17歳の政宗はいじめによる絶望の末、校舎の屋上から飛び降りる。 だが直後、クラス転移に巻き込まれてしまった。 気づくとそこは王座の広間。 目の前には異世界の王や王女の姿があり、政宗たちを勇者召喚の儀式により転移させたのだと言う。 召喚された生徒たちはそれぞれ賢者や勇者、上級騎士といった《上級職》を授かっていたが、なぜか政宗が手にしたのは治癒師《ヒーラー》……。 それは攻撃魔法すら扱うことのできない、《最弱職》であった。 無能と罵られ一人、理不尽に王女の転移魔法で飛ばされてしまう政宗。 しかし、どこかも分からない暗闇に至り彷徨った末、スキル《反転の悪戯【極】》を手に入れた彼は、治癒魔法《治癒/ヒール》を反転させることで、《すべてを蝕む赤黒い波動》という強大な力を得る。 主人公は虐められてたからか、人の善意を信じられず、そのくせ自己顕示欲が高く、高校生らしく思慮に欠ける愚かな人物だった。 そういった前提を考えると、主人公の行動は実に上手く書かれている。 その場の気分で行動や考えをコロコロ変える一貫性のなさや、数ページ前に書かれていた考え方をあっさり覆すさまは読者を苛つかせるかもしれないが、虐められていた若者はこういった考え方をするのかもしれないと感じさせてくれる。 一方で、僕また何かやっちゃいましたか? みたいなシーンがあるのはどうなんだろうか。 都合の良い展開もあるため、そっち方向に話しの展開が進むのであれば、一気によくある駄作になると思う。 主人公がどう成長するのか、次巻に期待したい。
次の「ニト、お前って……まさか英雄ニトか?」 「は?」 いつものように授業をすっぽかし「図書室に集合」とだけ伝え、読めない本を漁りパトリックを待つ。 急に部屋の扉が開き、現れたパトリックは落ち着きのない顔でそう言った。 校長に怒られたことが発端と言える。 あれから数週間が過ぎ、俺たちはよく連るむようになっていた。 共犯者のような感覚が生まれたのか、特に訳もなく、授業を抜け出しては演習場やら図書室で遊ぶようになった。 「だから、お前が英雄ニトかって聞いてるんだ」 「……ああ、そう言えばそんな風に呼ばれたこともあったな」 「あったなじゃないよ。 見てみろこれ」 パトリックが見せてくれたのは一冊の雑誌だった。 魔的通信といって、この世界の新聞、また週刊誌のようなものであるらしい。 「ほら、ここだよ」 魔的通信には、種族に関係なく誰でも読めるよう特殊な魔法が施されているということだった。 「なになに……『ラズハウセン襲撃、帝国の真意は?』、なんだこれ」 「そこじゃない、ここだ」 「えっと……『冒険者のヨーギさんはこう話す。 俺たちはニトがいなかったら終わりだった。 ありがとう、永遠の友よ』。 いや、あいつは友でもないからー」 「英雄ニトはヒーラーらしい」 「まあ隠すことでもないしなあ……俺のことだけど?」 「だから隠すことなんだって」 「なんで?」 パトリックは教えてくれた。 世界は今、ラズハウセンを救った冒険者ニトの居所を求め、大騒ぎになっているということを。 その証拠に、記事の最後には五行くらい使って大きく『冒険者ニトの情報求む! 詳細は魔的通信まで』という一文が刻み込まれていた。 この世界の情報は魔的通信頼りであるらしく、それがダメなら自力で探すしかない。 ということで、各国は兵を派遣して俺のことを血眼で探しているらしい。 「うぜえ~」 「そんなこと言ってる場合じゃないぞ。 多分もう魔的通信はニトの情報を掴んでる」 「なんでだよ?」 「ニトが名乗ったからだよ、この学校の生徒はニトがハイルクウェートにいることくらい知ってるぞ」 「あ、確かに。 何度か放送で呼ばれたもんな」 「それもある。 ともかく、そろそろ魔的通信の記者が現れてもいい頃だ」 「なんか面倒くさいなあ」 「となると、もう誤魔化すしかない」 「誤魔化す?」 「仮面とか被って顔を隠すんだよ。 幸いにも魔的通信にはまだニトの顔は掲載されてない。 隣にカタールっていう小さな砂漠の町があるんだ。 そこなら出店でお面が売ってるだろう。 近いうちに行こう」 「なんか安直だな。 それで隠せるのか?」 「あとはニト次第だ。 なんか姿を誤魔化せる魔法とか持ってないのか?」 「ない」 今になって、ダンジョンでスキル《擬態》を選ばなかったことを後悔した。 「じゃあ仕方ないな」 「それより、今夜は行けそうか?」 「ああ、問題ない。 というかもう今夜しかないだろ。 丁度、校長も出張でいないらしいしな」 「好機じゃないか」 「ああ、だから今夜決行する」 俺は未来の話をパトリックに話してしまった。 話し合いを重ね、あれから今日までに導き出した答え。 それは蘇生魔法だ。 「基本的に死に纏わる書物は公には出回らない。 この学校にそんな物があるとすれば、それは禁忌の部屋しかないと思う」 俺たちは今夜、その禁忌の部屋へ侵入することになっている。 「問題は結界だ。 だが俺にはこれがある」 そう言ってパトリックは懐から一本の茶色い杖を取り出した。 「それは?」 「ヨーデルの杖だ。 禁忌の部屋に張られた結界を解呪できる」 「へえ~、てかなんでそんなもん持ってるんだ?」 「入ろうとしたからさ」 「なんで?」 「俺にも欲しい物がるんだよ」 「なるほど」 「だけどそれより先には入れなかった。 部屋の中には数えきれない程の感知結界が張り巡らされているからだ」 「……待てよ。 それって俺なら行けるんじゃないか?」 「多分いける。 偶々ニトが入りたいって言うから、だったら俺としても都合がいいし……」 「ホントか? まあ、別に俺は構わないけど」 「バレたら確実に退学だ。 それだけは覚悟しておけよ」 「ふっ、よく言うよ。 もう覚悟は決まってる。 そこにトアを救う鍵があるって言うなら、俺は迷わない。 お前の代わりに入ってやるよ。 それでパトリックは何が欲しかったんだ?」 「……火の精霊について書かれた本だ」 「分かった。 じゃあ取ってきてやるよ」 「簡単じゃないぞ」 「なんで、簡単だろ?」 「ニトは字が読めないだろ」 「あ……」 「ったく、これを持っていけ」 そう言ってパトリックは二枚の紙を渡した。 「こっちが蘇生についての言葉の羅列をメモしたものだ、それでこっちが火の精霊。 少しでも一致した物は持てるだけ持ってくるんだ」 「よし、簡単そうだ」 「あのなあ……」 「大丈夫だって、入って取ってくるだけだろ。 それに俺には異空間収納がある。 持てるだけ持つのは得意だ」 「はぁ……だからってもたもたしてられないぞ、もうすぐ対校戦もあるしな」 「対校戦?」 「聞いてなかったのか、先生が言ってただろ」 全く知らなかったが、それは毎年三校が集まり繰り広げられる合同試合のことらしい。 「今年はグレイベルクがいない、となると相手はフィシャナティカだけだ。 それだけに敵も絞りやすい。 俺にとってはチャンスなんだ。 だから絶対に予選を勝ち抜いて、代表の三人に選ばれたいんだ」 「そのための力を探してるって訳か」 「……ああ」 もしかして、パトリックは後ろめたいのだろうか。 俺は少しわくわくしていた。 素早く、扉前のパトリックと合流する。 俺とパトリックはそれぞれ深夜に部屋を抜け出した。 今まさに、禁忌の部屋へ侵入しようとしている。 ここは小さな中庭に面した場所だ。 どうやらここが禁忌の部屋らしい。 「いいか、中にいる間は俺が外の見張りをする。 だが常に魔力感知は解くな、辺りを警戒し続けるんだ。 俺たちが波動を感知できるってことは相手も感知できるってことだからな」 問題があった。 扉の左右に通路が続いているのだ。 侵入するのはいいが隠れられる場所がない。 巡回の警備員でも通れば一発で見つかってしまうだろう。 「まあ見つかるとすれば、それはパトリックの魔力だろうけどな」 夜間の出入りは禁止されており、見つかるだけでアウトだ。 「時間は丁度だ、今から一時間は巡回がない」 「よく知ってるな」 「調べたんだよ、この日のためにな。 おそらく俺よりニトの方が広範囲まで感知が届くはずだ。 もし波動を感じたらすぐに俺を抱えて逃げてくれ」 パトリックには固有スキル《神速》を一度見せている。 説明の間、パトリックは左右をしつこいくらいに警戒していた。 だが視認は必要なことだと事前に教えられている。 世の中には少数だが魔力を持たないモンスターがいるらしく、さらに人に懐きやすいモンスターまでいるのだとか。 偶にそれらを使役して警備に当てている場合があるらしい。 パトリックは学校では見たことはないと言っていたが、万が一を考えてのことだそうだ。 「いいか、まず俺がこの杖で結界を妨害する」 パトリックはヨーデルの杖を構えた。 「それで?」 「そしたらスキル《念動力》で扉を開けてくれ、念のためだ。 極力、直に触らない方がいい。 中に入ったら本が置かれている棚を探すんだ。 見つけたら渡したメモ通りに本を探してくれ。 痕跡を残すことが一番マズい。 俺たちの知らないところで気づかれ、次に待ち伏せでもされたらおしまいだ。 今日しかない訳じゃないんだ、気長にいこう」 「分かった」 パトリックは左手の杖を軽く扉に振った。 「警戒は怠るなよ」 「そっちもな」 俺は部屋へ足を踏み入れた。
次の教室に入ると生徒たちが一斉に俺の方へ振り返った。 視線は間違いなく俺を見ている。 俺が見ると、それぞれは直ぐに目を逸らした。 そんな中、窓際の席で外ばかり見つめているパトリックを見つけた。 一瞬、その姿にかつての俺を見ているような、そんな記憶が過った。 そうこうしている内に授業は始まる。 本日は「魔力感知」というものについてだそうだ。 「では各自、二人組のペアを作ってください」 よし、ここは隣にいるネムと。 「ネムちゃん、私と組まない?」 ネムが取られた。 ではトアだ。 「トアトリカさん、私とやりませんか?」 「え、いいけど」 ではシエラだ。 「シエラさん、わたくしと……」 俺は異世界でもぼっちになってしまった。 「ニトくん、パトリックくんと組まれてはどうでしょうか?」 そこで先生がいらんことを言い出す。 「え、パトリックですか……」 よりにもよって……。 だが生徒も余っていない。 パトリックはというと勿論不機嫌そうだ。 だがあいつの方も誰も寄り付かない類のようで、つまり俺と同種の人間だった訳だ。 仕方が無い、ここは甘んじてやろう。 窓際まで歩きパトリックの隣に座った。 お互い会釈もない。 「ではこれから魔力感知の訓練に入ります。 魔導師は敵の位置を魔力が生み出す波動によって感知します。 では各自、これまで習ったことを踏まえて始めてください」 説明の後、各自は魔力感知を始めた。 だが何をすればいいのか。 魔力感知なんてこれまでやったことがない。 「なあ、これって何をするんだ? 」 「聞いてなかったのか? あんたが俺の魔力を感知して、俺があんたの魔力を感知する。 そえだけのことだ」 「感知ねえ……それってつまりどうやるんだ?」 「はあ? あんた魔力感知も知らないのか?」 パトリックは「何故こんな奴に負けてしまったのだろう」と思っていることだろう。 「じゃあ俺が先にやるよ」 深い溜め息が聞こえた。 パトリックは俺と向かい合うと目を瞑り、何やら集中し始めた。 「感知ってそんなに時間の掛かることなのか?」 「……いや、そんなはずは……何でだ、何で感じ取れない……」 一人ブツブツと呟くパトリック。 「は? まさかできないのか?」 「皆さん、どうでしょう、できましたでしょうか」 一区切りつけ、先生はそこで各ペアの進行状況を確認し始める。 「なあ、できないってどういうことだ? これってそんなに難しい作業なのか?」 「いや難しくはない、誰でもできるはずだ」 「じゃあなんで」俺はパトリックの能力的なことを疑っていた。 「俺のせいじゃない。 単純に……あんたから魔力を感じないだけだ」 「はあ? 魔力を感じないだと? どういうことだ? じゃあ先生を呼ぶか?」 「待て、これ以上俺に恥をかかすな」思わず焦るパトリック。 「でもできないなら仕方ないだろ。 先生に見本を見せてもらおう」 「いや、それは……」 「先生、すいません!」 パトリックを無視し、俺は先生を呼んだ。 「どうしましたか?」 「先生に俺の魔力を確認して欲しいんですが……お願いできますか?」 俺がそう言うと、先生は不可解な顔をしながら俯くパトリックを見た。 「……それは構いませんが。 では、見ていてください」 何かを察したように納得し、先生は俺へ集中し始めた。 「見て覚えるようなものではありませんが、つまりこのようにして相手に流れる魔力の波動を読み取るのです」 「な、なるほど……」 おそらく本来であれば直ぐにできてしまうような簡単なことなのだろう。 でなければこの教え方はあまりに言葉足らずだ。 「……ん、おかしいですねえ」 感知が終わったのか先生は目を開いた。 だがその表情には疑問が浮かび上がっていた。 「感知できません……」 「え、できない?」 「そ、そうなんですよ」 ここぞとばかりに乗っかるパトリック。 「なるほど、そういうことですか。 そこれは非常に珍しいケースです」 「珍しい?」 「はい、おそらくパトリックくんも感じ取れなかったということですよね?」 「はい、普段ならこんなことはないはずなんですが……」 「そうでしょうね。 パトリックくんはこのクラスの中でも特に優秀な生徒ですから」 「すいません、つまりどういうことですか?」俺は会話の意味が分からなかった。 「問題はパトリック君ではありません。 ニトくん、あなたです」 「俺ですか?」 「はい。 どう説明すればいいでしょうか、魔導師は生命に流れる魔力の波動を感知し、敵の位置と相手の力量をある程度まで確認することができます。 波動は常に漏れ出ているものですから、常に確認できるのです。 そのため、これは万人においての弱点とも言えます。 ただし熟練の魔導師は波動をコントロールし隠すことができます。 中には特殊な魔道具でもって隠す者もいます。 波動を隠す方法は世の中にこの二つしかありません」 「俺が隠してるって言いたいんですか? 波動なんて言葉は初めて聞きましたし、抑え方も知らなければ、俺は魔道具も持ってません」 「だとすれば考えられることは一つ。 それは桁違いに魔力が高い場合です」 「魔力が高い?」 「はい。 その場合、魔導師は相手の魔力を把握できなくなります。 勿論、格上の相手であっても魔力は感じ取れるものです。 ですが世の中には次元の違う存在がいるのだと、本で読んだことがあります」 先生がそう口にした時、クラス中の生徒が俺を見ていることに気が付いた。 少し騒がしかった教室も静かになっていた。 「ニトくん、あなたは……」 先生がさっきまでと違う目で俺を見ている。 パトリックもだ。 皆が俺を奇異の目で……。 「待ってくださいよ。 俺だってパトリックの魔力は感じ取れな……い……」 ふと気が付いた。 そこには、はっきりと魔力の波動があった。 「どうですか、パトリックくんの魔力は?」 俺の挙動で気づいたのか、先生は尋ねる。 おそらくこれがパトリックの魔力だろう。 何故か今は如実に感じ取ることができた。 「簡単すぎる……」 こんなに簡単なことが、俺相手にはできないのか。 この教室の中で、俺だけが違う。 「ですが、これは実に誇らしいことですよ!」 先生は嬉しそうに微笑んだ。 「あんた、一体何者だ? ヒーラーじゃなかったのか?」 パトリックは驚いていた。 だがそれは畏怖の念ではなく、称賛に近いものだと分かった。 「私の知る限り、そのような魔導師はおとぎ話や神話でしか聞いたことがありません。 正直どう説明していいのか分かりませんが……これは実に名誉なことです。 ニトくん、あなたは誇っていいのですよ」 孤独感を抱く必要などないか……。 だが俺の思考はただちにそこへ向かっていた。 普通を望んだことなどないはずだ。 だが俺は今、普通でありたいと思っていた。 もしかしたら俺はずっと、普通になりたかったのかもしれない。 佐伯に虐められ、普通の高校生活を歩めなくなった俺は、心のどこかで普通を求めていたのだろう。 「それはもう、ご主人様は凄いのです! 魔法などなくとも、ご主人様はモンスターを一撃で倒してしまうのです!」 ネムの楽しそうな声が聞こえた。 喋り過ぎだと想い止めようとしたが、周りで楽しそうに話を聞いている生徒の姿に、俺は……。 「ニトくんって凄いのね」 「そうなのです、ご主人様は凄いのです!」 ネムが話すと、それは普通のことになっていた。 「そうよ。 マサ……じゃなかった。 ニトは強いんだから、あんまり馬鹿にしないでよね」 ネムだけではなかった。 トアの周りにいる生徒も同様の表情をしていた。 「俺はヒーラーだ。 嘘はついてない」 俺はパトリックに言った。 「でもその魔力はいくらなんでも」 「普通じゃないよな」 「いや、凄すぎるだろ。 道理で俺の魔法を素手で防げる訳だ」 「なんだ、それくらいは見えてたのか」 「あの時あんたは魔法を使わなかった、だろ?」 「必要なかったからな」 何がおかしいのか小さく笑みを浮かべながら、先生は教壇へと戻った。 「なあ、あんた名はニトとか言ったか?」 「言ったけど」 「ニトは人付き合いとかしなさそうだけど、それだとここじゃ孤立するぞ」 「大きなお世話だ、お前に言われたくない」 「親切心で言っただけだ、分かってるならもう言わない」 パトリックはそれ以降本当に黙ってしまい、もう何も言わなかった。 俺はまずトアを誘った。 だが今日は新たな友人たちと食べるらしく……。 気付けば、パトリックの言う通り、俺は本当に孤立していた。 みんなで食堂へ行くと言ってネムもシエラも教室から出て行ってしまい、俺だけが取り残されたのだ。 「だから言っただろ、お前みたいな奴はそうなるんだよ」 「はあ?」 俺と同じように余ったパトリックが、嫌味のない、気さくな様子で素通りしていった。
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