浜松 81。 三遠南信自動車道

とぅくとぅく(浜松市)のテイクアウト

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路線距離():25. 7km• :762mm• 複線区間:なし(全線)• 電化区間:遠鉄浜松 - 曳馬野(600V、曳馬野以北は) 歴史 [ ] 開業と延長 [ ] 浜松北方にあたる金指は高速交通が通っておらず(国鉄二俣線の開業はに入ってから)、またの奥山には半僧坊大権現で知られたがあったため、鉄道建設が待たれていた。 加えて沿線の三方原はやの産地でもあり、需要も見込まれた。 このため蒸気動力での濱松軽便鉄道が設立され、に入った(大正3年)に、まず浜松市街北西部の元城から金指までが開通、翌年には当初の起点となった板屋町に乗り入れた。 同年に金指から気賀(後に気賀口)まで延長している。 ここまでは建設も順調だったが、気賀から奥山までは、用地買収のトラブルや浜松鉄道((大正4年)に浜松軽便鉄道から改称)自体の経営難から難航し、(大正12年)にようやく奥山まで全通した。 沿線の変動 [ ] 大正末期から昭和初期にかけて、沿線に浜松飛行隊第7連隊(現・)等が設置され、旅客・貨物とも軍事輸送が加わり、需要が伸びた(上池川駅を聯隊前駅、小豆餅駅を飛行聯隊前駅、曳馬野駅を廠舎口駅と称した時期がある)。 直前の(昭和16年)には、浜松側の起点を板屋町から東田町へと改めている。 同じ頃、勢力を伸ばし始めたへの対抗策として、(昭和4年)にはを導入している。 ところで、国鉄二俣西線(後の国鉄二俣線、現・)は(昭和13年)に金指乗り入れを果たし、浜松鉄道と交差することとなった。 このようなケースでは、後から開業した線が等を築いて昔からの線を跨ぐのが通例だが、二俣線の場合は国鉄の非常時迂回線と考えられていたことからか、先に開通した浜松鉄道の方が陸橋を建設し、地平を通る二俣線を跨ぐ構造となった。 この陸橋の遺構は今なお残る。 国鉄二俣線(現在の天竜浜名湖鉄道)を越えていた陸橋跡(金指 - 岡地) 遠州鉄道との合併、そして廃線 [ ] 浜松鉄道は戦後の(昭和22年)、三方原台地の下を走り、起点も近い遠州鉄道と合併し、奥山線を名乗るようになった。 その3年後には、合理化の一環として曳馬野までを600Vで電化、曳馬野以北の列車との併結運転も行われるようになった。 (昭和26年)には非電化区間でのを全廃、に切り替えた。 また(昭和33年)、起点を遠鉄二俣電車線のに統合している。 しかし浜松という地方中核都市の鉄道ではあるものの、沿線人口が当時それほど多くなく、また遠州鉄道になってからも軽便鉄道のままで貨物輸送も低調(奥山線自体が国鉄と接していないため、荷物の積み替えなどの手間が増えるために敬遠された)で、開業当時から続いていた赤字体質は変わらなかった。 までは、直通運転や高速化、運転本数増などで乗り切ってきた奥山線だが、それでもモータリゼーションの前では苦戦を強いられ、(昭和38年)の気賀口以北の廃止を経て 、翌(昭和39年)限りで姿を消すこととなった。 年表 [ ]• (明治45年)• 3月5日:鉄道免許状下付(浜松市-引佐郡気賀町間、引佐郡金指町-同郡奥山村間、引佐郡井伊谷村-同郡伊平村間)。 10月1日:浜松軽便鉄道株式会社設立。 (大正3年):浜松軽便鉄道として元城 - 金指間が開業。 (大正4年)• :商号を浜松鉄道に変更。 :元城 - 板屋町間が開業。 :金指 - 気賀(後の気賀口)間が開業。 (大正7年)1月23日: 鉄道免許失効(引佐郡井伊谷村-同郡伊平村間 指定ノ期限内ニ工事ニ着手セサルタメ)。 (大正9年)6月5日 :鉄道免許失効(浜松市紺屋町-同市板屋町間 期限迄ニ工事施行認可申請ヲ為サルタメ)。 (大正12年):気賀 - 奥山間7. 7kmが開業して全通。 (昭和4年)• 3月28日: 電力工事認可(東田町-気賀間)• 計画は電化と同時に元城町 - 池川間の線路を付け替え、1067mmへの改軌・国鉄への貨車直通まで企図した大規模なものであった。 この際の用地買収による土地の区割りへの痕跡が現在も残っている。 :内燃動力併用開始。 (昭和16年):浜松側の起点を、板屋町から東田町に移転。 (昭和22年):遠州鉄道に合併。 同社奥山線となる。 (昭和25年):東田町 - 曳馬野間を電化。 (昭和26年):曳馬野 - 奥山間を気動車化し、無煙化達成。 (昭和33年):起点の東田町を遠鉄二俣電車線の遠州浜松と統合し、遠鉄浜松に改称。 (昭和38年)5月1日:気賀口 - 奥山間7. 7kmを廃止。 (昭和39年):遠鉄浜松 - 気賀口間18. 0kmを廃止。 全線廃止。 使用車両 [ ] モハ1001 モハ1002 モハ1003 モハ1004 キハ1801 キハ1802 キハ1803(に譲渡、キハ3に改番) キハ1804(に譲渡、キハ801に改番) DC1901(1952年遠州鉄道元城工場でC1906をディーゼル化) B1901 B1902 B1903 B1904 B1905 C1906(1946年C93を譲り受け8に改番、その後C1906へ改番。 唯一現存する車両である、尾小屋鉄道に譲渡されたキハ1803が小松市立ポッポ汽車展示館でされている。 車両数の推移 [ ] 年度 機関車 内燃動車 電車 客車 貨車 蒸気 内燃 有蓋 無蓋 1915-1916 3 7 2 4 1917-1919 4 7 2 6 1920-1921 4 8 2 8 1922 4 12 2 8 1923 5 14 2 10 1924 6 14 2 10 1925-1928 5 14 2 10 1929-1937 5 5 14 2 10 1946 7 1 9 3 1 1950 7 1 9 30 10 1953 1 1 2 4 9 25 10 1957 0 1 4 4 10 24 10 1959 1 4 4 23 24 9• 鉄道院年報、鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版、高井薫平『軽便追想』ネコパブリッシング、1997年、213頁 駅一覧 [ ] 接続路線の事業者名・駅の所在地は奥山線廃止時点のもの。 全駅内に存在。 駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地 - 0. 0 遠州鉄道: 0. 3 0. 3 0. 5 0. 8 0. 6 1. 4 0. 7 2. 1 0. 4 2. 5 0. 3 2. 8 0. 8 3. 6 0. 4 4. 0 0. 9 4. 9 1. 3 6. 2 0. 8 7. 0 1. 2 8. 2 0. 9 9. 1 1. 3 10. 4 1. 4 11. 7 1. 4 13. 1 1. 4 14. 5 1. 4 15. 9 : 1. 4 17. 3 細江町 0. 7 18. 0 2. 1 20. 1 引佐町 1. 3 21. 4 1. 1 22. 5 1. 3 23. 8 1. 0 24. 8 0. 9 25. 7 かつて奥山線が通っていた自治体 [ ] 2005年(平成17年)現在。 運行当時の自治体名とは必ずしも一致しない。 (旧・域を含む) 廃線後の状況 [ ] クリエート浜松北側の奥山線線路敷跡。 遊歩道として整備されている。 浜松都心部では再開発のため、起点の遠鉄浜松駅付近の面影は失われているが、クリエート浜松北側に線路跡をなぞった歩道が整備されている。 そこから旧元城駅間は軌道上に住居が建設されている。 旧元城駅及び車庫・工場の跡に建った(駐車場に駅跡の碑が建つ)を過ぎ、三方原台地へと差し掛かる切通しとトンネルは、として整備されている。 トンネルはレンガ造りだが、往時のままではなく装飾がなされているほか、奥山線時代の写真なども載せられている。 サイクリングロードは銭取駅跡付近まで続く。 近年整備され、駅だった場所に駅を示すタイルが埋め込まれている。 三方原上はまっすぐ伸びていたためか、自動車道に転用されあまり目立った遺構は見受けられない。 駅跡の碑がそれを示しているくらいである。 谷駅前後付近(中部電力(株)遠江変電所南側)には、台形の盛土が比較的綺麗に残っている。 その一部には小さな橋梁の遺構も残されている。 谷駅から祝田駅間は一部公園になって管理されている部分があるが、ほとんどは管理されておらず、荒れている。 冬場であれば軌道跡を散策することも可能。 最大の遺構といえるのが、金指駅西方の国鉄との立体交差跡である。 その前後の築堤は削られたが、古びたコンクリート橋だけは撤去されることもなく残っている。 ここから西へしばらくは国鉄二俣線の北側を並んで走っていたため、現在も天竜浜名湖鉄道の道床脇には細長い空き地が続く。 岡地駅跡はホーム跡が残っているが、上に民家が立てられている。 当時のそれを示す看板が設置されている箇所もある。 橋梁についても数箇所が残っており、2箇所では道路に転用されている。 また「工」の標識が残っている箇所もある。 気賀口駅北側500m付近で川を横断していたのだが、コンクリート製の橋桁が住宅のすぐ裏に残っている。 川を越えてから奥山駅までは生活道路として軌道跡が残っている。 四村駅跡では駅舎とホームが残っていたが、2009年2月に老朽化により解体された。 すぐ隣には四村運送とかかれた当時宅配をしていた建物が残っているが、老朽化が進んでいるため解体されるのも時間の問題だと思われる。 奥山駅跡東側の川にはレンガ造りの橋梁の遺構が撤去されずに残されている。 脚注 [ ] 注釈 [ ] []• 須藤修太郎「遠州鉄道の一部廃止」『』No. 115、10頁• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 112• (静岡新聞社). 2014年10月31日 参考文献 [ ]• 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』7 東海、、2008年。。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - (2019年1月1日アーカイブ分) 奥山線車両一覧 この項目は、に関連した です。

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2020年4月18日(土) 浜松|1日出走表|オートレースならオッズパークオートレース

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概要 [ ] や(南アルプス)を中心とした険しい山岳地帯を通る。 特にとの県境を結ぶはが脆弱でありながらが高く出水しやすいため、の掘削は三遠南信道全体の工事の中でも最難関とされている。 国道474号 [ ] およびに基づく国道474号の概要は以下の通り。 起点 : 長野県山本3643番1号(飯田山本IC)• 終点 : 静岡県北区引佐町東黒田字桑田263番3(浜松いなさJCT)• 重要な経過地 : 長野県(現・)、静岡県(現・)、愛知県、同県(現・)• : 26. 9 (長野県 12. 6 km、浜松市 8. 2 km、愛知県 6. 1 km)• : なし• : なし• : 26. 9 km (長野県 12. 6 km、浜松市 8. 2 km、愛知県 6. 1 km)• 現道 : 12. 6 km (長野県 12. 6 km、浜松市 - km、愛知県 - km)• 旧道 : なし• 新道 : 14. 3 km (長野県 - km、浜松市 8. 2 km、愛知県 6. 1 km)• : 長野県飯田市山本3762番2 - 長野県飯田市上村138番14、長野県飯田市南信濃八重河内1037番3 - 浜松市水窪町奥領家5124番2、浜松市天竜区佐久間町川合787番2 - 浜松市北区引佐町東黒田字桑田263番3 通過する自治体 [ ] 一般国道の路線を指定する政令はいわゆる以前の市町村名で記述されており、合併にあわせた改正などは行われていない。 合併により上村は飯田市の一部に、水窪町および佐久間町は浜松市天竜区の一部に、鳳来町は新城市の一部に、引佐町は浜松市北区の一部になっているため、現在の市町村名による通過市町村は以下のとおりである。 - - 飯田市 -• () -• - -• 静岡県• 浜松市() 当面の整備方針の概要 [ ] 飯喬道路 [ ] 飯喬道路(天龍峡IC側から飯田山本IC側を望む、2009年撮影 )• 起点:長野県飯田市山本()• 終点:長野県下伊那郡喬木村氏乗()• 延長:22. 1 km• :第1種第3級(飯田山本IC - 飯田上久堅・喬木富田IC)、第1種第4級(飯田上久堅・喬木富田IC - 喬木IC)• 標準道路幅員• 飯田山本IC - 天龍峡IC:20. 5 (暫定10. 5 m)• 天龍峡IC - 飯田上久堅・喬木富田IC:12. 0 m• 飯田上久堅・喬木富田IC - 喬木IC:10. 5 m• 幅員:3. 5 m• 車線数• 飯田山本IC - 天龍峡IC:4車線()• 天龍峡IC - 喬木IC:2車線() 長野県飯田市のから分岐し同市内を横断し長野県下伊那郡喬木村まで至る、現在建設中のである。 基本計画・整備計画では起点を長野県飯田市山本()、終点を長野県飯田市上久堅()とする延長約14. 6 の道路とされている。 - の7. 5km区間は(16年度)から飯喬道路に編入された。 (平成30年)に龍江IC - 飯田上久堅・喬木富田IC間が 、(元年)に天龍峡IC - 龍江IC間がそれぞれ開通した。 2014年5月、飯田市龍江で建設中の19号橋工事において、施工業者のにミスがあり、設計図と実際に建設された橋の上部位置が最大で41. 5 cm ずれていることが判明した。 飯田国道事務所は延滞損害金を徴収するとともに工期を2015年3月20日まで延期することを認めた。 建設工事の全体工程に影響はないとしているものの、の基準不適合により是正工事が必要となった。 小川路峠道路 [ ] 小川路峠道路(喬木IC側から矢筈トンネルを望む、2014年撮影 )• 起点:長野県下伊那郡喬木村氏乗()• 終点:長野県飯田市上村程野()• 延長:6. 0 km• 構造規格:第1種第3級• 標準道路幅員:20. 5 m(暫定トンネル部 9. 5 m)• 車線幅員:3. 5 m• 車線数:4車線(暫定2車線)• 事業費:約550億 長野県飯田市から長野県下伊那郡喬木村を経て長野県飯田市上村に至る道路である。 延長6. 0kmのうち起点寄り4. 8kmの区間が供用済みであるが、東側坑口付近で国道152号に接続する暫定出入口から程野ICへ至る1. 2kmは現道活用区間(後述)のため着工しない予定。 基本計画・整備計画では起点を長野県飯田市上久堅()、終点を長野県飯田市上村程野()とする延長13. 5kmの道路とされている。 飯田上久堅・喬木富田IC - 喬木ICの7. 5km区間は度(16年度)小川路峠道路からに編入された。 現道活用区間 [ ] 小川路峠道路終点から青崩峠道路起点へ至る区間は約12 kmに亘る南信濃道路を調査中としつつ、概ね並行するの区間を長野県が改良整備しており現道活用区間として当面利用するとされた。 また、水窪北IC(仮称) - 水窪IC(仮称)間の7kmは浜松市が国道152号を改良整備するとした。 三遠南信自動車道の全線整備に際して国土交通省は、現道を活用するなどなるべく短期間で整備及び開通効果を上げる方針のためとしている。 国道152号 向井万場拡幅 [ ] 急峻な地形のため急カーブが多いほか浦の沢が交互通行となっているなど幅員狭小個所が多く、落石による被害や通行止もあったため、線形を改良するとともに完全2車線化する事業。 (52年)に着手、(23年)に上中郷工区(豆嵐トンネルとその前後)1. 162 km が供用開始され、全線開通。 起点:長野県飯田市上村程野(小沢橋南詰付近・小川路峠道路終点)• 終点:長野県飯田市上村上町(県道251号交点付近)• 延長:6. 320 km• 全体幅員:9. 0 m• 車線幅員:3. 25 m• 車線数:2車線• 事業費:約164億円 向井万場拡幅終点から小道木バイパス起点へ至る6. 6 kmの区間は、(昭和47年)から1995年(平成7年)にかけて上町小道木拡幅として整備された。 国道152号 小道木バイパス [ ] 急峻な地形により急カーブが多く幅員狭小のため、2車線のバイパスを建設する事業。 渓谷沿いの現道を2本のトンネルと2つの橋梁により短絡する。 (平成20年度)に着手し、(平成27年度)10月17日に全線供用された。 起点:長野県飯田市南信濃小道木(熊野神社付近)• 終点:長野県飯田市南信濃押出(林道千遠線交点・和田バイパス起点)• 延長:1. 700 km• 全体幅員:7. 5 m• 車線幅員:3. 0 m• 車線数:2車線• 事業費:約54億円 国道152号 和田バイパス [ ] 渓谷に開けた住宅密集地を通過するため幅員狭小でカーブが多いので、住宅地を避ける形で2車線のを建設する事業。 現道を2本のトンネルと3つの橋梁により付け替える。 1998年度(平成10年度)に着手し、2010年度(平成22年度)までに千遠線交点からかぐら大橋南詰現道交点の間(約2. 1 km)、2015年(平成27年)に秋葉街道下市場トンネル周辺を除いた区間(約1. 4 km) 、2016年(平成28年)に秋葉街道下市場トンネルを含む区間(約0. 6 km)が供用開始し、全線開通。 起点:長野県飯田市南信濃押出(林道千遠線交点・小道木バイパス終点)• 終点:長野県飯田市南信濃梶谷(民宿せせらぎの里付近・小嵐バイパス起点)• 延長:4. 114 km• 全体幅員:12. 0 m• 車線幅員:3. 25 m• 車線数:2車線• 事業費:約61億円 国道152号 小嵐バイパス [ ] 青崩峠へ 向かっての幅員狭小かつ急カーブが連続する急勾配の道路で、大型車両の通行が特に困難であるため、これを改築する事業。 現道の改良が主だが、兵越林道分岐の北約500 m付近地点で現道から逸れて南南西に向かい、谷を越えた所で青崩峠道路に接続する。 (19年度)着手、2015年(平成27年)3月23日に和田バイパス終点から現道交点の間、約0. 4 kmが開通。 起点:長野県飯田市南信濃梶谷(民宿せせらぎの里付近・和田バイパス終点)• 終点:長野県飯田市南信濃小嵐(青崩峠道路接続部(小嵐IC))• 延長:2. 425 km• 全体幅員:7. 5 m• 車線幅員:3. 0 m• 車線数:2車線• 事業費:約49億円 青崩峠道路 [ ] 青崩峠の位置• 起点:長野県飯田市南信濃和田()• 終点:静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家()• 延長:13. 1 km(うち青崩トンネル 4,998 m)• 標準道路幅員• トンネル部:9. 5 m• 土工部:10. 5 m• 車線幅員:3. 5 m の不通区間であるの西側を、(仮称・4,998 m) 等によって迂回する道路である。 延長13. 1 kmのうち、長野県飯田市南信濃和田(南信濃IC)から長野県飯田市南信濃八重河内(小嵐IC)まで7. 2 kmについては当面国道152号現道を活用し、小嵐ICから終点である静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家(水窪北IC)までの5. 9 kmのみ早期供用を目指して先行整備する事としている。 当初は国道152号の東側に沿って直下を通過する計画で、そのルートに従って(草木IC - 間)が建設・供用された。 しかし同トンネル供用後の(平成9年)に、兵越峠直下にあたる地盤が脆弱なことが判明し、(平成20年)までに計画が地盤のやや硬い青崩峠西側を通るルートに変更された。 そのため、草木トンネルは三遠南信自動車道のルートから外れ、高速道路規格から一般道路規格に格下げされた。 なお、その延長が4998 mと5000 mを僅かに下回るのは、延長が5000 mを超えると、トンネル内の保安施設のランクが上がりコストが跳ね上がること、危険物積載車両の制限・禁止がなされることによるものである。 トンネルのルート周囲の地盤が脆く地下水位が高いため難工事が予想され、整備に相応の期間を要する事が懸念されたため沿線自治体である・・は連携して早期着工に関する中央要望を行っていた。 に調査坑の起工式が開催されると、飯田市長や浜松市長、国土交通省中部地方整備局長のほか地元選出の国会議員ら約130人が駆け付け、早期開通を祈願した。 2017年3月までに飯田市側から1,544 m、浜松市側から1,364 mを掘削して地質調査を行う計画 であった。 調査坑工事の進捗は遅れたものの、2019年に貫通、同年12月に工事が完了した。 なお、2019年には、調査坑工事の完成を待たず本坑工事に着手している。 青崩峠トンネル調査坑 [ ] 青崩峠トンネルの本体延長は4,998 mであるが、その調査坑の延長は5,014 mである。 長野県側(北側)部分を小嵐トンネル(調査坑延長 2,607 m)と、静岡県側(南側)を池島トンネル(延長2,407 m)と称し、両側から掘進を始めた。 小嵐トンネルの坑口側(その1工事)1,344 mと池島トンネルの坑口側(その1工事)1,239 mの完成を経てその2工事(小嵐トンネル側1,263 m、池島トンネル側1,168 m)が進められた。 小嵐トンネル(長野側)は2019年3月に完成、池島トンネル(静岡側)は施工中のトンネルが大きく変形するなど地質が不安定で難工事となっていたが 、2019年12月に完成した。 なお、調査坑は本坑工事では土砂などの運搬抗として、完成後は本トンネル内の事故発生時の避難坑として使用される。 水窪佐久間道路 [ ]• 起点:静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家()• 終点:静岡県浜松市天竜区佐久間町川合()• 延長:約21 km 青崩峠道路終点の水窪北ICから佐久間道路起点の佐久間川合ICに至る約21 kmについては長い間とされており、三遠南信道約100 kmの中で唯一の未事業化区間として残っていたが 、その内水窪IC - 佐久間川合IC間の約14. 4kmが2019年度(平成31年度)に新規事業化された。 ルート選定にあたっては、• 全線で道路を新設する案• 佐久間川合IC寄りの14 kmのみ道路を新設し、残りの7 km間は国道152号現道を活用する案• 全線で現道を活用する案 以上の3案が検討され 、道路ととの位置関係や有識者による自然環境への影響検証結果、2013年4月から5月にかけて実施された沿線住民らを対象とするアンケートの回答 などを踏まえ、開催の(道路分科会中部地方小委員会)において 2 案を採用する方針を固めた。 開通見込時期は未定ながらも三遠南信道の全線供用の目途が付いた事に対し沿線自治体や住民からは歓迎の声が相次いぐ一方、早期の事業化・着工を求める声も聞かれた。 佐久間道路 [ ] 浜松市天竜区から愛知県北設楽郡東栄町に至る、全長約6. 9 kmの自動車専用道路である。 起点:浜松市天竜区佐久間町川合()• 終点:愛知県北設楽郡東栄町三輪()• 延長:6. 9 km• 車線数:2車線 三遠道路 [ ] 愛知県北設楽郡東栄町から静岡県浜松市北区のに至る、全長約21 kmの自動車専用道路である。 事業着手当初、(平成19年度)末には - 浜松いなさJCT間の開通が予定されていたが、(4,520 m)の建設が予想以上に難航し、2012年(平成24年)に鳳来峡IC - 間が開通 、また2012年(平成24年)には浜松いなさ北IC - 浜松いなさJCT間が開通し、新東名高速道路と接続した。 起点:愛知県北設楽郡東栄町三輪()• 終点:静岡県浜松市北区引佐町東黒田()• 延長:21. 0 km• 規格:第1種第3級• 標準幅員• 土工部・橋梁部・高架部:10. 5 m• トンネル部:12. 0 m• 車線幅員:3. 5 m• 車線数:2車線 愛知・静岡県境付近で中央構造線を横切るため地形が険しく、その付近には三遠トンネルをはじめ大小様々なトンネル・が建設された。 これにより浜松市北区引佐町東黒田から東栄町三輪までおよびを利用するのに比べ所要時間は30分程度短縮される。 インターチェンジなど [ ]• なお、未開通区間の各施設名称は仮称である。 当路線の終点から接続している、浜松いなさJCT - 間はであり、当道による事業区間ではない。 IC番号 施設名 接続路線名 起点 から 備考 所在地 1 E19 0. 0 中央道のIC番号は「 26-1」 2 7. 2 3 飯田方面出入口のみ 4 11. 2 5 14. 6 - 氏乗IC - 事業中 飯田方面出入口のみ 22. 1 浜松方面出入口のみ 26. 9 飯田市 - 国道152号 28. 1 当面着工しない区間 飯田方面出入口のみ 基本計画区間 調査中 - 南信濃IC 国道152号 - 調査中 基本計画区間 当面着工しない区間 - 小嵐IC 国道152号 - 事業中 - 国道152号 - 現道改良区間 国道152号 - 水窪IC - 事業中 - 佐久間IC - 事業中 71. 1 浜松方面出入口のみ 国道151号 78. 0 事業中 85. 1 92. 5 浜松方面出入口のみ 静岡県 浜松市 98. 5 飯田方面出入口のみ - 本線料金所 15 E1A 99. 0 E69 歴史 [ ]• (58年度):青崩峠道路事業化。 (昭和59年度):喬木IC - 程野IC間を事業化。 (昭和60年度):青崩峠道路用地買収に着手。 (昭和61年度):小川路峠道路用地買収に着手、小川路峠道路・青崩峠道路着工。 (昭和62年):三遠南信自動車道()。 (昭和63年度):矢筈トンネル着工。 (元年):小川路峠道路基本計画・整備計画決定。 1989年度(平成元年度):飯田東IC - 喬木IC間を事業化。 (平成2年):飯喬道路基本計画決定。 (平成4年度):飯喬道路事業化。 (平成5年度):三遠道路事業化。 (平成6年)• :矢筈トンネル開通。 :草木トンネル開通。 (平成7年度):佐久間道路事業化。 (平成9年):飯喬道路整備計画決定。 (平成11年度):飯喬道路着工。 (平成15年度):三遠道路着工。 (平成16年度):飯田東IC - 喬木IC間が飯喬道路へ編入。 (平成20年):飯田山本IC - 天竜峡IC間開通。 2008年度(平成20年度):草木トンネル区間をルートから除外、同区間を一般道路に格下げ。 (平成23年)• :向井万場拡幅事業工区で最後となる飯田市上村の現道活用区間「豆嵐地区バイパス」(上中郷工区)が全線開通。 秋 : 飯喬道路2工区において天龍峡大橋(仮称)着工。 (平成24年)• :青崩峠工事用道路着工。 :鳳来峡IC - 浜松いなさ北IC間開通• :浜松いなさ北IC - 浜松いなさJCT間開通。 12月:浜松市水窪側にて青崩峠道路本線着工。 (平成25年)• :飯田市南信濃側に青崩峠道路建設監督官詰所を開所• :氏乗IC、浦川ICの追加設置をが許可。 :飯喬道路3工区において本線工事着工。 (平成26年)• :飯田市南信濃側にて青崩トンネル(仮称)調査坑着工。 :飯喬道路龍江19号橋工事において施工業者の測量ミスで最大41. 5 cmのずれが発生し是正工事のため工期が1年延期。 (平成27年)• :飯田市南信濃の現道活用区間「小道木バイパス」が全線供用開始。 (平成28年)• :佐久間道路の第1トンネル(仮称)が貫通• :飯田市南信濃の現道活用区間「和田バイパス」が全線供用開始。 (平成29年)• 3月下旬:天龍峡大橋(仮称)架設工事(上部工)開始。 :三遠道路で最長となる3号トンネル(仮称)着工。 :飯喬道路の天竜川に架橋される天龍峡大橋(仮称)でアーチ部分が完成しアーチ部閉合式を実施。 (平成30年)• :佐久間道路の佐久間第2トンネル(仮称)が貫通。 :龍江IC - 飯田上久堅・喬木富田IC間開通。 :佐久間川合IC - 東栄IC間開通。 : 水窪佐久間道路事業化。 :天龍峡IC - 龍江IC間開通 、天龍峡PA供用開始。 開通予定年度 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2018年4月)• 未定(2019年度(令和元年度)以降):飯田上久堅・喬木富田IC - 喬木IC 、小嵐IC - 水窪北IC 、東栄IC - 鳳来峡IC• 未定(事業中):水窪IC - 佐久間川合IC• 未定(当面着工しない区間):国道152号仮接続部 - 程野IC、南信濃IC - 小嵐IC• 未定(計画中):程野IC - 南信濃IC 路線状況 [ ] トンネルと主な橋 [ ]• 大橋(天龍峡IC - 千代IC):280 m• (喬木IC - 程野IC):4,176 m• 川合トンネル(佐久間川合IC - 浦川IC):2,408m• 浦川奈根トンネル(浦川IC - 東栄IC):3,436m• 三遠名号トンネル(鳳来峡IC - 渋川寺野IC):1,056 m• 三遠大島トンネル(鳳来峡IC - 渋川寺野IC):172 m• 三遠トンネル(鳳来峡IC - 渋川寺野IC):4,525 m• 渋川トンネル(渋川寺野IC - 浜松いなさ北IC):1,598 m• 別所トンネル(渋川寺野IC - 浜松いなさ北IC):948 m トンネルと橋の数 [ ] 区間 トンネル 橋梁 上り線 下り線 上り線 下り線 飯田山本IC - 天龍峡IC 1 1 8 8 天龍峡IC - 喬木IC? 喬木IC - 程野IC 1 1 3 3 程野IC - 佐久間川合IC? 佐久間川合IC - 浦川IC 1 1? 浦川IC - 東栄IC 1 1? 東栄IC - 鳳来峡IC? 鳳来峡IC - 渋川寺野IC 3 3? 渋川寺野IC - 浜松いなさ北IC 2 2? 浜松いなさ北IC - 浜松いなさJCT 0 0? 合計 9以上 9以上 11以上 11以上 道路情報ラジオ [ ] 飯田山本ICと天竜峡ICの間で放送されている。 交通量 [ ] 24時間交通量(台) 区間 平成17(2005)年度 平成22(2010)年度 平成27(2015)年度 飯田山本IC - 天竜峡IC 調査当時未開通 2,400 2,594 龍江IC - 飯田上久堅・喬木富田IC 調査当時未開通 矢筈トンネル 1,178 1,050 1,168 鳳来峡IC - 渋川寺野IC 調査当時未開通 1,857 渋川寺野IC - 浜松いなさ北IC 2,047 浜松いなさ北IC - 浜松いなさJCT 2,146 (出典:『』『』(ホームページ)より一部データを抜粋して作成) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• その際に、トンネル内に歩道を取り付け車線幅も3. 5 mから3 mに縮小されているほか、や情報板などの多くが取り外され、規格も下記の通り変更された。 国土交通省の検討資料によれば、1. ただし国土交通省では現道活用による早期ネットワーク完成を当初より念頭に置いており、2009年の第4回の配布資料で既に当該区間を、浜松市が進める3事業(半島拡幅・長尾拡幅・大原拡幅)の高速道路への活用事例として紹介している。 出典 [ ]• 三遠南信地域連携ビジョン推進会議(SENA)2019年11月17日閲覧• (国土交通省)(2017年3月23日閲覧)• 『』 中日新聞社. 2014年3月9日• 『』 静岡新聞社. 2014年3月9日• 道路統計年報2016. 2017年5月6日閲覧。 e-Gov法令検索. 2016年9月10日閲覧。 飯田市・国土交通省中部地方整備局 飯田国道事務所 2018年2月16日. 2018年2月16日閲覧。 国土交通省中部地方整備局 飯田国道事務所 2019年10月8日. 2019年10月8日閲覧。 『』 南信州新聞社. 2014年5月5日. 、2019年4月1日閲覧。 国土交通省中部地方整備局飯田国道事務所• 国土交通省中部地方整備局• 長野県地方事務所• (飯田建設事務所)(プレスリリース) 2011年6月20日. 2012年4月1日閲覧。 『南信州新聞』 南信州新聞. 2011年7月5日. 国土交通省中部地方整備局• 『南信州新聞』 南信州新聞. 2015年10月19日. (国)152号 和田バイパス• 『南信州新聞』 南信州新聞. 2016年12月19日. サイト• , 1. 『南信州新聞』 南信州新聞社. 2012年12月16日• 「道路法第46条第3項の規定では、道路管理者は、……トンネル(延長5,000 m以上の長大トンネル、……)について、危険物を積載する車両の通行を禁止したり、制限することができることとなっています。 」(2017年3月21日)• 水底トンネルに類するトンネル• 『南信州新聞』 南信州新聞社. 2010年12月6日• 『南信州新聞』 南信州新聞社. 2014年3月10日• 、2020年4月6日閲覧。 『南信州新聞』 南信州新聞社. 2019年3月18日. 高橋末広・桜井亮(国交省飯田国道事務所工務課)、図-2 青崩峠道路トンネル調査坑 施工状況 、2017年5月• 中斉 剛(三井住友建設㈱ 池島トンネル作業所 所長)『建設グラフ』2018年9月号• , 11. , 1. 『中日新聞』 中日新聞社. 2013年12月27日• 『静岡新聞』 静岡新聞社. 2013年12月27日• , 1. 『中日新聞』 中日新聞社. 2013年12月27日• 国土交通省中部地方整備局 浜松河川国道事務所 2018年12月19日. 2018年12月19日閲覧。 2012年3月4日. 2012年3月5日閲覧。 『中日新聞』. 2012年3月4日. 2012年3月5日閲覧。 国土交通省中部地方整備局浜松河川国道事務所 2011年12月1日. 2011年12月1日閲覧。 2019年10月9日. 2019年10月25日閲覧。 『南信州新聞』. 2011年2月18日. 2012年3月5日閲覧。 飯田国道NOW〜飯田国道事務所からのお知らせ〜 国土交通省 中部地方整備局 飯田国道事務所. 2011年6月10日. 『南信州新聞』 南信州新聞. 2011年6月18日. 『南信州新聞』2012年2月15日付• 『南信州新聞』2013年3月30日付• (国土交通省道路局2013年6月11日付プレスリリース、同日閲覧)• 『南信州新聞』 南信州新聞. 2013年8月23日. 『静岡新聞』 静岡新聞. 2016年10月22日. 『南信州新聞』 南信州新聞. 2017年4月5日. 『静岡新聞』 静岡新聞. 2017年7月29日. 『南信州新聞』 南信州新聞. 2017年7月31日. 『静岡新聞』 静岡新聞. 2017年2月6日. 2018年2月17日閲覧。 国土交通省中部地方整備局 飯田国道事務所 2018年1月29日. 2018年1月29日閲覧。 2015年2月25日閲覧。 2019年11月17日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 外部リンク [ ]• - 国土交通省中部地方整備局飯田国道事務所• - 国土交通省中部地方整備局浜松河川国道事務所• - 静岡県交通基盤部道路局道路企画課• - 長野県建設部道路建設課• (静岡県会).

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静岡のキャバクラ ザ・マジェスティー浜松千歳

浜松 81

概要 [ ] 2007年に浜松駅前店が撤退。 跡地利用についてが商業施設とホテル、マンションで構成するツインタワーとする計画が浮上したが、不動産会社も跡地をマンションに建て替える計画を立ち上げ、土地建物の権利を巡って対立した。 また中堅不動産会社や地元の建設業なども取得を目指し、事業者の選定が難航した。 しかし2008年の以降の市況の悪化や、前出のセボン、ジョイントコーポレーションの経営破綻により跡地利用が宙に浮く状態となった。 その後、地元の不動産会社アサヒコーポレーション(以下、アサヒ社)が取得、改装し商業施設とした。 2009年には1階には食品スーパーパレマルシェが出店したが、僅か半年足らずで撤退した。 その後のを開設する計画が浮上した。 浜松市中心街では活性化の起爆剤になるとして鍛冶町地区の商店主が賛成する一方、かじ町プラザの一部地権者や周辺住民、近隣の一部商店街が風紀悪化の懸念を理由に反対をした。 最終的には有料会員制且つ週末のみの営業で治安悪化などの問題はないとして、かじ町プラザが立地する鍛冶町自治会が開設を了承し、にが開設された。 その後も(川崎競馬・大井競馬・船橋競馬・浦和競馬)の場外馬券場が計画され、にはにより会員制のが開設されることになった。 歴史 [ ]• 2007年1月14日 - イトーヨーカドー浜松駅前店閉店• 2009年5月14日 - 開店• 2009年7月1日 - ホテルセンチュリーイン浜松開店• 2009年12月6日 - パレマルシェ閉店• 2011年8月13日 - 開設• 2013年2月25日 - 開設• 2016年3月31日 - ホテルセンチュリーイン浜松閉店• 2016年4月1日 - ホテルリブマックス浜松駅前開店• 2016年6月29日 - 中ノ庄開店• 2016年11月26日 - アサヒグループが本社移転 フロア構成 [ ]• 6階 ホテルリブマックス浜松駅前• 5階 アサヒグループ本社事務所• 4階 エクセル浜松(主に土日営業)• 3階 ジョイホース浜松• 2階 空きフロア• 1階 中ノ庄、株式会社アトラック• 地階 空きフロア 外部リンク [ ]• この項目は、に関連した です。 などしてくださる()。

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