海 の 幽霊 歌詞。 【米津玄師/海の幽霊】の歌詞の意味を徹底解釈

海の幽霊 米津玄師 歌詞情報

海 の 幽霊 歌詞

曲中では「大切なことは言葉にならない」というラインを含んだ歌詞をつづり、映画のキャッチコピーである「一番大切な約束は、言葉では交わさない」にも通づる世界観を表現しています。 そんな楽曲です。 「海の幽霊」のジャケットイラストは、原作者である、五十嵐大介さんが描き下ろしたとのこと。 今までのジャケットはすべて米津玄師さん本人が書き下ろしたイラストになっていましたが、「海の幽霊」だけは初めて依頼したそうです。 このイラストを見ただけでも、壮大かつ繊細な世界観を感じることができます。 何とも神秘的で、楽曲に引き込まれていきそうです。 他人とうまく接することができない中学生の少女・琉花が、ジュゴンに育てられた不思議な2人の少年・「海」と「空」に出会う海洋ファンタジーとなっています。 海で起きるほとんどのことは、誰にも気づかれない。 kaijunokodomo. この原作に、10代の頃から「海獣の子供」の原作に惚れ込んでいたという米津玄師さん。 それだけに、思い入れのある作品なんですね。 今読み返してもあの時の衝撃は全く古びず、更に新しい発見をもたらしてくれます。 もし映像化されるのであれば歌を作らせてほしいなあなんていうふうに思ってたことが、今日になって実現するというのはなんとも感慨深いです。 原作が持ってるものに負けないよう、それでいてうまく寄り添えるようなものが、果たして自分に作れるのかと、ここ数ヶ月は問答の日々でした。 今は映画館で流れる日を楽しみにしています。 長編アニメーション映画を担当するのは2013年公開のスタジオジブリ制作『かぐや姫の物語』以来なんだそうです。 米津玄師「海の幽霊」歌詞の意味を解釈! ここからは「 海の幽霊」の歌詞について解釈&考察をしていきたいと思います。 今回の楽曲は、あくまで「海獣の子供」の主題歌として米津玄師さんが書き下ろしたものなので、歌詞は原作のストーリーに沿っています。 私も実際に原作を読みましたが、なかなかここで全てを詳細に表現できるものではないかもしれません。 なので、断片的にシーン解説という感じになりますが、一部で「海獣の子供」のネタバレを含む場合があります。 原作をまだ読んでいないという方は、ご注意ください。 【初めに・・。 】 この曲は、「海獣の子供」の主人公である少女、 瑠花 るか の追憶であるということを前提に解説していきます。 ジュゴンに育てられた不思議な少年、 海 うみ は 「ある言い伝え」を瑠花に教え、それを試してみよう。 と言います。 海:「 幽霊は椅子に座りたがっているんだって..。 」 どこかの島では、先祖の霊が帰ってくる日に椅子を置き、先祖たちは、帰ってきた証拠にその椅子に何かを置いていくという..。 それとはまた別の国では、、、。 海:「 部屋に幽霊がいるかどうか、確かめるのに椅子を使うって..。 」 誰もいない部屋の真ん中に椅子を置いて、部屋を閉めきる…。 次に見たときに、椅子に変化があったら、そこには幽霊がいるという..。 この方法は、人間と幽霊をつなぐ一つの方法なのです。 このことが元になり、次の歌詞に繋がります。 きっと、光になって消えてしまった、空 ソラ のことを言っているのでしょう。 そして、時間の経過を感じさせる歌詞でもあります。 あの日から、いくつかの時がすぎ、「あなたに話したいことがたくさんありすぎて…」何から話していいのかわからない。 サビに入った瞬間、 まるで大海に飲み込まれるような壮大さを感じます。 星が降る夜に出会った不思議な少年。 」のことを表現していて、原作ではいくつかのシーンでそれが描かれています。。 というシーン。 「海獣の子供」の中で神秘的な体験をするとき「まるで星空のよう・・」というのはひとつのキーポイントになっているようです。 原作を読むともっと理解できると思います。 そして、「 本当に伝えたい感情や想いというのは言葉にならない…」ということ。 この曲の歌詞の中で最も神秘的で、深い表現ですよね。 そして、サビ最後の「思いがけず光るのは・・・」の部分。 この感情はどうやって言葉にしていいか解りませんが…。 懐かしいような、切ないような、夏の季節らしい独特の感情がそこにはあります。 梢 こずえ というのは、木の幹や先端の方を表現した言葉。 夏の木々は青々と茂って、鮮やかな緑ですね。 それが潮風に吹かれて、船を見送っているように表現されているシーンなのかもしれません。 ちなみに、MV中にも出てきますが、やはりヒマワリは夏を代表する花ですよね。 ひまわりは常に太陽に向かって咲きますから、夕焼け時、海に沈む太陽を向くヒマワリが船を見送っているように見えたのかもしれません。 風が吹くと、そしてそれらが擦れあって音を出し、それを歌のように表しています。 鮮明に残った思い出や記憶というのは、まるでそこに存在しているかのように感じさせる時がります。 そしてもう一つ鮮明に残った体温の想い出。 原作でも出てきますが、ジュゴンに育てられた少年、海 ウミ と空 ソラ は常に水で体を濡らさないと、火傷したように皮膚が熱くなってしまいます。 そんな彼の頬に触れた思い出。 それを思い出している部分かもしれません。 ここでは、音と温度という二つの感覚で、思い出を表現していますね。 そして、ねじれた道とは、海中の流れを表現していると思います。 MVでは2:58のシーンで海の生き物たちがが渦巻いて作った海の流れの先に、少年がいて、吸い込まれそうなほどの瞳でこちらを見ています。 同時に、開く「瞼 まぶた 」には不思議な世界への入口という比喩も含まれているようです。 そして、この後、間奏にはいり、ラスサビへ行くのですが、ぜひ注目して欲しい部分があります。 この動画のようにはっきりと聴き取れる音ではありませんが、それをイメージした音が含まれていて、まるで深海に潜っているような感覚にさせてくれます。 そして、そんな癒しから、また壮大なサビへと波が押し寄せるように一瞬にして包み込みます。 形として存在していなくても、未だにあの時の体験は心を高揚させるのでしょう。 だけど、あの時よりも「今は幸せ」胸を張ってと言える。 また、1番では「夏の日に起きたすべて.. 」という、 言葉に出来ない奇跡のような体験を表現していました。 ですが、2番では 「跳ねる光に溶かして」と、 言葉にならない想いを伝える手段として、表現している歌詞です。 命の光に、想いを溶かす…という何とも幻想的な表現ですよね。 そして、主人公である瑠花 るか の心情の変化も感じられるシーンです。 懐かしんでいるけども、決して後ろ向きではない、ポジティブな感情がそこにあります。 それと同時に「二度と会えることはない」と解っているからこその、「また会いましょう。 」なのですよね。 米津玄師「海の幽霊」歌詞の意味を解釈! まとめ いかがでしたか? 毎回そうですが、米津玄師さんは、考えさせる音楽を創作しますね。 とても深い歌詞と感情を揺さぶる音楽で、聴き手の過去の記憶や感情に語りかけてきます。 曲だけでも、ものすごく感動しますが、原作に触れ、さらに映画を見ることで、その感性は何倍にも広がると思いますので、ぜひ原作と併せて曲に触れてみてください。

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米津玄師「海の幽霊」歌詞の意味・解釈・考察まとめ|米民たちの集い

海 の 幽霊 歌詞

開け放たれた この部屋には誰もいない 潮風の匂い 染み付いた椅子がひとつ あなたが迷わないように開けておくよ 軋む音をたたいて 何から話せばいいのか わからなくなるかな 星が降る夜に あなたに逢いたい あの夜を忘れはしない 大切なことは 言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 うだる夏のように 梢が船を見送る いくつかの歌を囁く 花を散らして あなたがどこかで笑う声が聞こえる 暑い頬の手触り ねじれた道を進んだら その瞼が開く 離れ離れでも時が来るの 叫ぼう「今は幸せ」と 大切なことは言葉にならない 跳ねる光に溶かして 星が降る夜に あなたに逢いたい あの時を忘れはしない 大切なこと言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 風薫る 砂浜で また会いましょう 目次• はじめに 『海の幽霊』とは2019年5月27日にネット上で公開された楽曲です。 同日に東京都内で行われた100人限定の上映会から数時間後に投稿されました。 限定公開から日を跨ぐことなく投稿されたフル公開にファンもリスナーも驚き を隠せないでいます。 上映会の明確な場所は東京都品川区東品川2丁目1にある「T-LOTUS M」です。 ここではさまざまなイベントが行われ期間限定のテナントが入ることもあります。 明るいうちはお洒落で陽気な喫茶店や展示館のように見えるのですが、夜には 別の顔を見せ紫や青のライトアップがなされ上品さに包まれています。 今回の上映会では海のイメージとして「青」のライトアップを基調として会場 がセッティングされていました。 上映場所は海上に浮かぶ船上でありMVと同時に映画作品や海洋生物のイラスト が多数展示してありました。 海上となった船は3エリアに分かれて各フロアごとに独特の思考を凝らしていま した。 上記の思考の他に会場内に今作「海の幽霊」のフレーズを一行単位で散りばめる 探索要素も来場者を楽しませていました。 3か所あったようですが全部見つけられなかったと残念な声も聞かれました。 そしてイベントが終わり会場を去る来場者に「また会いましょう」との温かみ と気遣いに溢れる文字が船内に。。 この短いフレーズに来場者は胸打たれ「来てよかった」と感嘆の声を上げていま した。 映画と主題歌について歌い手の米津玄師さんと原作「海獣の子供」の生みの親で ある五十嵐大介さんのコメントをご紹介します。 <五十嵐大介さんコメント> 米津玄師さんと初めてお会いしたのは何年前になるでしょうか。 それからの様々な人のつながりを経て、映画「海獣の子供」の主題歌を米津さんに…という話を伺った時、 来るべきものが来たような、不思議な昂揚を感じました。 心を高く深く拡げてくれつつ、同時に着地点を示してくれるような美しい歌に出会えて、今はただ感無量です。 米津玄師オフィシャルサイトより 幼い時から作品に触れしたしんでいたという米津玄師さん、流石目の付け所が 違いますね。 そして数か月に渡り作品と真剣に向き合い「これで良いのかと」自問自答を繰 り返していた様子が目に浮かびますね。 五十嵐大介さんのアーティスト選びにおける眼力、そして含蓄のある言葉から も舞台裏のやりとりが伝わってきますね。 海を縦横無尽に泳ぎ回るだけではなく、ちゃんと浜辺に上陸するような歌とい った感じでしょうか。 お二人の作品と主題歌への情熱の温度を体感することができるコメントでした。 さてここからは気になる歌詞の考察を始めていくことにしましょう。 タイトル『海の幽霊』とは まず映画のもととなる原作について少し触れる必要があると思います。 「海獣の子供」は小学館の漫画雑誌『月刊IKKI』で2006年2月号から 2011年11月号まで連載された漫画です。 五十嵐大介さんにとっての初の長編作品でありながら第38回日本漫画 家協会賞優秀賞、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞に選 ばれる凄腕の漫画家です。 漫画のあらすじを以下に抜粋して記載します。 ハンドボール部に所属する主人公「琉花」は同じ部員に怪我をさせて しまったことをきっかけに部活禁止になってしまいます。 やさぐれた彼女はシューズを買う予定だったお金を握りしめ東京へと 旅にでます。 そこで海の生物と交感する力をもつ不思議な少年「海」と出会います。 そして後に「海」の兄弟「空」とも出会い物語は進んでいきます。 小笠原沖で自ら入手した隕石を「琉花」に託した後、光となって姿を消 してしまった「空」を追いかける彼女、一体どうなるのか。。 と、ざっくり説明しましたが内容はこのような感じです。 タイトルと深い関係があるのは上記でも取り上げた「隕石」です。 原作ではこれを「人魂」と呼んで人の記憶の集合体と結び付けています。 この隕石は厄介な事件を引き起こし隕石が海に落下すると「世界では「白 斑」を持つ魚が光となって消える現象が多発していました。 この現象だけでなく「空」また「空」と「海」を育てた「ジュゴン」が 【現れては消える】姿を「幽霊」と表現しているように思えます。 誰もいなくなった部屋に佇み孤独を感じている様子を描写し ているようです。 前述に取り上げた上映会最後に「また会いましょう」の文字 が現れた場所には潮風を感じることが出来る場所で椅子が置 かれていたと思います。 こうした点でも歌詞を忠実に再現していたんですね。 彼女が「開けておく」と述べているのは「文字通りのドア」 と自分の「心」だと筆者は考察しました。 文字通りのドアであれば「いつでも帰っておいで」というメ ッセージとなり、彼女の心であれば「貴方をあきらめない」 というニュアンスになるでしょう。 それでも期待感とは裏腹に彼女の心は軋み、空と再会しても 自分がなにから話せば良いのかわからなくなっていたことで しょう。 時間の経過とともにそればで体験していたすべての出来事が 遥か彼方へ消えて失われていくのを感じていました。 現れては消える「光」 星が降る夜に あなたに逢いたい あの夜を忘れはしない 大切なことは 言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 ここでは「星が降る夜」に言及されています。 これにも2つの意味があると筆者は考えました。 原作でも星降る夜に琉花と登場人物たちが会話 を交わすシーンが見られます。 文字通りに解釈すればその時の楽しい日々を回 想していることになります。 もう一つの考え方としては「隕石」が降って海 に大きな影響を与えたことに触れているのかも しれないという点です。 理由は「忘れはしない」という強い決意から物 事の重大さを感じるからです。 ひと時の楽しい想いでに対する言葉としては少 々強い表現だからです。 そして「思いがけず光るのは 海の幽霊」とは いなくなった「空」や「白斑を持つ魚たち」そ して「空と海を育てたジュゴン」なのでしょう。 原作の最終部分に触れてしまうと「隕石=人々 の記憶の集合体」としていますのでそれをも包 含しているのかもしれません。 再会の願いを潮風に乗せて 風薫る 砂浜で また会いましょう 琉花があるいは海が感じる「失ったものへの想い」、 そして「再会を切望する想い」の強さを感じるフレ ーズです。 今回は歌詞全体を通して「消失」「現れては消える」 がテーマになっていると考えられます。 しかし「再会」という希望の要素もしっかり歌詞の 中で散りばめられていました。 人が誰かあるいは何かに手を振るのは「別れ」を意味 する場合だけではありません。 「また会いましょう」という「再会」の意味をも含ん でいます。 今作から登場人物の別れや失うことへの悲嘆と、大切 な存在と再会する期待感の両面を全身に感じることが できました。 浜辺と海の上を優しく撫でる潮風が、すべての人の想 いを遠い彼方へと運んでいきます。。 まとめ いかがだったでしょうか。 大海原のようなスケール感の原作、映画、そして歌詞に息を飲 みました。 潮風や部屋の様子が書き出しから明確に示され臨場感を聴き手 にしっかりと届けていたと感じます。 命あるものすべてはやがて死に絶え消えていきます。 それでもまた会いたいと願うのはごく自然なことですね。 公開されたMVから海の神秘と美しさに畏怖の念を覚えました。 同時に海は皆のものであり決して汚してはいけないのだとも 改めて再認識させられました(筆者は海っ子です) 今後上映される映画、そこで紙面でしか見られなかった登場人 物がどのように動きどんな表情を見せてくれるのか楽しみです。 最後に数か月に渡り苦悶し作品と向き合い傑作を完成させた米 津玄師さん、そして圧倒されるような世界観と感動の嵐を提供 して下さった五十嵐大介さん有難うございました。 お二人のこれからの活躍にも注目し期待しております。

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米津玄師 海の幽霊

海 の 幽霊 歌詞

同年公開の五十嵐大介原作 映画「海獣の子供」主題歌にも起用されている。 「海で起きるほとんどのことは、誰にも気づかれない。 」というコンセプトのもと製作された映画の主題歌なので、海に関することを題材にして歌われていることは間違いないだろう。 米津玄師の公式サイトにコメントが載っていたので紹介します。 原作を初めて読んだのは10代の頃だと思うのですが、そのすごさに圧倒されたことを憶えています。 今読み返してもあの時の衝撃は全く古びず、更に新しい発見をもたらしてくれます。 もし映像化されるのであれば歌を作らせてほしいなあなんていうふうに思ってたことが、今日になって実現するというのはなんとも感慨深いです。 原作が持ってるものに負けないよう、それでいてうまく寄り添えるようなものが、果たして自分に作れるのかと、ここ数ヶ月は問答の日々でした。 今は映画館で流れる日を楽しみにしています。 どうやら10代の頃に原作を読んでいたようですね! 10代といえば多感な時期で人格形成に重要な時期ですから、「海獣の子供」の原作を読んだ衝撃が米津玄師の才能の一部を形成したと言っても過言ではないかも知れませんね。 解釈 星が降るようにあなたに逢いたい。 あの夜は決して忘れないから。 大切なことは言葉にはできないんだ。 夏の日々に起きたことすべてが言葉には表せない。 星が降るようにあなたに逢いたい。 の「星が降るように」という表現。 この表現は、「夜」という歌詞があることから星を見ていたときに会ったあなたに逢いたい。 というような意味で捉えたり、夜になれば必ず星が見えるように、毎日あなたと逢いたいと捉えたり、いろんな意味で捉えることができますね。 具体的な解釈は人によって異なるとは思いますが、どの解釈にせよ、「あなたに逢いたい」という気持ちがより強いことを表現しているのでしょう。 また、「夏の日々の起きたすべて」という歌詞が、夏休み最終日の「楽しかったけどなぜかさみしいような切ないような気持ち」を的確に表現できていていいですね。 主人公にとっては「あなた(待っていた人)」との思い出が(言葉に表せないほど)大切なものだったのかも知れません。 解釈 予想と反して光っていたのは海の幽霊だ。 うだるような暑さの夏のように 旗の足が激しく動いて船を見送っているようだ。 いくつかの歌を囁いてみる。 思い出をなくして。 梢(こずえ)とは幹の先端や船の舵などの意味がありますが、ここでは旗あしとして解釈しています。 また旗あしとは、旗の風でなびいている先の部分という意味です。 つまり、「うだる夏のように 梢が船を見送る」は船が出港するときに船を見送る人たちが振っている旗が勢いよくなびいている様が、船が早く出港しろと急かしているようで、うだるような暑さのように鬱陶しく感じる。 というような意味で解釈できます。 こうやって解釈すると、主人公が船に乗っていて、港に待っていた「あなた」がいる状況なのかも知れませんね。 また、花を散らすとは美しいもの、あでやかなものをだいなしにする。 という意味があります。 主人公にとって「あなた」との思い出は言葉に表せないほど(美しい)はずなので、思い出を忘れると解釈しています。 あなたがどこかで笑う声が聞こえる 暑い頬の手触り ねじれた道を進んだら その瞼が開く 解釈 離れ離れでも時は過ぎ去っていく。 「今が幸せ」だと声に出そう。 大切なことは言葉にできない。 たとえ、大切な人と離れ離れで生活していても、まるで大切な人との思い出を忘れさせるかのように時は過ぎていきます。 だからこそ「今が幸せ」という「大切な言葉」を口に出していくことが大切だと歌っているのでしょう。 これは私たちにも言えることです。 人間、誰しも親や兄弟、友人や恋人など大切な人がいます。 星が降るように あなたに逢いたい あの時を忘れはしない 大切なこと言葉にならない 夏の日々の起きたすべて.

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