黒崎 井筒屋。 井筒屋

クロサキメイト【北九州】いつまで営業?閉店後はどうなるの?

黒崎 井筒屋

概要 [ ] (昭和10年)、で旅館「梅屋」主人だった神崎慶次郎と、(現)で「井筒屋」を経営していた住岡由太郎との、共同出資により設立された。 建物の敷地は梅屋の土地を充当し社名は井筒屋の屋号を継承、更に設立にあたっては(後の)の出資を仰いだ。 (昭和11年)小倉本店開店。 このような経緯があるため、かつてはに属していた。 なお、現在も西日本鉄道は9. 主導の(A・D・O)に加盟しており、百貨店形態の直営店として、本店(北九州市船場町)の他に、黒崎店(同市)がある。 また、で関連会社により店舗を運営しているほか、福岡県内を中心に進物、婦人衣料雑貨など限られた商品を扱う小店舗を展開しており、その多くが大型量販店に併設または隣接したサテライトショップである。 1号店として黒崎店に近接して設けた大型「井筒屋ブックセンター」はその後、馬借駐車場再開発に合わせた小倉店オープンの際「 ブックセンタークエスト」に名称変更。 のち別法人化して独立後、地場書店チェーンの(福岡市)に株式を売却(後に同社が吸収合併)して井筒屋グループから離脱しており、現在は井筒屋や西鉄とは無関係な場所での店舗展開も行っている。 伊勢丹とは、小倉伊勢丹開業を機に全国に先駆け情報システムを統合するなど関係を強化していた こともあり、大きな混乱なく移行させることができたとみられている [ ]。 (平成21年)には、井筒屋本店との棲み分けを図るために改装し、新店名「コレット」に改称した。 福岡市における事業 [ ] 1966年に開業したのJR博多口のである博多ステーションビルで、関連会社のが営業していたが、2007年3月31日で博多延伸に伴うによる博多駅再開発のため閉店した。 同時に博多井筒屋社も解散した。 2005年(平成17年)1月26日には社長名の文書で「新駅ビルへの核百貨店としての出店について前向きに検討したい」などと営業継続を求めた。 しかし、2006年(平成18年)4月3日に、九州旅客鉄道が、新博多駅ビルにはが進出にすることで正式に合意したことを発表した。 これにより、補償金45億円で退去することとなった。 博多井筒屋閉店の際、井筒屋から発表・公開された文章の中で「新JR博多駅ビルでの営業は」と書かれており、当時から博多駅ビル以外での場所で再出店を示唆。 その後2007年(平成19年)に地下2階部分に井筒屋本体による直営店舗「 SALON DE IZUTSUYA U(サロン・ド・井筒屋・ユー)」として開店した。 「大人の価値観にフィットする上質な」をコンセプトとしていた。 しかし、売り上げが伸び悩み、会社全体の経営も厳しい状況となったことから、「本拠(北九州)に経営資源を集中する」として、(平成21年)に同年をもって閉店し、福岡市から事実上撤退すると発表した。 閉店後は、特産品と九州産焼酎を扱う2店舗が引き続き営業している。 経営再建の道のり [ ] (平成21年)期連結決算でが9期ぶりの赤字に転落し 、を図るため、以下の方策が採られることとなった。 北九州市内の直営2店の閉店時間を繰り上げて19時とするとともに、以外の定休日を年8日程度に限って復活させる。 久留米井筒屋閉店後の(平成21年)付で会長以下全役員を降格とし、中村眞人が社長に復帰するとともに営業本部長を兼ねる。 同時に、役員数を削減する。 外部に委託していた一部の業務を自前に戻し、経費を削減する。 またこれに加え、(平成21年)をもって子会社運営の飯塚井筒屋についても売り上げの回復が見込めないとして閉店した が、地元からの再開要望を受け、翌月半ばから井筒屋本体直営の小型店舗および外商窓口「飯塚・井筒屋サロン」の営業を開始した。 それでもなお業績が回復せず、(平成22年)期の決算でも大幅赤字になる見通しとなったことから、同年、・・といった主力取引銀行に対して金融支援を要請し、合意。 この責任をとるため、中村は後日、社長職を退任した。 (なお、中村は本業に専念するため、それ以前から旧ニューウェーブ北九州後援会会長など、兼務していた公職を段階的であったが退いていた)。 これらの経費削減が功を奏し(平成22年)中間連結決算において減収ではあったが、3期ぶりに黒字に転換した。 2018年4月10日、2009年9月以来、旧飯塚店の後継として営業していた飯塚・井筒屋サロンについて、商圏内の消費環境が不透明な状況にある中、将来の業績好転の見通しは厳しく、さらに、店舗建物の維持・管理コストの増加も見込まれることから、同年10月末での閉店を決定した。 同年7月31日、経営不振により賃料負担が重く、立て直しが厳しいとして、宇部店を同年12月末、コレットを2019年2月末、黒崎店を2019年5月末でそれぞれ営業終了し、関連の特別損失34億円を2018年8月中間期に計上することを発表した が、黒崎店に関しては2019年2月25日に北九州市が出資するである賃貸業「」との交渉などで黒字となる見通しが付いたため、同年7月31日まではそのままで営業、8月1日からは1階から3階に規模を縮小して営業を継続する旨を発表した。 メイト黒崎はこの賃料激減を主因として業績が悪化し、2020年1月24日にを申請した。 このため同年4月2日の取締役会で、黒崎店を同年8月17日に閉店することを決定した。 沿革 [ ]• (10年) - 株式会社井筒屋百貨店として設立。 (昭和11年) - 「井筒屋」(現在の本店)を開店。 (昭和12年) - 九州電気軌道(の前身)系列の株式会社九軌百貨店と吸収合併。 その後九州電気軌道系列に入る。 (昭和24年) - 飯塚支店が開店。 (昭和26年) - 株式会社井筒屋に商号変更。 (昭和34年) - 八幡店(後の黒崎店)が開店。 (昭和36年) - に上場。 (昭和40年)10月 - 飯塚支店を分社化して設立した株式会社飯塚井筒屋(1964年8月の法人設立時は株式会社井光、その後1965年3月に商号変更)が飯塚店を開店。 (昭和41年) - 子会社の株式会社博多井筒屋が博多駅ビルで店舗開店。 (昭和44年)10月 - 株式会社宇部ちまきやとの共同出資により株式会社井筒屋ちまきや(1972年4月に株式会社宇部井筒屋へ商号変更)を設立。 同年12月に「井筒屋ちまきや」(現在の山口井筒屋宇部店)を開店。 (昭和47年) - 二部に上場。 (昭和48年) - 一部に指定替え。 (昭和54年)10月 - 若松井筒屋を開業。 (昭和62年)10月 - 浮羽井筒屋が開店。 (7年) - 若松井筒屋が閉店。 (平成9年)9月 - 浮羽井筒屋が閉店。 (平成10年)8月 - 本店新館が開店。 (平成13年)• - 大牟田井筒屋が閉店(ゆめタウン大牟田1階に移転)。 10月 - 黒崎店を現在地(前の退店跡)に移転。 (平成14年) - 井筒屋アネックス-1(旧黒崎店)が開店。 (平成15年) - 伊勢丹と提携関係を樹立。 以後子会社整理・小倉伊勢丹開業などにおいて、支援を受ける。 (平成19年)• - 博多井筒屋が閉店 、 子会社の株式会社博多井筒屋を解散 [ ]。 11月 - 「サロン・ド・井筒屋U」が開店。 - 伊勢丹が小倉からの撤退を表明したことに伴い、株式会社小倉伊勢丹の全株式を取得し、店舗運営を引き継ぐ方針を発表。 (平成20年)• - 小倉伊勢丹を引き継ぎ「」を開店。 株式会社小倉伊勢丹を株式会社コレット井筒屋に商号変更。 - 株式会社宇部井筒屋を株式会社山口井筒屋に商号変更。 - 株式会社山口井筒屋がからに本社を移転、が運営していた「ちまきや」を引き継ぎ「」として再開業。 (平成21年)• - 久留米井筒屋が閉店。 - コレット井筒屋を改装し、店名を「コレット」に改称。 - サロン・ド・井筒屋Uが閉店。 - 飯塚井筒屋が閉店。 - 飯塚井筒屋が「飯塚・井筒屋サロン」として規模を縮小し再開業。 (平成26年)• 10月 - 飯塚・井筒屋サロンを再度縮小。 1階のみの営業となる。 (平成27年)• 10月 - 井筒屋アネックス-1(旧黒崎店)の営業を終了。 同ビルの解体工事に入る。 (平成28年)• 6月 - 井筒屋アネックス-1の解体完了。 土地は井筒屋が保有していたが、2017年にに売却。 8月 - サテライトショップ「戸畑ショップ」が1階に開店。 (平成30年)• 10月31日 - 飯塚・井筒屋サロンが閉店• 12月31日 - 宇部店が閉店• 2月28日 - コレットが閉店• 8月1日 - 黒崎店が規模縮小• 8月17日 - 黒崎店が閉店 店舗 [ ] 小倉本店 通称:小倉井筒屋。 北九州市小倉北区船場町1番1号。 以前は本館の西側に紫川別館が存在したが、駐車場棟跡地に建設した新館開業を期に取り壊され、飲食店が入った施設「紫江'S(しこうず)」が開業した(も参照)。 現在は本館横に新館が建てられ、連絡通路で繋がっている。 1980年代には東側出入口の上に電光掲示板が設置されていたが、現在は撤去されている。 黒崎店 通称:黒崎井筒屋。 八幡西区黒崎1丁目1番1号、西ブロック(旧跡)。 2019年5月31日をもって営業終了予定だったが、7月31日まで現状規模で、翌8月1日より1階から3階に営業フロアを縮小した上で営業継続。 メイト黒崎の破産に伴い、8月17日閉店。 サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店) [ ] 北九州空港店 名称は、いずれも井筒屋が自社サイトで用いる名称に従った。 北九州市内 すべて本社直営 小倉駅店(JR新幹線口「小倉エキナカひまわりプラザ」内) 市庁舎売店(本庁舎地下1階) 、 二島ショップ(1階) 北九州空港店(内) 高須ショップ(高須1階) 若松ショップ(サンリブ若松1階) 守恒ショップ(サンリブ守恒1階) 戸畑ショップ(1階) 下曽根ショップ(1階) 三ヶ森ショップ(サンリブ三ヶ森1階) その他本社直営 飯塚ショップ(1階 中間ショップ 行橋ショップ ゆめタウン行橋ショップ(1階) 苅田ショップ(サンリブ苅田1階) 直方ショップ(サンリブのおがた1階) イオンモール直方ショップ(1階) 田川ショップ 宗像ショップ(サンリブくりえいと宗像1階) 中津ショップ(1階) 大牟田ショップ(1階) 山口井筒屋 周南ショップ 宇部ショップ(1階) 過去に存在した店舗 [ ] 飯塚店(現:飯塚・井筒屋サロン) 井筒屋初の支店として(昭和24年)開業、後に分社された(黒崎店開業は昭和30年代)。 飯塚店としての百貨店営業は2009年に終了したが、その後は4階建てビルの1階・2階だけに店舗を縮小して「飯塚・井筒屋サロン」として小型店営業を続けている。 しかし10月でビルの老朽化によるコスト増大等を理由として閉店することが発表された。 本城店(直営) 北九州市光貞台1丁目にあった、屋上に駐車場を備える郊外型の2階建ての店舗。 近くにが開設された3年後の(昭和56年)に、同大学北側の大学関係者も多く住む住宅街に開店したが、幹線道路に面していない、鉄道駅に直結ではなかったことなどが災いし、(昭和59年)に閉店。 跡地はしばらく空き店舗だったが、数年後北九州西店が開業した。 なお、旧店舗から東方向に3kmほど離れた場所にあるの商業施設「Mr. Max本城ショッピングセンター」の一角で長らくを運営していたが、現在は閉店(イオン若松店に移転)している。 中津店 [ ] のJR九州前に建てられたビルのテナントとして入居していた [ ]。 現在は、広島のスーパーが運営する「」内のテナントとなっている。 若松店(若松井筒屋) 北九州市本町3丁目にあった「」(開業)を10月に買収・子会社化し運営していたが、閉店。 同店は北九州市役所の売店運営も担当していたため、閉店後の売店運営は井筒屋本体が引き継いだ。 その後は長きに亘り空地となっていたが、(平成19年)に北九州若松駅東が開業。 若松井筒屋閉店から実に12年後となる2007年(平成19年)には、若松区本町3丁目の「若松店」に「井筒屋若松ショップ」を出店。 売場面積は320平方メートルで、洋菓子・和菓子やギフト、婦人服等を販売する。 博多店(博多井筒屋) 福岡市博多駅中央街1-1旧博多駅ビル(博多ステーションビル)に入居していた。 (昭和41年)に開店。 2007年(平成19年)午後7時をもって博多駅再開発のため閉店。 SALON DE IZUTSUYA U 博多店の事実上の後継店舗として、(平成19年)に本体直営で福岡市博多区 地下2階に開店した。 売り上げ不振から(平成21年)撤退。 業績不振により(平成21年)をもって閉店。 但しその後も同社の運営する大牟田、筑後のサテライトショップの営業は継続していたが、大牟田ショップは本社直営に移管、筑後ショップは閉店された。 法人は現存しており、不動産管理業を担う。 久留米井筒屋大牟田店 久留米井筒屋がの前に(昭和45年)にオープン。 とともに大牟田・地域の百貨店として親しまれたが、石炭産業の衰退に加え、郊外店との競争に敗れ、(平成12年)に閉店した。 その後(平成16年)に大牟田松屋も経営破綻し、大牟田市からは百貨店が姿を消した。 なお、現在はでギフトショップを営業している。 浮羽店(浮羽井筒屋) (昭和62年)開店。 うきは商業開発が運営するショッピングセンター「うきはプラザ」の核店舗であった。 出店10年目の(平成9年)で閉店。 (平成21年)現在「うきはプラザ」にはスーパーバリュー、ダイソーなどが入居している。 井筒屋アネックス-1(2009年3月) 井筒屋アネックス-1(旧黒崎井筒屋) 黒崎店がに旧黒崎そごう跡へ移転後、旧黒崎店をリニューアルしにオープン。 裏手にあった黒崎店(旧井筒屋ブックセンター)を移転開業させ、、家具店i-Maison等の専門店商業施設として営業を続けたが、ビルの老朽化に伴う維持管理や黒崎店への一極集中を理由に、、55年間の同ビルでの営業に幕を下ろした。 サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店) 下関店 正式店舗名不詳。 小倉記念病院売店 の移転に伴い閉店。 福岡空港店 かつて国内線ターミナルに出店していた。 正式店舗名不詳。 小郡ショップ かつての前に出店していた。 現在は空家となっており、民主党の選挙事務所として使われたこともある。 外装にIZUTSUYAマークの跡が確認できる。 筑後ショップ 筑後市。 久留米井筒屋閉店後も運営されていたが、久留米井筒屋の営業休止に伴い閉店。 中津アウトレット館 大分県中津市に設置された小型店。 アウトレット品も扱う。 (平成22年)に閉店した。 大分出張所 大分県大分市。 主な関連会社 [ ] その他の関連企業については、を参照 過去の関連会社 [ ] 過去にJRビル内にあった。 駅ビル建替えに伴い、(平成19年)末閉店、法人も解散。 以降は、しばらくの間井筒屋本社が博多駅の専門店街に相談窓口を設けていた。 井筒屋ウィズカード に属するカード会社。 伊勢丹との提携の際、伊勢丹のMDシステム・顧客情報分析システムを有効活用するために譲渡し、子会社となった。 後に伊勢丹経営統合で発足したの事業見直し過程で、山口フィナンシャルグループに売却され現在に至る。 その後、積文館書店と共にの連結対象関連会社となり、井筒屋の連結対象から外れているが、従来通り井筒屋ウィズカードなども利用できる。 2009年(平成21年)付で積文館書店と合併(合併後の社名は、株式会社積文館書店)。 タミー 西日本鉄道と共同出資でビルでスーパーマーケットを運営。 後にグランドストア西都と合併、その後に吸収された。 他の「井筒屋」と「井桁」マーク [ ] における業者をはじめ、全国各地に点在する同名の業者とも 全く関係がない [ ]。 社名とロゴマーク(井桁)が似ている、京都のとは一切関連がない。 過去に「井筒屋」と同じ「井桁」マークを使用していた(現在はCI導入により使用していない)同業他社の、のとも資本関係はないが、両社ともに加盟している。 社章はの菱井桁マークと酷似しているが、等に用いられる「角立井筒」と呼ばれるものであり()、特に住友との関連はない [ ]。 その他の話題 [ ]• 流通業界への就職を後押しするため、全国で初めて店舗販売員を養成する「西日本リテールカレッジ」を(平成17年)に開校した。 ただし(平成22年)現在、同校ホームページは閉鎖されている。 前半にで放送されていた番組『女神のアンクレット』の一社提供を行っていた。 北九州にゆかりのある人にスポットを当て、贈り物、プレゼントに関するトークを繰り広げる15分番組であった。 北九州市に拠点を置くクラブ、のイヤーブックスポンサーを務めている。 かつてはベンチ広告スポンサーを務めていた。 同クラブがとしてに加盟していた2007年までは、ユニフォームスポンサーであった。 に放送されたドラマ『』、2月11日に公開された映画『』などのとして、小倉店と周辺道路が使用され従業員も出演した。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 1979年10月7日• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 2000年12月25日• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 1993年10月11日• 読売新聞 読売新聞社 : p. [ ]. 2002年12月25日• 西日本新聞社 2007年12月25日. 2008年1月17日時点の [ ]よりアーカイブ。 2007年12月25日閲覧。 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2008年4月2日• 東洋経済オンライン. 2007年12月2日. の2008年4月10日時点におけるアーカイブ。 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2009年3月11日• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 2007年4月1日• 日本経済新聞 日本経済新聞社 : p. [ ]. 2005年1月27日• 日本経済新聞 日本経済新聞社 : p. [ ]. 2006年4月4日• 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2011年3月4日• ふくおか経済Web. 、2009年6月9日。 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2009年9月1日• 日本経済新聞 日本経済新聞社 : p. [ ]. 2009年9月2日• 日本経済新聞 日本経済新聞社. 2010年7月5日. 流通ニュース. 流通ニュース 2018年4月13日. 2018年7月31日閲覧。 日本経済新聞. 日本経済新聞社 2018年7月31日. 2018年7月31日閲覧。 テレビ西日本 2019年2月25日. 2019年2月26日閲覧。 、2020年1月24日• 毎日新聞. 2020年4月3日閲覧。 萩国際大学論集 論集委員会 4 1 : [ ]. 2002年9月. 山口新聞 みなと山口合同新聞社 : p. [ ]. 2008年10月4日• 産経新聞. 2018年12月30日. 2019年1月7日閲覧。 かんもん北九州ファンクラブ 会報 かんもん北九州ファンクラブ 65 : [ ]. 2007-08-29. - 松屋の24,362日• ファッションニュース(2004年6月) 広報資料・プレスリリースなど一次資料 [ ]• 井筒屋 2009年4月20日. 2010年1月10日閲覧。 井筒屋 2009年2月20日. 2010年1月10日閲覧。 , 井筒屋, 2009年7月6日 , オリジナルの2010年3月8日時点によるアーカイブ。 2012年1月10日閲覧。 井筒屋 2010年1月9日. 2010年1月10日閲覧。 井筒屋 2010年1月9日. 2010年1月10日閲覧。 西日本鉄道 2007年10月. 2008年1月16日閲覧。 井筒屋 2007年11月14日. 2008年1月17日閲覧。 販売市場に特化した新会社(子会社)設立のお知らせ• 主な制作実績• 外部リンク [ ]• 黒崎そごうメモリアル(個人ブログ).

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井筒屋、黒崎店閉店へ 小倉など2店舗体制に :日本経済新聞

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副都心、黒崎 大学入学を機に鳥取県から福岡県に引っ越してきた1980年代終盤、北九州市はまだ人口が100万人を超えていた。 JR小倉駅の北口はガランとしていて何もなく、街を路面電車が駆け巡り、モノレールとJRは接続されておらず双方の小倉駅は別々の場所にあって、乗り換えのため徒歩5分を強いられた、そんな時代。 当然ながら街並みは現在より古臭かったが、それでも100万人都市である。 鳥取県のド田舎から来た自分にとって当時の北九州市は十分に衝撃的で感動的な大都会だった。 大学の友人たちは皆、「おいらの街」という北九州市のタウン誌を購読していたので、自分も定期的に読むようになった。 バンドメンバー募集を何度か掲載してお世話になったし、北九州という街、そして街に漂う若者文化を知るには貴重な情報源で、大変重宝した。 その「おいらの街」を読み始めた頃、 「北九州市、2大都市比較!」 「東の小倉 vs 西の黒崎」 という特集が掲載されたのを今でも覚えている。 当時は小倉に住んでいて、北九州市に区が幾つあるのかすら知らなかった。 大都会・小倉に匹敵する都市が北九州市の西にもう1つあるのだという。 北九州、すげえ。 初めて黒崎に足を運んだのは、その記事を読んでから1年ほど後。 小倉ほど建物の背は高くなかったが、駅前は賑わっていたし、駅前から南へと延びる2つの商店街も、人があふれるほど存在した。 「 活気ある!」というのが第一印象だった。 北九州の副都心と言われるだけのことはある、と。 転機となった「そごう閉店」 大学を卒業して北九州を離れ、東京の企業に就職した。 しかし北九州など比較にならない「真の大都会」での労働と生活に疲弊し、すぐ北九州に舞い戻った。 (生まれ故郷の鳥取県は選択肢になかった) 大学生時代は数回しか行ったことがなかった黒崎も、社会人となり北九州で再び生活するようになってからは頻繁に通った。 1990年代までは人も多く、活気を保っていたように思う黒崎。 転機となったのは、やはり「 そごうの経営破綻」ではなかったかな。 北九州市には「小倉そごう」と「黒崎そごう」の2店舗が存在した。 黒崎そごうに関しては良く知らないが、小倉そごうはグループの中でも経営的には比較的優秀な方だったと聞いている。 しかし2000年7月、そごうは倒産。 小倉そごうと黒崎そごうも閉店となった。 JR小倉駅前にドーンと建設され、華々しく開業した小倉そごうの閉店は衝撃的だった。 11年間営業していた最新の「コレット」も昨年2月に閉店した。 一方、「黒崎そごう」と「ジャスコ黒崎店」の2つで形成されていたJR黒崎駅前の商業エリアも、黒崎そごう閉店後は後継店舗がなかなか決まらず、さらにジャスコまでも撤退してしまい迷走。 結局、別の場所にあった「井筒屋黒崎店」が駅前に移転するということで決着。 そのまま現在に至っていた。 しかし、我々市民の知らないところでスッタモンダがあったらしい。 井筒屋撤退によるクロサキメイト破綻 2020年1月、クロサキメイトを運営する「メイト黒崎」が経営破綻し、 2020年4月末でクロサキメイトを閉店すると発表。 井筒屋黒崎店が閉店・または完全撤退という 内容ではなく、井筒屋を含む商業ビル、クロサキメイト全体が閉店するというニュースには驚いた。 そこまで黒崎の経済は悪化していたのか、と。 同月にメイト黒崎から発表された「」というリリースによれば、井筒屋黒崎店からの度重なる賃料引き下げ要請に応じてきたものの、2019年には井筒屋側から撤退の申し出があり、賃料引き下げにも応じられず、後継テナントも見つからず、一部フロアが空床となって経営が悪化し、経営破綻となった旨が説明されている。 メイト黒崎のリリースにもある通り、井筒屋黒崎店は既に一部フロアが営業を終了していて空床となっている。 クロサキメイトは2020年4月で閉店となるが、井筒屋黒崎店が完全撤退するのか、この場所で一部フロアのみで継続するのかは、記事執筆時点で明確な発表がない。 おそらく井筒屋も撤退するのではないか(井筒屋だけが残ることはないだろう)という推測も聞くが、どうなるのかは分からない。 【4月2日追記】井筒屋黒崎店は2020年8月17日 月 に営業終了、閉店することを発表しました。 JR黒崎駅前のかなり広い一帯をカバーする商業施設だったクロサキメイト。 「黒崎そごう」の閉店も衝撃だったが、クロサキメイトが消滅することも驚きでしかない。 北九州市に移住してから30年以上、黒崎駅前に当たり前のように存在した商業施設が遂になくなってしまう。 後継店舗も決まらず、このままどうなってしまうのか、誰にも分からない。 反比例するかのように発展するJR黒崎駅 駅周辺の商業施設が次々と消滅していく中、JR黒崎駅だけは反比例するかのように発展を続けている。 黒崎駅の駅舎は2016年に改築工事が完了した。 改札口も「みどりの窓口」も旧駅舎とは違う場所に移転している。 駅前広場のデッキも数年かかった工事が完了し、広くキレイになった。 行く度にいろんなイベントが開催されている。 地上から1段高い場所にあるデッキへは、駅南側に階段だけでなくエスカレーターやエレベーターが設置されているので利便性は良い。 しかし、駅舎のすぐ下にあたるタクシー乗り場との移動手段は現在も階段しか存在しない。 バリアフリーの観点からも、タクシー乗り場のエスカレーター設置は急務だと思うが、どうなってるのだろうか。 駅舎横、「魚民」があるビルの1階に、いつの間にやらスタバ(スターバックス黒崎駅店)が出来ていた。 2019年4月にオープンしたらしい。 そのスタバの横から、線路をまたいで南北に延びる「黒崎駅南北自由通路」も2018年3月に開通。 以前は駅舎近くに別の連絡路があったのだが、こちらに切り替わったらしい。 通勤&帰宅時間帯には線路の向こうにある安川電機の社員が多く通るのかもしれないが、平日昼間にここを人が通る姿はまだ見たことがない。 JR黒崎駅の横にそびえる「コムシティ」。 元は複合商業施設として建設されており、井筒屋が黒崎そごう跡に移転したのと同じ2001年の秋に開業。 しかしテナントの入居トラブルや来訪客の少なさにより、コムシティは1年ちょっとで経営破綻。 黒崎衰退の象徴的存在などと揶揄されもした。 その後10年近く息をしてなかったコムシティも、八幡西区役所や休日急患センターが移転したり、西鉄バスが1階部分にバスセンターを移設するなどして、現在は商業施設ではなく公共施設や生活利便施設として再生している。 黒崎駅の周辺を散策 JR黒崎駅から南に延びる通称「ふれあい通り」。 ここの風景も30年で様変わりしている。 「長崎屋 黒崎店」の跡地。 2002年2月に閉店し、現在は立体駐車場となっている。 黒崎近郊に住む友人に以前聞いた話だが、2000年7月に「黒崎そごう」が閉店した時は、母体である「そごう」が経営破綻したことが原因だったため、まだそれほど深刻には考えていなかったらしい。 しかし、2001年1月に「トポス黒崎店」が閉店し、次いで2002年2月に「長崎屋黒崎店」が閉店したことで、「あれ? 黒崎の経済、ちょっとヤバいんじゃない?」と危機感を覚え始めたという。 まだ長崎屋がここで営業していた頃に何度か近くまで来たことはあるが、結局一度も中に入ることがないまま、長崎屋黒崎店は消えてしまった。 長崎屋黒崎店の正面には元々「井筒屋黒崎店」があった。 2000年7月に黒崎そごうが閉店した後、井筒屋黒崎店が後継店となって駅前に移転。 その後、ここには井筒屋の系列店である「ブックセンターQUEST(クエスト)」が入居した。 北九州市西部エリアでは最大の書店でもあり、大変活用させてもらったのだが、2014年にクエスト黒崎店は井筒屋黒崎店に移転。 クエストが去った後、入居していたビルは取り壊され、一時的に駐車場と化していたが、この写真を撮影した時はクエスト跡地に分譲マンションが建築中だった。 駅前の井筒屋に移転したクエスト黒崎店も、今回のクロサキメイト閉店により将来がみえなくなった。 近隣の本好きな人たちはいよいよネットでしか本を買えなくなってしまうのだろうか。 その昔、黒崎エリアで最も有名だったラーメン店「唐そば」。 北九州ラーメンとは少し違う珍しい味付けで、2〜3回食べに来たことがあった。 唐そばは1999年12月に閉店。 20年以上経った現在も特徴的な黄色い店舗ビルが残ったままである。 店長の息子さんが後を継ぎ、東京・渋谷駅近くに同じ「唐そば」という名前で出店したと聞く。 渋谷店には行ったことがない。 2つの商店街も景色が一変 JR黒崎駅の駅前広場からエスカレーターで地上に降りると、2つの商店街が延びている。 そのうちの1つ、「カムズ名店街」。 30年ちょっと前、初めて黒崎に来た際に「活気ある!」と感じた話は上で述べたが、その中心地がまさにここ、カムズ名店街だった。 当時は、とにかく人の多さがスゴかったのだ。 当時はスマートフォンなど存在すらしなかったが、今のようにスマホを見ながら歩きでもしたら確実に前方から来る歩行者と衝突してしまうだろう。 そのくらい商店街は人であふれていた。 ぶつからないよう、前方を注意しながら歩く必要があったのだ。 最近の黒崎しか知らない人には想像すら出来ず、ホラ話だと思われるだろう。 しかし、私が鳥取県から北九州にやって来る30年前よりも更に昔は、もっともっと大勢の人で賑わっていたらしいのだ。 当時を撮影した写真で見たのだが、商店街はビッシリと人で埋まってた。 「北九州の副都心」という名に恥じない隆盛っぷりだった。 しかし今では上の写真の通り。 平日昼間ということもあるが、人影はまばら。 シャッターを下ろした店舗も多い。 音楽も流れず、そもそも音声が響いておらず静寂に包まれている。 昔は本当に賑やかな商店街だったのだ。 この商店街にあったCDショップが好きで、いつもここに買いに来ていた。 いつ閉店してしまったんだろう。 カムズ名店街と並行して南に延びるもう1つの商店街、「表参道新天街」。 以前はアーケードがあったのだが、人通りの減少と空き店舗の増加、さらに老朽化もあり、2015年にアーケードは撤去された。 撤去直後、そのことを知らずに商店街を歩いていたら雨が降ってきたらしく、頭部に濡れを感じたのでおかしいなあと思って見上げたら存在したはずのアーケードが消えており、「え!!」と仰天したのを思い出す。 気付くのが遅かった。 以前は「黒崎駅前新天街」という名称だったと記憶しているのだが、現在の正式名称は「表参道新天街」らしい。 アーケードが撤去された後で名称変更したのか、元々そういう名前だったのかは知らない。 クロサキメイトの閉店後、黒崎の経済はますます悪化する。 商店街は廃れ、駅前の大型商業施設も壊滅し、そもそも人の往来が増えない。 復活への起爆剤となりそうな要因も残念ながら見つけられない。 江戸時代に長崎街道の宿場町として栄え、現在もその遺構が残っているし、部分的ではあるが発展を続けているエリアもある。 散策するのが楽しいエリアなのだ。 自治体や各団体が黒崎の活性化実現のため必死で頭を捻ってらっしゃることも知っている。 この街をもっと多くの人に楽しんでもらいたい。 何か妙案はないものか。

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黒崎 井筒屋

概要 [ ] (昭和10年)、で旅館「梅屋」主人だった神崎慶次郎と、(現)で「井筒屋」を経営していた住岡由太郎との、共同出資により設立された。 建物の敷地は梅屋の土地を充当し社名は井筒屋の屋号を継承、更に設立にあたっては(後の)の出資を仰いだ。 (昭和11年)小倉本店開店。 このような経緯があるため、かつてはに属していた。 なお、現在も西日本鉄道は9. 主導の(A・D・O)に加盟しており、百貨店形態の直営店として、本店(北九州市船場町)の他に、黒崎店(同市)がある。 また、で関連会社により店舗を運営しているほか、福岡県内を中心に進物、婦人衣料雑貨など限られた商品を扱う小店舗を展開しており、その多くが大型量販店に併設または隣接したサテライトショップである。 1号店として黒崎店に近接して設けた大型「井筒屋ブックセンター」はその後、馬借駐車場再開発に合わせた小倉店オープンの際「 ブックセンタークエスト」に名称変更。 のち別法人化して独立後、地場書店チェーンの(福岡市)に株式を売却(後に同社が吸収合併)して井筒屋グループから離脱しており、現在は井筒屋や西鉄とは無関係な場所での店舗展開も行っている。 伊勢丹とは、小倉伊勢丹開業を機に全国に先駆け情報システムを統合するなど関係を強化していた こともあり、大きな混乱なく移行させることができたとみられている [ ]。 (平成21年)には、井筒屋本店との棲み分けを図るために改装し、新店名「コレット」に改称した。 福岡市における事業 [ ] 1966年に開業したのJR博多口のである博多ステーションビルで、関連会社のが営業していたが、2007年3月31日で博多延伸に伴うによる博多駅再開発のため閉店した。 同時に博多井筒屋社も解散した。 2005年(平成17年)1月26日には社長名の文書で「新駅ビルへの核百貨店としての出店について前向きに検討したい」などと営業継続を求めた。 しかし、2006年(平成18年)4月3日に、九州旅客鉄道が、新博多駅ビルにはが進出にすることで正式に合意したことを発表した。 これにより、補償金45億円で退去することとなった。 博多井筒屋閉店の際、井筒屋から発表・公開された文章の中で「新JR博多駅ビルでの営業は」と書かれており、当時から博多駅ビル以外での場所で再出店を示唆。 その後2007年(平成19年)に地下2階部分に井筒屋本体による直営店舗「 SALON DE IZUTSUYA U(サロン・ド・井筒屋・ユー)」として開店した。 「大人の価値観にフィットする上質な」をコンセプトとしていた。 しかし、売り上げが伸び悩み、会社全体の経営も厳しい状況となったことから、「本拠(北九州)に経営資源を集中する」として、(平成21年)に同年をもって閉店し、福岡市から事実上撤退すると発表した。 閉店後は、特産品と九州産焼酎を扱う2店舗が引き続き営業している。 経営再建の道のり [ ] (平成21年)期連結決算でが9期ぶりの赤字に転落し 、を図るため、以下の方策が採られることとなった。 北九州市内の直営2店の閉店時間を繰り上げて19時とするとともに、以外の定休日を年8日程度に限って復活させる。 久留米井筒屋閉店後の(平成21年)付で会長以下全役員を降格とし、中村眞人が社長に復帰するとともに営業本部長を兼ねる。 同時に、役員数を削減する。 外部に委託していた一部の業務を自前に戻し、経費を削減する。 またこれに加え、(平成21年)をもって子会社運営の飯塚井筒屋についても売り上げの回復が見込めないとして閉店した が、地元からの再開要望を受け、翌月半ばから井筒屋本体直営の小型店舗および外商窓口「飯塚・井筒屋サロン」の営業を開始した。 それでもなお業績が回復せず、(平成22年)期の決算でも大幅赤字になる見通しとなったことから、同年、・・といった主力取引銀行に対して金融支援を要請し、合意。 この責任をとるため、中村は後日、社長職を退任した。 (なお、中村は本業に専念するため、それ以前から旧ニューウェーブ北九州後援会会長など、兼務していた公職を段階的であったが退いていた)。 これらの経費削減が功を奏し(平成22年)中間連結決算において減収ではあったが、3期ぶりに黒字に転換した。 2018年4月10日、2009年9月以来、旧飯塚店の後継として営業していた飯塚・井筒屋サロンについて、商圏内の消費環境が不透明な状況にある中、将来の業績好転の見通しは厳しく、さらに、店舗建物の維持・管理コストの増加も見込まれることから、同年10月末での閉店を決定した。 同年7月31日、経営不振により賃料負担が重く、立て直しが厳しいとして、宇部店を同年12月末、コレットを2019年2月末、黒崎店を2019年5月末でそれぞれ営業終了し、関連の特別損失34億円を2018年8月中間期に計上することを発表した が、黒崎店に関しては2019年2月25日に北九州市が出資するである賃貸業「」との交渉などで黒字となる見通しが付いたため、同年7月31日まではそのままで営業、8月1日からは1階から3階に規模を縮小して営業を継続する旨を発表した。 メイト黒崎はこの賃料激減を主因として業績が悪化し、2020年1月24日にを申請した。 このため同年4月2日の取締役会で、黒崎店を同年8月17日に閉店することを決定した。 沿革 [ ]• (10年) - 株式会社井筒屋百貨店として設立。 (昭和11年) - 「井筒屋」(現在の本店)を開店。 (昭和12年) - 九州電気軌道(の前身)系列の株式会社九軌百貨店と吸収合併。 その後九州電気軌道系列に入る。 (昭和24年) - 飯塚支店が開店。 (昭和26年) - 株式会社井筒屋に商号変更。 (昭和34年) - 八幡店(後の黒崎店)が開店。 (昭和36年) - に上場。 (昭和40年)10月 - 飯塚支店を分社化して設立した株式会社飯塚井筒屋(1964年8月の法人設立時は株式会社井光、その後1965年3月に商号変更)が飯塚店を開店。 (昭和41年) - 子会社の株式会社博多井筒屋が博多駅ビルで店舗開店。 (昭和44年)10月 - 株式会社宇部ちまきやとの共同出資により株式会社井筒屋ちまきや(1972年4月に株式会社宇部井筒屋へ商号変更)を設立。 同年12月に「井筒屋ちまきや」(現在の山口井筒屋宇部店)を開店。 (昭和47年) - 二部に上場。 (昭和48年) - 一部に指定替え。 (昭和54年)10月 - 若松井筒屋を開業。 (昭和62年)10月 - 浮羽井筒屋が開店。 (7年) - 若松井筒屋が閉店。 (平成9年)9月 - 浮羽井筒屋が閉店。 (平成10年)8月 - 本店新館が開店。 (平成13年)• - 大牟田井筒屋が閉店(ゆめタウン大牟田1階に移転)。 10月 - 黒崎店を現在地(前の退店跡)に移転。 (平成14年) - 井筒屋アネックス-1(旧黒崎店)が開店。 (平成15年) - 伊勢丹と提携関係を樹立。 以後子会社整理・小倉伊勢丹開業などにおいて、支援を受ける。 (平成19年)• - 博多井筒屋が閉店 、 子会社の株式会社博多井筒屋を解散 [ ]。 11月 - 「サロン・ド・井筒屋U」が開店。 - 伊勢丹が小倉からの撤退を表明したことに伴い、株式会社小倉伊勢丹の全株式を取得し、店舗運営を引き継ぐ方針を発表。 (平成20年)• - 小倉伊勢丹を引き継ぎ「」を開店。 株式会社小倉伊勢丹を株式会社コレット井筒屋に商号変更。 - 株式会社宇部井筒屋を株式会社山口井筒屋に商号変更。 - 株式会社山口井筒屋がからに本社を移転、が運営していた「ちまきや」を引き継ぎ「」として再開業。 (平成21年)• - 久留米井筒屋が閉店。 - コレット井筒屋を改装し、店名を「コレット」に改称。 - サロン・ド・井筒屋Uが閉店。 - 飯塚井筒屋が閉店。 - 飯塚井筒屋が「飯塚・井筒屋サロン」として規模を縮小し再開業。 (平成26年)• 10月 - 飯塚・井筒屋サロンを再度縮小。 1階のみの営業となる。 (平成27年)• 10月 - 井筒屋アネックス-1(旧黒崎店)の営業を終了。 同ビルの解体工事に入る。 (平成28年)• 6月 - 井筒屋アネックス-1の解体完了。 土地は井筒屋が保有していたが、2017年にに売却。 8月 - サテライトショップ「戸畑ショップ」が1階に開店。 (平成30年)• 10月31日 - 飯塚・井筒屋サロンが閉店• 12月31日 - 宇部店が閉店• 2月28日 - コレットが閉店• 8月1日 - 黒崎店が規模縮小• 8月17日 - 黒崎店が閉店 店舗 [ ] 小倉本店 通称:小倉井筒屋。 北九州市小倉北区船場町1番1号。 以前は本館の西側に紫川別館が存在したが、駐車場棟跡地に建設した新館開業を期に取り壊され、飲食店が入った施設「紫江'S(しこうず)」が開業した(も参照)。 現在は本館横に新館が建てられ、連絡通路で繋がっている。 1980年代には東側出入口の上に電光掲示板が設置されていたが、現在は撤去されている。 黒崎店 通称:黒崎井筒屋。 八幡西区黒崎1丁目1番1号、西ブロック(旧跡)。 2019年5月31日をもって営業終了予定だったが、7月31日まで現状規模で、翌8月1日より1階から3階に営業フロアを縮小した上で営業継続。 メイト黒崎の破産に伴い、8月17日閉店。 サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店) [ ] 北九州空港店 名称は、いずれも井筒屋が自社サイトで用いる名称に従った。 北九州市内 すべて本社直営 小倉駅店(JR新幹線口「小倉エキナカひまわりプラザ」内) 市庁舎売店(本庁舎地下1階) 、 二島ショップ(1階) 北九州空港店(内) 高須ショップ(高須1階) 若松ショップ(サンリブ若松1階) 守恒ショップ(サンリブ守恒1階) 戸畑ショップ(1階) 下曽根ショップ(1階) 三ヶ森ショップ(サンリブ三ヶ森1階) その他本社直営 飯塚ショップ(1階 中間ショップ 行橋ショップ ゆめタウン行橋ショップ(1階) 苅田ショップ(サンリブ苅田1階) 直方ショップ(サンリブのおがた1階) イオンモール直方ショップ(1階) 田川ショップ 宗像ショップ(サンリブくりえいと宗像1階) 中津ショップ(1階) 大牟田ショップ(1階) 山口井筒屋 周南ショップ 宇部ショップ(1階) 過去に存在した店舗 [ ] 飯塚店(現:飯塚・井筒屋サロン) 井筒屋初の支店として(昭和24年)開業、後に分社された(黒崎店開業は昭和30年代)。 飯塚店としての百貨店営業は2009年に終了したが、その後は4階建てビルの1階・2階だけに店舗を縮小して「飯塚・井筒屋サロン」として小型店営業を続けている。 しかし10月でビルの老朽化によるコスト増大等を理由として閉店することが発表された。 本城店(直営) 北九州市光貞台1丁目にあった、屋上に駐車場を備える郊外型の2階建ての店舗。 近くにが開設された3年後の(昭和56年)に、同大学北側の大学関係者も多く住む住宅街に開店したが、幹線道路に面していない、鉄道駅に直結ではなかったことなどが災いし、(昭和59年)に閉店。 跡地はしばらく空き店舗だったが、数年後北九州西店が開業した。 なお、旧店舗から東方向に3kmほど離れた場所にあるの商業施設「Mr. Max本城ショッピングセンター」の一角で長らくを運営していたが、現在は閉店(イオン若松店に移転)している。 中津店 [ ] のJR九州前に建てられたビルのテナントとして入居していた [ ]。 現在は、広島のスーパーが運営する「」内のテナントとなっている。 若松店(若松井筒屋) 北九州市本町3丁目にあった「」(開業)を10月に買収・子会社化し運営していたが、閉店。 同店は北九州市役所の売店運営も担当していたため、閉店後の売店運営は井筒屋本体が引き継いだ。 その後は長きに亘り空地となっていたが、(平成19年)に北九州若松駅東が開業。 若松井筒屋閉店から実に12年後となる2007年(平成19年)には、若松区本町3丁目の「若松店」に「井筒屋若松ショップ」を出店。 売場面積は320平方メートルで、洋菓子・和菓子やギフト、婦人服等を販売する。 博多店(博多井筒屋) 福岡市博多駅中央街1-1旧博多駅ビル(博多ステーションビル)に入居していた。 (昭和41年)に開店。 2007年(平成19年)午後7時をもって博多駅再開発のため閉店。 SALON DE IZUTSUYA U 博多店の事実上の後継店舗として、(平成19年)に本体直営で福岡市博多区 地下2階に開店した。 売り上げ不振から(平成21年)撤退。 業績不振により(平成21年)をもって閉店。 但しその後も同社の運営する大牟田、筑後のサテライトショップの営業は継続していたが、大牟田ショップは本社直営に移管、筑後ショップは閉店された。 法人は現存しており、不動産管理業を担う。 久留米井筒屋大牟田店 久留米井筒屋がの前に(昭和45年)にオープン。 とともに大牟田・地域の百貨店として親しまれたが、石炭産業の衰退に加え、郊外店との競争に敗れ、(平成12年)に閉店した。 その後(平成16年)に大牟田松屋も経営破綻し、大牟田市からは百貨店が姿を消した。 なお、現在はでギフトショップを営業している。 浮羽店(浮羽井筒屋) (昭和62年)開店。 うきは商業開発が運営するショッピングセンター「うきはプラザ」の核店舗であった。 出店10年目の(平成9年)で閉店。 (平成21年)現在「うきはプラザ」にはスーパーバリュー、ダイソーなどが入居している。 井筒屋アネックス-1(2009年3月) 井筒屋アネックス-1(旧黒崎井筒屋) 黒崎店がに旧黒崎そごう跡へ移転後、旧黒崎店をリニューアルしにオープン。 裏手にあった黒崎店(旧井筒屋ブックセンター)を移転開業させ、、家具店i-Maison等の専門店商業施設として営業を続けたが、ビルの老朽化に伴う維持管理や黒崎店への一極集中を理由に、、55年間の同ビルでの営業に幕を下ろした。 サテライトショップ(ギフトショップ、小型売店) 下関店 正式店舗名不詳。 小倉記念病院売店 の移転に伴い閉店。 福岡空港店 かつて国内線ターミナルに出店していた。 正式店舗名不詳。 小郡ショップ かつての前に出店していた。 現在は空家となっており、民主党の選挙事務所として使われたこともある。 外装にIZUTSUYAマークの跡が確認できる。 筑後ショップ 筑後市。 久留米井筒屋閉店後も運営されていたが、久留米井筒屋の営業休止に伴い閉店。 中津アウトレット館 大分県中津市に設置された小型店。 アウトレット品も扱う。 (平成22年)に閉店した。 大分出張所 大分県大分市。 主な関連会社 [ ] その他の関連企業については、を参照 過去の関連会社 [ ] 過去にJRビル内にあった。 駅ビル建替えに伴い、(平成19年)末閉店、法人も解散。 以降は、しばらくの間井筒屋本社が博多駅の専門店街に相談窓口を設けていた。 井筒屋ウィズカード に属するカード会社。 伊勢丹との提携の際、伊勢丹のMDシステム・顧客情報分析システムを有効活用するために譲渡し、子会社となった。 後に伊勢丹経営統合で発足したの事業見直し過程で、山口フィナンシャルグループに売却され現在に至る。 その後、積文館書店と共にの連結対象関連会社となり、井筒屋の連結対象から外れているが、従来通り井筒屋ウィズカードなども利用できる。 2009年(平成21年)付で積文館書店と合併(合併後の社名は、株式会社積文館書店)。 タミー 西日本鉄道と共同出資でビルでスーパーマーケットを運営。 後にグランドストア西都と合併、その後に吸収された。 他の「井筒屋」と「井桁」マーク [ ] における業者をはじめ、全国各地に点在する同名の業者とも 全く関係がない [ ]。 社名とロゴマーク(井桁)が似ている、京都のとは一切関連がない。 過去に「井筒屋」と同じ「井桁」マークを使用していた(現在はCI導入により使用していない)同業他社の、のとも資本関係はないが、両社ともに加盟している。 社章はの菱井桁マークと酷似しているが、等に用いられる「角立井筒」と呼ばれるものであり()、特に住友との関連はない [ ]。 その他の話題 [ ]• 流通業界への就職を後押しするため、全国で初めて店舗販売員を養成する「西日本リテールカレッジ」を(平成17年)に開校した。 ただし(平成22年)現在、同校ホームページは閉鎖されている。 前半にで放送されていた番組『女神のアンクレット』の一社提供を行っていた。 北九州にゆかりのある人にスポットを当て、贈り物、プレゼントに関するトークを繰り広げる15分番組であった。 北九州市に拠点を置くクラブ、のイヤーブックスポンサーを務めている。 かつてはベンチ広告スポンサーを務めていた。 同クラブがとしてに加盟していた2007年までは、ユニフォームスポンサーであった。 に放送されたドラマ『』、2月11日に公開された映画『』などのとして、小倉店と周辺道路が使用され従業員も出演した。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 1979年10月7日• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 2000年12月25日• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 1993年10月11日• 読売新聞 読売新聞社 : p. [ ]. 2002年12月25日• 西日本新聞社 2007年12月25日. 2008年1月17日時点の [ ]よりアーカイブ。 2007年12月25日閲覧。 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2008年4月2日• 東洋経済オンライン. 2007年12月2日. の2008年4月10日時点におけるアーカイブ。 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2009年3月11日• 朝日新聞 朝日新聞社 : p. [ ]. 2007年4月1日• 日本経済新聞 日本経済新聞社 : p. [ ]. 2005年1月27日• 日本経済新聞 日本経済新聞社 : p. [ ]. 2006年4月4日• 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2011年3月4日• ふくおか経済Web. 、2009年6月9日。 西日本新聞 西日本新聞社 : p. [ ]. 2009年9月1日• 日本経済新聞 日本経済新聞社 : p. [ ]. 2009年9月2日• 日本経済新聞 日本経済新聞社. 2010年7月5日. 流通ニュース. 流通ニュース 2018年4月13日. 2018年7月31日閲覧。 日本経済新聞. 日本経済新聞社 2018年7月31日. 2018年7月31日閲覧。 テレビ西日本 2019年2月25日. 2019年2月26日閲覧。 、2020年1月24日• 毎日新聞. 2020年4月3日閲覧。 萩国際大学論集 論集委員会 4 1 : [ ]. 2002年9月. 山口新聞 みなと山口合同新聞社 : p. [ ]. 2008年10月4日• 産経新聞. 2018年12月30日. 2019年1月7日閲覧。 かんもん北九州ファンクラブ 会報 かんもん北九州ファンクラブ 65 : [ ]. 2007-08-29. - 松屋の24,362日• ファッションニュース(2004年6月) 広報資料・プレスリリースなど一次資料 [ ]• 井筒屋 2009年4月20日. 2010年1月10日閲覧。 井筒屋 2009年2月20日. 2010年1月10日閲覧。 , 井筒屋, 2009年7月6日 , オリジナルの2010年3月8日時点によるアーカイブ。 2012年1月10日閲覧。 井筒屋 2010年1月9日. 2010年1月10日閲覧。 井筒屋 2010年1月9日. 2010年1月10日閲覧。 西日本鉄道 2007年10月. 2008年1月16日閲覧。 井筒屋 2007年11月14日. 2008年1月17日閲覧。 販売市場に特化した新会社(子会社)設立のお知らせ• 主な制作実績• 外部リンク [ ]• 黒崎そごうメモリアル(個人ブログ).

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