グレース ケリー 毒 親。 【この毒母がすごい 令和vers.】いつまでも主役のママ、グレース・ケリー

【この毒母がすごい 令和vers.】一生許さないママ、ジョーン・フォンテイン

グレース ケリー 毒 親

縁のあった女性たちすべてが矢崎氏にとっての「永遠の美女」か… * * * 好きな女性をなるべく大勢、記憶の中に登録する 気候が良くなると浮き浮きする。 これは老人でも同じだ。 それがなくなったら、さっさとあの世へ行きなさい。 しかし、浮かれてあちこち出かけていては体力がもたない。 近頃、私は或る作戦を練っている。 これがなかなか楽しくもあり、実用的なのだ。 「永遠の美女」という言葉がある。 大抵は、スクリーン上の絶世の美女が多いが、愛妻でも愛人でも、テレビ画面にしばしば登場する美女でも。 つまり、どなたでもよろしい。 そして、美貌と魅力的な肢体をゆっくり思い起こしてみる。 自分のファイルノートに、記憶の中に、好きな女性をなるべく大勢登録する。 ずっと秘密にしてきたが、これほどの財産は他にはない。 そう断言します。 とにかく片っ端から思い出して、記憶に留める。 そのためのメモを作っても良い。 とかく名前を忘れがちだから、スクリーン上の美女だけでも最初に列記しておこう。 私が思い浮かべる順では、マルティーヌ・キャロル、ブリジッド・バルドー、ジーン・セバーグ、ジャンヌ・モロー、ジャクリーン・ビセット、ジーン・シモンズ、カトリーヌ・ドヌーヴ…、ああ、キリがないのがヨーロッパの女優たちだ。 アメリカでは、オードリー・ヘップバーン、キャサリン・ヘップバーン、マリリン・モンロー、ペティ・ハットン、キャンディス・バーゲン、グレース・ケリー、アン・バクスター、ミア・ファロー、ミシェル・ファイファー…、これまたキリがない。 しっかり記憶に留めておこう。 さて、日本の女優となると、私のように枯れてしまった老人にとっても、まだ付き合いがかすかに続いているので、公開出来ない。 少なくとも10人以上いる。 すでにあの世に旅立った人もいるが、私の頭の中に住んでいる女優は皆、溌剌(はつらつ)としている。 とてもインティメートだ。 つまり、とても身近な存在でもある。 こうした遠近ともどもの永遠の美女たちは、ひとまず脇に置くとして、交際を密にした多くの女性たち、妻たち、恋人たち、友人たち、長短の違いはあっても、一期一会も含めた何等かの関係を、深く浅く持った女性がファイルに満ち溢れている。 次第にワクワクしてくるではないか。 とても嬉しい。 これらの思い出が貴重なのは、その親しい様々なシーンを共有してくださったことにある。 軽くではなく、比較的重く、心をこめて。 感謝と愛情の混じった友情を強く今も持ち続けていることだ。 いつか、脳が衰えて、ひとつのシーンを思い浮かべようとしても、それが出来なくなる時が訪れるに違いない。 でも、まだ大丈夫だ。 それどころか、どんどん細部を思い出すことが最近は殊に可能である。 何故だろうか。 輝いていた雨の日、旅の宿、いろいろな出来事、言葉とその情景、せせらぎの音、風に靡(なび)く髪、忘れない笑顔、そして涙。 それらの総てが私の素晴らしい財産なのだ。 老いを悲しんでも何の楽しみもない 女性たちと時間を共にした記憶こそが人生の財産だという 楽しく喜びに満ちた日を覚えている。 それが何より大事だと思う。 悲しみも亀裂もあったに違いないのだが、そんなものは忘れてしまうしかない。 俗っぽく言えば、「悲しみよ、さようなら」を心に沈める生き方を選ぶしかない。 楽天的だと誹(そし)る人もいるだろう。 あえて言っておくと、悲観的に生きて、一体どんな意味があるだろうか。 人は誰でも老いる。 刻一刻と日々老いる。 それは自明の理に他ならない。 つまり、それを悲しんでも、所詮何の利も得もないのである。 さて、思い出の美女たち、忘れられない楽しかった日々。 その記憶こそが生きる者の素晴らしい収穫なのである。 無駄にすることは、余りにも惜しいではないか。 夢には3つの種類がある。 睡眠中に見るごく普通の夢。 それは、誰にでも現れる。 しかし、心がけ次第では、楽しい夢を見ることができる。 もちろん、悪夢に苦しめられることだってある。 次に見る夢は白日夢。 ふとボンヤリしている時に、走馬灯のように浮かぶ。 そこを一瞬過(よ)ぎる記憶の映像。 それこそが白日夢そのもの。 ある時は、手に取るように現実味がある。 3番目は、空想が運んでくれる夢。 つまり。 夢想である。 これは私の得意分野でもある。 妄想とは違う。 持っている個人的なファイルから、偶発的に展開される。 希少価値がある夢だ。 3つの夢が靠(もたら)す総ては夢幻。 蘇(よみがえ)る懐かしい思い出と女性たち。 これこそが私の元気の源なのかもしれない。 人間の欲望は無限である。 ペシミスティックに生きることはない。 オプティミズムこそが、世界を変える。 これ眞実ですぞ、ご同輩。 矢崎泰久(やざきやすひさ) 1933年、東京生まれ。 フリージャーナリスト。 新聞 記者を経て『話の特集』を創刊。 30年にわたり編集長を務める。 テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。 永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。 現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。 著書に『』『』『』『』『』『』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。 撮影:小山茜(こやまあかね) 写真家。 国内外で幅広く活躍。 海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。 「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。 【このシリーズの記事を読む】 永遠の美女ね~。 私の場合には、もうお・ん・なには、一切興味がありません。 もうこりごり、なのです。 世の女性には悪いのですが、おとことおんなには、越えられない障壁があり、障壁を越えるのは、子供をつくるときのみですから、すでに、子供が中年にもなっている者としては、お・ん・なには縁切りなのです。 しかしながら、終生に縁が切れないものがあります。 私の場合には、それは、猫、です。 この体重が数キロの小動物が人に与えるものは、恐ろしい程であり、人間を変える力を持っています。 映画「ボブという名の猫」は、実話ですが、こうした実話が数えきれない程に存在するのです。 私の「ボブ」は、「とら」という名の猫でした。 可愛いのは、当然ですが、加えて賢くて、強い猫でした。 初代の我が家の飼い猫ですが、その後に我が家に迎えた猫の全ては「とら」には、あらゆる面で叶いませんでした。 亡くなった時には、これで生涯にわたって別れの悲しみが続くのか、と覚悟をしました。 既に分かれて三年ですが、悲しみは、消えることがありません。 猫の「とら」はそれ程の存在だったのです。

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新潮45

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グレースケリーさんとモナコ大公レーニエ3世の出会いは、グレースケリーさんが映画「喝采」でアカデミー主演女優賞を獲得しカンヌ国際映画祭授賞式に出席する為にモナコ公国に行った際の宮殿巡りだったそうです。 きっかけはアカデミー賞受賞女優であるオリヴィア・デ・ハヴィランドさんの計らいによるものだったそうです。 パリからカンヌに向かう夜行列車の中で「レーニエ大公と会う気はないか」と提案したそうです。 グレースケリーさんと大公は宮殿の敷地内にある動物園を回る間中ずっとグループの先頭に立ち2人だけのおしゃべりを楽しんだそうです。 その帰り道、グレースケリーさんは大公が「チャーミング」だと語ったそうです。 当時の事をこのように語っています。 とてもショックを受けた。 自分が何を考えているのかわからなかったし、状況はよくなると思っていた。 それに自分が考えるほどひどい事故ではないと思っていた。 その後の何時間かはとても緊張して感情が高ぶった状態だった。 事態が好転しないということがわかるのは、その日の夜になってからだった。 (引用:ハースト婦人画報社より) アルベール2世によると、夫であるレーニエ大公は非常に痛手を受け、事故後は人が変わってしまったようだったそうです。 また、事故の際に同乗していたステファニー公女は、同乗していたにも関わらず母親を助けられなかった事を後悔し、克服に時間がかかったのだとか。 グレースケリーさんの死は、家族全員のトラウマになったそうです。 そのため、幼少期に体が弱かったグレースケリーさんよりも、他の兄妹の方を可愛がったのだとか。 父親への愛情を求めてか、グレースケリーさんと恋の噂になるのは年上の男性ばかりだったとか。 恋多き女性としても知られるグレースケリーさんですが、父親が異性との交際に異常に口煩かったことも背景にある様です。 グレースケリーさんは、もともと父親の反対を押し切って女優の道を目指しています。 父親の反感を買うのは全て、父親からの愛情を受けたい一心だったのかもしれませんね。 オスカー賞を受賞した日は、人生で一番寂しい時間.

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グレース・ケリー を ドイツ語

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縁のあった女性たちすべてが矢崎氏にとっての「永遠の美女」か… * * * 好きな女性をなるべく大勢、記憶の中に登録する 気候が良くなると浮き浮きする。 これは老人でも同じだ。 それがなくなったら、さっさとあの世へ行きなさい。 しかし、浮かれてあちこち出かけていては体力がもたない。 近頃、私は或る作戦を練っている。 これがなかなか楽しくもあり、実用的なのだ。 「永遠の美女」という言葉がある。 大抵は、スクリーン上の絶世の美女が多いが、愛妻でも愛人でも、テレビ画面にしばしば登場する美女でも。 つまり、どなたでもよろしい。 そして、美貌と魅力的な肢体をゆっくり思い起こしてみる。 自分のファイルノートに、記憶の中に、好きな女性をなるべく大勢登録する。 ずっと秘密にしてきたが、これほどの財産は他にはない。 そう断言します。 とにかく片っ端から思い出して、記憶に留める。 そのためのメモを作っても良い。 とかく名前を忘れがちだから、スクリーン上の美女だけでも最初に列記しておこう。 私が思い浮かべる順では、マルティーヌ・キャロル、ブリジッド・バルドー、ジーン・セバーグ、ジャンヌ・モロー、ジャクリーン・ビセット、ジーン・シモンズ、カトリーヌ・ドヌーヴ…、ああ、キリがないのがヨーロッパの女優たちだ。 アメリカでは、オードリー・ヘップバーン、キャサリン・ヘップバーン、マリリン・モンロー、ペティ・ハットン、キャンディス・バーゲン、グレース・ケリー、アン・バクスター、ミア・ファロー、ミシェル・ファイファー…、これまたキリがない。 しっかり記憶に留めておこう。 さて、日本の女優となると、私のように枯れてしまった老人にとっても、まだ付き合いがかすかに続いているので、公開出来ない。 少なくとも10人以上いる。 すでにあの世に旅立った人もいるが、私の頭の中に住んでいる女優は皆、溌剌(はつらつ)としている。 とてもインティメートだ。 つまり、とても身近な存在でもある。 こうした遠近ともどもの永遠の美女たちは、ひとまず脇に置くとして、交際を密にした多くの女性たち、妻たち、恋人たち、友人たち、長短の違いはあっても、一期一会も含めた何等かの関係を、深く浅く持った女性がファイルに満ち溢れている。 次第にワクワクしてくるではないか。 とても嬉しい。 これらの思い出が貴重なのは、その親しい様々なシーンを共有してくださったことにある。 軽くではなく、比較的重く、心をこめて。 感謝と愛情の混じった友情を強く今も持ち続けていることだ。 いつか、脳が衰えて、ひとつのシーンを思い浮かべようとしても、それが出来なくなる時が訪れるに違いない。 でも、まだ大丈夫だ。 それどころか、どんどん細部を思い出すことが最近は殊に可能である。 何故だろうか。 輝いていた雨の日、旅の宿、いろいろな出来事、言葉とその情景、せせらぎの音、風に靡(なび)く髪、忘れない笑顔、そして涙。 それらの総てが私の素晴らしい財産なのだ。 老いを悲しんでも何の楽しみもない 女性たちと時間を共にした記憶こそが人生の財産だという 楽しく喜びに満ちた日を覚えている。 それが何より大事だと思う。 悲しみも亀裂もあったに違いないのだが、そんなものは忘れてしまうしかない。 俗っぽく言えば、「悲しみよ、さようなら」を心に沈める生き方を選ぶしかない。 楽天的だと誹(そし)る人もいるだろう。 あえて言っておくと、悲観的に生きて、一体どんな意味があるだろうか。 人は誰でも老いる。 刻一刻と日々老いる。 それは自明の理に他ならない。 つまり、それを悲しんでも、所詮何の利も得もないのである。 さて、思い出の美女たち、忘れられない楽しかった日々。 その記憶こそが生きる者の素晴らしい収穫なのである。 無駄にすることは、余りにも惜しいではないか。 夢には3つの種類がある。 睡眠中に見るごく普通の夢。 それは、誰にでも現れる。 しかし、心がけ次第では、楽しい夢を見ることができる。 もちろん、悪夢に苦しめられることだってある。 次に見る夢は白日夢。 ふとボンヤリしている時に、走馬灯のように浮かぶ。 そこを一瞬過(よ)ぎる記憶の映像。 それこそが白日夢そのもの。 ある時は、手に取るように現実味がある。 3番目は、空想が運んでくれる夢。 つまり。 夢想である。 これは私の得意分野でもある。 妄想とは違う。 持っている個人的なファイルから、偶発的に展開される。 希少価値がある夢だ。 3つの夢が靠(もたら)す総ては夢幻。 蘇(よみがえ)る懐かしい思い出と女性たち。 これこそが私の元気の源なのかもしれない。 人間の欲望は無限である。 ペシミスティックに生きることはない。 オプティミズムこそが、世界を変える。 これ眞実ですぞ、ご同輩。 矢崎泰久(やざきやすひさ) 1933年、東京生まれ。 フリージャーナリスト。 新聞 記者を経て『話の特集』を創刊。 30年にわたり編集長を務める。 テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。 永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。 現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。 著書に『』『』『』『』『』『』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。 撮影:小山茜(こやまあかね) 写真家。 国内外で幅広く活躍。 海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。 「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。 【このシリーズの記事を読む】 永遠の美女ね~。 私の場合には、もうお・ん・なには、一切興味がありません。 もうこりごり、なのです。 世の女性には悪いのですが、おとことおんなには、越えられない障壁があり、障壁を越えるのは、子供をつくるときのみですから、すでに、子供が中年にもなっている者としては、お・ん・なには縁切りなのです。 しかしながら、終生に縁が切れないものがあります。 私の場合には、それは、猫、です。 この体重が数キロの小動物が人に与えるものは、恐ろしい程であり、人間を変える力を持っています。 映画「ボブという名の猫」は、実話ですが、こうした実話が数えきれない程に存在するのです。 私の「ボブ」は、「とら」という名の猫でした。 可愛いのは、当然ですが、加えて賢くて、強い猫でした。 初代の我が家の飼い猫ですが、その後に我が家に迎えた猫の全ては「とら」には、あらゆる面で叶いませんでした。 亡くなった時には、これで生涯にわたって別れの悲しみが続くのか、と覚悟をしました。 既に分かれて三年ですが、悲しみは、消えることがありません。 猫の「とら」はそれ程の存在だったのです。

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