凪のあすから 漫画 アニメ 違い。 「色づく」が良かったら『凪のあすから』も絶対いいので観てほしい│ぼっちバイカーのブログ

INTERVIEW インタビュー

凪のあすから 漫画 アニメ 違い

まなかが奪われたモノ 続いて21話本編に言及していきます。 正直20話ラストの衝撃の展開にはあっと驚かされました。 美海が「キスして」の言葉に慌てふためく際の表情とか仕草とか可愛すぎて何度も見直したり。 唐突に起きたまなかの「うぇ」が可愛くて仕方なくて何度も見直したり。 …すんません。 展開どうこうよりこのシーンのヒロイン2人に見惚れてました…。 閑話休題。 兎に角唐突に目覚めたまなかですけれど、光達とは明らかに違いますよね。 冬眠についた経緯も異なるし、発見された場所も異質。 エナまで失われているという状態で、明確に「差」が表現されてます。 更に21話では「何者かに何かを奪われてしまった」事も示唆されていました。 確かに目覚めたまなかには違和感を覚えたんですよね。 何か違うな〜って。 で、どう見ても誰が見てもおかしいのは「恋愛」絡みのリアクションが欠落している点。 「(晃から)随分好かれたな」と光に言われても意味を理解できない様な様子を見せる。 あかりが晃に火傷しないよう処置している様を眺めてる時も泰然としている。 母が子に注ぐ愛情表現をまるで理解していないかのような「何慌ててるんだろう」的な瞳で見つめていた。 誰が見ても「恋愛感情」を奪われてしまったんだろうなと予測が立ちます。 ここは紡とちさきのイチャイチャシーンと上手い具合に対比されていましたね。 今回分かり易い程分かり易く紡がちさきに愛情をアピールしてました。 要の目覚めに対して、彼もようやく本腰を入れてちさきを取りに行ったのかもですね。 アクセルを吹かしてます。 この紡にとっての猛アタックに、ちさきも感じる部分があったのか、頬を染めつつもいなすかのごとく対処してました。 恐らくちさきも紡の気持ちには察していて、けれど光を想う心もあって、微妙な態度を取ってしまっている。 そんな風な印象を受けました。 恋愛に対してちさきも分かり易いリアクションは取っていないものの、理解している様は見て取れるんです。 けれど、まなかにはその節さえ見受けられない。 まなかの中の恋愛感情が失われた様が此処からも見て取れました。 独占欲の塊なうみがみ様 奪われたのが恋愛感情というのは、うみがみ様とおじょし様の伝説から考えても納得出来る事です。 勇が語った伝説のその後。 うみがみ様の失恋譚。 地上の男に恋したおじょし様の心を自分の元に置こうと八方手を突くしたうみがみ様。 しかし、男を忘れられないおじょし様の心は戻らず、万策尽きたうみがみ様はおじょし様から「あるもの」を奪って地上に帰した。 という悲しい物語。 ちさきはこの話の中に出て来た「奪われたモノ」をエナではないかと推理して、光に聞かせてました。 この話からは、うみがみ様は愛情に飢えていた事が想像出来て、となると、おふねひきの時にまなかが奪われたのは「愛情」だったというのも頷けます。 自分の元に繋ぎ止めるべく、欲していた「自分への愛情」をまなかに求め、それを奪い取った。 では何故まなかのエナが消えたかと言えば、光達が「おじょしさまの身代わりとなっていたまなか」を再び地上に戻そうとしたから。 ちさきの推理はきっと的を射ていて、自分から離れていくまなかから今度はエナを奪った。 かつておじょし様から奪ったのと同じように。 おじょし様とまなかの相違点は、「恋愛感情」の在り処だけですね。 おじょし様は、うみがみ様に恋愛を奪わせなかった。 頑なに拒んだ。 けれど、まなかは差し出してしまった。 共に陸の男に恋をした2人の女性の違いですね。 目覚めたまなかが恋愛感情を欠損しているのは、これまでの経緯を見ても納得出来るんですよね。 赤い傘から物語を予測する 今後の予測を最後に。 他愛も無い誰もが思い描く未来ですけれど、まなかが無くした恋愛感情を取り戻す事は確実ですよね。 ただその後は不明。 光を射止めるのは誰なのか。 まなかなのか、ちさきなのか、美海なのか。 個人的な予想というか妄想というか願望なのですが、まなかと美海が光を巡って恋のライバルになった時点で決着は描かれずに終わるんではないかなとか考えてたりします。 1つ説得力に欠ける話をしてみます。 オープニングに出て来た赤い傘。 何の暗示なんだろうかと。 恋愛なのかなと思って、そうであってくれたら良いなという願望を込めてググってみました。 求めた答えには辿り着かなかったんですが1つだけ似たような…こじつけられそうなものに辿り着けました。 夢診断の1つらしいのですけれど、「赤い傘」は「波瀾万丈な危険な恋愛」を示唆しているんだとか。 こじつけるには持って来いの回答ですw オープニングに話を戻します。 赤い傘の行方を追っていくと、美海の手にあった傘は風に煽られ宙を舞ってまなかの手に渡ります。 赤い傘が恋愛感情を表しているのだとしたら、そのまま美海からまなかに恋愛感情が渡されるという事になります。 恋愛感情を失ったまなかが恋愛感情を取り戻すとしたら、それは美海が齎すのかなと。 ならば美海がエナを得たのもこの為の前ぶりなのかもです。 美海がエナを得たのは、海の男である光に恋をしたからだと考えられます。 陸の男に恋をした事でエナを失ったおじょし様やまなかとは逆のパターン。 海の男を愛したからうみがみ様から寵愛を受けて、その証としてエナを得た。 要が好きなさゆがエナを持てないのは、何か小難しい条件があるんでしょう(適当) 汐猪生の血を半分以上受け継いでいる必要がある…とか。 思い付きですけれど、これなら一応紡の件にも納得できます。 余談ですが紡が呪われたのは、海の女であるちさきに恋愛感情を持ったからなのかもですね。 こんなところからも「海の女」を自分のモノにしたいうみがみ様の妄執的な独占欲が窺えそうです。 とまあ、まなかに恋愛感情を思い出させるのは美海の役目だと思いますし、でも、一筋縄でいかない事も暗示しているのではないかな。 なんの波乱も無く簡単に取り戻させるならば、美海からまなかに傘を手渡しすれば済む事です。 そういう描写で問題無いし、それが自然。 オープニングはそうではなく、「風に煽られ宙を舞う」というある意味余計なシチュエーションが挟まってます。 この部分に「波乱万丈」という意味合いが込められているのかなと。 すんなりと恋愛感情を取り戻せず、紆余曲折があるんですよという表現。 色々あってまなかは恋愛感情を取り戻す。 ではでは、誰が光と結ばれるのか。 これもオープニングから解釈してみます。 傘って、夢占い以前にあいあい傘など恋愛を象徴するアイテムとして好んで使われています。 この場に光は入ってない。 だから、光の恋愛は決着つかずに終わるんじゃないかなと思った次第です。

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凪のあすからは膿みたいな糞アニメ4

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まなかが奪われたモノ 続いて21話本編に言及していきます。 正直20話ラストの衝撃の展開にはあっと驚かされました。 美海が「キスして」の言葉に慌てふためく際の表情とか仕草とか可愛すぎて何度も見直したり。 唐突に起きたまなかの「うぇ」が可愛くて仕方なくて何度も見直したり。 …すんません。 展開どうこうよりこのシーンのヒロイン2人に見惚れてました…。 閑話休題。 兎に角唐突に目覚めたまなかですけれど、光達とは明らかに違いますよね。 冬眠についた経緯も異なるし、発見された場所も異質。 エナまで失われているという状態で、明確に「差」が表現されてます。 更に21話では「何者かに何かを奪われてしまった」事も示唆されていました。 確かに目覚めたまなかには違和感を覚えたんですよね。 何か違うな〜って。 で、どう見ても誰が見てもおかしいのは「恋愛」絡みのリアクションが欠落している点。 「(晃から)随分好かれたな」と光に言われても意味を理解できない様な様子を見せる。 あかりが晃に火傷しないよう処置している様を眺めてる時も泰然としている。 母が子に注ぐ愛情表現をまるで理解していないかのような「何慌ててるんだろう」的な瞳で見つめていた。 誰が見ても「恋愛感情」を奪われてしまったんだろうなと予測が立ちます。 ここは紡とちさきのイチャイチャシーンと上手い具合に対比されていましたね。 今回分かり易い程分かり易く紡がちさきに愛情をアピールしてました。 要の目覚めに対して、彼もようやく本腰を入れてちさきを取りに行ったのかもですね。 アクセルを吹かしてます。 この紡にとっての猛アタックに、ちさきも感じる部分があったのか、頬を染めつつもいなすかのごとく対処してました。 恐らくちさきも紡の気持ちには察していて、けれど光を想う心もあって、微妙な態度を取ってしまっている。 そんな風な印象を受けました。 恋愛に対してちさきも分かり易いリアクションは取っていないものの、理解している様は見て取れるんです。 けれど、まなかにはその節さえ見受けられない。 まなかの中の恋愛感情が失われた様が此処からも見て取れました。 独占欲の塊なうみがみ様 奪われたのが恋愛感情というのは、うみがみ様とおじょし様の伝説から考えても納得出来る事です。 勇が語った伝説のその後。 うみがみ様の失恋譚。 地上の男に恋したおじょし様の心を自分の元に置こうと八方手を突くしたうみがみ様。 しかし、男を忘れられないおじょし様の心は戻らず、万策尽きたうみがみ様はおじょし様から「あるもの」を奪って地上に帰した。 という悲しい物語。 ちさきはこの話の中に出て来た「奪われたモノ」をエナではないかと推理して、光に聞かせてました。 この話からは、うみがみ様は愛情に飢えていた事が想像出来て、となると、おふねひきの時にまなかが奪われたのは「愛情」だったというのも頷けます。 自分の元に繋ぎ止めるべく、欲していた「自分への愛情」をまなかに求め、それを奪い取った。 では何故まなかのエナが消えたかと言えば、光達が「おじょしさまの身代わりとなっていたまなか」を再び地上に戻そうとしたから。 ちさきの推理はきっと的を射ていて、自分から離れていくまなかから今度はエナを奪った。 かつておじょし様から奪ったのと同じように。 おじょし様とまなかの相違点は、「恋愛感情」の在り処だけですね。 おじょし様は、うみがみ様に恋愛を奪わせなかった。 頑なに拒んだ。 けれど、まなかは差し出してしまった。 共に陸の男に恋をした2人の女性の違いですね。 目覚めたまなかが恋愛感情を欠損しているのは、これまでの経緯を見ても納得出来るんですよね。 赤い傘から物語を予測する 今後の予測を最後に。 他愛も無い誰もが思い描く未来ですけれど、まなかが無くした恋愛感情を取り戻す事は確実ですよね。 ただその後は不明。 光を射止めるのは誰なのか。 まなかなのか、ちさきなのか、美海なのか。 個人的な予想というか妄想というか願望なのですが、まなかと美海が光を巡って恋のライバルになった時点で決着は描かれずに終わるんではないかなとか考えてたりします。 1つ説得力に欠ける話をしてみます。 オープニングに出て来た赤い傘。 何の暗示なんだろうかと。 恋愛なのかなと思って、そうであってくれたら良いなという願望を込めてググってみました。 求めた答えには辿り着かなかったんですが1つだけ似たような…こじつけられそうなものに辿り着けました。 夢診断の1つらしいのですけれど、「赤い傘」は「波瀾万丈な危険な恋愛」を示唆しているんだとか。 こじつけるには持って来いの回答ですw オープニングに話を戻します。 赤い傘の行方を追っていくと、美海の手にあった傘は風に煽られ宙を舞ってまなかの手に渡ります。 赤い傘が恋愛感情を表しているのだとしたら、そのまま美海からまなかに恋愛感情が渡されるという事になります。 恋愛感情を失ったまなかが恋愛感情を取り戻すとしたら、それは美海が齎すのかなと。 ならば美海がエナを得たのもこの為の前ぶりなのかもです。 美海がエナを得たのは、海の男である光に恋をしたからだと考えられます。 陸の男に恋をした事でエナを失ったおじょし様やまなかとは逆のパターン。 海の男を愛したからうみがみ様から寵愛を受けて、その証としてエナを得た。 要が好きなさゆがエナを持てないのは、何か小難しい条件があるんでしょう(適当) 汐猪生の血を半分以上受け継いでいる必要がある…とか。 思い付きですけれど、これなら一応紡の件にも納得できます。 余談ですが紡が呪われたのは、海の女であるちさきに恋愛感情を持ったからなのかもですね。 こんなところからも「海の女」を自分のモノにしたいうみがみ様の妄執的な独占欲が窺えそうです。 とまあ、まなかに恋愛感情を思い出させるのは美海の役目だと思いますし、でも、一筋縄でいかない事も暗示しているのではないかな。 なんの波乱も無く簡単に取り戻させるならば、美海からまなかに傘を手渡しすれば済む事です。 そういう描写で問題無いし、それが自然。 オープニングはそうではなく、「風に煽られ宙を舞う」というある意味余計なシチュエーションが挟まってます。 この部分に「波乱万丈」という意味合いが込められているのかなと。 すんなりと恋愛感情を取り戻せず、紆余曲折があるんですよという表現。 色々あってまなかは恋愛感情を取り戻す。 ではでは、誰が光と結ばれるのか。 これもオープニングから解釈してみます。 傘って、夢占い以前にあいあい傘など恋愛を象徴するアイテムとして好んで使われています。 この場に光は入ってない。 だから、光の恋愛は決着つかずに終わるんじゃないかなと思った次第です。

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凪のあすからのあらすじとネタバレ!キャストやキャラクター詳しく!

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これは、2013年から2014年に放送された制作のTVアニメ『 』(以下『凪あす』)のキービジュアルである。 『凪あす』は、海と地上に分かれて人々が生活を送る世界を舞台に、少年少女の恋模様を繊細に、かつ色彩豊かに描き、男女問わず好評を博した作品だ。 この背景美術を手がけた さんは、『サクラ大戦 活動写真』『攻殻機動隊S. 』『パプリカ』といった有名作品の美術監督補佐を経て、現在は『』『』といったタイトルに代表されるP. WORKSの作品を中心に美術監督をつとめている。 『凪あす』を見たことがない人でも、その美しさに見惚れてしまうこの背景美術の数々は、どのようにして生み出されているのだろうか? アニメーションにおける美術スタッフの仕事、背景美術の役割やつくり方、そして背景美術をつくるにあたっての東地さんの思想についてうかがった。 東地和生(以下、東地) もともと小さい時から絵を描くことが好きだったんです。 アニメばっかり見ていたというわけでもないんですが、影響された作品を挙げるとすれば、『ルパン三世 カリオストロの城』といった以前からの宮﨑駿監督の作品でしょう。 あとは、兄貴が見ていた『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』といった劇場版アニメを夢中になって見ていました。 ただ、当時はアニメとか背景に携わりたいと思っていたわけではなく、高校の美術教師に「おまえは絵を描く人間だ」と言われたことがきっかけでデッサンを始めて、その流れで漠然と「絵を描き続けた方がいいのかな」と考えて、美大で油絵を学んでいました。 でも、卒業と同時に進路に迷った時、そもそも自分が1番影響を受けたもの、感動したものってなんだろうかと。 決して世界の名画ではないなと。 そこで冷静に考えてみると、中学生の時に見た『 王立宇宙軍 オネアミスの翼』という劇場アニメの世界観にものすごく強烈な衝撃を受けていたことに気づいて。 じゃあアニメやりたいんじゃないの? というところに行き着いたんです。 もっと言えば、自分もああいうものをつくりたい、衝撃を与える側になりたいと。 あの時、自分が受けたような心の震えを、今の子たちにも感じてもらいたいという気持ちが、この仕事の原動力のひとつになっています。 ある作品をつくる時、その世界観を監督を筆頭とするメインスタッフの打ち合わせで決めて、監督が「こういう絵が欲しい」という要求を出してきます。 それを踏まえて、美術設定さんが 設定画と呼ばれる設計図(色のついていない線画)を起こします。 例えば、『Angel Beats! 』に登場する食堂はこういう場所である、という設計図をつくるわけです。 『花咲くいろは』喜翆荘周辺の道路 例えばこれは、「車が曲がってくるキキーって音とともに路面にタイヤの跡がつくように撮影してもらうから、これをブック(背景の手前に重ねて置かれる背景素材)にしてください」とか、「フレームはここから始まってぎゅっと寄ります、最後はここで止まりますよ」という演出さんの一連の指示を確認しながら、問題が出れば解決策を出しながら打ち合わせを進めていきます。 こういった指示を受けて背景スタッフが背景を描いていく、という連携作業なんです。 作品によりますが、だいたい1話あたり300カット前後あるとして計300ファイルの背景が上がってくる。 それを今度は私の方で1カット1カット見て、バランスを取るために色を調節し、必要であればディティールを描き加えたり、つぶしたりしながら並べていく。 それが済んだらチェックを受けて撮影さんに納品、これが美術監督の主な仕事です。 なんでしょう。 感覚的には水が綺麗に流れるように水路をつくっているイメージがありますね。 東地 美術設定、美術監督、背景スタッフの連携です。 それぞれ形をつくる人、色をつくる人、具現化する人って言った方が分かりやすいかな。 みんなで協力しあって、舞台装置をひたすら良い物に仕上げていくんです。 ただ、今のアニメ業界は作業時間がどんどんなくなるという過酷な状況になってきて、クオリティを保つのが非常に難しくなっているという問題に直面していたりもします。 東地 むしろ逆ですね。 個人的に、業界は技術の進歩をクオリティよりも時間短縮に割いてしまったと感じることがあります。 機械を使うとはいえ、結局描くのは人の手なので、やっぱり時間はどうしたってかかりますね。 その中で、どうしたらお客さんに喜んでもらえるものをつくれるのか、考え悩むことは多いです。 アニメ業界の変化、そして『Angel Beats! WORKSの作品を中心に美術監督をつとめていらっしゃいますよね。 東地 実は私、P. WORKSさんの方ではじめて美術監督をつとめた『Angel Beats! 』をやるまで、いわゆる美少女アニメにあまり携わったことはなかったんです。 昔のアニメ業界というのは、劇場作品が最上級という風潮が(90年代までは)あったと感じてまして。 ジブリを筆頭に、『』だったり『王立宇宙軍』だったり、TVアニメではなく劇場アニメを渡り歩くスタッフが一流であると。 だから、20代の頃はアニメの背景の仕事をやるからには劇場作品に参加できる人間になりたい、そう思ってました。 でも、2000年代に入ってからアニメ業界もちょっと違う流れがきたんですよね。 美少女アニメ自体はそれこそ大昔からありましたが、それ自体がメインストリームになってきたという印象がありました。 『涼宮ハルヒの憂鬱』ブルーレイ コンプリートBOX ジャケット/Amazonより それまで予算のかかった劇場作品が最上であると信じて疑わなかったのに、お客さんはまったく違うベクトルの物を求めているっていう現実をつきつけられたんですよ。 それとともに、 劇場作品が最上であるという文化の終焉も感じ、30代の自分は迷いが生まれてました。 早い人は20代で美術監督になるパターンが多いんですけど、私は美術監督としては遅咲きで、下積み時代がけっこう長かった。 そこで、このまま仕事をやっていたら5年後には美術監督を1度もやらずに40歳になってしまう、このままじゃまずいんじゃないかと。 そう考え悩んだ挙句に、今思えばおごった言い方だなと思うんですが、当時のそのままの言葉で言うと「萌えアニメでいいから、美少女アニメでいいから美術監督をやりたい」って思ったんですよ。 その矢先に、P. WORKS社長の堀川憲司さんに『Angel Beats! 』の美術監督のコンペに誘われて。 ただ、そのコンペに絵を出すってことは、参加していた他のスタジオの劇場チームを去るということ。 もう2度と戻れないというくらいの決別ですごく迷ったんですが、やっぱり美術監督をやりたいという思いがあって、絵を出しそれが採用されて『Angel Beats! 』の美術監督を引き受けたという経緯がありました。

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