ウィンチェスター m1873。 M1873

ウィンチェスターM1887/1901

ウィンチェスター m1873

ヘンリー・ライフルからの始まり ウィンチェスター・ライフルといっても、が製造・販売してきたライフルにはボルトアクション式の傑作『』なども含まれてしまうが、一般的には西部開拓時代において活躍した レバー・アクション・ライフルのシリーズのことを指す。 なかでもヒット作は米陸軍に制式採用された「ピースメーカー」こと『(Colt Single Action Army)』、略称 S. Aである。 これは軍隊だけではなく民間用も発売され、いわゆる「 ガンマン」に愛用された拳銃として有名だ。 最初は、ニューヘイヴンアームズ社の名で銃器メーカーを買収し、『 ヘンリー・ライフル』というライフルの製造権を取得したことに始まる。 さらに銃身の下に延びたチューブは弾倉になっており、装填の際にはそこからスプリングの力で薬室に次弾が送られるため、最大で16連発の射撃が可能となっている。 これを改良し、ウィンチェスター社として名を変えたニューヘイヴンアームズ社は、1866年に「 M1866」を発売した。 これが、『』の第一号製品である。 M1866はボディが金色の真鍮製であることから「 イエローボーイ」とも呼ばれ、たちまち評判を博した。 ちなみにこの時期のウィンチェスターのライフル名に付く数字はすべて発売年となっている。 M1873の革新的なポイントは、コルト・ピースメーカーのバリエーションモデルで使用していた弾を採用したことである。 これにより、拳銃とライフルで弾を共用できるようになり、その人気に火が付いた。 余談だが、拳銃にもライフルにも同じ名称でありながら、使用する弾の口径が異なるバリエーションモデルが多数存在する。 このM1873も「. 44-40弾」という弾と「. 45ロング・コルト」という2種類の弾が使用できるモデルがそれぞれ販売されていた。 その後は、 M1892、M1894などレバー・アクション式のスタイルは変えずに、機関部の改良や強度の向上が行われ、ウィンチェスター・ライフルにおけるひとつの到達点として『 M1894』が完成したのである。 軍用と民間用の温度差 『M1894』は、多種の弾に対応するバリエーションを持ち合わせており、通常よりもパワーのあるライフル弾も使用することができた。 銃器史家によっては「 究極のレバーアクションデザイン」とも呼ばれている。 当然、ウィンチェスター社は、自社ライフルの完成形である『M1894』を陸軍に売り込んだが、構造の複雑さなどの理由により制式採用には至らなかった。 構造が複雑ということは、メンテナンスも複雑ということであり、故障のリスクも高くなる。 さらに可動時に機関部の一部が露出するため、泥や埃が入りやすいという欠点(あくまで軍用としてだが)もあったためだ。 しかし、民間用ライフルとしては抜群の売り上げを記録しており、テディ・ベアで有名な大統領やネイティブ・アメリカンのアパッチ族の戦士・も愛用するなど、最終的には民間用ライフルとして、700万丁以上を販売した最初のライフルとなった。 当時のジェロニモは前装式の単発銃を手にしているが、左端の戦士はウィンチェスター・ライフルを持っているのが分かる。 スクリーンでの復活 M1894により一応の完成を見たウィンチェスター・ライフルだったが、アメリカ陸軍での採用は見送られたものの、ロシア帝国からの注文を受けることになった。 そこで、M1894をベースにロシア軍の制式採用弾である7. ロシアに納入された同モデルは第一次世界大戦でもロシア軍で使用され、これが最初で最後の軍用レバー・アクション・ライフルとなったのである。 、、など、映画史に残るハリウッドスターとの競演を果たしたのだ。 しかし、その後は他社のクローンモデルの発売(パテントが切れているために可能である)などもあり、2006年からは製造を再開した。 と並び、100年以上も昔のライフルは今でも世界で愛されている。 ウィンチェスター・ライフルは紛れもなく男の憧れなのだ。 関連記事:第一次世界大戦 「」.

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小銃/ウィンチェスター M1873

ウィンチェスター m1873

KTWのレバーアクションエアーコッキングライフルのウインチェスターM1873カービンだ。 このモデルはニューバージョンで、今までガンメタリックシルバーカラーだった本体が、黒色になっている。 M73はウインチェスター社の成功を決定づけた銘銃で、1870年当時、他とは比べ物にならない圧倒的な連射性とファイヤーパワーで、西部開拓史を彩り、南北戦争では両軍で多く使われ、西部を征服した銃ともいわれる。 映画「ラストサムライ」の冒頭でトムクルーズ演ずるネイサンオールグレンがウインチェスターのどさ回り広告で、ウインチェスターM73カービンは次々7発を連発し、7人の敵を倒したという口上を述べるシーンがあり、アメリカ人のM73に対する思い入れの一端を見ることができる。 さてこのKTWのウインチェスターM73カービンは、リアルなレバーアクションを楽しめるエアーコッキングタイプの全金属製のM73が、数々のマイナーチェンジを経て、2015年8月に販売されたもののモデルチェンジヴァージョンだ。 外装は総金属製で、ビンテージ物の実銃を思わせる。 レバー操作に連動してスライドオープンするダストカバーや上下に可動するキャリアブロック、ライブに可動する遠射用リアサイトなど、高級モデルガン並みのリアルさを誇る(ストックは樹脂製)。 アンダーレシーバーが金属製、バレルに同社のM70シリーズと同様の可変ホップアップ機能を搭載。 ホップ調整ネジの穴は通常バレルバンドに隠れる位置にあるため、外観を一切崩さない工夫がされている。 メーカー希望小売価格41,904円。

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ウィンチェスターライフル

ウィンチェスター m1873

設計 [ ] 最初に設計されたM1895は、機関部下に内蔵式の箱型弾倉を備えており、M1866以来採用されてきたチューブ型弾倉を廃止した最初のウィンチェスター・ライフルであった。 これにより、それまで暴発の危険性から使用する事が出来なかった尖頭弾である軍用・狩猟用小銃弾を安全に装填することが可能となった。 また、M1895はが最後に手掛けたレバーアクション式小銃であり、M1886のように彼がかつて手掛けたライフルと同様、リアロッキングボルトを特徴とした。 M1895はウィンチェスター社で設計されたレバーアクション式小銃としては最も強力なもので、発表当時普及していた弾の圧力に十分耐えうる構造をしていた。 ただし、現代的な基準に照らし合わせると、比較的耐久性に劣り、高圧力弾の使用には適さない銃と見なされている。 製造番号5000の前後で、側面に溝の掘られた新しい機関部が採用された。 製造番号6000の時点で、側面に溝のない旧式機関部の在庫部品が払底したと考えられている。 現在、旧式機関部を備えるM1895の現存品は非常に希少である。 軍用銃として [ ] 1915年から1917年にかけて、およそ300,000丁のM1895がの片手で手綱を握った状態でももう一方の片手で使用出来る銃を求める向けに製造され、これはM1895の製造が中止される1936年までの生産数のうちおよそ7割を占める。 ロシア向けの仕様モデルは、レバーアクション式小銃としては珍しくクリップガイドが設けられており、小銃用のを使用して装填を行うことができた。 また、ロシア向けモデルは標準モデルよりも長いフォアグリップと着剣装置を備えていた。 こうしたロシア側からの要望に基づく再設計、とりわけクリップガイドの追加が想定よりも困難であったため、納入は当初予定よりも遅れている。 また、ロシア側の銃器検査官が(ロシアに検査器が無いにも関わらず)ウィンチェスター社の検査器を用いることを拒否したり 、ウィンチェスターがロシア向けに製造していた弾薬ではなくロシア製の弾薬を輸入した上でテストに用いることを要請したり 、さらには銃床の木目の傾き具合など実用に全く無関係の「欠陥」を理由に返品を繰り返したことで 、M1895の納入は一層と遅れた。 ロシアが「欠陥」を指摘し返品したライフルは、後にアメリカの民生銃器市場にて販売された。 ロシア帝国軍は、やの部隊、特に ()に対してM1895の大部分を支給した。 また、少なくとも9,000丁のM1895が、1936年にからにおける共和派に供給されたことが知られている。 ロシア以外での軍用銃としての運用例は極めて少ない。 アメリカ政府はの際に. 30アーミー弾()仕様のモデルを10,000丁注文したが、前線に届く前に終戦を迎えている。 これらのライフルには合衆国政府の財産であることを示すU. の刻印が機関部上に施されていたほか、銃床は ()とよく似た形状のものに改められ、8. 3125インチ 21. 114 cm のナイフ形銃剣が着剣できるようになっていた。 大部分の部品には検査官、ケリー・S・ムース(Kelly S. Morse)が担当したことを示すK. の刻印があった。 では、第33義勇歩兵連隊向けにこれらのライフルのうち100丁ほどが支給された。 1899年12月25日に終了した試験の報告書では、が軍用に適した小銃とされた。 残されていた9,900丁のライフルは、M・ハーレー社(M. Harley Company)が買い取り、1906年にへと送られた。 そのうち一部はメキシコへと流れ、の際には配下の兵士らに愛用されたという。 この時期、は. 30アーミー弾仕様のM1895を個人的に購入している。. 30アーミー弾仕様のモデルは、1896年にニューヨーク州兵による審査にも参加したが、 ()に次ぐ2位に留まった。 マガジンカットオフ機能とマガジンカウンターを備えない点が短所として指摘された。 ウィンチェスター社は審査結果に強く異議を唱え、サベージ社に有利に仕組まれていたのだと主張した。 その後の政治的な論争を経て、サベージM1895の契約は取り消されることになった。 民生銃として [ ] 以前のウィンチェスターライフルと同様、M1895には発売時に1から始まる新しい製造番号の割り当てが行われた。 軍用契約モデルも含めると最終的に425,881丁が製造され、生産終了時点の製造番号は425,132だった。 銃身は使用弾薬やグレードに応じて24インチから28インチのものが標準的に取り付けられ、金属部品はブルーイングされていた。 M1895はセオドア・ルーズベルト元大統領が愛用したことで知られるが、そのほかにも多くの有名な猟師や冒険家、例えば ()、チャールズ・コター(Charles Cottar)、作家なども愛用していた。 ()の狩猟仲間で銃器専門家の作家 ()の友人でもあり、のいとこでもあったガーリット・フォーブス(Garrit Forbes)は、. 405ウィンチェスター弾仕様のM1895をセオドア・ルーズベルトに勧めていた。 1909年の東アフリカにおけるにて、セオドア・ルーズベルトは. 405ウィンチェスター弾仕様のM1895を2丁持ち込んだ。 また、息子の ()も、同行するにあたって. 405仕様と. 30-03仕様のM1895を1丁ずつ持ち込んでいる。 カーミットの. 30-03仕様M1895は失われたが、3丁の. 405仕様M1895の製造番号は63727、63736、68180と突き止められている。 セオドア・ルーズベルトは、著書『African Game Trails』の中で. 405仕様M1895を称賛し、「に対処するための最良の銃」('medicine gun' for lions)という表現で何度か言及している しかし、我々が立ち上がった時、後ろにいたポーターの1人が「シンバ!」と叫び、枯れ川のすぐ向こうの木々の合間を走り去る大きなメスライオンをほんの一瞬目にしたのだった……タールトンは彼の大きなダブルバレルを手にとって、私にも散弾銃を取るように助言した。 太陽は沈みかけ、恐らくは至近距離での遭遇になるものと思われた。 しかし、私は頭を振る。 ウィンチェスターの405口径こそ、少なくとも私にとっては、ライオンに対処するための最良の銃であるからだ。 But as we stood, one of the porters behind called out "Simba"; and we caught a glimpse of a big lioness galloping down beside the trees, just beyond the donga … Tarlton took his big double-barrel and advised me to take mine, as the sun had just set and it was likely to be close work; but I shook my head, for the Winchester 405 is, at least for me personally, the "medicine gun" for lions. しばしばルーズベルトは. 405仕様のM1895を「ビッグ・メディスン」(big medicine)と称していたと言われるが、『African Game Trails』の中にこの表現は見られない。 これは「メディスン・ガン」(medicine gun)という表現と、1901年の演説で使われた「」(big stick)という表現が誤って組み合わされたものと考えられている。 30-40弾仕様あるいは. 30-06弾仕様のM1895ライフルおよびカービンは、や ()の隊員に愛用された。 1985年、ブローニング・アームズ社は. 30-06弾仕様のモデルを再発売した。 2001年末、ウィンチェスター社はセオドア・ルーズベルトの大統領就任100周年を記念し、彼が愛用した. 405ウィンチェスター仕様のモデルに加え、. 30-06弾仕様、. 30-40弾仕様のモデルを再発売した。 2008年、ウィンチェスター社は2丁1組のセオドア・ルーズベルト記念モデルを発表した。 2009年、さらにルーズベルトが退任後の1909年に行ったアフリカ狩猟旅行を記念した2丁1組のモデルが発表された。 ブローニングおよびウィンチェスターの再販モデルは、いずれもの社が製造したものである。 ウィンチェスターの再販モデルでは、リバウンディングハンマーとタングセーフティが追加されている。 また、トリガーの形状も改められており、旧モデルに取り付けることはできない。 脚注 [ ] 出典 [ ]• 240• 450-81• , pp. 77—78• 112• , p. , p. Canfield, Bruce N. 19th Century Military Winchesters March 2001 pp. , pp. 72—73, 190—193• , p. , pp. 74, 193—194• Wilson, R. "The Model 1895 Lever-Action. " Winchester: An American Legend: the Official History of Winchester Firearms and Ammunition from 1849 to the Present. New York: Random House, 1992. 104—09. Print. Keith, Elmer M. 1976• Wilson, Robert Lawrence, and Theodore Roosevelt. "Theodore Roosevelt and the Winchester Arms Company. " Theodore Roosevelt, Outdoorsman. Agoura, CA: Trophy Room, 1994. 239—72. Print. Roosevelt, Theodore. "Trekking Through the Thirst to the Sotik. " African Game Trails. New York: Charles Schribner's Sons, 1910. 166—67. Print. "What Is the Historical Timeline for Browning? " Browning North America's Official Web Site -- Firearms -- Rifles -- Over and Under Shotguns -- Guns. Web. 15 Feb. 2011. 2011年2月25日時点のよりアーカイブ。 2011年2月16日閲覧。. 2009年10月14日時点のよりアーカイブ。 2009年10月2日閲覧。 2009年9月13日時点のよりアーカイブ。 2009年10月2日閲覧。 参考文献 [ ]• Boddington, Craig 2005年. 2012年3月24日時点のよりアーカイブ。 2017年10月25日閲覧。 Madis, George 1985. The Winchester Book. Brownsboro, TX: Art and Reference House• Mercaldo, Luke; Firestone, Adam; Vanderlinden, Anthony 2011. Allied Rifle Contracts in America. Wet Dog Publications. Weaver, W. Darrin; Stevens, R. Blake 2005. Desperate Measures: The Last-Ditch Weapons of the Nazi Volkssturm. Collector Grade Publications. 外部リンク [ ]•

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