魔女 は 死に た がり。 近世ヨーロッパになぜ起きたの!?悲しい歴史魔女狩りって何だったんだろう

NHK BSプレミアム ダークサイドミステリー「魔女狩りの恐怖~なぜ人は隣人を追い詰めたのか」

魔女 は 死に た がり

ダークサイドミステリー「の恐怖~なぜ人は隣人を追い詰めたのか」 たまにしか見ない番組ですが、 今回は、人間の悪の面に焦点を当てた番組、ということで見てみました。 哲学者のは、悪は善への気持ちから生まれる、と言っていたが、 も善の気持ちから行われていた。 正義の名のもとに行われていたし、 人類を守るための行為、と信じられていた… 後世には悪とされた行為も、実は善と根っこが同じだったわけです。 そしてそういう、正義という名のもとの制裁、集団リンチやいじめは今でも起きているし、 人間の性質上、これからも起こりうる…という話で、 我々はこの歴史から学ばねばならない、と感じました。 それから、ターなことに絡めて言うと、の時代は、疫病も流行っていた。 疫病への恐怖、社会不安が、 人を普段ならしないような、とんでもない行動に駆り立てた…ということも分かる。 今回のウイルス騒動が、そういうことにつながらないように、 という戒めにもなるのではないか、とも感じました。 というわけで内容について。 は16世紀~17世紀、6万人が犠牲になった事件だそうです。 世界観では、神が人間の世界を作り、光に満ちている、という考え方だが それに対する闇の部分がサタンであり、 サタンの使いが魔女だ、とされ、その魔女の疑いがかけられた人たちが次々と裁判にかけられてしまった。 はだいたい女性が狙われて、近所の人の証言で突然逮捕される。 そしてにかけられる。 裁判では、全身の毛を刈り取られる(毛に魔力が宿るとされているため) そのあと裁判官に 「あなたが(魔女の集会)に出ていた、という目撃証言があるが、本当か」 などという尋問を受ける。 否定すると、今度は全身丸裸にされ、「悪魔の爪痕」(悪魔と契約するとき、悪魔につけられた印」 が体に残っていないか調べられる。 しかし、その爪痕、というのは、ほくろやイボ、シミなどの誰にでもあるようなものなのだが、 それを証拠として魔女とされてしまう。 そのあとは、自白が決定的な証拠とされていたので、 「私は魔女です」というまで拷問を受けることになる… ドイツ南部のローデンブルクという町には、「中世犯罪博物館」には 拷問のための道具が展示されているそうです 例を挙げると、 ・親指締め…大きいてこみたいなもの、親指を器具の下に入れて、血が出るまで締め上げる道具 ・吊るし締め…背中にフックをかけて引き上げて、手足が脱臼しようが、自白するまで重りを手足に付けられる ・魔女の椅子…針だらけの椅子、見るだけで恐怖のあまり失神する人もいる ・腰のところに針があるベッド 実際に使うところは想像したくないですね… ここの館長さんによると 驚くことに、「これらは当時の刑法上で定められていた」のだそうです。 というのは、 「魔力による犯罪の難しさは、想像上でしかないので証拠がない、ということ。 だから自白が有力な証拠になっていた」 それから、 「自白は信仰の上で重要とされていた。 というのは、罪を犯した、という告白をすれば、永遠の魂を手に入れられる、天国に行けると考えられていた。 だから拷問する側も、相手が天国に行けると信じて拷問をしていた。 専門家として、子さん(新潟大准教授、魔女迫害をテーマに研究)、者のさん 進行役はアナ。 小林さんは、の背景に社会不安があった、と指摘する 「当時は家畜の大量死や不作が起きていた。 今よりも科学は発達していないですから、人々は原因として三つを考えていた。 その三つは、 1偶然 2神の天罰が下った 3誰かが裏切り行為をした 1は納得がいかないし、2は自分たちが悪いことになるので、認められない。 そうなると3を受け入れることになるんですね」 中野さんは迷信を信じるメズムについて 「例えば、雨ごいは願っていたらいつかは降るものなんですけど、 雨ごいの儀式の後雨が降った、ということが何回か起きると、 雨ごいしたから雨が降った、と学習されてしまう。 魔女の証言も、あの人が何かした後災いが起きた、ということが2回3回続いてしまうと、 2回とか3回なんて、統計的には誤差の範囲なんですけど、 その人のせいで災いが起きた、と学習されてしまう」 また、が刑法で定められていた、ということについて 小林さん 「当時の法律では、明らかな証拠が無いと捕まえてはいけない、となっていた。 魔術は証拠が無いので、だから自白が重要になる。 実は近代的な概念の上に、拷問による自白の強要があるんですね」 中野さん 「拷問している側も、正義をしているんだ、素晴らしいことをしているんだ、と思い込んでしまうと、 そこに開館すら出てきてしまう仕組みがある。 いわば「正義中毒」ですよね」 進行役のアナが「裁判官の心理はどんな風だったんでしょうか」と聞くと 小林さん 「当時は終末論があったんですね。 もし裁判官が、魔女を野放しにしていたとなると、自分が神にとがめられる。 いわば自分の魂の救済のために、魔女に厳しい判断を下した面もある」 青木アナ「民衆も裁判官もが正しい、となると、それはもう誰にも止められないんですかね…」 中野さん 「今もそれは起きていますよね。 正義の名のもとに…」 小林さん「そこへ宗教のブースターがかかると…」 中野さん 「少なくとも、そういう装置は人間に備わっている。 普段はそれを理性で押しとどめているんですが、 それを弱めてしまうのが災害や危機なんですね。 みんなで守りあわなきゃ、となる。 そうすると異端者が我々の世界を壊す、だから排除しようとなり、 それが正義となってしまう」 宗教上の正義、 みんなを守るために、敵を排除する、… どれも「善」という理由あっての行為になっている。 そこには、排除される人も同じ人間だ、という大事なポイントが抜けている気がするが、 でも宗教上の正義から言えば 「相手は本当は同じ人間のはずなのに、 今は悪魔の手先にされてしまったのだ。 相手を目覚めさせてあげよう」 という、いわば魔女となった相手への思いやりも含まれているので、より複雑…。 そうなると、神とか悪魔という世界観自体を疑わない限りは この行為は止まらないことになる。 だから難しい。 いわゆる悪魔の手先としての魔女、というのは、 15世紀の末に書かれた一冊の本が最初だったそうです その本を書いたのは、ハインリッヒ・クレーマー 15世紀の異端審問者 異端審問者、というのは、教会が異端、つまり裏切り者、と考える人達を見つけ出す職業 クレーマーは職務に励み、からの信頼も厚かった しかし1485年、彼が58歳のとき、彼はのインスブルクという場所に赴任した時 彼は的なことを行い、50人ほどの女性が犠牲になっている なぜそんなことをしたかというと、 「彼は強い終末思想を持っていて、 この世の終わりが来る前には悪魔の力が強まるから、悪魔は信奉者を増やすのだ、と思っていた」 しかし、当時の人々は彼の考えや極端な裁判は狂気じみていると考え、 クレーマーは裁判にも敗れてしまう これに対してクレーマーは、逆に危機意識の無い世間に恨みを募らせ、 魔女の恐ろしさを世間に知らしめるべく、一冊の本を書く 「魔女への鉄槌」1486年出版 この本には、魔女とは何か、悪魔と魔女との関係、魔女の見分け方、 のやり方、拷問のかけ方、などが細かく書かれ、 250ページにわたるマニュアルとなっていたそうです 彼は、魔女は偉大なる神に対する最大の反逆者だから、証人は誰でもいい、犯罪者でも構わない、 ということを書いているらしい この本では女性がターゲットにされているのもポイントだそうです。 「悪魔の目的は信仰を腐敗させること。 それは迷信だ、とエリートや教会も言っていたんですが、 神に逆らうものが徒党を組んで悪いことをする、というイメージと、 魔女のイメージが結びついて広まってしまった」 また、女性が狙われたのもポイントで、 中野さんは 「当時の宗教は、無所有とか清貧など、禁欲的な思想で、自分を律することを強いられていた。 でも禁欲しなければとなるとむしろ欲が強くなるのが人間なんですが、 クレーマーは欲は自分の中にあるとは思わず、 女性が悪魔の手先となって誘惑するから欲が生まれるんだ、と考えた」 小林さんは 「魔女は悪魔と性行為して契約をする、と強調しているのもポイントで、 魔女は神への裏切りだけではなく、社会規範も無視しているということを言っている」 うーん。 この男が変な本を出した、というのはもちろんどうかと思うのだが、 それを信じてしまう世の中、というのも怖いと感じた。 信じてしまうきっかけは、先ほど中野さんが指摘したように社会不安がある。 以外でも、例えばこれより後の世のの本も、 後のドイツ社会の不安の中、ベストセラーになってしまったし、 今だって社会不安が大きい地域では、のデマに煽られやすい。 ということは、社会不安が大きいときほど、危険な思想に引っかかる可能性が高い、ということ。 そういうときほど、我々はいろんな視点を持たねばならない、 相手が自分だったら、という倫理を意識的に持たねばならない、と思う。 今年に入って、ウイルス騒ぎもあり、経済不安もある。 そういうときほどこのを他人事と考えてはいけない、と思う。 ドイツ南部のという町は、 時代から都市として栄えていたそうですが、 かつてここでは大規模なが行われ、なんと男性や政治権力者も犠牲になっていたそうです その記録が図書館に残されているそうです。 記録によると、司教領の司教だった人間(名前メモするの忘れた)が、 社会不安(冷害などが起きていた)をきっかけに激しいをしていた ある少年が「」を読んでいたのをきっかけに、 その母親や階級の人たちが次々と逮捕される それに対して抗議した市長も、逆に悪魔の手先として逮捕されてしまう 彼は娘に手紙を宛てているが、 その内容によると 彼は仲間の名前を言え、と強要されて最初は拒否していたが、 町中を引き回され、町中にある家を指さして「あの家は誰の家だ」と聞かれ、 持ち主の名前を答えていたら、それが仲間の密告となってしまったそうです こうして、政治権力者も次々と逮捕されてしまった 専門家によると 「は大きな議会が無く、司教を止める有力な貴族もいなかった」そうです しかし、1631年に状況は一変する から逃亡した人が、周囲の人たちに助けを求めると 皇帝のいるウイーンや、大きな裁判所のあるシュバイヤーなどにも、の惨状が伝わる そして皇帝の名のもと、不当な裁判を禁止する命令が下る 当時戦争の混乱もあり、司教が逃亡したことで 人々もを止めた 当時、フリードリヒ・シュペーという方が匿名で本を書いているそうです 彼はで処刑された人の贖罪を聞く役割をしていたそうで そのうちの一人は 「かつて私は、多くの魔女がいることを疑ってはいなかったが、 私は今は魔女が存在してない、と信じている。 このままが続けば、この領地の村は根絶やしになってしまう。 それは戦争被害よりも激しく、やがてこの村は荒廃してしまうだろう。 そうしているうちに、攻撃することに快感を覚えるようになることはあるかもしれない」 いじめも同じ構造ですね… 小林さん 「小さなコミュニティの中の小さないさかいが積み重なって、 なんか起きた時、となると、 その人のすべての行動が魔女であるかのように見えてしまう」 これらのが誰も止められなかったことについては 小林さん 「に、みんなの迫害への欲求は常にある。 より強い権力装置が、もうしませんと言えば終わる。 ヨーロッパのが終わったのも、中央集権化により地方の勢力が好き勝手にできなくなったからで、 そういう近代化の過程でをとらえることもできる」 中野さん 「誰もが損をしているのに、そこから抜け出せない、というジレンマがある。 誰かがいちぬけしてなんかおかしい、と言えば、 その人が狙われてしまうかもしれないから変えられない。 そういう時は、構造の外の人がおかしい、と言わないと変わらない」 となると、組織での集団いじめをなくすためには、 外部と風通しを良くしておくこと、 透明性を高めること、が何よりも重要だ、ということになる。 しかし、的なことはその後も起きている。 社会的制裁、という名で、人の再起を許さないことはどの構造でもありうる。 人間は危機を感じるときほど絆を強めようとするので、 そのとき集団が個人よりも優先されてしまう。 集団を守るためには、それを乱す個人は傷つけても良い、となりがちになる」 「それに対して気を付けなくてはいけないのは、 自分たちのやっていることは本当に正義なのか、と問い直すことですよね。 そのための認知、見分ける知性を手放してはいけないと思う」 小林さんは 「人間は社会を作ろうとするので、 仲間を作りたい、つながりたい、という本能もあるし、 異質を排除したい、という本能もあるので、なかなか難しいですね…」 という議論で終わっていました。 つまり正義、善のために行われているわけです。 だから的に言えば、自我が神の正義を実現するために行っているはずなのに、 いつの間にかそれが神の正義から外れてしまっている、ということになる… だからここで考えるべきは、本当の正義、善とは何か、ということ。 ここで一番抜けているのは、異端とされる人たちも、 自分たちと同じ人間なんだ、ということだと思います。 つまり、異端者を人間以外のモノ(悪魔とか異質分子とか)とみなしてしまっている。 そこで必要なのは、自分が彼らだったら、という想像力… 自分が突然魔女だと言われ、いきなり不当な勝ち目のない裁判にかけられたら、どう感じるのか。 本当は神や悪魔など存在しないかもしれない、としたら。 自分のやっていることの方が悪魔なんじゃないか。 …など。 …そういう、別の視点を持って、そこから考える姿勢が大事なのかな、と思います。 まあ、一つの見方、社会、しがらみにとらわれていたら、 なかなか難しいことではあるのだけど… それから、社会不安、自分自身の生存の危機があると、 この「別の視点を持つ」「想像力を持つ」「他人の立場になる」余裕がなくなっちゃう、 というのも事実としてある。 現に今の我々の状況(コロナ危機でてんやわんやの状況)で 他人を思いやる余裕が薄まりがち、というのは実感として私もあります。 でも我々は歴史という有力なテキストがある。 そこから学ばないといけない。 自分のやっていることはどうなのか、何が正しいか正しくないかは正直その時は分からないんだけど、 少なくとも後世の人間から見て、恥ずかしいと感じるようなことをしないようにしたい、 と私は思います。 いろいろ考えさせられました。 というわけで今回はこの辺で。 amagomago.

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魔女狩り・魔女裁判、実在の魔女と迫害の歴史

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wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。 今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。 本日はヨーロッパ「魔女狩りの歴史」をご紹介します。 近世に本格化した魔女狩り 「魔女」と言えば白雪姫などの童話や「魔女の宅急便」などのアニメに登場し、なんだか憎めないイメージがありますよね。 でも一転して「魔女狩り」と言うと、陰険なイメージに変わってしまいます。 この魔女狩りは実は1400~1800年に行われたもので、その犠牲者の数は不明ですが、数十万とも数百万人にも及んだともいわれているのです。 一度魔女といわれたら絶対に生きては戻れなかった魔女裁判に送られる前には、過酷な拷問が行われていました。 邪悪な存在とされた魔女をこの世から抹殺するための処刑は遺体が灰になるまで焼き尽くされたとか。 また魔女は女性ばっかりと思われるでしょう。 しかし男性もいたんです。 現実には8割は女性でした…。 時代背景としては、大航海時代ごろから魔女狩りが始まっています。 魔女狩りは中世ではなく近世で起こった黒い歴史といってもいいでしょう。 なぜ、近世に魔女狩りが起こったのか?どれだけ辛い思いをさせられたのか?どうやって終焉を迎えたか?などを、簡単に触れてみたいと思います。 少しだけお付き合いくださいね!.

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魔女狩り

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昨年、ドイツのリサーチとコーディネートを担当させていただいた、が大阪で3月7日土曜日いよいよ開催となりました。 ちなみに、 では別のテーマで一般公開前の様子が公開されているのを知りました。 さて、時を同じく、というか全く偶然でしょうか,独ZDFで魔女狩り、魔女裁判について非常に興味深いドキュメンタリー番組が3月2日に放映されました。 番組終了後には、ドイツの歴史家による当時の解説が詳しくあり、こちらも素晴らしい内容でした。 欧州の魔女狩りはスイスで始まったといわれていますが、魔女と宣告されてなくなった人は欧州で6万人にも上るといいます。 現在、バンベルクのようにオリジナル資料が残っていない街も多々あると思うので、実際に魔女狩りの被害にあった人の数は計り知れません。 この番組で取り上げられたバイエルン州のバンベルクは、大司教都市、ビール、そして大学都市として有名な街です。 旧市街はユネスコの「人類の文化・自然遺産」として登録されています。 番組は1630年にスポットを当てて、魔女裁判を紹介しています。 バンベルクの魔女狩りのピークは、1626年から1631年で、この間、なんと1000人ほどが魔女狩りでなくなったそうで、当時のバンベルク住民の1割だったということです。 なぜバンベルクがこの番組で取り上げられたかというと、ドイツ国内で当時の裁判におけるオリジナル資料が一番多く保存されているからとのことです。 ヴィキぺディアによれば、 バンベルクは魔女狩りの中心地の一つであった。 魔女狩りの時代、バンベルク大司教ヨハン・ゴットフリート1世・フォン・アシュハウゼン(1609年 - 1622年)及び次代のヨハン・ゲオルク2世・フークス・フォン・ドルンハイム(1623年 - 1633年)の指導下、大規模な魔女狩りが行われた。 同様の大規模な魔女狩りは、ヴュルツブルク大司教領やマインツ選帝侯領など、ドイツ南部で行われた。 特に1617年には、この司教領で102人の人々が処刑された。 最も有名な犠牲者は、市長のヨハネス・ユニウスで、1628年8月に魔術師監獄での拷問を受け死亡した。 とあります。 私が知らなかったのは、拷問の回数です。 歴史家の解説によれば、拷問は3回までが原則だったとか。 その間、無罪を主張し続けた(そして、生き残れた)人は解放されるべきだったようです。 とはいえ、当時は決まりがあってないようなもの。 なかには拷問を8回受けた人もいたそうです。 ただただその強靭な意志、魔女であるというウソを認めなかった姿は想像を絶します。 「魔女の展覧会」をテーマにドイツではロケハン、本ロケと2度に渡り、魔女の歴史を追いながら取材をしました。 訪問する先々で拷問器具を見るたびに、色々想像してしまい、私には、拷問に耐えた人がいたということに驚愕しました。 番組の中でも拷問シーンがいくつかありましたが、やはり目を閉じてしまいました。 拷問を受けた人の悲鳴を聞くだけで、どんなにむごいか、簡単に想像できます。 そもそも魔女といわれた市民のほとんどは口コミ、つまり密告で検挙されたのだという。 家族内でも告発があり、子供が母親を魔女といったり、もちろんそれまで親しくしていた隣人や助産婦(産婦が助けを求めたため、手助けに出向いたが、おなかの中で胎児は死産だったことを恨んでなど)が魔女であるしるしと告発することもあったようです。 これらのシーンが番組には見事に再現されていました。 番組の中では、父親の経営する当時の薬局を手伝っていた女性が、魔女として告発されました。 薬草を使って、病状を和らげることで人々に信頼されていたこの女性も、いつの間にか、憎しみの対象となったようです。 当時は、病気の流行に太刀打ちできなかったり、6月に雪が降ったりという悪天候の影響で農作物も全滅と、市民の怒りや恨みつらみのはけ口として、その責任を魔女に負わせるに至ったといわれています。 日本では、往々にして助産婦イコール魔女、あるいは薬草を用いて治療した人、(昔の薬剤師と想像すればいいだろう)これらの人たちイコール魔女という説もあるようですが、番組に出てきた歴史家によれば、それは違うという。 結論として、あくまでも魔女といわれた人の中に、たまたま助産婦や薬草に長けていた人がいたというだけのこととか。 当時は、一般市民が森に入っていくことは禁止されていたという日本の専門家もいるようですが、これもどうやら違う模様。 もちろんその町の富豪や聖職者所有の森には立ち入ることはできませんでしたが、一般の森に足を踏み入れることは許されていたとのことです。 ですので、森の中で薬草やきのこを摘んだり、森への散歩はできたそうです。 これについては、ドイツのある博物館で学芸員にインタビューした際も、同じ答え・・・「森に入ることは許されていた。 ただし所有者のある場所へは不可」が返ってきました。 今回、お仕事をいただいて、魔女についてリサーチしていくうちに、色々な本に出会いました。 なかでも、魔女の鉄槌(Malleus Maleficarum)はハインリッヒ・クラーマーによって書かれた魔女に関する本です。 もちろん内容は現代版です。 中世における魔女理解のエッセンスといわれており、魔女に関しては最も有名な本です。 また、ロケでご一緒した山田五郎さんは、気さくな方でコーディネートとして大変仕事を進めやすかった方です。 やはり西洋美術専門家だけあって、その知識の広さには、私も色々と勉強させていただきました。 同じ釜の飯を食うではありませんが、夜中のケルンを歩きやっと夕食にありついたのが12時頃と、クレイジーなスケジュールでしたが、今思うと懐かしい限りです。 「魔女の秘密展」は、大阪終了(5月10日)後、新潟、名古屋、浜松、広島、福岡で開催されるそうです。 秘密展ホームページで紹介されている魔女街道は、一般観光客が足を運ぶにはちょっとアクセスしにくい場所もありますが、ひと味違ったテーマを追ってドイツの旅をするのもいいかもしれません。

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