっきりとして、俺は億劫に感じながらも身体を起こした。 二人で選んだ淡いクリーム色のソファは柔らかいけど、一晩過ごすには適していなかったらしい。 節々が痛い。 欠伸をしながら腕を挙げて大きく伸びをすると骨がポキポキと音をたてた。 見渡した部屋の惨状は中々のものだった。 あちらこちらに酒瓶が転がり、戸棚のひきだしはひっくり返り、割れたグラスの破片があちこちに飛び散っている。 閉めきった窓とカーテンを開けて空気を入れ換えたいが、怪我をしないよう注意しなければ。 幸い近くに黄色のスリッパが転がっていたので、それを履いて窓を開けに行く。 部屋が明るくなるとより部屋の有り様が明るみになって、俺は面倒に感じながらも手早く割れた破片を集め、酒瓶を集め、散らばった物は何となく端に寄せて一応の部屋の体裁を整えた。 やれやれ、飲んでも暴れるタイプではなかったと思うが相当悪酔いしたらしい。 「あれ、黄瀬くん起きてたんですか?」 いつの間にか部屋にいたらしい人の声がして、俺は弾かれたように顔を上げた。 部屋にいる、という表現は少し可笑しいかもしれない。 なぜなら俺と彼はこの部屋に住んでいるのだから。 「黒子っちいいい!!おはよう!!もう急に現れるからびっくりしたッスよ!」 「おはようございます。 すみません、驚かすつもりはなかったのですが。 」 「まあ別にいいんスけど。 それよか昨日ごめんね?全然覚えてないんだけど俺随分悪い酔い方しちゃったみたいッスね。 黒子っち頭痛くない?」 「僕はそんなに飲まなかったので。 黄瀬くんこそ気持ち悪かったりしませんか?」 黒子っちが心配そうに俺を見上げて、ひんやりとした手のひらを俺の額に当てた。 正直頭は痛いし吐きそうなくらい気持ち悪いけど、黒子っちを見ているとそれも気にならなくなってきた。 思わずへらりと笑ってしまった俺を見て、意外と大丈夫そうですね、と黒子っちの手のひらが離れていく。 遠ざかる気配が名残惜しい。 「部屋は後で片付けるとして、とりあえず朝ご飯食べよ?俺ちゃっちゃと作っちゃうから黒子っちお皿用意しておいてくれる?」 「僕も手伝います。 」 「いいのいいの、料理なんてして黒子っちの綺麗な手が傷付いたら困るもん。 」 「綺麗って…黄瀬くんの手の方がよっぽど綺麗だと思いますけど。 」 「黒子っちは自覚なさすぎなんスよ~!ほらいいから座って待ってて!」 やや不満げながら引き下がった黒子っちがお皿を取りに行くのを横目で確認して、俺はキッチンに入った。 黒色のエプロンを着けて冷蔵庫から食材を取り出す一連の流れは、もう慣れたものだ。 元々一人暮らしをしていたから料理にはそれなりに自信があったが、こだわりを持つようになったのは黒子っちと暮らし始めてからだった。 少食の彼が少しでも沢山食べてくれるようにとレパートリーを増やした。 おかげで好みの味は知り尽くしている。 俺としては濃い味の方が好きだけど、黒子っちが薄味の方が好きだから、俺の料理はいつも薄味だ。 なんて、黒子っちはそんなこと微塵も気付いてないだろうけど。 黒子っちの好きな甘い玉子焼きを慎重にひっくり返しながら、俺はなんとなくカウンターキッチンの向こうに目をやった。 テーブルの上には既に二人分のお皿が並べられていた。 黒子っちは、と視線を巡らすと、手持ち無沙汰だったのだろう、床に脱ぎ捨てたままだった真っ黒いスーツをきちんとハンガーにかけているところだった。 皺にならないように伸ばしながら、「また脱ぎっぱなしにしてっ!」なんて言いながら黒いネクタイも同様にかけているのを見てしまったら、思わず頬が緩むのも仕方ないというものだ。 「黒子っち!できたッスよ!旦那様のホカホカ朝ご飯!!」 「いつも美味しいご飯を作ってくれるんですから、黄瀬くんが奥さんじゃないんですか?」 「えー奥さんは黒子っちだよ~。 可愛いし!」 「……可愛いって言われても嬉しくないです。 」 視線を反らして、黒子っちが拗ねた口調で言う。 でもその頬はうっすらと赤いから、ああやっぱり黒子っちは可愛い。 成人してもう5年も経つのに、相変わらず黒子っちは学生にしか見えない。 澄んだ水面のような清涼な瞳が、こぼれ落ちんばかりに大きいからだろうか。 身長は結局170には届かず、そのせいで生じる俺との身長差がそう思わせるのだろうか。 何れにしてもこんなことを口に出した日には俺の鳩尾に強力な一撃がお見舞いされているだろう。 俺は、黒子っちのことが好きだった。 中学の時、思い通りにならない歯痒さを抱えた試合で、散々舐めきって憎まれ口を叩いた相手から受けたパス。 それだけで、たった一回のそのパスで、俺の世界は変わった。 強烈で鮮やかなパス。 受け取った手のひらがじんじんと痺れ、同時に胸が高鳴った。 このパスがあれば俺はどこまでも行ける。 どんなことでも可能にできる。 そう無条件に思えた。 高校で離れても黒子っちのことが忘れられなかった。 そして腐っていた俺に二度目の活を入れてくれたのもやっぱり黒子っちだった。 チームで戦うことの強さ、チームで勝つことの意味、そして、このチームに出会えた奇跡。 それを教えてくれた黒子っちは、尊敬してもし足りないくらい大切な存在だった。 やがてその感情は好意であると理解した。 俺の世界を変えたあの日からずっと、俺は黒子っちに恋していたのだ。 告白したのは5年前、黒子っちの二十歳の誕生日だった。 驚きながらも顔を赤らめ、おずおずと頷いた黒子っちを思わず抱き締めくるくると回してしまったのは記憶に新しい。 だってあの可愛さは反則である。 あんな可愛い顔する黒子っちがいけない。 俺は悪くない。 一緒に住むようになってからは夢のようだった。 朝起きると隣に黒子っちがいる。 俺の向かいで黒子っちがご飯を食べている。 帰ってくると黒子っちがおかえりと言ってくれる。 大学を卒業しモデルの仕事に専念するようになってから大変なことも多かったが、家で黒子っちが待ってると思うだけで疲れも吹き飛んだ。 やはり愛の力とは偉大なのだ。 「黄瀬くん、今日お休みですよね?よかったら少し出掛けませんか?」 はて、そういえば今日は何日で何曜日だったろうか。 予定はどうなっていただろうかと白い携帯を目で探すが、どこに埋もれてしまったのか全く見当たらない。 「今日休みだったっけ?」 「もう、忘れちゃったんですか?昨日言ってたじゃないですか。 」 「うーん、あんまり覚えてないけど黒子っちがそう言うなら休みかも。 」 「しっかりしてください。 全くあんなに優秀な笠松さんというマネージャーがいながら…。 まあいいです、それでですね、ちょっと出掛けたいなーと思うんですがついてきてくれますか?」 「もっちろん!むしろ俺だけ留守番なんて絶対嫌ッス!黒子っちどっか行きたいって言うの珍しいね?」 「懐かしい景色を目に焼き付けたいんです。 さよならをする前に。 」 「ああ、前に話した引っ越しのこと?まだ部屋も決めてないのにせっかちッスね。 」 「遠くなっちゃいますからね、今のうちに。 」 黒子っちが出掛けたいと言うなら俺に異論はない。 天気も良さそうだし絶好のお出かけ日和だろう。 窓の外からも子供の声がしている。 俺と黒子っちは食器を片付けると着替えて出掛ける準備をした。 そういえばいつもひどい黒子っちの寝癖が今日はついていない。 珍しいこともあるものだと思うのと同時に、寝癖直しという俺の密かな楽しみがなかったことを少しだけ残念に思った。 「携帯ないな~。 どこ置いたんだっけ?黒子っち鳴らしてくんない?」 「僕のも見つからないので無理です。 」 「ええっ!?二人揃って!?…うーん、まあいっか、たまには携帯なくても。 」 仕事の連絡が入ったら困るな、とはちょっと思ったけど、たとえ入ったとしても黒子っちより優先することはないから結局同じかもしれない、と思う。 不思議とウキウキするのはこうして黒子っちと二人で出掛けるなんて久し振りだからかもしれない。 邪魔されないためにも、俺の正体はバレないようにしないと、と帽子をさらに目深にかぶった。 二人して「行ってきます」と声をかけ部屋を出る。 扉の先には眩いばかりの陽光と青空が広がっていて、俺は思わず目を細めた。 先程までの騒がしさが嘘のように静寂が広がる部屋の中、黄瀬がなおざりによけた本や服に埋もれて、白いスマートフォンが明滅を繰り返していた。 新たなメッセージを受信してその画面が青白く光る。 メール受信数53 着信履歴28 To:笠松幸男 『ちゃんと、大丈夫か?』 [newpage] 最初はやっぱりストバスでしょう。 そう言った黒子っちの言葉を受けて、俺たちは中学時代によく通ったバスケコートにやって来た。 高校の時も卒業してからも、このコートへは散々通った。 まさに思い出の場所だ。 日が暮れてもチームを変えて何度も何度もバスケをした。 青峰っちと黒子っちが組むと全然歯が立たなかったけど、二人が拳を合わせているのを見たときは嬉しかった。 二人のコンビネーションは何というかとてもしっくりくる。 息の合ったプレーは圧巻で、悔しいけどやっぱり黒子っちの相棒は青峰っちなんだなと認めるしかなかった。 「あ、青峰くん。 」 来たはいいけどボールもないしどうしようと思っていた俺の耳に、黒子っちの声が届く。 指で示した方を見れば、紺色の上下に身を包み、同じ色の帽子を被った青峰っちがぼんやりと立っていた。 卒業して警察官になったとは聞いていたけど、制服姿を見るのは初めてだ。 長身にがっしりとした体格の青峰っちに、その制服はよく似合っていた。 男の俺から見ても格好いい。 「青峰くん、制服です。 」 「うわあ格好いいッスねえ!青峰っちいいいい!!」 俺が大声で呼ぶと、コートを見つめて立ち尽くしていた青峰っちが途端にはっとして辺りをきょろきょろと見回した。 ぶんぶんと手を振ると青峰っちはようやく俺に気が付いて驚いたように目を見開いた後大股で近寄ってきた。 「お、前…!全然電話してもでねえと思ってたらこんなとこで何やってんだよ!」 「ちょっ、いきなり大声出さないでよ。 電話くれたんスか?悪いんスけど俺の携帯今行方不明なんスよね。 」 「はあ!?……ったく、なんだよ…。 心配したっつの。 まあなんだ、元気そうでよかったよ。 」 「絶賛二日酔いですけどね。 」 「もう、ちょっと飲み過ぎただけッスよ!てゆーか青峰っちこそここで何やってるんスか?」 「俺そこの交番で働いてるからよ、まあその…パトロールのついでだ。 ……ここに来れば、会える気がしてよ。 んでお前は?」 「思い出の場所ッスからね、懐かしみにきたんス。 」 「はい、もうすぐここからさよならしちゃうので、その前に。 ふふ、やっぱり懐かしいですねここ。 青峰くんにシュートも教わりました。 」 「ああ、懐かしいよな…。 俺にとってもテツとの思い出の場所だ。 こっちは負けたばっかで気分最悪だったってのに。 」 思い出が蘇る。 あの頃感じた辛さや苦みが、今の俺たちを形作ってきたのだ。 思い出を語る青峰っちは遠い目をしていて、何だか違う人のようだ。 重い口振りは爽やかなバスケコートに落ちるには随分と不釣り合いで、俺はなんだか不安定で違和感のある非日常に迷い混んだようで落ち着かない気持ちになった。 「もー!青峰っち暗いッスよ!しばらく会わないうちにそんなに感傷的な人になったんスか?ほらほら、思い出は~いつも綺麗だけど~それだけじゃお腹が空くわ~ってね?思い出は大事ッスけど、今と未来を考える方がもっともっと大事なんスよ!」 青峰っちに言うのと同時に黒子っちにも、ね?と目を向ける。 輝いていたのはこの時だけじゃない。 これからももっとたくさん黒子っちと思い出を重ねていくのだ。 「…そうですよね。 黄瀬くんの言う通りです。 」 「ああ、そうだな。 立ち止まってちゃダメだよな。 ちゃんと抱えて、これからを生きるよ。 ……つかこんなこと、お前に教えられるとはな。 ちょっと見直したっつーか、かっこよかった。 」 「失礼な。 黄瀬くんは元々格好いいですよ!」 「え、ちょ、貴重なデレきたああああ!!うっうっ、嬉しいッス…。 」 「うわあ…泣くほどのことか?」 「当たり前じゃないッスか!少なくともあと3年は聞けないかもしれない…って、そういえば青峰っち結構時間経ってるッスけど戻らなくていいんスか?」 「え?は、ってやべえ!!またサボってたと思われる!わりい黄瀬、せっかく会えたけどまたな!」 「また連絡するッス!」 「お仕事頑張ってください。 」 相変わらずの足の速さで、青峰っちがあっという間に遠ざかる。 久し振りに会ったら、またバスケがしたくなってきた。 あの頃とは違う今の俺たちでバスケをやるのも、きっとすごく楽しいだろうな。 皆忙しいだろうけど、予定が合わないか帰ったら聞いてみよう。 「黄瀬くん何だか楽しそうですね。 」 「へへ、分かる?また皆でバスケしたいなーって。 ね?みーんな呼んでさ。 」 「君たちのバスケを見るのは大好きです。 また集まれるといいですね。 」 「そしたら黒子っち俺と同じチームになってさ、二人で青峰っち倒そう!俺にパスいっぱい回してよ!」 「そうですね。 僕もまた、君と一緒に…。 」 そう言って俺を見上げた黒子っちがうっすらと微笑んだ。 日の光に照らされた瞳はゆらゆらと揺れて見えて、なんだか泣いているようだと思った。 [newpage] 太陽が真上にあるのと、大きく音をたてたお腹の音で今が昼時であることを知った。 何か食べようと少し大きな通りを歩いていると、不意に後ろから肩を掴まれた。 やばい、バレちゃったかなと驚いてそっと振り返ると、そこに立っていたのは俺のよく知る、高校時代のライバルだった。 「…お前、少し痩せたか?」 あまり時間はないが少し話したいと言われ、俺は小さな喫茶店に入った。 向かい合って座る赤髪の男は記憶の中でいつも大量のハンバーガーを食べていたから、白いカップでコーヒーを飲む姿は何だか不思議だ。 「そう、ッスかね?ちゃんと食べてるッスよ。 」 「それならいいけどよ…。 あれから全然連絡もつかないし、青峰とかにも聞いてみたけどあいつらからの電話にも出なかったらしいし。 」 「ああ…携帯どっかいっちゃってるんスよ。 ごめん、なんか急ぎの用だったッスか?」 「あー…ん、まあ元気そうだからいいけどよ。 」 素直一直線の男が珍しく歯切れが悪い。 なんだか今日は珍しいことばかりだ。 隣を見ると、黒子っちもそう感じたらしく、火神っちを見てから俺を見て、怪訝そうに首を傾げた。 「火神くん、どうかしたんですか?」 「お?そうだそうだ!そんで俺が話したかったことなんだけどさ。 」 火神っちはそう言うとカバンをごそごそと探り、中から一冊のノートを取り出した。 なんだか分からずハテナマークを浮かべる俺とは対照的に、黒子っちが途端に焦りだした。 「…?それなんスか?」 「え、あ、ちょ、か、火神くん!!」 「これ、俺が黒子に教えてた料理のレシピノート。 」 「レシピノート?」 「うわあああああああ!!ちょっと火神くん!僕がちゃんと作れるようになるまで内緒にしてくださいって言ったじゃないですか!」 「いつも作ってくれてるから自分も作ってあげたいってさ、少し前から俺ん家に習いに来てたんだわ。 」 「だから!そんなことまで言わなくていいんですよ!内緒って!内緒って約束したのに!」 「はは、内緒ったってなあ、いつまでも俺が持ってるわけにいかないし、ちゃんと渡しといた方がいいと思ってさ。 」 「え、でも…黒子っち作れるようになったんスか?」 「いや、ついに作れないままだったぜ。 」 「そんなはっきり!?」 「でも俺さ、もうすぐアメリカ行くんだわ。 作れるようになるまでって黒子との約束だったけど、あいつのもんを俺が持ってっちまうのはなんか違うだろ。 」 「え…火神くんアメリカ行くんですか?」 「随分急ッスね。 」 「親父がなんか怪我したらしーんだよ。 もうそれなりに年だし、いい機会だからしばらくあっちで住もうと思ってさ。 こんなタイミングだったから中々言えなくて悪かったな。 」 火神っちはそう言って、静かにカップを持ち上げコーヒーを一口飲んだ。 それから窓の外を見上げて、晴れ渡る青空に少しだけ眉をひそめると、もう一度俺にノートを差し出した。 「ほんとは持ってようとも思ったけどさ、それはお前らので、俺のじゃないから。 」 「火神くん…。 」 「じゃあ、受け取るッス。 …でも、寂しくなるッスね。 俺また皆でバスケしようと思ってたのに。 」 「俺は帰ってこないわけじゃないんだから、またいつでもできるだろ。 ちゃんと会いに来るからさ、お前にも、黒子にも。 」 「待ってますね、火神くん。 次帰ってきたら僕のご飯を振る舞ってあげます。 」 「そしたら俺もいない間の雑誌プレゼントするッスね!」 「ははっ、なんだよそれ。 ありがとな、楽しみにしてる。 ……黄瀬も、元気でな。 」 火神っちが帰った後、受け取ったノートをめくってみた。 隣で黒子っちは恥ずかしそうに、あーとかうーとか言ってたけど、そこに記されていた黒子っちの字は一生懸命俺のために頑張ろうとしてくれる姿そのものに思えて、俺は胸が温かくなるのを感じた。 端の方には「味は濃い目に作ること!」と小さな注意書きがしてある。 そうか、俺が濃い味好きなの知ってたのか。 俺が黒子っちを思って料理を作るように、黒子っちも俺を思って料理を作ってくれようとしていた。 その事実がどうしようもなく嬉しい。 「今度、これ作ってくれる?」 「……考えてあげなくもないです。 」 そんなことを言いながら、実は俺に甘い黒子っちはきっと一生懸命に振る舞ってくれるに違いない。 ほかほかと幸せな気持ちのまま、俺たちは喫茶店を後にした。 扉を出る瞬間、何となく座っていた席を振り返ると、机の上には二人分のカップが置かれていて、そういえば黒子っちはまた店員に気付かれなかったのかと、今更ながらに思った。 [newpage] 「緑間っちいるかなー。 」 「忙しいんですから、いても引き留めちゃダメですよ?」 次に俺たちが向かったのは図書館だ。 この図書館は近くの病院の小児科病棟と繋がっていて、小児科医の研修中である緑間っちとは遭遇率が高い。 医者になりたいとは聞いていたが、まさか小児科医になるとは驚きだ。 子供はどちらかといえば苦手だと思っていたから。 「あ、緑間くんです。 」 建物の入口をくぐりきょろきょろと辺りを見回した黒子っちは、小さな子供に囲まれる長身の男を見つけて嬉しそうに声を上げた。 それにしてもいつも思うけど、195の緑間っちと1メートルにも満たない子供たちが遊んでいる光景はガリバー旅行記とか不思議の国のアリスとか、子供の頃に読んだ童話を思い出して不思議な感覚に陥る。 しかめ面で大きくて、とても子供に好かれるとは思えないのだが、緑間っちは会うといつも子供に囲まれている。 素直じゃないけど面倒見がよくて優しいから、そういうのは純粋な子供たちにはちゃんと伝わるのかもしれない。 「緑間っち!」 「もう黄瀬くん!お仕事の邪魔しちゃダメですってば!」 「えー、でもせっかくここまで来たんだし、」 「黄、瀬…?」 黒子っちとやいのやいの言い合っていたら、緑間っちが気が付いたらしい。 眼鏡の奥の目をまんまるにして、あんまり見ないようなびっくり顔でこちらを見ていた。 そんなに驚かなくても。 「緑間っち!久し振りッス!」 「久し振りだと…?お前、散々電話したにも関わらず一向に出ないと思ったら、こんなとこで何をしているのだよ!!」 「ちょ、緑間っち何でそんなに怒ってんスか!?電話のことなら仕方なかったんスよー。 携帯どっかいっちゃってて。 」 「どっかいった!?人がこんなに心配していたのにか!急に連絡がつかなくなって、俺たちがどれだけ肝を冷やしたと思っている!!」 「まあまあ緑間くん落ち着いてください。 黄瀬くんも悪気があったわけではないんです。 」 「うう…なんかごめんッス…。 」 緑間っちは厳しい人だけど、激昂っていうほど怒ることはあまりない。 その緑間っちがこんなに凄い剣幕で怒っているのだ。 連絡を結果的に無視したことになっているのは事実だし、何より俺を思っての怒りだということが分かるから、ここは素直に謝るべきである。 思わずしゅんとしてしまった俺の横で黒子っちがあわあわと俺と緑間っちを見遣る。 向かいの緑間っちも言い過ぎたと思ったのか、怒気を潜め、申し訳なさそうに頭を掻いた。 「いや…その、何もなかったのならいいのだよ。 すまない、強く言い過ぎた。 ただどうしても…嫌な予感が消えなくてな。 」 「青峰っちや火神っちも連絡くれてたみたいでさっき怒られたッス。 すません。 」 「ああ、皆心配していた。 でもまあ、元気そうでよかったのだよ。 」 「緑間くんは相変わらず子供にモテモテですね。 」 「ほんと、緑間っちも子供人気は変わらずッスね。 」 「ふん、今日のラッキーアイテムはくまさんのぬいぐるみなのだよ。 一つだけだと誰かに気に入られて持っていかれてしまうかもしれないからな、たくさん用意したのだよ。 」 「ああ、それでみんなくまさん抱っこしてるんスね。 さすがキセキのお母さん。 」 「そういうとこほんと意外ですよね。 」 「何とでも言え。 俺は常に人事を尽くしているだけなのだよ。 」 眼鏡をくいと上げながら緑間っちが自信満々に言った。 変わらないなと思う。 どこまでも厳しくストイックな努力の人。 あの正確無比なシュートは誰にでもできることではない。 「それで、今日は何をしに来たんだ。 」 「思い出の場所巡りのついでに本返しにきたんスよ。 」 「思い出の場所?ああ、黒子はよくここで本を借りていたからな。 図書館なら俺も行こう。 借りたい本がある。 」 「子供たちはいいんスか?」 「休憩時間に絡まれていただけだから構わないのだよ。 」 そう告げる緑間っちと、三人で図書館に入る。 緑間っちに会いに小児科病棟の方へは何回か行ったけど、図書館へ来るのは実を言うと初めてだったりする。 本は読まない。 読む時間もないし。 黒子っちが熱心に読んでるのを見て、俺も読んだら色んな話しができるかもしれないと挑戦したことはあるが、結局一冊もまともに読めなかった。 以来、俺には読書は向かないのだとすっかりやめてしまっていたのだ。 図書館なのだから本が多いのは当たり前だが、それにしたって多すぎじゃないだろうか。 あんな上の方にある本どうやって取るんだ。 「緑間くん何借りるんですか?」 難しい漢字ばかりが並ぶ小説エリアで足を止めた緑間っちに黒子っちが尋ねる。 「以前黒子がお薦めしてくれた本があってな。 中々読む時間が取れないから借りられずにいたのだが、ちゃんと読もうと思ったのだよ。 」 「うへえ、分厚い本ッスね…。 黒子っちが好きそう…。 」 「あ!その本ですか!?ちらと話しただけだったのによく覚えてましたね?」 「目を輝かせて語っていたな。 表情が珍しく雄弁だったからとても印象的だった。 」 「嬉しいです。 すごく面白いんですよ!本当は黄瀬くんにも読んでもらいたかったんですけど…。 」 「俺にはそんな分厚いのとても読める気しないッス。 」 「ふん、集中力のないお前には無理なのだよ。 」 緑間っちはその後も棚を回り、小説を何冊か見繕っていた。 黒子っちもそんな緑間っちの後をついて回り、小説を物色していた。 結局緑間っちは5冊重そうな本を借りて、俺も黒子っちが本を探している間に黒子っちが借りていた本を返した。 珍しく黒子っちは借りなかった。 あまり惹かれる本がなかったようだ。 休憩時間も終わりに差し掛かったようで、俺たちは図書館を出て正面玄関へと戻った。 ここまで来ると先程までの静けさが嘘のように子供たちの明るい笑い声が響く。 廊下も窓が多いから光が入って明るい。 あっという間に別世界へ来たようだった。 「読んだら感想聞かせてくださいね。 」 じゃあなと言って後ろを向いた緑間っちの背中に黒子っちが声を掛ける。 緑間っちは一、二歩進んでから足を止めると、振り返ってこちらに戻ってきた。 何かいい忘れたんスかね?俺は首を傾げた。 いつだって真っ直ぐに前を向いていた緑間っちが、俺の目の前で立ち止まり、俯いてぎゅっと拳を握っている。 その手が、肩が、身体が、小刻みに震えていた。 「どうしたんスか?」 「……本当は借りるつもりはなかったんだ。 読んでしまったら…思い出してしまうだろうから。 」 「思い出す…?」 下を向く緑間っちの表情は、髪に隠れていて分からない。 でもひどく押し殺したような苦しげな声に、突然脳が警鐘を鳴らした。 不安で心が押し潰されそうだった。 これ以上聞いてはいけない。 何の根拠もないけれど、不意にそう思った。 「読んでしまったら…っ、感想を言い合いたいと思ってしまうだろう…?っまた…一緒に笑いたいと、そう思ってしまうだろう!?」 「緑間、っち?どうしたの?」 「情けないな…。 お前はきちんと前を向いているというのに、俺は…まだ受け入れられないのだよ。 またしばらく経てば、その扉からいつものように黒子が現れる気がして、」 「黒子っち…?いつものようにって、そんなの、」 「ああ分かっているさ、ちゃんと分かってる。 そんなことはもう二度とないのだと。 」 え? そう声にならずに呟いて、俺は顔を上げた。 苦しそうに顔を歪める男の向こう、大きな窓ガラスに映る俺の隣に、 確かに存在したはずの彼の姿は、もうどこにも見えなかった。

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【東海オンエアとの確執編】あやなんの過去の炎上をどこよりも詳しく!しばゆー脱退疑惑/ピザパ事件やてつやの「二度と俺らが行く場所に現れるな」発言についても

二度と俺らが行く場所に現れるな

閉めきったカーテンの隙間から差し込む一筋の光が、俺の顔を照らし出した。 眩しさに瞼が震え、思わず寝返りを打つも、一度現実に引き戻された頭はゆるゆると覚醒に向かっていた。 うっすらと瞳を開き、緩慢に瞬きを繰り返しながら微睡みから覚める。 途端に感じる酒臭さと煙臭さ、ガンガンと殴られたように痛む頭に一瞬記憶がぼんやりとする。 「気持ちわる…飲み過ぎた…。 」 ぽつりと呟くと段々意識がはっきりとして、俺は億劫に感じながらも身体を起こした。 二人で選んだ淡いクリーム色のソファは柔らかいけど、一晩過ごすには適していなかったらしい。 節々が痛い。 欠伸をしながら腕を挙げて大きく伸びをすると骨がポキポキと音をたてた。 見渡した部屋の惨状は中々のものだった。 あちらこちらに酒瓶が転がり、戸棚のひきだしはひっくり返り、割れたグラスの破片があちこちに飛び散っている。 閉めきった窓とカーテンを開けて空気を入れ換えたいが、怪我をしないよう注意しなければ。 幸い近くに黄色のスリッパが転がっていたので、それを履いて窓を開けに行く。 部屋が明るくなるとより部屋の有り様が明るみになって、俺は面倒に感じながらも手早く割れた破片を集め、酒瓶を集め、散らばった物は何となく端に寄せて一応の部屋の体裁を整えた。 やれやれ、飲んでも暴れるタイプではなかったと思うが相当悪酔いしたらしい。 「あれ、黄瀬くん起きてたんですか?」 いつの間にか部屋にいたらしい人の声がして、俺は弾かれたように顔を上げた。 部屋にいる、という表現は少し可笑しいかもしれない。 なぜなら俺と彼はこの部屋に住んでいるのだから。 「黒子っちいいい!!おはよう!!もう急に現れるからびっくりしたッスよ!」 「おはようございます。 すみません、驚かすつもりはなかったのですが。 」 「まあ別にいいんスけど。 それよか昨日ごめんね?全然覚えてないんだけど俺随分悪い酔い方しちゃったみたいッスね。 黒子っち頭痛くない?」 「僕はそんなに飲まなかったので。 黄瀬くんこそ気持ち悪かったりしませんか?」 黒子っちが心配そうに俺を見上げて、ひんやりとした手のひらを俺の額に当てた。 正直頭は痛いし吐きそうなくらい気持ち悪いけど、黒子っちを見ているとそれも気にならなくなってきた。 思わずへらりと笑ってしまった俺を見て、意外と大丈夫そうですね、と黒子っちの手のひらが離れていく。 遠ざかる気配が名残惜しい。 「部屋は後で片付けるとして、とりあえず朝ご飯食べよ?俺ちゃっちゃと作っちゃうから黒子っちお皿用意しておいてくれる?」 「僕も手伝います。 」 「いいのいいの、料理なんてして黒子っちの綺麗な手が傷付いたら困るもん。 」 「綺麗って…黄瀬くんの手の方がよっぽど綺麗だと思いますけど。 」 「黒子っちは自覚なさすぎなんスよ~!ほらいいから座って待ってて!」 やや不満げながら引き下がった黒子っちがお皿を取りに行くのを横目で確認して、俺はキッチンに入った。 黒色のエプロンを着けて冷蔵庫から食材を取り出す一連の流れは、もう慣れたものだ。 元々一人暮らしをしていたから料理にはそれなりに自信があったが、こだわりを持つようになったのは黒子っちと暮らし始めてからだった。 少食の彼が少しでも沢山食べてくれるようにとレパートリーを増やした。 おかげで好みの味は知り尽くしている。 俺としては濃い味の方が好きだけど、黒子っちが薄味の方が好きだから、俺の料理はいつも薄味だ。 なんて、黒子っちはそんなこと微塵も気付いてないだろうけど。 黒子っちの好きな甘い玉子焼きを慎重にひっくり返しながら、俺はなんとなくカウンターキッチンの向こうに目をやった。 テーブルの上には既に二人分のお皿が並べられていた。 黒子っちは、と視線を巡らすと、手持ち無沙汰だったのだろう、床に脱ぎ捨てたままだった真っ黒いスーツをきちんとハンガーにかけているところだった。 皺にならないように伸ばしながら、「また脱ぎっぱなしにしてっ!」なんて言いながら黒いネクタイも同様にかけているのを見てしまったら、思わず頬が緩むのも仕方ないというものだ。 「黒子っち!できたッスよ!旦那様のホカホカ朝ご飯!!」 「いつも美味しいご飯を作ってくれるんですから、黄瀬くんが奥さんじゃないんですか?」 「えー奥さんは黒子っちだよ~。 可愛いし!」 「……可愛いって言われても嬉しくないです。 」 視線を反らして、黒子っちが拗ねた口調で言う。 でもその頬はうっすらと赤いから、ああやっぱり黒子っちは可愛い。 成人してもう5年も経つのに、相変わらず黒子っちは学生にしか見えない。 澄んだ水面のような清涼な瞳が、こぼれ落ちんばかりに大きいからだろうか。 身長は結局170には届かず、そのせいで生じる俺との身長差がそう思わせるのだろうか。 何れにしてもこんなことを口に出した日には俺の鳩尾に強力な一撃がお見舞いされているだろう。 俺は、黒子っちのことが好きだった。 中学の時、思い通りにならない歯痒さを抱えた試合で、散々舐めきって憎まれ口を叩いた相手から受けたパス。 それだけで、たった一回のそのパスで、俺の世界は変わった。 強烈で鮮やかなパス。 受け取った手のひらがじんじんと痺れ、同時に胸が高鳴った。 このパスがあれば俺はどこまでも行ける。 どんなことでも可能にできる。 そう無条件に思えた。 高校で離れても黒子っちのことが忘れられなかった。 そして腐っていた俺に二度目の活を入れてくれたのもやっぱり黒子っちだった。 チームで戦うことの強さ、チームで勝つことの意味、そして、このチームに出会えた奇跡。 それを教えてくれた黒子っちは、尊敬してもし足りないくらい大切な存在だった。 やがてその感情は好意であると理解した。 俺の世界を変えたあの日からずっと、俺は黒子っちに恋していたのだ。 告白したのは5年前、黒子っちの二十歳の誕生日だった。 驚きながらも顔を赤らめ、おずおずと頷いた黒子っちを思わず抱き締めくるくると回してしまったのは記憶に新しい。 だってあの可愛さは反則である。 あんな可愛い顔する黒子っちがいけない。 俺は悪くない。 一緒に住むようになってからは夢のようだった。 朝起きると隣に黒子っちがいる。 俺の向かいで黒子っちがご飯を食べている。 帰ってくると黒子っちがおかえりと言ってくれる。 大学を卒業しモデルの仕事に専念するようになってから大変なことも多かったが、家で黒子っちが待ってると思うだけで疲れも吹き飛んだ。 やはり愛の力とは偉大なのだ。 「黄瀬くん、今日お休みですよね?よかったら少し出掛けませんか?」 はて、そういえば今日は何日で何曜日だったろうか。 予定はどうなっていただろうかと白い携帯を目で探すが、どこに埋もれてしまったのか全く見当たらない。 「今日休みだったっけ?」 「もう、忘れちゃったんですか?昨日言ってたじゃないですか。 」 「うーん、あんまり覚えてないけど黒子っちがそう言うなら休みかも。 」 「しっかりしてください。 全くあんなに優秀な笠松さんというマネージャーがいながら…。 まあいいです、それでですね、ちょっと出掛けたいなーと思うんですがついてきてくれますか?」 「もっちろん!むしろ俺だけ留守番なんて絶対嫌ッス!黒子っちどっか行きたいって言うの珍しいね?」 「懐かしい景色を目に焼き付けたいんです。 さよならをする前に。 」 「ああ、前に話した引っ越しのこと?まだ部屋も決めてないのにせっかちッスね。 」 「遠くなっちゃいますからね、今のうちに。 」 黒子っちが出掛けたいと言うなら俺に異論はない。 天気も良さそうだし絶好のお出かけ日和だろう。 窓の外からも子供の声がしている。 俺と黒子っちは食器を片付けると着替えて出掛ける準備をした。 そういえばいつもひどい黒子っちの寝癖が今日はついていない。 珍しいこともあるものだと思うのと同時に、寝癖直しという俺の密かな楽しみがなかったことを少しだけ残念に思った。 「携帯ないな~。 どこ置いたんだっけ?黒子っち鳴らしてくんない?」 「僕のも見つからないので無理です。 」 「ええっ!?二人揃って!?…うーん、まあいっか、たまには携帯なくても。 」 仕事の連絡が入ったら困るな、とはちょっと思ったけど、たとえ入ったとしても黒子っちより優先することはないから結局同じかもしれない、と思う。 不思議とウキウキするのはこうして黒子っちと二人で出掛けるなんて久し振りだからかもしれない。 邪魔されないためにも、俺の正体はバレないようにしないと、と帽子をさらに目深にかぶった。 二人して「行ってきます」と声をかけ部屋を出る。 扉の先には眩いばかりの陽光と青空が広がっていて、俺は思わず目を細めた。 先程までの騒がしさが嘘のように静寂が広がる部屋の中、黄瀬がなおざりによけた本や服に埋もれて、白いスマートフォンが明滅を繰り返していた。 新たなメッセージを受信してその画面が青白く光る。 メール受信数53 着信履歴28 To:笠松幸男 『ちゃんと、大丈夫か?』 [newpage] 最初はやっぱりストバスでしょう。 そう言った黒子っちの言葉を受けて、俺たちは中学時代によく通ったバスケコートにやって来た。 高校の時も卒業してからも、このコートへは散々通った。 まさに思い出の場所だ。 日が暮れてもチームを変えて何度も何度もバスケをした。 青峰っちと黒子っちが組むと全然歯が立たなかったけど、二人が拳を合わせているのを見たときは嬉しかった。 二人のコンビネーションは何というかとてもしっくりくる。 息の合ったプレーは圧巻で、悔しいけどやっぱり黒子っちの相棒は青峰っちなんだなと認めるしかなかった。 「あ、青峰くん。 」 来たはいいけどボールもないしどうしようと思っていた俺の耳に、黒子っちの声が届く。 指で示した方を見れば、紺色の上下に身を包み、同じ色の帽子を被った青峰っちがぼんやりと立っていた。 卒業して警察官になったとは聞いていたけど、制服姿を見るのは初めてだ。 長身にがっしりとした体格の青峰っちに、その制服はよく似合っていた。 男の俺から見ても格好いい。 「青峰くん、制服です。 」 「うわあ格好いいッスねえ!青峰っちいいいい!!」 俺が大声で呼ぶと、コートを見つめて立ち尽くしていた青峰っちが途端にはっとして辺りをきょろきょろと見回した。 ぶんぶんと手を振ると青峰っちはようやく俺に気が付いて驚いたように目を見開いた後大股で近寄ってきた。 「お、前…!全然電話してもでねえと思ってたらこんなとこで何やってんだよ!」 「ちょっ、いきなり大声出さないでよ。 電話くれたんスか?悪いんスけど俺の携帯今行方不明なんスよね。 」 「はあ!?……ったく、なんだよ…。 心配したっつの。 まあなんだ、元気そうでよかったよ。 」 「絶賛二日酔いですけどね。 」 「もう、ちょっと飲み過ぎただけッスよ!てゆーか青峰っちこそここで何やってるんスか?」 「俺そこの交番で働いてるからよ、まあその…パトロールのついでだ。 ……ここに来れば、会える気がしてよ。 んでお前は?」 「思い出の場所ッスからね、懐かしみにきたんス。 」 「はい、もうすぐここからさよならしちゃうので、その前に。 ふふ、やっぱり懐かしいですねここ。 青峰くんにシュートも教わりました。 」 「ああ、懐かしいよな…。 俺にとってもテツとの思い出の場所だ。 こっちは負けたばっかで気分最悪だったってのに。 」 思い出が蘇る。 あの頃感じた辛さや苦みが、今の俺たちを形作ってきたのだ。 思い出を語る青峰っちは遠い目をしていて、何だか違う人のようだ。 重い口振りは爽やかなバスケコートに落ちるには随分と不釣り合いで、俺はなんだか不安定で違和感のある非日常に迷い混んだようで落ち着かない気持ちになった。 「もー!青峰っち暗いッスよ!しばらく会わないうちにそんなに感傷的な人になったんスか?ほらほら、思い出は~いつも綺麗だけど~それだけじゃお腹が空くわ~ってね?思い出は大事ッスけど、今と未来を考える方がもっともっと大事なんスよ!」 青峰っちに言うのと同時に黒子っちにも、ね?と目を向ける。 輝いていたのはこの時だけじゃない。 これからももっとたくさん黒子っちと思い出を重ねていくのだ。 「…そうですよね。 黄瀬くんの言う通りです。 」 「ああ、そうだな。 立ち止まってちゃダメだよな。 ちゃんと抱えて、これからを生きるよ。 ……つかこんなこと、お前に教えられるとはな。 ちょっと見直したっつーか、かっこよかった。 」 「失礼な。 黄瀬くんは元々格好いいですよ!」 「え、ちょ、貴重なデレきたああああ!!うっうっ、嬉しいッス…。 」 「うわあ…泣くほどのことか?」 「当たり前じゃないッスか!少なくともあと3年は聞けないかもしれない…って、そういえば青峰っち結構時間経ってるッスけど戻らなくていいんスか?」 「え?は、ってやべえ!!またサボってたと思われる!わりい黄瀬、せっかく会えたけどまたな!」 「また連絡するッス!」 「お仕事頑張ってください。 」 相変わらずの足の速さで、青峰っちがあっという間に遠ざかる。 久し振りに会ったら、またバスケがしたくなってきた。 あの頃とは違う今の俺たちでバスケをやるのも、きっとすごく楽しいだろうな。 皆忙しいだろうけど、予定が合わないか帰ったら聞いてみよう。 「黄瀬くん何だか楽しそうですね。 」 「へへ、分かる?また皆でバスケしたいなーって。 ね?みーんな呼んでさ。 」 「君たちのバスケを見るのは大好きです。 また集まれるといいですね。 」 「そしたら黒子っち俺と同じチームになってさ、二人で青峰っち倒そう!俺にパスいっぱい回してよ!」 「そうですね。 僕もまた、君と一緒に…。 」 そう言って俺を見上げた黒子っちがうっすらと微笑んだ。 日の光に照らされた瞳はゆらゆらと揺れて見えて、なんだか泣いているようだと思った。 [newpage] 太陽が真上にあるのと、大きく音をたてたお腹の音で今が昼時であることを知った。 何か食べようと少し大きな通りを歩いていると、不意に後ろから肩を掴まれた。 やばい、バレちゃったかなと驚いてそっと振り返ると、そこに立っていたのは俺のよく知る、高校時代のライバルだった。 「…お前、少し痩せたか?」 あまり時間はないが少し話したいと言われ、俺は小さな喫茶店に入った。 向かい合って座る赤髪の男は記憶の中でいつも大量のハンバーガーを食べていたから、白いカップでコーヒーを飲む姿は何だか不思議だ。 「そう、ッスかね?ちゃんと食べてるッスよ。 」 「それならいいけどよ…。 あれから全然連絡もつかないし、青峰とかにも聞いてみたけどあいつらからの電話にも出なかったらしいし。 」 「ああ…携帯どっかいっちゃってるんスよ。 ごめん、なんか急ぎの用だったッスか?」 「あー…ん、まあ元気そうだからいいけどよ。 」 素直一直線の男が珍しく歯切れが悪い。 なんだか今日は珍しいことばかりだ。 隣を見ると、黒子っちもそう感じたらしく、火神っちを見てから俺を見て、怪訝そうに首を傾げた。 「火神くん、どうかしたんですか?」 「お?そうだそうだ!そんで俺が話したかったことなんだけどさ。 」 火神っちはそう言うとカバンをごそごそと探り、中から一冊のノートを取り出した。 なんだか分からずハテナマークを浮かべる俺とは対照的に、黒子っちが途端に焦りだした。 「…?それなんスか?」 「え、あ、ちょ、か、火神くん!!」 「これ、俺が黒子に教えてた料理のレシピノート。 」 「レシピノート?」 「うわあああああああ!!ちょっと火神くん!僕がちゃんと作れるようになるまで内緒にしてくださいって言ったじゃないですか!」 「いつも作ってくれてるから自分も作ってあげたいってさ、少し前から俺ん家に習いに来てたんだわ。 」 「だから!そんなことまで言わなくていいんですよ!内緒って!内緒って約束したのに!」 「はは、内緒ったってなあ、いつまでも俺が持ってるわけにいかないし、ちゃんと渡しといた方がいいと思ってさ。 」 「え、でも…黒子っち作れるようになったんスか?」 「いや、ついに作れないままだったぜ。 」 「そんなはっきり!?」 「でも俺さ、もうすぐアメリカ行くんだわ。 作れるようになるまでって黒子との約束だったけど、あいつのもんを俺が持ってっちまうのはなんか違うだろ。 」 「え…火神くんアメリカ行くんですか?」 「随分急ッスね。 」 「親父がなんか怪我したらしーんだよ。 もうそれなりに年だし、いい機会だからしばらくあっちで住もうと思ってさ。 こんなタイミングだったから中々言えなくて悪かったな。 」 火神っちはそう言って、静かにカップを持ち上げコーヒーを一口飲んだ。 それから窓の外を見上げて、晴れ渡る青空に少しだけ眉をひそめると、もう一度俺にノートを差し出した。 「ほんとは持ってようとも思ったけどさ、それはお前らので、俺のじゃないから。 」 「火神くん…。 」 「じゃあ、受け取るッス。 …でも、寂しくなるッスね。 俺また皆でバスケしようと思ってたのに。 」 「俺は帰ってこないわけじゃないんだから、またいつでもできるだろ。 ちゃんと会いに来るからさ、お前にも、黒子にも。 」 「待ってますね、火神くん。 次帰ってきたら僕のご飯を振る舞ってあげます。 」 「そしたら俺もいない間の雑誌プレゼントするッスね!」 「ははっ、なんだよそれ。 ありがとな、楽しみにしてる。 ……黄瀬も、元気でな。 」 火神っちが帰った後、受け取ったノートをめくってみた。 隣で黒子っちは恥ずかしそうに、あーとかうーとか言ってたけど、そこに記されていた黒子っちの字は一生懸命俺のために頑張ろうとしてくれる姿そのものに思えて、俺は胸が温かくなるのを感じた。 端の方には「味は濃い目に作ること!」と小さな注意書きがしてある。 そうか、俺が濃い味好きなの知ってたのか。 俺が黒子っちを思って料理を作るように、黒子っちも俺を思って料理を作ってくれようとしていた。 その事実がどうしようもなく嬉しい。 「今度、これ作ってくれる?」 「……考えてあげなくもないです。 」 そんなことを言いながら、実は俺に甘い黒子っちはきっと一生懸命に振る舞ってくれるに違いない。 ほかほかと幸せな気持ちのまま、俺たちは喫茶店を後にした。 扉を出る瞬間、何となく座っていた席を振り返ると、机の上には二人分のカップが置かれていて、そういえば黒子っちはまた店員に気付かれなかったのかと、今更ながらに思った。 [newpage] 「緑間っちいるかなー。 」 「忙しいんですから、いても引き留めちゃダメですよ?」 次に俺たちが向かったのは図書館だ。 この図書館は近くの病院の小児科病棟と繋がっていて、小児科医の研修中である緑間っちとは遭遇率が高い。 医者になりたいとは聞いていたが、まさか小児科医になるとは驚きだ。 子供はどちらかといえば苦手だと思っていたから。 「あ、緑間くんです。 」 建物の入口をくぐりきょろきょろと辺りを見回した黒子っちは、小さな子供に囲まれる長身の男を見つけて嬉しそうに声を上げた。 それにしてもいつも思うけど、195の緑間っちと1メートルにも満たない子供たちが遊んでいる光景はガリバー旅行記とか不思議の国のアリスとか、子供の頃に読んだ童話を思い出して不思議な感覚に陥る。 しかめ面で大きくて、とても子供に好かれるとは思えないのだが、緑間っちは会うといつも子供に囲まれている。 素直じゃないけど面倒見がよくて優しいから、そういうのは純粋な子供たちにはちゃんと伝わるのかもしれない。 「緑間っち!」 「もう黄瀬くん!お仕事の邪魔しちゃダメですってば!」 「えー、でもせっかくここまで来たんだし、」 「黄、瀬…?」 黒子っちとやいのやいの言い合っていたら、緑間っちが気が付いたらしい。 眼鏡の奥の目をまんまるにして、あんまり見ないようなびっくり顔でこちらを見ていた。 そんなに驚かなくても。 「緑間っち!久し振りッス!」 「久し振りだと…?お前、散々電話したにも関わらず一向に出ないと思ったら、こんなとこで何をしているのだよ!!」 「ちょ、緑間っち何でそんなに怒ってんスか!?電話のことなら仕方なかったんスよー。 携帯どっかいっちゃってて。 」 「どっかいった!?人がこんなに心配していたのにか!急に連絡がつかなくなって、俺たちがどれだけ肝を冷やしたと思っている!!」 「まあまあ緑間くん落ち着いてください。 黄瀬くんも悪気があったわけではないんです。 」 「うう…なんかごめんッス…。 」 緑間っちは厳しい人だけど、激昂っていうほど怒ることはあまりない。 その緑間っちがこんなに凄い剣幕で怒っているのだ。 連絡を結果的に無視したことになっているのは事実だし、何より俺を思っての怒りだということが分かるから、ここは素直に謝るべきである。 思わずしゅんとしてしまった俺の横で黒子っちがあわあわと俺と緑間っちを見遣る。 向かいの緑間っちも言い過ぎたと思ったのか、怒気を潜め、申し訳なさそうに頭を掻いた。 「いや…その、何もなかったのならいいのだよ。 すまない、強く言い過ぎた。 ただどうしても…嫌な予感が消えなくてな。 」 「青峰っちや火神っちも連絡くれてたみたいでさっき怒られたッス。 すません。 」 「ああ、皆心配していた。 でもまあ、元気そうでよかったのだよ。 」 「緑間くんは相変わらず子供にモテモテですね。 」 「ほんと、緑間っちも子供人気は変わらずッスね。 」 「ふん、今日のラッキーアイテムはくまさんのぬいぐるみなのだよ。 一つだけだと誰かに気に入られて持っていかれてしまうかもしれないからな、たくさん用意したのだよ。 」 「ああ、それでみんなくまさん抱っこしてるんスね。 さすがキセキのお母さん。 」 「そういうとこほんと意外ですよね。 」 「何とでも言え。 俺は常に人事を尽くしているだけなのだよ。 」 眼鏡をくいと上げながら緑間っちが自信満々に言った。 変わらないなと思う。 どこまでも厳しくストイックな努力の人。 あの正確無比なシュートは誰にでもできることではない。 「それで、今日は何をしに来たんだ。 」 「思い出の場所巡りのついでに本返しにきたんスよ。 」 「思い出の場所?ああ、黒子はよくここで本を借りていたからな。 図書館なら俺も行こう。 借りたい本がある。 」 「子供たちはいいんスか?」 「休憩時間に絡まれていただけだから構わないのだよ。 」 そう告げる緑間っちと、三人で図書館に入る。 緑間っちに会いに小児科病棟の方へは何回か行ったけど、図書館へ来るのは実を言うと初めてだったりする。 本は読まない。 読む時間もないし。 黒子っちが熱心に読んでるのを見て、俺も読んだら色んな話しができるかもしれないと挑戦したことはあるが、結局一冊もまともに読めなかった。 以来、俺には読書は向かないのだとすっかりやめてしまっていたのだ。 図書館なのだから本が多いのは当たり前だが、それにしたって多すぎじゃないだろうか。 あんな上の方にある本どうやって取るんだ。 「緑間くん何借りるんですか?」 難しい漢字ばかりが並ぶ小説エリアで足を止めた緑間っちに黒子っちが尋ねる。 「以前黒子がお薦めしてくれた本があってな。 中々読む時間が取れないから借りられずにいたのだが、ちゃんと読もうと思ったのだよ。 」 「うへえ、分厚い本ッスね…。 黒子っちが好きそう…。 」 「あ!その本ですか!?ちらと話しただけだったのによく覚えてましたね?」 「目を輝かせて語っていたな。 表情が珍しく雄弁だったからとても印象的だった。 」 「嬉しいです。 すごく面白いんですよ!本当は黄瀬くんにも読んでもらいたかったんですけど…。 」 「俺にはそんな分厚いのとても読める気しないッス。 」 「ふん、集中力のないお前には無理なのだよ。 」 緑間っちはその後も棚を回り、小説を何冊か見繕っていた。 黒子っちもそんな緑間っちの後をついて回り、小説を物色していた。 結局緑間っちは5冊重そうな本を借りて、俺も黒子っちが本を探している間に黒子っちが借りていた本を返した。 珍しく黒子っちは借りなかった。 あまり惹かれる本がなかったようだ。 休憩時間も終わりに差し掛かったようで、俺たちは図書館を出て正面玄関へと戻った。 ここまで来ると先程までの静けさが嘘のように子供たちの明るい笑い声が響く。 廊下も窓が多いから光が入って明るい。 あっという間に別世界へ来たようだった。 「読んだら感想聞かせてくださいね。 」 じゃあなと言って後ろを向いた緑間っちの背中に黒子っちが声を掛ける。 緑間っちは一、二歩進んでから足を止めると、振り返ってこちらに戻ってきた。 何かいい忘れたんスかね?俺は首を傾げた。 いつだって真っ直ぐに前を向いていた緑間っちが、俺の目の前で立ち止まり、俯いてぎゅっと拳を握っている。 その手が、肩が、身体が、小刻みに震えていた。 「どうしたんスか?」 「……本当は借りるつもりはなかったんだ。 読んでしまったら…思い出してしまうだろうから。 」 「思い出す…?」 下を向く緑間っちの表情は、髪に隠れていて分からない。 でもひどく押し殺したような苦しげな声に、突然脳が警鐘を鳴らした。 不安で心が押し潰されそうだった。 これ以上聞いてはいけない。 何の根拠もないけれど、不意にそう思った。 「読んでしまったら…っ、感想を言い合いたいと思ってしまうだろう…?っまた…一緒に笑いたいと、そう思ってしまうだろう!?」 「緑間、っち?どうしたの?」 「情けないな…。 お前はきちんと前を向いているというのに、俺は…まだ受け入れられないのだよ。 またしばらく経てば、その扉からいつものように黒子が現れる気がして、」 「黒子っち…?いつものようにって、そんなの、」 「ああ分かっているさ、ちゃんと分かってる。 そんなことはもう二度とないのだと。 」 え? そう声にならずに呟いて、俺は顔を上げた。 苦しそうに顔を歪める男の向こう、大きな窓ガラスに映る俺の隣に、 確かに存在したはずの彼の姿は、もうどこにも見えなかった。

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