何が愛かじゃない。 愛がわからない…愛って何?

美人じゃないのになぜかモテる「男性に選ばれる女性」の特徴とは?

何が愛かじゃない

今更感もあるが、の「愛はおしゃれじゃない」が凄く今の自分に響いている。 やたらモテたいのではなくて、意中の君にだけモテたいという君に対してなんとか振り向いて欲しい気持ちを真っ直ぐに書いた歌詞が大好きです。 この気持ちがよく分かる。 君にだけ好きだと思ってもらえれば、もうそれ以上は望まないんだよね。 マスカラや口紅で何とか君の事を知ろうとする歌詞も初めて聞いた時は気持ち悪いなと思っていたけど、今やそんな事はない。 それくらい好きで仕方なくて、気持ちが溢れてしまっているんだよね。 分かる。 気持ち悪いくらい君に夢中な自分を描いたこの歌詞が本当に好きだし、見事に今の自分の気持ちを描き出しているように感じられる。 本当に良い歌詞だ。 「愛はおしゃれじゃない」の魅力をアレコレ簡単に書きましたが、要は僕の中で久しぶりの恋愛が本格的に始まったという事です。 具体的には書かないけど、前からこのブログの中で少しだけ書いていた方がずっと気になっていて、そんな状況の中でこの楽曲を聴いたら「やっぱり自分は恋をしているんだ」と一昨日確信しました。 そういう訳で、こういう状況下ではあるけど、落ち着いたらご飯に行きましょうと誘いました。 割とすぐに返信はあって「ぜひ」との事。 この返信を見て、不思議と気持ちが元気になってきました。 やっぱり恋愛は日々を頑張るエネルギーになるよね。 でも、余計な事を言ってしまったので別の人も含めてご飯に行きましょうとなってしまいちょっと凹みました。 いや、2人っきりで行きたいんですよ... 別にその人は嫌いじゃないけど、今回は違うんだよ.... それでも「楽しみにしてます」の一言があったので嬉しくなっちゃったよね。 短い時間で一喜一憂しております。 こういうやり取りが何気ないんだけど、楽しい。 こういう気持ちになるのは本当に久しぶりになると思う。 1年くらい前に、当時好きな子がいたんだけど、「なんかそういう感じじゃないです」ってやんわり拒否されて以来恋愛はしていなかったんじゃないかな。 そこから約1年くらいはこういう時間がなかったように思う。 一瞬、海外出張で出会った子が気になってはいたけど、今ほど気持ちは入っていなかったのであれはノーカウントかな。 結果はどうなるか分からないけど、何だか久しぶりの恋愛にこれからの毎日が少しずつ色付いていくようで楽しみです。 世の中は暗いけど、せめて自分の生活は明るく照らしていきたいよね。 なかなかデートとかが誘いづらい状況ではあるけど、その中でも出来る事があるはずだから、積極的にアプローチしていきたいと思います。 自分の精神的にもやっぱりこうやって誰かを好きになっていた方が良いと思うんだよね。 恥ずかしいからぼかして書くけど、3月以降はその辺りが何だか荒んでいたんですよな。 仲の良い友人には「また作品を買っちゃってさー」とよく話していたけど、今思えば結構乱れていたなと思う。 簡単にサイトにアクセスして、変に気持ちを高めて、虚無になる、この繰り返しがここ最近はずっと続いていたように思う。 生理的現象だから、仕方のない気もするが、どこか乱れてしまっているなと感じてしまう事も多かったんですよね。 決してそういうのを見る事は悪い事じゃないけど、今までの自分にないくらいその頻度が高くなっていたのはちょっと危ないなと思っていました。 こうやって恋愛する事によって少しはその辺も落ち着くと良いな。 どうなるかは分かりませんが。 何にせよ、また1つ目標ができたのでそこも加えて色々と頑張っていこうと思います。 やっぱり恋愛は良いですね。 元気が貰えました。 どんな結果になるか分かりませんが、今回は何だか長期戦の予感がするので息切れしないように腰を据えて頑張りますよ。 hujiyamatsuya.

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これは愛で、恋じゃない【最新話17話】ネタバレ!2人の身に何が起こった?!|ゆりべえ NurseMaMa

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君のために言ってるんだよ。 些細な事にまで干渉してくる彼氏と言う事を聞いているだけの彼女… このカップル、 何だか変じゃないですか? 君の勘違いでしょ 愛と見せかけて相手を操ろうとする、と~っても悪い人がいます。 その人たちが使う手口が… ガスライティングです! ガスライティングとは心理的虐待の一種で、わざと誤った情報を伝え続け、相手が 自分自身の事を信じられなくする事です。 この単語は「ガス燈」という映画が由来となっています。 Gaslight, 1944 映画の中で、夫がわざと電灯を暗くした後、妻が暗いと言う度に 「君の勘違いだよ」と話します。 このような洗脳が繰り返されると、 妻は自分がおかしいのかもしれないと思うようになるのです。 「愛」という仮面 でも、おかしいですよね? 妻はどうして夫が変だと思わなかったのでしょう? それは、夫が 普段はとても優しくて信頼できる存在だったからです。 「この人は私に嘘をつくはずがない」と信じていて、 普段優しいからこそ、相手の言葉がちょっとキツくても、それは自分のために言ってくれているんだと考えるのです。 自分を大切に思ってくれる人が自分のために言っている事だと思うと、それを否定しにくいですよね。 そのため、ガスライティングは 親しい友人の間でもよく見られます。 それだけでなく、 親子や歳の差があるカップルのように 上下関係がはっきりしている関係においてもよく見られると言います。 ガスライティングの特徴 このようにガスライティングは親しい関係において起こるものなので、 すぐに気付くのは難しいです。 しかし、それを見抜く事ができる いくつかのポイントがあります! 心理学者ロビンストーン博士が教えてくれたガスライティングの特徴を一緒に見ていきましょう。 相手の意見は無視。 「何も分かってないくせに。 」 「君は何もしなくていいんだよ。 」 2. 相手のせいにしようとする。 「あなたも悪いところがあるでしょ?」 「そうされても仕方ない事したじゃん。 」 3. 相手の事を信じれず、疑う。 「そんな事いつ言った?」 「また見間違えたんじゃないの?」 4. 一方的に教えようとする。 「まだ幼いから分からないんだよ。 」 このような洗脳が繰り返されると、言われている側は 自分を信じられなくなり、自尊心も低くなります。 そのため自分の考えには蓋をして、 相手の言う通りに従うようになってしまうのです。 まさか…私達も? まさか自分もガスライティングを受けているんじゃないか…と不安になった方。 安心して下さい!ガスライティングされているのかどうかを確かめることができますから! 全20項目の質問で ガスライティングを診断し、解決策まで分かる方法があるのです! 気になるその方法は… 次の記事「」でお教えします! その間、あなたと恋人の愛はどんなカタチをしているのかを診断してみてはいかがですか? 「愛のカタチ診断」では、2人が今どんな愛のタイプで付き合っているのかが分かります。

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本当の愛ってなに?真実の愛って何?

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Contents• よく言われる「本当の愛」って何? 本当の愛というのは…なんて定義は様々語られていますよね。 記憶にある中での話になりますが、例えば、 見返りを求めるのは恋、ただただ尽くすのが愛。 連絡が来ない時に疑うのは恋、何かあったのかと心配するのが愛。 こんなことを聞いたことがあります。 とても納得する部分が多いです、私は。 見返りを求めないのが愛というよりも、見返りを求めない二人が育むものが愛なのかななんて思ったりもします。 愛って、別に恋人や夫婦間だけではなく、家族や友人、幅広く意味を持つものだと思います。 愛情表現も様々。 見返りを求めないのが愛、疑わずに心配出来るのが愛だと言うのであれば、私は納得は出来ても、「愛」をまだ知らないのかもしれない。 そもそも、ひねくれたことを言ってしまえば、「愛」に定義なんてあるのか?とも思ってしまうのです。 ただひたすらに、相手に構ってもらうことでしか愛情表現が出来ない人も、それはそれで愛なんじゃないかと。 もっともっとひねくれたことを言えば、愛を語るあなたは、そこまで愛を知っているの?と。 じゃあなんで「愛」について書くんだよwという話になってしまいますが。 私が思うのは、その人が信じる「愛の定義」が、本当の愛の定義なんじゃないのかと思うのです。 周りになんと言われようと、それは愛じゃないと言われようと、その人がそれを「愛」と呼ぶのなら、その人にとってはそれが「愛」なんじゃないでしょうか。 「愛」の定義は変わるもの。 私もそれなりに恋愛はしてきました。 過去、私が本当に大好きだった、愛してた、そう思っていたものが、今となっては不思議に思えてくることもあります。 その時、「これは愛だ」と強く思っていたことが、成長するにつれて、「ただのエゴ」だったんだと思ったり。 「そんなのは愛じゃない」と思っていたことが、「これがこの人の愛情表現なんだ」と思ったり。 私は旦那と結婚する前までに、何回か別れました。 別れてから付き合った彼氏たちを、好きにはなっても、私はどうしても旦那を忘れられなかったんです。 それは、私から旦那への愛というよりも、旦那が私へ与えてくれた愛が、私は忘れられなかったのだと思います。 あの日、あの時、過ごして来た思い出があまりにも幸せ過ぎたからだと思うんです。 それなのに、私が旦那 まだ結婚する前 と別れた時には、「私が愛されてないのだと感じたから」でした。 何をもって「愛」と呼ぶのか、きっと私はこれから先も、その定義が変わっていくように思っています。 些細なことを「愛」と呼んだっていいじゃないか 「愛」というものを大きく定義すると、それはそれは壮大なものになりますよね。 だけど人間って完璧じゃない。 「愛すること」を完璧にこなせる人なんて、居ないんじゃないかと思うんです。 例えば私、洗濯担当の旦那の代わりに、サプライズで洗濯物を済ませておくことがあります。 第一に喜ぶ顔が見たいから。 でもそこに、「ありがとね」って言葉があったら、もっと嬉しい。 別になくても何も思わないけれど、言ってくれたら嬉しい。 これって、多少なりとも見返りを求めてますよね。 でも、「喜ぶ顔が見たい」という気持ちは本心で、それを「愛」と呼んだって構わないような気がするんです。 逆に「ありがとね」と言う言葉をかける旦那も、そこに「愛」があるからそう言うのだと思うんです。 すごくすごく小さなこと、それを「愛」だって思ったっていいじゃない。 小さなことの積み重ね。 一人じゃ愛は生まれない その小さな小さなこと。 お互いがその小さな愛を積み重ねていくから、愛し合えるのだと思います。 相手あっての愛なんじゃないかって。 私からの一方的な愛情表現でも、旦那からの一方的な愛情表現でも、きっと私たちの愛は成立しなかった。 ヤキモチも束縛もないカップルもいる、お互いにガチガチにヤキモチもやいて束縛もするカップルもいる。 お互いが幸せならばそれでいいのではないかと思うのです。 「愛」を語るのは、私には荷が重すぎるような気がしてきましたw というのも、ふと思ったのです。 ヤキモチを妬かれることで愛を感じる人は、別の部分で愛情表現を確かめるのが苦手なんじゃないかと…。 かくいう私も、比較的「言葉」にしてもらわないとダメな人間です。 自分自身も「言葉」にします。 どんなに態度や行動が「愛してる」と物語っていても、言葉が欲しいのです。 それは、私自身が「態度」「行動」を素直に受け入れられるほど大人じゃないのかもしれない。 じゃあ嘘の言葉でもいいのか? いいんです。 私の場合。 「好き」だと言ってほしい私にとって、「好き」だと言ってくれるその優しさが嬉しいから。 言葉がないと不安な私に、言葉をくれるということが、私にとっては充分すぎる愛なんです。 少し余談になってしまいましたが、じゃあ私自身が「愛」というものを知っているのかについて…。 お前は「愛」がなんだか分かってるの? いいえ、わかりません。 収入が安定しない旦那。 私は充分愛を与えられてると思っています。 でも中には、愛してるならちゃんと稼ぐべきという意見もあります。 そう、様々な意見があるんです。 きっと、16歳には16歳の愛が、25歳には25歳の愛が、38歳には38歳の愛があるんです。 年齢だけじゃなくて、彼女には彼女の愛が、別の彼女には別の彼女の愛が、様々な愛があるのだと思います。 一言で言えないから、恋愛は難しいんじゃないでしょうか。 これが愛だと答えがあるのなら、人はこんなに苦労しない。 裏を返せば、「愛の定義」を決めつけてしまうことは怖いことなのかも知れませんね。 私が理想とする「愛」 色々な意見がある中でも、私の中では、理想というものがあります。 それは、どんな状況下でも楽しく過ごせること。 その人がその人でいる限り、環境が変わっても、変わらず愛していけるような「愛」を私は身に付けたい。 そして、どんなに不器用で下手くそでも、相手に「幸せ」だと思ってもらえるような「愛」を持っていたい。 今回は大分恋愛にフォーカスした話になってしまいましたが、そうに考えると親ってすごいですよね。 親の気持ち子知らずじゃないですけど、大人になってから気づいた、親の愛情って結構あります。 親子間と恋愛はまた違うのかもしれませんが。 ただいずれにしても、自分も「幸せ」、相手も「幸せ」、お互いが「幸せ」であることが、「愛」なのかもしれないと思います。 私ごときが愛を語ってしまいましたが… 最後まで閲覧していただき、ありがとうございました。

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