バッタ対アヒル。 農作物を食べ尽くすバッタの大群が、最悪のタイミングでアフリカを襲う

バッタの大群、旅客機の運航に深刻な影響及ぼす インド当局が警鐘 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

バッタ対アヒル

【ニューデリーAFP=時事】インドの西部と中部に襲来したバッタの大群が、1993年以来最大の被害を農作物に与えており、当局は26日、ドローン追跡などを用いた対策強化に乗り出した。 (写真はインド・ラジャスタンの州都ジャイプールで、マンゴーの木にたかるバッタの大群を追い払おうとする住民) バッタはすでに約5万ヘクタールの農地に打撃を与えており、その追跡と殺虫剤散布のためにドローンやトラクターなどの車両が派遣されている。 AFPの取材に応じた政府のバッタ対策機関幹部、K・L・グルジャール氏によると「ラジャスタン州とマディヤプラデシュ州で、8~10の大群がそれぞれ1平方キロ四方にわたって」活動している。 バッタは両州の農作物に甚大な被害をもたらしており、新型コロナウイルス流行による厳格なロックダウン(都市封鎖)ですでに苦境にある多くの農家に打撃を与えている。 ラジャスタンの州都ジャイプールの住宅地区では、バッタの群れに囲まれた住民らが、鍋やフライパンでバッタを追い回す姿もみられた。 またインド全土の他の州でも、これよりも小規模な群れが活動しているという。 国連食糧農業機関(FAO)によると、400万匹のバッタの群れ一つで、3万5000人分の食糧に匹敵する作物を食べてしまうという。 「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ北東部から襲来したこのバッタの大群は、4月に隣国パキスタンの農業地帯を壊滅させた後、ラジャスタン州に進入した。 6月にはさらに大きな被害が予想されると当局は警告している。 国連によると今年はアラビア半島における大雨とサイクロンにより、かつてないほど大量のバッタが繁殖し、群れの規模が急速に拡大したという。 【翻訳編集AFPBBNews】 〔AFP=時事〕.

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飛蝗(ひこう)とは

バッタ対アヒル

大群をなして移動し、通過する土地の青い草を食べ尽くすバッタ類をいう。 最近は移住バッタ、ワタリバッタまたはトビバッタとよばれることが多い。 飛蝗になる種類は世界に約20種知られており、中国のトノサマバッタ、中近東からインドにかけているサバクバッタ(砂漠飛蝗)、アフリカにいるモロッコ飛蝗、北アメリカのロッキー山飛蝗などが有名である。 古くから中国でもっとも害のあるものは飛蝗で、単に蝗とも書いているが、日本の歴史のなかでは、ほかの学問と同様に初め中国の書き方をまねたので、害虫の大発生があると「此歳 このとし 夏蝗食稲天下飢饉 ききん 」などと記録したが、実は日本では真の飛蝗は少なく、蝗としたものはイネの害虫の総称と解すべきであって、もちろん現在のイナゴをさすものでもない。 中国の飛蝗は日本にいるトノサマバッタと同じ種で、南・北アメリカと極寒地を除く広い分布域をもち、群生して移住する性質をもつ群生相という性質に変わったもので、普通、草原に単独で生活する孤独相のトノサマバッタが緑色を帯び、前胸背面が中高であるのに対し、群生相では全体が褐色で頭(幅)が大きく、はねが長く、後脚が短く、前胸背面の中央がくぼんでいる。 環境要因の変化に伴って、急に相が転換するのではなく、しだいに群がってすむ性質をもつ中間型(転移相)の数を増し、ついには群生相に変わる。 発生地の共通の特色は、水はけのよい砂礫土 されきど をもつ乾燥地で、そのうえ植物がまばらである点などであって、これらの環境は大河の流域や砂漠などに多く、一般の土地では干天続きの年に起こる。 中国では紀元前2世紀から後19世紀にかけて1330回以上の大発生が記録されているが、日本では古い記録の詳細は不明で、わずかに1770~71年(明和7~8)に江戸の空を渡った記録と、1880~84年(明治13~17)に北海道で驚異的な大発生があったことが知られているだけである。 その後は1929~30年(昭和4~5)までの間に北海道で3回地域的な発生が認められ、明治時代に沖縄や千葉県、小笠原 おがさわら 諸島で小発生が認められただけで、いずれの土地も開発などによる環境の変化によって発生が抑えられている。 ただ1974年(昭和49)には北大東 きただいとう 島で、また1985年には九州南方の馬毛 まげ 島で大発生が起こった。 トノサマバッタの群生相と孤独相は昔は別の種であると信じられていたが、両者が同一種の密度の相違による型であることがわかり、相変異と名づけられたのはイギリスのウバロフUvarovの研究(1921)によるもので、その後ほかの飛蝗の種類についても同様の相変異があることが認められるようになった。 飛蝗は世界各地で古くから大きな被害があったが、これに対する研究は相変異の発見によって促進され、とくに第二次世界大戦以後はイギリスに対蝗研究センターAnti-Locust Research Centreが設立され、フランスにおいても研究が拡張され、被害の多いアフリカ、中近東などの諸国も協力して飛躍的に進歩した。 その結果アフリカでのトノサマバッタの飛蝗化の制御はある程度可能となったが、サバクバッタではまだ不可能である。 したがって飛蝗の発生は後を絶たず、被害諸国の悩みの種になっている。 サバクバッタの飛蝗は1平方キロメートルに5000万個体にも達するといわれる。 [中根猛彦] 出典 小学館 日本大百科全書 ニッポニカ 日本大百科全書 ニッポニカ について の解説 【蝗害】より …これらのバッタ類の害は古くから世界中で知られ,エジプトでの多発例は旧約聖書にも記され,中国では前1200年ころから記録されている。 群れをなして空を飛翔(ひしよう)して移動するバッタ類は(ひこう) 近年トビバッタともいう と呼ばれ,もっとも恐ろしい害虫の一つとされている。 飛蝗の性質をもつバッタは種類が多いが,その代表種は,アフリカから旧北区,東洋区に広く分布する移住飛蝗 Locusta migratoria,北アフリカから地中海沿岸,旧ソ連南部などに分布するモロッコ飛蝗 Dociostaurus maroccanus,南西アフリカの褐色飛蝗 Locustana pardalina,北アメリカのロッキー山飛蝗 Melanoplus mexicanus,南アメリカの赤色飛蝗 Nomadacris septemfasciata,南アフリカ,中近東の砂漠飛蝗 Schistocerca gregaria,中南米の南米飛蝗 S. paranensisなどが有名である。

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バッタ対アヒル アヒルは世界を救うのか?

バッタ対アヒル

大群をなして移動し、通過する土地の青い草を食べ尽くすバッタ類をいう。 最近は移住バッタ、ワタリバッタまたはトビバッタとよばれることが多い。 飛蝗になる種類は世界に約20種知られており、中国のトノサマバッタ、中近東からインドにかけているサバクバッタ(砂漠飛蝗)、アフリカにいるモロッコ飛蝗、北アメリカのロッキー山飛蝗などが有名である。 古くから中国でもっとも害のあるものは飛蝗で、単に蝗とも書いているが、日本の歴史のなかでは、ほかの学問と同様に初め中国の書き方をまねたので、害虫の大発生があると「此歳 このとし 夏蝗食稲天下飢饉 ききん 」などと記録したが、実は日本では真の飛蝗は少なく、蝗としたものはイネの害虫の総称と解すべきであって、もちろん現在のイナゴをさすものでもない。 中国の飛蝗は日本にいるトノサマバッタと同じ種で、南・北アメリカと極寒地を除く広い分布域をもち、群生して移住する性質をもつ群生相という性質に変わったもので、普通、草原に単独で生活する孤独相のトノサマバッタが緑色を帯び、前胸背面が中高であるのに対し、群生相では全体が褐色で頭(幅)が大きく、はねが長く、後脚が短く、前胸背面の中央がくぼんでいる。 環境要因の変化に伴って、急に相が転換するのではなく、しだいに群がってすむ性質をもつ中間型(転移相)の数を増し、ついには群生相に変わる。 発生地の共通の特色は、水はけのよい砂礫土 されきど をもつ乾燥地で、そのうえ植物がまばらである点などであって、これらの環境は大河の流域や砂漠などに多く、一般の土地では干天続きの年に起こる。 中国では紀元前2世紀から後19世紀にかけて1330回以上の大発生が記録されているが、日本では古い記録の詳細は不明で、わずかに1770~71年(明和7~8)に江戸の空を渡った記録と、1880~84年(明治13~17)に北海道で驚異的な大発生があったことが知られているだけである。 その後は1929~30年(昭和4~5)までの間に北海道で3回地域的な発生が認められ、明治時代に沖縄や千葉県、小笠原 おがさわら 諸島で小発生が認められただけで、いずれの土地も開発などによる環境の変化によって発生が抑えられている。 ただ1974年(昭和49)には北大東 きただいとう 島で、また1985年には九州南方の馬毛 まげ 島で大発生が起こった。 トノサマバッタの群生相と孤独相は昔は別の種であると信じられていたが、両者が同一種の密度の相違による型であることがわかり、相変異と名づけられたのはイギリスのウバロフUvarovの研究(1921)によるもので、その後ほかの飛蝗の種類についても同様の相変異があることが認められるようになった。 飛蝗は世界各地で古くから大きな被害があったが、これに対する研究は相変異の発見によって促進され、とくに第二次世界大戦以後はイギリスに対蝗研究センターAnti-Locust Research Centreが設立され、フランスにおいても研究が拡張され、被害の多いアフリカ、中近東などの諸国も協力して飛躍的に進歩した。 その結果アフリカでのトノサマバッタの飛蝗化の制御はある程度可能となったが、サバクバッタではまだ不可能である。 したがって飛蝗の発生は後を絶たず、被害諸国の悩みの種になっている。 サバクバッタの飛蝗は1平方キロメートルに5000万個体にも達するといわれる。 [中根猛彦] 出典 小学館 日本大百科全書 ニッポニカ 日本大百科全書 ニッポニカ について の解説 【蝗害】より …これらのバッタ類の害は古くから世界中で知られ,エジプトでの多発例は旧約聖書にも記され,中国では前1200年ころから記録されている。 群れをなして空を飛翔(ひしよう)して移動するバッタ類は(ひこう) 近年トビバッタともいう と呼ばれ,もっとも恐ろしい害虫の一つとされている。 飛蝗の性質をもつバッタは種類が多いが,その代表種は,アフリカから旧北区,東洋区に広く分布する移住飛蝗 Locusta migratoria,北アフリカから地中海沿岸,旧ソ連南部などに分布するモロッコ飛蝗 Dociostaurus maroccanus,南西アフリカの褐色飛蝗 Locustana pardalina,北アメリカのロッキー山飛蝗 Melanoplus mexicanus,南アメリカの赤色飛蝗 Nomadacris septemfasciata,南アフリカ,中近東の砂漠飛蝗 Schistocerca gregaria,中南米の南米飛蝗 S. paranensisなどが有名である。

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