船戸雄大 公判。 消防隊員「凄惨だった」 目黒女児虐待死、公判で証言 :日本経済新聞

目黒女児虐待死の父親、10/1初公判 加害経験者が伝えたい「虐待の自覚がない親は多い」

船戸雄大 公判

逮捕時に印象的だった茶髪の長髪は、黒髪になり方の上でショートボブに切りそろえられていた。 優里被告はゆっくりと証言台に向かい、裁判長が氏名を尋ねた。 5~6秒間、沈黙が続いた。 法廷に緊張感が走った。 だんだんと優里被告の呼吸が浅くなる。 肩を震わせ、声を殺してむせび泣く音が聞こえる。 「一呼吸おいて」「どうしようか、イスに座ったほうがいいですか」と、裁判長が話しかける。 泣き声はだんだんと、はっきり聞こえるくらいになった。 1分ほどすると、弁護人が駆け寄り、背中をさすった。 「大丈夫?大丈夫じゃないか」という弁護人の声にわずかに反応するものの、優里被告はひきつけを起こしてパニックのような状態になった。 力が入ったのか手を前に組みながら「ハッハッ…ヒッヒッ」と苦しそうに息を吐き、呼吸が早くなっていく。 過換気症候群が起きているような症状だった。 2分ほどし、裁判長が「緊張が高まっているみたいだね。 座りますか。 落ち着こう、慌てなくていいから」と促す。 黒いハンカチを手にして、ようやく優里被告は消え入るような声で「ふ」と発音すると「船戸優里です」と絞り出した。 生年月日や本籍や住所の確認も、裁判長に促されながらようやく述べられる、といった状態だった。 「報復されるのが怖くて」ーー優里被告が夫の精神的支配下に置かれるまで 続いて検察官が、資料を手に起訴内容を読み上げる。 「被告人は、夫である船戸雄大とともに、被告人ら方において、被告人らの子である船戸結愛、当時5歳などと居住していたものであるが、平成30年1月下旬ごろから同児に対し、必要十分な食事を与えずに、同児を栄養失調状態に陥らせるとともに、健常児の平均体重よりも大幅に体重を下回らせて、その免疫力を低下させ、細菌感染を惹起しやすい状態にさせたうえ、船戸雄大が同児の顔面を拳で殴るなどしていることを知りながら放置するなどの虐待を加えていたものであるところ……」 難解な司法独特の言い回しで、ゆっくりと述べられていく内容を、優里被告は肩を上下させてじっと聞いていた。 検察官は続けて、2018年2月ごろ、結愛ちゃんが極度に衰弱し、嘔吐をしていたにもかかわらず、命を守るために医師に診せるなどの処置をしなかったと説明。 「船戸雄大と共謀のうえ、虐待を加えていた事実が発覚するのを恐れ、同児にわずかな飲食物を与えるのみで医師の診察などの医療措置を受けさせずに放置し、もって同児の生存に必要な保護を与えず、同年3月2日、午後6時59分、同児を低栄養状態、および免疫力低下に起因する肺炎に基づく敗血症により死亡させたものである」 敗血症とは、細菌などに感染したことをきっかけに、臓器の機能不全が起きる病態を言う。 肺炎や尿路感染症から引き起こされることが多い。 であり、放置すると死亡率が格段に高くなっていく。 検察官の読み上げが終わると、裁判長は優里被告に黙秘権について解説し、述べられた内容についての認否を問うた。 「検察官が読み上げた内容について、事実が違うとか、本当はこうだったんだとか言うことはありますか」 優里被告がゆっくり立ち上がり、嗚咽しながら声をひねり出すように話し始めた。 事実は、さっきのことで、間違いありません。 事実はおおむね認めるんですけど、少しだけ……違うところが、あります。 結愛の……結愛の(5秒ほど押し黙り、涙を流し呼吸が荒くなる) ーー結愛ちゃんの?(裁判長) 結愛のことを殴ったのは(泣き崩れ、言葉が出なくなる)、 知らなかったです。 ーー殴ったのは?ああ、知らなかった。 (小さくうなずいて) 警察に通報しなかったのは、雄大が…逮捕されると、結愛も私も、雄大から…報復されるのが怖くて、それで、私の……私が通報しません…できなかったんです。 ーー起訴状だと結愛ちゃんに虐待を加えたことは事実ですが、あなたと結愛ちゃんが報復されると思って、通報できなかったということですか。 他にはありますか。 (涙声になり、数秒止まり)それ以外には、間違いありません。 裁判長から座るように促され、続けて弁護人が優里被告の述べた内容について説明を加えた。 「保護責任者遺棄致死罪の成立は争いません」 そして、2点優里被告が起訴内容と違いを示したことについて補強した。 「雄大さんが結愛さんに殴るなどの暴行を知りながら、と言いますが彼女は暴行は見ていません。 知りませんでした。 2点目、医療措置をとらなかったのは『虐待の発覚を恐れて』とありましたが、雄大さんがそういう意図を持っていたことは争いませんが、優里さんは雄大さんからの報復が怖かったからできなかった」とし、特に亡くなる直前の2月下旬の暴行については知らなかったことを強調した。 結愛ちゃんに医療措置を受けさせず放置したことは「結果として事実」と認めつつ「当時、雄大さんによる強固な精神的な支配下にあったことを主張する予定です。 なぜ、こういった心理的支配下に置かれることになったのか。 詳しくは後ほど述べます」と結んだ。 その後、検察側の冒頭陳述を聞きながら、だんだんと呼吸困難状態に陥った。 後半、結愛ちゃんが亡くなる前月の話に入ると、大きく息を吸い、被告席のイスで背中を反らせるように上を向いたり、机に顔を沈めて声を殺しながら嗚咽した。 () 5歳児を追い込んだ虐待の背景は。 公判で語られた事件の内容を詳報します 2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」 5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。 行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。 この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。 この記事にはDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。 子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。 DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。 もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。 DVや虐待の。

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船戸雄大には極刑を望む!船戸優里には情状酌量を!

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東京都目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5)が虐待の末に死亡したとされる事件で、保護責任者遺棄致死などの罪に問われた父親の雄大被告(34)の裁判員裁判が1日、東京地裁で始まった。 雄大被告は生命の危険を認識した時期について争う姿勢を示したが、「ほかは間違いありません」と起訴内容を大筋で認めた。 冒頭陳述で検察側は、雄大被告は結愛ちゃんに対し、朝4時台に起きて勉強するなどの指示を出し、できないとシャワーで冷水をかけるなどの暴行をしたと説明。 異変が生じても虐待の発覚を恐れて医師の診察を受けさせず、遺体には約170カ所の傷があったと指摘した。 弁護側は雄大被告の虐待は決して許されるものではないとしつつ、血のつながっていない結愛ちゃんの父親になろうと真剣に考えた末に、「勉強ができないといけない」といった独自の子ども像を押しつけるようになったと説明。 検察側は実子の弟が生まれた頃から暴行がひどくなったと指摘したが、連れ子が邪魔になったという短絡的な事件ではないと主張した。 起訴内容は、母親の優里(ゆり)被告(27)=一審判決は懲役8年で控訴中=とともに昨年1月下旬から結愛ちゃんに十分な食事を与えず、2月下旬には極度に衰弱したのに気づきながら病院に連れて行かず、3月2日に敗血症で死なせたというもの。 このほか、2月下旬に結愛ちゃんの顔面を多数回殴るなどしてけがを負わせた傷害罪、3月に自宅で乾燥大麻2・4グラムを持っていたという大麻取締法違反の罪にも問われている。 優里被告の公判は先行して開かれ、9月17日の東京地裁判決は雄大被告の暴力を結果的に容認して結愛ちゃんを死に至らせたと認定。 弁護側が主張した、雄大被告による心理的DV(家庭内暴力)の影響は限定的だとしていた。 (阿部峻介).

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目黒女児虐待死の父親、10/1初公判 加害経験者が伝えたい「虐待の自覚がない親は多い」

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警察庁が2月6日に『令和元年の犯罪情勢(暫定値)』を発表。 児童虐待の通告児童数は昨年97842人となり、過去5年間で2. 6倍に増加、2009年から一貫して増加していることがわかった。 虐待を繰り返し、その結果子どもを死なせた親たちの逮捕報道も枚挙にいとまがない。 そんな親、とくに父親たちに見られる共通点はどこにあるのか、裁判記録から紐解く。 2018年3月東京都目黒区 船戸結愛ちゃん殺害事件 2018年6月6日、東京・目黒区で船戸結愛ちゃんが虐待され死亡した事件で、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された父親の雄大容疑者 2018年3月、東京・目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった事件では、継父による度重なる暴行や食事制限があった。 家族が寝ている朝4時頃からひとりで起床し、ひらがなの練習をするよう父に命じられ、亡くなった時の体重は、同年代の平均体重20キログラムをはるかに下回る12. 2キログラム。 体には痣もあった。 父親の船戸雄大と母親の優里被告はそれぞれ保護責任者遺棄致死などの罪に問われ、昨年、東京地裁で裁判員裁判が開かれている。 優里被告には9月、懲役8年の判決が言い渡され(求刑・懲役11年)、現在控訴中。 雄大被告に対しては同年10月、懲役13年の判決が言い渡され、控訴せず確定(求刑・懲役18年)している。 結愛ちゃんは、優里被告と前夫との間に生まれた子どもで、雄大被告は2人目の「パパ」だった。 2016年4月の結婚当初、雄大被告は結愛ちゃんにも優しく接していたと、優里被告は法廷で語っている。 ところが徐々に結愛ちゃんへの説教の時間が長くなり、虐待へとエスカレートした。 優里被告に対する判決で東京地裁は、衰弱していた結愛ちゃんを病院に連れて行かなかったことなど 「相応の役割を果たしていて、厳しく非難されるべき」としながらも、雄大被告による 「看過できない心理的影響があった」ことを認定している。 死亡時の結愛ちゃんの体重はたったの12. 2キロ。 遺体には無数の傷跡があったという。 写真はフェイスブックより 妻を精神的支配下に置き、子どもを傷つけて死亡させた雄大被告は北海道札幌市育ち、バスケットボールに打ち込む少年だった。 大学進学のため上京してからもバスケットボールのサークルに入り、リーダーとしてメンバーをまとめてきた。 卒業後は通信関係の企業に就職。 東京に残り5年ほど仕事を続けてきたが、 「もう通信関係の仕事はやりたくない、他の仕事がしたい」と仕事を辞め、札幌に戻った。 高級クラブのボーイとして働いたのち 「ちょっとお店が困ってる」という友人が住む香川県へ。 高松市の繁華街でボーイとして働いていた頃、優里被告と出会った。 「困っている友人を放っておけない」そんな雄大被告は、被告人質問で結愛ちゃんに対するしつけについて問われ 「うまくいかないことを繰り返すうちに怒りが強くなり、暴力の方向に行ってしまった」と語った。 また優里被告は公判で、雄大被告の当時の言動について、こう語っている。 「香川にいたときから、説教中に私が『自分はアホでバカ』などと自分に否定的な発言をすると、雄大が喜んで機嫌良くなる。 結愛のことも『悪いんや』って否定的な言葉を使うことで、攻撃がなくなると思って結愛のせいにしていました」 「説教の中で、考えが浅いことをすごく指摘されてて。 毎日毎日『先のこと考えろ、先のこと考えろ、何も考えずにやるから失敗するんだ』と……」 雄大被告のように「家族のため」という大義名分を掲げ暴力を正当化する親は過去にもいた。 2014年7月東京都西東京市 村山亜矢斗くん(仮名)自殺事件 2014年10月31日、自殺教唆容疑で送検される父親の村山彰容疑者 写真:時事 東京都西東京市で中学2年生の長男・亜矢斗くん(14=当時)を自殺に追い込んだとして逮捕されたのは、父親の村山彰(41=逮捕時)だった。 2014年7月30日朝、自宅で首を吊って亡くなっている亜矢斗くんを、母親(村山の元妻)が発見した。 亜矢斗くんも、結愛ちゃんと同じように、元妻の連れ子だった。 村山の暴力によって顔に痣ができた亜矢斗くんが学校を休まされるようになったのが同年6月だが、それまでにも村山から暴力を受けていたという。 亜矢斗くんに女装をさせて携帯電話で写真を撮影したり、居室にバケツを置き、そこに排泄させたりもしていた。 事件直前、村山に 「24時間以内に首でも吊って死んでくれ」と言われた亜矢斗くんは、その後首を吊った。 のちに傷害と自殺教唆の罪で起訴された村山被告は、東京地裁立川支部の法廷で、弁護人に対し、自身の子育てをこう振り返った。 「亜矢斗には、普段の礼儀、挨拶、あと精神的に弱いのでボクシングを教えていました。 ミット打ちをしたり、一方的に私の事を殴らせたり、スパーリング的な感じで手を出す事はありましたが当てたりはなかった」 当時一家は、元妻のパート収入で生計を立てていた。 働いていなかった村山は、専業主夫として家事に専念していたとも語った。 「食事は1日3食、家にある材料で作ってました。 元妻の弁当も。 卵を焼いたりウインナーを焼いたり、その日によって違いますが。 亜矢斗の食事も作っていました。 本人、好き嫌いが多く、咀嚼の力がなかったので、別に亜矢斗のためにマグロやサーモンなど柔らかいものを出していました」 また元妻については 「料理、味見しないでそのまま出しちゃう。 ちょっと失礼にあたる。 洗濯物も伸ばしてきちんと干してほしいですがシワだらけで何度もやめてほしいと言いました」と、その家事スキルを問題視する発言や 「過保護すぎる。 中学に入って間もない頃まで、朝ぐずって食事をしないときがあったので、食べさせてあげたり。 あとは……一緒に寝たいとなったり。 寿司でも、亜矢斗はわさびを食べられなかったんですが、自分の箸で取れば良いのに、妻がベロベロ舐めて食べさせる。 「茶碗を洗ったが、そのとき雑な洗い方で、ちゃんと洗えよということで、ぬるぬるしてたんで、それに対して怒って、殴った事はあります。 あとは…7月半ば、理由は憶えてないんですが殴ったときがあります。 多分7月14日くらい、誕生日前と思います。 扇風機の消し忘れですね」 さらに元妻に対しては 「こういうの着てくれたら一緒にいてやってもいいぞ」など、服装や髪型を自分好みにするよう暗に指示するようなメールも送っていたという。 2015年10月、村山には求刑通り懲役6年の判決が言い渡された。 2013年3月東京都足立区 皆川翔太くん(仮名)殺人事件 虐待で死亡した翔太くんの遺体が遺棄されたとされる荒川。 川から翔太くんを監禁したケージが見つかった 写真:時事 2012年〜13年ごろ、東京都足立区の自宅アパートで次男の翔太くん(3=当時)をウサギ用のケージに監禁し死なせたとして、父親で無職の皆川忍(30=逮捕当時)と、母親の朋美(27=同)が逮捕された。 被害に遭ったのは翔太くんだけではない。 当時4歳だった次女に対しても、犬の首輪を付けたり顔を殴ったりしていた。 のちに監禁致死や死体遺棄などの罪で起訴された夫婦に対する公判は2016年に開かれた。 夫婦には、朋美と前夫との間に生まれた長女を含めた7人の子供がいたが、逮捕前、児童相談所の職員が夫婦の自宅を訪ねたとき、翔太くんが死亡していたことを隠すため、マネキンを布団の中に寝かせ、眠っているように偽装していた。 忍 「虐待と疑われて家族がバラバラになると思って……。 児相に連れてかれちゃう」 弁護人 「あなた自身も施設で育ったんですよね」 忍 「はい。 自分はそのとき親に捨てられたと思ったんで、そうなるかなと」 ふたりの出会いは忍が実母に紹介されたホストクラブでホストとして働いていた頃。 ここに客として朋美が両親と来店したという。 シングルマザーだった朋美とここで意気投合し、すぐに交際が始まる。 結婚までもトントン拍子だった。 忍もやはり家事を精力的にこなす父親で、家族の食事作りは主に忍が担当していた。 「基本的に煮物ができないので、炒め物とかみそ汁とか。 あとはみんなでギョーザを作ったり、かき揚げ、唐揚げ作ったり……ある材料でネット検索してメシ作ったり……」 慣れないながらも家族のためにと、料理に奮闘していたようだ。 生のシシャモとか、食ったらマズいでしょってものまで食べてたんで……」 なんでも食べてしまう翔太くんを預かって欲しいと児童相談所に頼むも断られ、ラビットケージに閉じ込めるようになった。 「次女が翔太の真似し始めてた。 自分自身手を上げるのも嫌になってた。 子供の頃お蔵に閉じ込められたことあったんで、行動制限、ぶっちゃけ効くかなと思った」とその理由を語る。 その後、食事、入浴、オムツ替え以外、翔太くんをケージに入れっぱなしで、生活を続けていた。 彼だけを家に残し、家族で外食するということも珍しくはなかった。 翔太くんが亡くなる前日、2013年3月2日の夜もそのように外食して家に戻った。 朋美が食事を与え、家族が寝静まった翌日2時頃、翔太くんがケージの中から大声を上げ始めたという。 「新手の嫌がらせ」だと立腹した忍が彼の口をタオルで塞ぎ、再び放置したところ、翔太くんは死亡した。 検察官 「翔太くん、嫌だったとは思いませんか?」 忍 「考えないです。 嫌だったらこっちの言うこときいてくれればいいじゃん、ってのあったんで」 先の船戸雄大被告や村山彰被告と異なり、皆川忍・朋美夫妻は、お互いに行動を容認しあっていた。 妻の朋美も、翔太くんをケージに入れていたことに関し、彼自身の行動に原因があったと語っている。 「仕方ないと思いました。 どんなに言っても言うこときかないし、どんなに高いところにものを置いても、取りにいってしまう。 行動制限するしかないと思いました」 夫婦の望まぬ行動を取るということで監禁し、他の家族の平穏を優先した結果、翔太くんは亡くなってしまった。 忍には懲役9年(求刑懲役12年)、朋美には懲役4年(求刑懲役7年)が言い渡されている。 2019年1月千葉県野田市 栗原心愛ちゃん殺人事件 栗原容疑者は虐待について「しつけでたたいたり立たせたりした。 悪いことをしたと思っていない」と供述 2月21日からは、千葉県野田市で昨年、虐待を受けて自宅の浴室で亡くなった栗原心愛(みあ)ちゃん(当時10)の父親、栗原勇一郎被告(41)の裁判員裁判が千葉地裁で始まる見込みだ。 母親(32)も虐待にある程度加担したとして傷害幇助罪に問われたが、昨年、懲役2年6ヵ月(執行猶予5年)の判決が言い渡され(求刑懲役2年)、のちに確定している。 事件から丸1年となる1月24日の前日、それまで検証を行ってきた有識者の委員会が報告書を公表し、当時の対応を厳しく批判した。 生前の心愛さんは当時通っていた小学校で行われたいじめのアンケートに「父親からの虐待」の被害を書き提出していたが、この存在を知った勇一郎被告が、そのコピーを入手していた。 この際の教育委員会の対応について、報告書は「子どもへの裏切り」「子どもの権利に対する意識の低さは非常に大きな問題だ」と指摘している。 「お父さんに ぼう力を受けています。 夜中に起こされたり、起きているときに けられたりたたかれたりされています。 先生、どうにかできませんか」 勇一郎被告による暴力から逃れようと発したSOSは、あろうことか加害者である勇一郎被告の手に渡り、心愛ちゃんに対する虐待は続けられた。 さらに、児童相談所に一時保護されていた2017年11〜12月、職員の聞き取りに対して 「夜中に起こされ、パパが急にズボンを下ろしてきた。 パンツも脱げた」と、性的虐待についても証言していた。 ところが同職員による事実確認の際、勇一郎被告は 「夜中ではない」「ふざけただけだ」などと釈明してもいたという。 時に妻に対しても、その家事や育児への向き合い方を責め、自信を失わせ、支配下に置いた。 「しつけ」という大義名分を掲げ、自らの虐待行為を正当化した父親たちは、自分こそが家庭の平和を乱していることにも気づかないまま、行動をエスカレートさせてゆき、最終的に子供を死なせてしまったのだ。 取材・文:高橋ユキ 傍聴人。 フリーライター。 『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。 写真:時事(3,4枚目).

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