志村けん とんねるず。 志村けん

千鳥・大悟の飲酒トラブル頻発で仕事干される? 石橋貴明や志村けんと共演も遅刻、番組中に嘔吐も…不倫スキャンダルも懸念

志村けん とんねるず

現在数多くのレギュラー番組を持ち、CMにも出演している人気お笑いコンビ『千鳥(ちどり)』のボケ担当・大悟さん(だいご 本名=山本大悟 38歳)に対して、業界内から心配の声が上がっていると週刊誌『週刊新潮』のWeb版『デイリー新潮』が報じています。 記事によれば、とんねるず・石橋貴明さんがMCを務めるトークバラエティ番組『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系 月曜23時)に、相方のノブさん(本名=早川信行 38歳)と共にゲスト出演した大悟さんは、 番組収録に45分も遅刻するという失態を犯しており、遅刻した原因も前夜の深酒によるものでした。 そこでいきなりの大遅刻なんですから。 」「貴さんだって、いまでこそだいぶ丸くなりましたが、昔だったらどうなっていたか……」と語っています。 ダイゴさんと石橋貴明さんは収録の数日前に東京・六本木で、2人でお酒を飲んだというエピソードを披露しており、プライベートでも仲良くしていることでつい気が緩み、仕事に遅刻してしまった可能性があるのですが、大悟さんはお酒が大好きで、過去にも仕事で失態を犯していることから、今後大きな問題を起こすのではないかと危惧されています。 大悟さんは毎晩欠かさずお酒を飲み、よく一緒にお酒の飲んでいるのは志村けんさん、今田耕司さんなどで、志村さんからはかなり気に入られており、3日に1度のペースで飲みに行くといい、 志村さんと飲み過ぎた翌日に大悟さんは現場に遅刻したことがあったものの、志村さんとの仕事だったことから許してもらったというエピソードを披露しています。 芸能界ではここ最近、酒絡みのトラブルが頻発しており、千鳥と同じ吉本興業所属の後輩・ガリガリガリクソンさんは昨年5月に酒気帯び運転で逮捕、略式起訴され、罰金50万円を支払いました。 元TOKIO・山口達也さんは2月に番組共演者の女子高生を自宅に呼び出し、強制わいせつ行為をしたとして書類送検(後に不起訴処分)され、TOKIOを脱退、ジャニーズ事務所からも契約解除されました。 俳優・小出恵介さんも昨年、当時17歳の未成年女性と飲酒・淫行したとして書類送検(後に不起訴処分)され、このスキャンダルによって無期限活動休止となり、後に事務所から契約解除されています。 この他にも、アジアン・隅田美保さんも酒の飲み過ぎが原因で仕事に遅刻、舞台に穴を空けるといったことを繰り返し、これによって全国各地にある吉本の劇場全てから出入り禁止という処分を受けていました。 つい最近も、元モーニング娘。 の吉澤ひとみ容疑者が飲酒ひき逃げ事故で逮捕されるなど、芸能界で特にここ最近酒絡みのスキャンダルが相次いでいることから、大悟さんも今後大丈夫なのかと心配されているようなのですが、この報道を受けてネット上では、• 奢れるものは久しからず。 プライベート内では好きにすれば良いが、酒の影響で遅刻常習となると話は別。 相方、共演者、スタッフの時間を奪っていると自覚すべき。 大悟は酒で失敗しそうだな。 最近は事務所の力より世間のバッシングの力の方が強くなってるからな、事件でもおこせば、即解雇。 昔は麻薬や暴行、接触事故ぐらいなら謹慎で済んでたけどね、少しは芸能界も厳しくなったのかな。 この記事に出てるだけでも、『収録に45分遅刻』『志村さんとの飲みの翌日に遅刻』『番組収録中に嘔吐』出ていないだけで、山ほどありそう• 女遊びも酷いでしょ?週刊誌に抜かれてたよね。 今は飲酒を楽しんでるつもりだろうが、体力も落ちてくるし、人気もピークを過ぎてくると、酒に溺れるようになるよ。 横山やすしは今の時代ならとうの昔に潰されてるだろうなあ。 コンプライアンスなんてなんぼのもんじゃい!という芸人さんだったから。 ほんとにマジでそろそろヤバイ気がする。 予感当たる要素満載。 家族もいるし相方さんの生活も犠牲になると思う。 今ならまだ間に合うと思うのです。 などのコメントが寄せられています。 大悟さんは坊主頭に強面で、チンピラのような風貌をしており、昔はかなり尖っていたと様々な芸人たちから明かされていますが、様々な経験や年齢を重ねたことで今はかなり丸くなっており、吉本の先輩やその他の大御所たちからも可愛がられているという話をよくテレビなどで披露しています。 それは恐らく付き合いの良さもあるとみられ、大悟さんはお酒が好きなことから、ついつい飲み過ぎてしまうということが多いのだろうと思いますが、酒が原因による遅刻が何度か発生し、番組共演者やスタッフたちに迷惑を掛けることが頻発しているようだと危険ですね。 アジアン・隅田美保さん、はんにゃ・金田哲さんなども、酒を飲過ぎて仕事に遅刻する、穴を空けるという行為を繰り返したことで舞台から出禁、その他の仕事も干されるといった状況に陥っているので、大悟さんも同じ道を歩んでいきそうな気がしますし、他にもまた女性問題を起こしそうで心配ですね。 大悟さんは2016年12月と昨年4月に、週刊誌によって不倫スキャンダルをスクープされているのですが、大悟さんと仲が良い芸人たちの暴露によれば、他にも複数の女性と密会をしているとのことから、飲酒による遅刻や女性スキャンダルによって、仕事に大きな影響を与えることになるかもしれません。 ちなみに、女性スキャンダルによって『P&G ファブリーズ』のCMは降板になっており、現在は相方のノブさんだけが出演中です。 千鳥は、昨年の『タレント番組出演本数ランキング』(ニホンモニター発表)の「ブレークタレントランキング」で、前年から番組出演数が175本も増え、合計337本で6位にランクインしています。 また、『2017~2018年の年末年始TV番組出演者ランキング』(エム・データ発表)では、嵐・二宮和也さん、バイきんぐ・小峠英二さんに並んで1位(21本)を獲得しており、現在非常に高い人気を得ています。 そのため、この人気をキープするためにもお酒が原因でトラブルを起こさないよう注意してもらいたいところですが、果たして今後どうなるでしょうか…。

次の

志村けんと共演NG、仲が悪いと噂の芸能人とその理由まとめ

志村けん とんねるず

強力なライバル『ひょうきん族』現る 『8時だョ!全員集合』は、志村けんのブレイクによって70年代後半を駆け抜けた。 変化が訪れるのは、80年代に入ってからだ。 フジテレビは1981年5月から土曜夜8時に『オレたちひょうきん族』をぶつけてくる。 漫才ブームで大活躍していた東西の芸人を集めた番組だ。 これによって、ビートたけし、明石家さんま、島田紳助、山田邦子などが大ブレイクする。 ただ、『ひょうきん族』は最初から好調だったわけではない。 81年は『全員集合』は視聴率が30~35%を維持していたのに対し、『ひょうきん族』は10%台前半をうろうろし15%を超えることをなかった。 はじめて『全員集合』を上回ったのは、番組開始から1年5ヶ月が経過した82年10月9日のことだった。 『ひょうきん族』の特徴は、パロディと楽屋落ちをふんだんに盛り込んだことだ。 たとえば「タケちゃんマン」や「ひょうきんベストテン」はパロディであり、「ひょうきん懺悔室」はNGシーンのコーナーだ。 横澤彪プロデューサーなどスタッフも多く出演し、女性アナウンサーにアイドル的な人気が出るようになるのも、この番組からだ。 パロディを理解するには他番組の知識が必要となり、スタッフの登場もテレビ業界への理解が要求される。 それは、複雑なテレビ空間の読解のうえに成立するものであり、『全員集合』の単純なドタバタコメディとはかなり質が異なるものだ。 『ひょうきん族』について多くを語らなかった志村けんさん 志村けんは、ライバルである『ひょうきん族』について多くを語っていない。 「当時はまだビデオデッキが普及していなかったら、観ていなかった。 『全員集合』は生放送だし」と、たびたびテレビ番組で話していたと記憶する。 一方で、ビートたけしは『全員集合』についていろいろ思うところがあったようだ。 いかりや長介は、『ひょうきん族』収録中のビートたけしとばったり出会ったことがあるという。 そのときたけしに「手ェ抜いて適当にやってますから」と照れくさそうに挨拶されたという(前出『だめだこりゃ』)。 つい最近、志村けんの訃報に触れたビートたけしは、以下のように語った。 ドリフはちゃんと創った、計算されたお笑い。 お菓子でいえば大納言とか、ちゃんとした砂糖とあずきの味なの。 『ひょうきん族』というのは、テレビの裏側まで見せる人工甘味料。 (TBS『新・情報7daysニュースキャスター』2020年4月11日) かなり言い得て妙だが、おそらくこれは謙遜ではない。 たけし軍団を作ったときに、志村は「何をしたいの?」とたけしに聞いたという。 すると「ドリフみたいにきちっと台本をつくってコントをしたい」と返したという(前出『変なおじさん【完全版】』)。 別ものの笑いであると認識しながらも、創り込んだコントを続ける志村への憧憬と尊敬の念をずっと抱いていたことをうかがわせるエピソードだ。 『全員集合』と『ひょうきん族』が本格的に視聴率で激しく争うようになるのは83年に入ってからだ。 この年、両者は視聴率20%前後で推移し、『ひょうきん族』が上回ることも増えていく。 この頃、20時台の前半は『全員集合』のメインコントを観て、後半は『ひょうきん族』の「タケちゃんマン」にチャンネルを替える流れもできていたという話もある。 そして84年に入ると、形勢は完全に逆転する。 ファミコン・ジャンプ・フジテレビが日本のポップカルチャーを変える 振り返ると、1983~84年は日本のポップカルチャーにとって大きな転換期だ。 ファミコンが発売され、『週刊少年ジャンプ』の部数は増え続け、そして「新人類」と「おたく(オタク)」という言葉が生まれた。 ファミコン・ジャンプ・フジテレビが、当時の男の子たちにとっての3点セットだった。 当時は、メディアの発達とともに、日本のポップカルチャーが爛熟期に突入し始めた頃だ。 ファミコンの「裏技」とテレビのNGを楽しむ感性はとても近しい。 メディアの構造自体を楽しむ、受け手の複雑な読解が成立していった。 こうして土曜の夜8時も大きく変化した。 当時、小学生だった自分はこの変化をリアルタイムに経験した。 視聴者としてその潮流を大いに左右した張本人だ。 筆者は小学2年生だった82年頃から、『ひょうきん族』を観る機会が増えていた。 学校で話題となるのも、ビートたけしや明石家さんまのことばかり。 『ひょうきん族』の新しいお笑いは、ドタバタコメディを貫く『全員集合』を一気に古臭いものに感じさせた。 そして1985年9月、『全員集合』は最終回を迎える。 その頃、視聴率は15%前後を推移していた。 われわれは、自分たちの原風景である志村けんの死に大きなショックを受けている。 と同時に、うしろめたさを抱えている。 あのとき、視聴者の多くは志村けんを見捨ててしまった。 ビートたけしの喩えを使えば、刺激的な人工甘味料の中毒になっていった。 その後、テレビ空間とギョーカイを徹底する『ひょうきん族』的な魅力は、『天才・たけしの元気が出るテレビ!! 』(1985年開始)や『とんねるずのみなさんのおかげです』(1988年開始)でさらに拡張されていく。 とくに、とんねるずの存在は大きかった。 ネタはパロディと楽屋落ちばかり。 視聴者の多くは、自分がギョーカイ人のひとりとなった気分でその世界に沈溺していった。 80年代に生まれたこうしたテレビ空間は、その後も00年代いっぱいまで30年ほど延長されていくことになる。 結果的に『ひょうきん族』にリベンジした志村さんの笑い 『全員集合』の終了後、3ヶ月のインターバルを挟んで、TBSは同じ枠で『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』を始める。 1986年1月のことだ。 ドリフターズの人気メンバーである加藤茶と志村けんのみによる新番組だ。 メインはコントだが、人気だったのは志村が発案した「おもしろビデオコーナー」だった。 ホームビデオが普及し始めていた当時、視聴者からの投稿ビデオを紹介するコーナーだ。 いまでこそYouTubeによってこうした動画は珍しくはないが、当時は世界的にももっとも早く、その後外国のテレビ局に企画フォーマットが広く販売されていった。 』、『ねるとん紅鯨団』とテレビでは一般的なものとなっていった手法だ。 一方、ドリフターズは『全員集合』でも『ドリフ大爆笑』でも手を出さなかった。 にもかかわらず、志村けんは80年代のテレビ状況に積極的にアジャストしていった。 こうしたこともあり『ごきげんテレビ』は大ヒットする。 一方で、ビートたけしの不祥事による出演見送りなどもあり、『ひょうきん族』の人気は低迷していく。 そして1989年10月、番組に幕を下ろすこととなる。 結果的に、志村けんは『ひょうきん族』にリベンジしたことになる。 しかし、本人は周囲のそうした見方にはあまり関心がなかったようだ。 当時のことを志村はこう振り返っている。 マスコミは騒いだけど、実際のところ僕らはあまり視聴率競争とかには関心がなかった。 同じお笑いの番組だけど、笑いのつくり方が違うだけだと思っていたから。 ドリフや僕なんかのコントは、ある程度計算していろんなところに伏線をはりながら笑いを仕掛けていくけど、『ひょうきん族』はそれと違うやり方をしていたということだ。 ただ、ドリフ本来の路線を引き継いだ『加トケン』にお客さんが帰ってきたと知って、僕らのやり方は、やっぱり間違ってなかったのだと思った。 もっとも、僕は今もってそれしかできないんだけど。 『だいじょうぶだぁ』や『バカ殿』の特番だけでなく、フジテレビでは96年から亡くなるまで深夜の30分枠でコントを続けた。 文化人や俳優の道を進むこともなく、「おもしろビデオコーナー」はやっても、終生コントだけはやめなかった。 まさに職人としての生き様だ。 志村けんは年を取らなかった。 テレビのなかで常にコメディアンとして、さまざまなキャラクターを演じ続けた。 だから、いつも当たり前のようにコントを続けていた志村が突然いなくなるなど、まるで想像できなかった。 いま感じるのは、やはりうしろめたさだ。 あのとき『ひょうきん族』に心を奪われてしまった過去だけでなく、志村の存在を自明のものとしてしまっていたことについてもだ。 ああ、志村けんが死んでしまった。

次の

志村けん頂点の後「3年半の低迷期」窮地でも貫いた「喜劇役者」の顔

志村けん とんねるず

わけわからないタイトル・・・笑 24時間テレビ。 ケイコと重なって全く見られなかったけど、グランドフィナーレ見てたら・・・ 涙が止まらない。 去年のアンガールズは一体なんだったんだ!?って思わざるを得ない。。 笑 いやー、ほんと素晴らしい66歳ですね。 時間内にゴールして欲しいとの想いから、「応援に応えなくていいから、少しでも早く進んでっっ!!」といつもなら思ってしまうけど。 コメディアンとしての欽ちゃんのありかたに感動して、すごく大きな心を見せつけられた気がしました。 カッコイイよ。 テレビ業界を、欽ちゃんが引っ張ってた時代。 そんな時代を、私は知らない。 ダウンタウン。 大物と呼ばれる彼らを、ブレイクさせたのは、欽ちゃん。 大阪で力をつけたダウンタウンは東京に進出したものの、関東のテレビ局は彼らに冷たかった。 そんな中、欽ちゃんの番組に出演する際。 「この子らに好き勝手にやらせなさい」とスタッフに指示した欽ちゃん。 結果、その回は大成功し、「ダウンタウンっていう凄い芸人が関西から来た」と一斉に広まった。 志村けん。 芸人・女優・タレント・モデル関係無しに、共演者を次々と面白くさせていく欽ちゃんに憧れ、欽ちゃんの技を何とか盗もうと、欽ちゃんが使用した台本欲しさに繰り返し楽屋へと足を運んだのが・・・ 当時まったく売れていなかった、志村けん。 とんねるず。 志村けんがブレイクし、お笑いを担っていた頃。 番組収録時に、若手芸人を説教したことがある。 「バカにするだけのツッコミじゃ、芸人として失格だ。 欽ちゃんを見ろ、あの人のような芸人になって今後のお笑いを引っ張っていけ」 そう志村けんに怒られた芸人、とんねるず。 欽ちゃん、すげー。 コント55号のコントが本気で今すぐ見たい!! 見たい!見たい!見たい!見たい! こういう誰からも愛されて、慕われるヒーローって、どんな世界も関係なく素晴らしいよね。 たぶん、今ある日本の「お笑い」は、欽ちゃんがいたからこその「お笑い」でもあるんだろうな。 現代のお笑いファンとして、欽ちゃんを尊敬します。

次の