田辺 聖子 お 別れ の 会。 神戸新聞NEXT|総合|田辺聖子さんお別れの会 友人ら150人参列 伊丹

田辺聖子 現在は医師旦那と死別 近況や名言,朝ドラ名場面を振り返る

田辺 聖子 お 別れ の 会

文化勲章を受章し、6月に91歳で亡くなった田辺聖子さんの「お別れの会」が3日、兵庫県伊丹市内のホテルで開かれた。 田辺さんは同市の名誉市民でもあり、市の関係者や遺族、友人ら約150人が故人をしのんだ。 田辺さんは芥川賞受賞作「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」をはじめとした、軽妙な大阪弁で男女の機微を描いた小説で知られる。 長年、伊丹市で暮らし、お別れの会は同市や遺族らでつくる実行委員会が主催した。 祭壇には、大好きだったスヌーピーと写る遺影を囲んで白やピンクなどの花が飾られ、午前11時から式典が開かれた。 お別れの会の実行委委員長を務める伊丹市の藤原保幸市長は「伊丹は人がおっとりとして自然もきれいで、ずっと住んでいたいと話されていた。 『言葉は文化のおおもと』という先生の思いを大事にしたまちづくりを進めて参ります」と述べた。 同じ関西に住み、親交が深かった作家の瀬戸内寂聴さんの弔辞を、田辺さん原作の舞台に出演したことがある元宝塚歌劇団星組トップスターの瀬戸内美八さんが代読。 「私の方がずっとお姉さんなのに先に逝くなんて、ひどい。 あなたと巡り会い、小説を通して語り合い、気を許す親友になったことは、心が弾むうれしいことでした」と思い出を語った。 会場には田辺さんの著作やドレスなども飾られた。 午後からは一般献花が行われる。 (金井恒幸).

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ユーモアと優しい人柄しのぶ…田辺聖子さんお別れの会 : エンタメ・文化 : ニュース : 読売新聞オンライン

田辺 聖子 お 別れ の 会

田辺聖子さんのお別れの会で祭壇に飾られた遺影=兵庫県伊丹市 6月に胆管炎のため死去した作家で文化勲章受章者の田辺聖子さん(享年91)のお別れ会が兵庫・伊丹市内のホテルで営まれ、俳優、國村隼(63)ら約150人が参列した。 國村は2006年10月から放送された田辺さんの半生がモデルのNHK連続テレビ小説「芋たこなんきん」で田辺さんの夫、故・川野純夫さんをモデルとした通称「カモカのおっちゃん」を演じた。 「いろんな人の人生を生きることを仕事としてやっていますが、作品が終わると忘れてしまうのが普通ですが、カモカのおっちゃんはいつもの仕事だけでは収まりきれない。 いろんなことを考えさせられました」と別れのあいさつで話した。 田辺さんは川野さんを「チャーミングな大人」と表現しており、最初は役に戸惑ったという。 「チャーミングな大人になろうとのたうち回っている私を、そちらから見守ってください」と天国の田辺さんに呼びかけた。 閉式後に取材に応じた國村は「僕は子供のまま年を重ねた感じですから。 芋たこなんきんをやってから大人について考えるようになった。 大人って自動的になっているものという錯覚があったけど、それを気づかせてもらったのは田辺先生」と故人をしのんだ。 さらに朝ドラの役柄について田辺さんから「最初はおっちゃん、こんなんちゃうと思ってたけど、毎朝見ているうちにおっちゃんこんなんやったわと思うようになった」と言われたことを明かし、「一番うれしかったし、覚えている言葉」と当時を振り返った。 朝日放送テレビの道上洋三エグゼクティブアナウンサー(76)もお別れのあいさつを務め「タイガースなんとかなりませんか? 昨日も広島に0-7で負けてしまいました。 『まぁそうカリカリなりなさんな。 アンタいつもやん』。 そういう声が聞こえそうです」と冒頭で話した。 弔辞は作家、瀬戸内寂聴(97)が務める予定だったが、高齢のため欠席。 元宝塚歌劇団星組トップスター、瀬戸内美八が「この世で巡り合い、小説を通して知り合い、いつの間にかすっかり気を許しあった親友になっていたことは、今振り返っても、心の弾んでくるうれしいうれしいことでした」との弔辞を代読した。 祭壇はカーネーションなどの花で本を大きく開いた形にデザインされ、大好きだったスヌーピーのぬいぐるみと一緒ににこやかにほほ笑む田辺さんの遺影が飾られた。 会場には田辺さんが着ていたドレスや思い出の写真、大好きなぬいぐるみなどが展示された。 田辺さんは、1964年に「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」で芥川賞を受賞。 伊丹市に自宅があり、伊丹大使を務めていた。

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田辺聖子の死因や病気の理由と病名は何?告別式やお別れ会の日程はいつか紹介!

田辺 聖子 お 別れ の 会

今年6月に91歳で亡くなった作家の田辺聖子さんのお別れの会が25日、東京都内で開かれた。 親交のあった作家や出版関係者ら約200人が、多くの読者に愛された「おせいさん」をしのんだ。 田辺さんは芥川賞を受けた「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」をはじめ等身大の男女の恋愛と、その感情の機微を軽やかに紡ぎ続けた。 「源氏物語」など古典の現代語訳にも取り組み、ユーモアに満ちたエッセーの名手でもあった。 田辺さん宅の庭をイメージし、黄色やピンクなど色とりどりの花に彩られた祭壇には、愛らしいスヌーピーのぬいぐるみと一緒に満面の笑みを見せる遺影が飾られた。 発起人の一人である作家の江國香織さん(55)は「お会いするときは明るい洋服を着て、いつも小さく優しい声で話されていた。 どこかにいらっしゃるのが普通だと思っていたので心細い」。 田辺さんの母校、大阪樟蔭女子大学の田辺聖子文学館の評議員として親交があった作家の小川洋子さんは「『一生懸命生きている人間はかわいいんだ』。 そういう人間を根本的にいつくしむ心から生まれる優しさがすべての作品に流れていた」とその人柄と作品をたたえた。 田辺さんが選考委員を務めたサントリーミステリー大賞でデビューした作家の黒川博行さん(70)は「真っ正直で率直な方。 言っていることに裏がない。 (選考で作品を)推してもらえなくても『いい人やな』と思えた」と悼んだ。 「田辺先生は一流の文学者であると同時に、一流の生活者でいらっしゃった。 ご主人を愛し、食べること飲むことが大好きで、本当に楽しく優雅に暮らしていた」と切り出したのは、田辺さんとともに直木賞選考委員を務めてきた作家の林真理子さん(65)。 ありし日の懐かしい思い出に触れながら「(今日は)みんなが田辺先生のDNAをいただいて、これから頑張って書いていこう、という決意を新たにした日になる」と結んだ。

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