天海祐希 宝塚 退団。 絵麻緒ゆう!天海祐希と?結婚は?宝塚退団理由は?紺野まひるも!

宝塚の天海祐希伝説エピソード!100周年欠席は同期との確執!?

天海祐希 宝塚 退団

天海祐希の宝塚時代の伝説 天海祐希さんは宝塚歌劇団に1987年、73期生として入団しました。 初舞台は「ミー・アンド・マイガール」です。 歌劇団を退団したのは1995年。 その後はテレビドラマ、映画など女優として幅広く活躍中であることは、皆さんよくお存じかと思います。 「伝説」というと一体何があったんだろう…と思われますよね。 では今からひとつずつ見ていきましょう。 伝説1:宝塚音楽学校に同期中一番の成績で入学 天海祐希さんさんは宝塚音楽学校に一番の成績で入学しています。 そもそも天海祐希さんが宝塚歌劇団に入ろうとしたきっかけは、中学2年生の時担任だった宝塚ファンの先生から勧められたからだそうです。 意外にも子どもの頃からずっと憧れていたというわけではなかったようです。 もちろん努力は相当されたのでしょうが、一緒に受験した生徒の中でトップというのは なかなかできるものではありませんよね。 伝説2:「よくぞ産んでくださった」 「よくぞ産んでくださった」この言葉は入学試験を受ける天海祐希さんを見た宝塚歌劇団所属の演出家、植田紳爾氏が天海祐希さんの母親に言ったひと言です。 何百人ものタカラジェンヌと接してきた演出家には、受験の時からほかの人とは違う何かを天海祐希さんに感じていたのでしょう。 長身で、見た目の美しさだけでなく、カリスマ性や、歌や踊りの才能もありますからね。 そしてその目に狂いがなかったことは今の女優としての活躍にも通じています。 伝説3:あまりの実力に新人公演の主役に最速で抜擢 天海祐希さんはその実力の高さから、新人公演の主役に宝塚史上最速で抜擢されているのです。 宝塚歌劇団には新人公演があり、入団7年目までの若手が出演するのです。 本公演に進めるのはその中でも実力のある人だけ。 いわば新人の登竜門。 ファンにとっては将来トップスターになりそうな人を見つけるための公演といっても過言ではないでしょう。 そんなお披露目の大事な舞台に、天海祐希さんは入団なんと10か月で主役に抜擢されたのです。 当然ですが主役の座はたった一人にしか与えられません。 天海祐希さんの実力がすごかったことを物語っています。 伝説4:お茶会でファンに暴言!? 天海祐希さんはファンとのお茶会で暴言を吐いていた!? 宝塚歌劇団にはファンを招いての「お茶会」が催されることがあります。 天海祐希さんは当時、大人気だったため、たくさんのファンが会場に詰めかけました。 そして、のんびり写真を撮っていたファンに向かって、次の衝撃的な言葉を言い放ったのです。 「てきぱき動きなさい!」 「さっさと終わらせれば、その分たくさんお話しできるんだから!」 普通ファンに向かってそんなこと言う?と思った方、これは実は天海祐希さんの「愛」なのです。 実は段取りや運営が上手くいっていなかったからなのですが、 「段取りが悪いとファンの方と過ごす時間が少なくなってしまう」 そんなファンを想う気持ちから出た言葉なのです。 言い方はちょっときつかったかもしれないけれど、会場におられたファンの心にきっと響いたことでしょう。 確かにそうですよね。 それと入り待ちと出待ちの際の手紙の直接の受け渡しも禁止にしました。 手紙はすべてスタッフが受け取ることになりました。 これは、自分だけでなく他のメンバーの出入りがスムーズにいくようにという配慮です。 スターはファンに嫌われたくないので、なかなかこういうことを言う人は少ないでしょうね。 でもこれが天海祐希さんらしいと言えるかもしれません。 伝説6:大階段での見どころ「羽根」を拒否 自身の退団公演のラスト、大階段で天海祐希さんは背中に羽根を付けていなかった! 宝塚歌劇を一度でもご覧になられた方はお分かりでしょうが、 舞台のラストでは主役が大階段から背中に大きな羽根の飾りをつけて降りてきます。 そこがファンにとってのメインイベント、待ってました!という場面です。 ところが天海祐希さんさんは自分自身の退団公演で、なんとその羽根をつけませんでした。 理由は、「私らしくないから」と! タカラジェンヌの天海祐希というよりも、天海祐希自身を優先したようです。 伝統と格式を重んじる宝塚でしきたりを破って許されたのは、後にも先にも天海祐希さんくらいでしょう。 それほど特別な存在だったのです。 伝説7:ファンはみんな同じぐらい大事 ファンはみんな同じぐらい大事にする天海祐希さん。 宝塚歌劇にはいつも近くにいて世話を焼いてくれる熱烈ファンや、新人時代を含め長い間そのスターだけを追いかけてくれる年季が入ったファンもいます。 反対に最近ファンになった人、家が遠いので頻繁に宝塚歌劇を見に行けないファンもいるでしょう。 それでも人間、どうしても自分に良くしてくれる人をひいきしたい気持ちになるものですよね。 でも天海祐希さんは どのファンも大事という考えです。 退団記念のイベントのとき、 ファン全員に全く同じワイングラスをプレゼントしたそうです。 天海祐希さんらしい「分け隔てなくみんな私のファン」という姿勢が出ているエピソードです。 これもタカラジェンヌの伝統としきたりを破る行為でしたが、天海祐希さんだからできたことでした。 伝説8:さすが!最速でトップスター 宝塚史上最速でトップスターへ。 1993年天海祐希さんは入団7年目で月組トップスターの座に駆け上がり、その後数々の舞台で主役を演じています。 宝塚には「男役 10年」という言葉もあるほど男役として成長するには年月がかかるのです。 しかし、天海祐希さんはそれを たった7年で成し遂げてしまったのです。 171cmの高身長で舞台映えし、キリっとした美形の顔立ちでファンのハートを掴み続けた天海祐希さん。 でもそれだけでは異例の短い年数での抜擢はありえないでしょう。 才能もですが、人よりも陰で涙ぐましい努力をされていたのではないでしょうか。 伝説9:早すぎる!?スピード退団 早すぎるスピード退団。 天海祐希さんは 1987年に宝塚歌劇団に入団し、1995年に退団しています。 28歳の決断でした。 1993年に トップスターになってからはたったの約2年でした。 トップにのぼりつめるには相当の苦労があっただろうと思われます。 しかし、あっさりとその地位を捨て、女優として次のステージに挑戦しようと決断できる潔さは見習いたいものですね。 伝説10:サヨナラ公演で同期に挨拶 サヨナラ公演で同期に挨拶!? 普通の退団公演(サヨナラ公演)では、スターはお世話になったファンに手を振りながら最後の挨拶をするのが伝統です。 しかし、天海祐希さんは違いました。 一緒に舞台に立っていた 仲間たちへ目線を送り挨拶をしたのです。 ファンのことももちろん公平に大事にしてきた天海祐希さんですが、 今、自分がここまでやってこれたのは仲間のおかげだと舞台上で感謝の気持ちを表したのです。 慣習にとらわれず、自分がいいと思った行動を取る天海祐希さんならではのエピソードです。 「年相応、分相応」、いい言葉ですね。 建設業をされていた父親と美容院を営んでいた母親からずっと言われ続けたこの言葉が「伝説」と呼ばれた天海祐希さんの行動の原点なのかもしれません。 ただ、それでもちょっと退団を決めるのが早すぎるような気もしたので、ここでちょっと推理をしてみましょう。 ・いじめにあった? 異例の出世のほか数々の伝説を残す天海祐希さんだけに、快く思わない人も中にはいたかもしれません。 しかし、抜きんでた才能と努力が評価されただけですので、これは信じにくいですね。 ・先輩にトップになれる可能性を残すため 天海祐希さんがもしトップの座に10年いつづけたとしたら、在籍年数が長い先輩方は月組のトップになることはできなかったでしょう。 頭のよさそうな天海祐希さんならもしかしたらその辺りも考えていたかもしれませんね。 ・女優として早く再スタートを切りたかった? これが一番しっくりくる感じですね。 決断も行動も早い天海祐希さんなら、宝塚歌劇団で成功し知名度のあるうちにいろんな役に出会って、女優として早く次のステージに立ちたかったのではないでしょうか。

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天海祐希さんは宝塚ファンにはあまり人気がないように思える...

天海祐希 宝塚 退団

天海祐希「宝塚時代の伝説」とは スタイルが良くて綺麗でかっこよくて それなのに全然気取っていなくて 人気度が高い、女優の天海祐希さん。 天海祐希さんが出演するドラマは視聴率が取れるんですよね~。 サバサバしていて性格が良さそうな印象がありますよね。 そんな天海祐希さんは、特に同性からの支持が高いんです! 天海祐希さんが元宝塚歌劇団のトップスターだったことは 有名なので、ご存知の方も多いはず。 宝塚上がりの女優さんは、芸能界に数多くいらっしゃいますよね。 どなたも凛としていて品があって素敵です。 元々みなさん、宝塚時代からとても人気のあった方々ばかりです。 その中でも 天海祐希さんの宝塚時代は 群を抜いて人気度が高かったのだとか! そして、人気度が高い大物ならではの伝説とやらが 多く語り継がれているのだとか…。 今回は、 その天海祐希さんの宝塚時代の伝説についてみていきたいと思います。 この学校を卒業した者たちが俗に言う「タカラジェンヌ」として 宝塚歌劇団の団員として舞台に立てるという仕組みになっているんです。 宝塚音楽学校は予科(1年生)と本科(2年生)と段階がある2年制の制度です。 この学校が何とも特徴的なんです! まず、 受験資格は15歳~18歳の容姿端麗な女性であること。 宝塚の舞台に立つに相応しい者ということですね。 もちろん厳しい3回もの面接や試験があるのですが 受験できるチャンスは一人4回までとなります。 毎年多くの受験者がいますが、入学できるのは数十名に絞られます。 学校に入る段階で相当厳しい関門になるわけなんですね~。 入学後してからは、宝塚歌劇団の一員として舞台に立つことを想定したレッスンがあり そして寮生活が義務付けられているため、寮に戻ってもまたレッスン。 更に礼儀作法なども徹底してしつけられるので 立派な人間になるための教育もされるようです。 並大抵の気力では続かなさそうですね…。 そんな厳しい学校生活を乗り越えて ようやくタカラジェンヌとなるわけですが 卒業する時の席次というのはステータスとして ずっと残るらしいのです。 ついつい説明が長くなってしまいましたが 天海祐希さんの音楽学校卒業時の席次というのが その学年のトップ、首席だったということなのです! 音楽学校を首席で卒業することは想像以上に至難の業でしょう。 でも天海祐希さんは、入学当初から群を抜いて優秀だったのだそうです。 一人だけ抜きんでた存在でかなり目立っていたのだとか。 音楽学校の関係者が天海祐希さんの母親に対して 「よくぞ生んでくださいました」と言ったそうですが こんな言葉を言わせたこと自体が既に伝説ですよね~。 その公演で、入団してわずか10か月程の 新人中の新人が 主役に抜擢されることなんて前代未聞の出来事だったようです。 新人の天海祐希さんが、自分より先輩たちの前に立ち演技をしたのです! この伝説は本当にすごいことらしく、天海祐希さん以外で このスピードで新人公演の主役になれる人はいまだに出てきていないらしいですよ。 しかし、話題になったのはそれだけではなくて トップスターになって僅か2年で、宝塚を退団することに!? せっかくトップスターになったのにたったの2年で辞めちゃうなんて… その潔さがまたかっこよく、天海祐希さんらしいということで 伝説となっているようですね。 この 大きな羽は退団する方がフィナーレで背負う習わしになっているそうですが 天海祐希さんはこの羽を背負うのは嫌だということで 背負わずにステージに上がったのだとか。 これって、結構すごくないですか? 退団時の習わしってことは お客さんも、天海祐希さんが その大きな羽を背負って出てくるものだろうと思っているのに それをあえて裏切ってしまうんですよ。 それも、そんなことが許されてしまうほどの人物だったということがわかりますよね。 本当に天海祐希さんならではの伝説だと思います。 退団時にはファンクラブの融資によって ファンが喜ぶような様々なイベント事があるそうなのですが 天海祐希さんが行ったのは派手なイベントではなく ファンクラブの方々全員に、同じワイングラスをプレゼントしたのだとか。 ファンクラブの中にも、 長年ファンであり続ける幹部クラスと まだファンクラブに入りたての方々との格差みたいなものがあるのですが そんなことなどお構いなしに、全ての方に同じワイングラスを送ったのです。 なかなか出来ることではないですよね~。 天海祐希さんのファンの方なら「彼女らしいね」と きっと納得してくれるのでしょうね。 ファンに注意するって…。 段取りが悪いファンを差し置いて自らが仕切ることもあったのだそう。 厳しく、感じ悪く取れるかもしれませんが それも全てファンとのゆっくり話す時間を作るため。 その時間を大事にするために、それ以外はさっさとしてよってことなんですね。 ファンにも媚びない、厳しい天海祐希さん。 そしてそれが通ってしまうんですから凄いですよね。 男役が外を歩くときはピンで髪を止める規則があったらしいのですが ピンをたくさんつける必要はないんじゃないかということで ピン不要と、ルールを変えたことがあるのだそう。 第三者的にみると、そりゃそうだろと思う事でも 組織の中にいると気付かない事や逆らえない事ってありますよね。 その中にいても冷静に判断できる天海祐希さんはやはり素晴らしいですね。 他にも、ファンの方の出待ちを控えるように促したのも天海祐希さんだそうです。 公演が終わってタカラジェンヌたちが帰るのは夜の10時過ぎ。 そんな時間に女性が外にいることの危険さ、夜に騒ぐのは迷惑になるという 一般的で冷静な判断から下した夜10時以降の出待ちの禁止令。 本当なら関係者側から出ても良さそうな意見を トップスターである天海祐希さん自らが発するかっこよさ。 やはり魅力ある方ですね~。 天海祐希「宝塚時代の人気度」について(動画あり!) ということで、多くの伝説を持つ天海祐希さんですが 宝塚時代の人気度は、本当に凄かったんです! 宝塚の男役として相応しすぎる上に ファンに媚びない塩対応、なのに心からファンを大事にする熱い人。 そんなイメージですよね。 みなさん、スタイルがいいですが 天海祐希さんは立っているだけでも本当にかっこいい! ここで、天海祐希さんだからこその 人気度がわかる動画をご紹介します。 宝塚を退団する時の映像です。 天海祐希さんの退団が 当時ワイドショーでこんな風に取り上げられたんですね。 天海祐希さんの人気度の高さが本当によくわかりますよね~。 Sponsored Link スポンサードリンク まとめ 現在も女優として、凛としたかっこいい女性を演じることの多い 天海祐希さんの宝塚時代について調べてまいりましたがいかがでしたでしょうか? 宝塚時代の伝説、どれも天海祐希さんならではのエピソードですよね。 活躍し続けられるのはやはり彼女の生まれ持った才能なんでしょうね。

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天海祐希の宝塚時代の同期は?100周年欠席は確執が原因なの? | LANAKILA!

天海祐希 宝塚 退団

プロフィール 名前:天海 祐希(あまみ ゆうき) 生年月日:1967年8月8日(48歳) 出身:東京都台東区東上野 身長:171 cm 血液型:O型 所属:音研 ・ 1987年:宝塚歌劇団に入団し、「今世紀最大の逸材」と評され、異例の速度で男役トップの座へ駆け上る。 ・ 1995年:宝塚歌劇団を退団。 ワイドショーで特番が組まれるほど世間から注目を浴びた。 ・ 1996年:「橋の雨」(フジテレビ)でドラマ初出演。 「クリスマス黙示録」で映画初出演。 ・ 1997年:「シングルス」(フジテレビ)でドラマ初主演を果たす。 天海祐希の宝塚の退団理由の衝撃の裏側とは!? 天海祐希さんが宝塚歌劇団の出身であることは、有名ですよね。 その宝塚に天海さんが在籍していた期間は、1987年~1995年12月までの8年間で、最後の2年間は男役のトップスターとして、圧倒的な客席動員を誇っていたそうです。 そんな宝塚というところは歴史とその序列の厳しさで知られていますが、トップスターという座に付けるのもほんの一部の人だけという大変厳しい世界だと言われていますよね。 では、どうやってそのトップスターを決めるのでしょう? 宝塚のシステムを調べてみたところいろいろな選別基準があるようでした。 ・歌唱力や演技力もさることながら、その人自身が持っている「華」や「輝き」がある人 ・たくさんのファンや応援者が付いていて、客席を埋めることができる人 ・宝塚は5組に分かれており、その組ごとに個性が出せてバランスが取れる人 中には「家柄」や「コネ」という意見もありましたが、それらも含めての総合評価で劇団側から指名されるようです。 そしてその指名を受けてトップスターになると、その後は退団して劇団を去っていくという、まさにスター育成劇団のように感じました。 では天海祐希さんの場合はというと、どうも宝塚歌劇団の歴史の中でも男役としては異例の速度でトップへと就任し、その事実だけでも当時大変な話題となった人のようですね。 ここで「宝塚出身の女優」として現在活躍中の芸能人の中で、男役だった女優さんの劇団在籍期間を調べてみました。 大地真央:1973年~1985年退団 在籍期間12年 1982年より月組トップ就任 真矢みき:1981年~1998年退団 在籍期間17年 1995年より花組トップ就任 真琴つばさ:1985年~2001年退団 在籍期間16年 1997年より月組トップ就任 紫吹淳:1986年~2004年退団 在籍期間18年 2001年より月組トップ就任 遼河はるひ:1996年~2009年退団 在籍期間13年 トップ就任歴はなし 天海祐希さんの在籍期間8年の内トップ就任期間が2年というのが、いかに異例であるかが比較からわかるのではないでしょうか。 スポンサーリンク では、そんな天海祐希さんがトップに就任しながらもわずか8年で宝塚を退団した理由についてですが、噂では「いじめ」や「劇団と揉めた」などがあるようです。 いじめについては、宝塚歌劇団という劇団は年功序列が厳しく、その慣例に則っていたことが世間一般からは「いじめ」と見られたのではないかという説がありました。 そして「劇団と揉めた」というのは、退団公演の時に宝塚のアイコンでもある「羽」を背負わなかったという、前代未聞の行動が、「天海、劇団への意思表示か!? 」と誤解されたのではと言われています。 実際、「羽」を背負わないことを許可するのは劇団側なので、本当に揉めていたならば実現しなかったことだと内部に詳しい人が語っていたので、この説も信ぴょう性が薄いですよね。 ところで、この画像をご覧ください。 これは天海祐希さんが中学生の頃、資生堂の会報誌「花椿」に掲載されたものだそうです。 つまり10代の初めから天海祐希さんという女性は異彩を放ち、その魅力を業界の人たちは見抜いていたということになりますよね。 そして天海さん自身もある取材で、「小さい頃から女優になりたかった」とコメントしていることから推測してみると、もしかしたら宝塚歌劇団というのは、天海祐希さんにとっては通過点のひとつに過ぎなかったのではないかと思えました。 したがって、あのきらびやかな宝塚を退団した裏側にある理由とは、天海さん自身が目指すさらなる大きな活躍の場を見据えてのことだったと考えられるのではないでしょうか。 しかも退団時の年齢は28歳ですから、芸能界で女優デビューするにあたり、広い役柄を得るにはちょうどいい年齢だったとも言えます。 また宝塚には「男役10年」説があり、男役が板につくまでには10年かかると言われていますが、ということは10年以上男役をやっていると抜け切るのも大変だということになりますよね。 なので、その辺も天海さんは考慮していたのではないでしょうか。 はたして狙い通り、現在では「天海祐希」は一般的に女優としての認知度の方が、宝塚の元男役という認識を遥かに超えているのは確かなようです。 そして男役を短期間に追及したからこそ、それがスパイスのように天海祐希さんの醸し出す魅力にピリリと利いた味のあるエッセンスとなっているのでしょう。 スポンサーリンク 天海祐希のドラマの視聴率が高い驚きの理由が明らかに!? 天海祐希さんといえば、ドラマに出ると高視聴率が取れる女優さんとしても有名ですよね。 その後も「トップキャスター」(フジテレビ)23. そして現在、日本テレビで放送中の「偽装の夫婦」も順調に2桁台を推移していますよね。 このように高視聴率が取れる天海祐希さんには、一体どんな理由があるのかネット情報を見ていたらこんな記事に出会いました。 (引用) 『理想の上司ランキングで6年連続トップになるなど、頼れる男前な姉御風女子がハマリ役だ。 ~中略~ 普通だと同じ色がつかないように、いろんな役柄を演じたいというくらいなんですけどね。 とはいえ、一昨年に軽度の心筋梗塞で舞台を降板して以来、初めての連続ドラマ。 nikkan-gendai. なるほど、天海祐希さんは自分の女優カラーを客観的に判断していて、視聴者の期待を裏切らない役柄を見極めてオファーを受けているのかもしれませんね。 このように天海祐希さんが高視聴率を取るドラマの役には、共通点があることが伺えます。 それは「正義感」「リーダーシップ」「デキル女」「強さ」などを秘めた性格で、さらに大きなポイントとなるのはその「美しさ」ではないでしょうか。 現在放送中の「偽装の夫婦」でも、天海さんが披露したウエディングドレスや白無垢姿がTwitterなどで、「年齢不詳」「すっごいキレイ!」と大好評のようでした。 天海祐希さんのエイジレスな美貌が衰えない限り、天海さんの「強くて優しい、頼れる女性像」の役は視聴率を取り続けることができるでしょう。 さらに願わくば、女優としての枠をこれからもどんどん広げて、視聴者やファンを驚かせるような役もこなしていく姿も大いに期待したいですね! スポンサーリンク 続けて読むならコチラの記事がオススメ!!

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